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010 狩猟と解体と食事

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「ここだよ! ここで私はイノシシに襲われたんだ! 危うく処女を奪われるところだった!」

「それは違うだろ」

 サナエが襲われたというポイントにやってきた。
 一見すると何の変哲もない場所だが、たしかに一悶着合ったと分かる。

「この木に背中をつける形で尻餅をついて、イノシシは正面にいたわけか」

「そうだけどなんで分かるの!? すごっ! てか怖ッ!」

 他の三人も「すごっ」と驚いている。

「地面についた跡さ。この毒キノコの隣にサナエの尻の跡があるだろ?」

 俺は「これだ」と地面を指す。

「私には分からないけど」とアキノ。

 ミズキとコトハが「私も」と続く。

「じゃあこっちはどうだ? イノシシの足跡だ」

「あ、これなら分かる!」

 コトハが足跡に近づき「これだよね?」と確認してくる。
 俺は「そうだ」と頷いた。

「こういう足や尻の跡だったり、排泄物などから危険を推測するのが大事なんだ」

「すごいなーユウマ君。私にはできる気がしないよ」

「仕方ないさ。こればかりは知識一辺倒でもダメだし多少の経験が必要だからね。俺も父さんと北海道の山奥で過ごすことで身に着けたんだ」

「毎年夏休みになったらお父さんと山に籠もっているんだっけ?」

「そうそう。探検家になるための修行でな。大体は北海道だけど、たまに違う場所にも行くよ」

 さてイノシシの捜索だ。
 俺は足跡を凝視し、進んだ方角に見当を付ける。

「さらに東へ向かったようだな」

 ということで俺たちも東に向かう。

「お?」

 道中である動物の巣穴を発見した。

「どうしたの?」とアキノ。

「いや、何でも」

 今は関係のないことなので黙っておく。

「ユウマ、ここに巨大イノシシの足跡があるよ!」

 サナエが前方で手を振っている。
 彼女は危険を顧みずに単独で先頭に立っていた。

「どう見てもイノシシの足跡じゃないだろ」

 笑いながら言った。

「えー、違うの? でも足跡だよね?」

「まぁな」

「じゃあ何の動物?」

「こりゃサイだな。たぶん森でしばしば見かけるクロサイだろう」

「クロサイ? そこらで見かけるサイに黒い奴なんていなかったよ?」

「クロサイって名前だけど肌の色は白っぽいからな」

 女性陣が「へぇ」と感心する。

「ユウマって動物にも詳しいんだ? それも探検家になるため?」

 ミズキが尋ねてきた。

「それもあるし、もともと動物が好きなんだ」

 この森に生息するサイとイノシシは仲が悪い。
 どちらも気性の荒い生き物だからだろう。

「サイの足跡は古いから問題ないだろうけど、もし遭遇したら戦わずに逃げよう」

「矢で倒せばいいじゃん!」とサナエ。

「矢が大量にあって俺がソロなら戦いを挑むんだけどな」

 矢は5本しかなくて、4人の女子が同行している。
 この状況でサイを狩るのは困難だ。

 知らない人は油断しがちだが、サイはかなり強い。
 正面切っての対決ならクマをも凌駕するだろう。

「ま、今回はサイの心配をする必要はなさそうだ」

 歩くことしばらくして、俺たちは目的のイノシシを発見。
 初めて見る川で水分補給をしていた。
 水を飲むのに必死でこちらに尻を向けている。

「倒すから下がっていろよー」

 女性陣を後方に下がらせて戦闘準備。
 皆から受け取った矢をズボンのベルトに挟む。
 尻ポケットに石包丁、足下には石斧。
 今できる最高の状態だ。

「不意打ちで尻に一発ぶちかましてやれ!」

 サナエの声援が飛んでくる。

「いや、もっといい方法がある」

 俺は地面に落ちている石を掴み、イノシシに投げつけた。
 コントロール重視の石は低速で飛び、狙い通りイノシシの尻に命中。

「ぶぉ?」

 イノシシがこちらに振り返る。
 その時には既に矢を放っていた。

「ブォオオオオオオオオオオオオオ!」

 イノシシの悲鳴が響く。
 周囲の木々で休んでいた小鳥たちが一斉に逃げ出した。
 鼻くそを食べていたサルも指を咥えたままこちらを眺めている。

「貴重な矢を影響力の低い尻に消費するのはもったいないからな」

 戦闘開始だ。

「ブォオオオオオオ!」

 イノシシは右目に矢を突き刺したまま突っ込んできた。
 俺は正面から二本目の矢を放つ。

「チッ」

 矢はイノシシの額をかすめる形で外れた。
 狙いよりやや上に逸れたのだ。
 やはり他人の作った矢だと精度が鈍る。

「仕方ない」

 矢の消費を避けるため石斧で戦うことにした。
 弓を左手で持ち、右手で石斧を拾う。

「危ないよ! ユウマ君!」

「問題ない――よっと!」

 イノシシのタックルをサイドステップで回避。
 同時に石斧で敵の額にカウンターをぶち込む。
 脳内で描いた通り完璧に決まった。
 しかし――。

「やべっ!」

 石斧が額に突き刺さってしまうトラブル発生。
 刃の先端が尖っていたせいだ。
 だが、結果としてこれが良い方向に作用した。

「グォ……」

 イノシシが死んだのだ。
 石斧の攻撃が敵の脳みそにまで届いたのだろう。

「ふぅ」

 想定よりヒヤヒヤしたが難なく勝利だ。
 イノシシは俺のすぐ傍で倒れた。

「すごいじゃんユウマ!」

「イノシシを瞬殺かよー!」

「ユウマ君かっこいいー!」

「さすが」

 女性陣が駆け寄ってきた。

「のんびり勝利を分かち合いたいがやることはまだあるぞ」

 ゲームだと倒した後はワンボタンで終了するだろう。
 キャラクターが死体にナイフをグサグサするだけで全て剥ぎ取れる。
 しかし、現実は違う。

「俺が解体するから、誰か川岸に焚き火をこしらえてくれ」

「それは私がやるよ」とアキノ。

「私は木材を集めてくるー! 行くよ、サナエ!」

「アイアイサー!」

 ミズキとサナエが森に向かう。

「じゃあ私は……ユウマ君のアシスタントさんになる!」

 俺は「はいよ」と笑った。

「さっそくだがイノシシを川岸まで運ぶから手伝ってくれ」

「はーい」

 コトハと二人でイノシシの死体を引っ張る。

「うぅ……重い……」

「結構な大物だからな」

 サイズから考えるに体重は100kg以上ある。
 石斧の一振りで命を刈り取れたのは奇跡に近い。

「さて解体だ。グロテスクな光景が広がるけど大丈夫か?」

「た、たぶん……! がんばる!」

「無理しなくていいよ」

「大丈夫!」

「分かった」

 俺は解体の流れを説明した。

「どんな動物でも基本は同じだ。血を抜いて、内臓を取り出し、皮を剥ぐ。最後に可食部と不可食部に分ける」

「可食部ってのは食べられる場所のことで合っている?」

「合っているよ」

 解体は知識よりも経験がモノを言う。
 俺などはまだまだ未熟だし、さらに今回はまともな道具がない。
 だから偉そうな説明に反して苦労した。

 特に大変だったのが最初の血抜きだ。
 石包丁の刃渡りでは深く突き刺すことができない。
 結果的にどうにかなったが、決して手際がいいとは言えなかった。

「これで内臓の摘出も完了だ」

「すごいねユウマ君……」

「何がだ?」

「イノシシのお腹の中に手を突っ込めるのが」

 コトハの顔は真っ青になっていた。
 今にも卒倒しそうだ。
 想像を絶するグロテスクさに参ったのだろう。

「イノシシの解体は今回が初めてというわけじゃないからな。初めての時は今のコトハみたいな顔をしていたよ」

 正直、作業をする側は見学者より遥かにきつい。
 内臓のぶよぶよした感触は何度経験しても不快なものだ。

「皮の剥ぎ方にも方法があったりするんだけど、ぶっちゃけ売るわけじゃないから適当でいいよ」

 石包丁や素手で半ば強引に皮を剥いでいく。
 手はイノシシの血で真っ赤に染まっており、我ながら不気味だった。

「ふぅ」

 最後に不可食部の肉を取り除いたら終了だ。
 コトハを始め、作業を終えていた三人が「お疲れ様」と拍手してくれる。

「すごいお手並みだったね、ユウマ君! 私の出番何もなかったよー」

「いやいや、イノシシ運びを手伝ってもらったじゃないか」

「それだけしかしてないや」

「それだけで十分さ」

 川で手を洗う。
 戦闘よりもその後のほうが大変だった。

「持ち帰る肉はこれに包んだらどう?」

 アキノが隣にやってきた。
 彼女の言う「これ」とはバナナの葉だった。

「サンキュー、気が利くなぁ」

 バナナの葉は何かと使い勝手がいい。
 食材を包んだりシェルターの屋根にしたり……用途は様々だ。

「ところで、私が用意した焚き火は何に使うの?」

「そりゃここで串焼きを食べるんでしょ!」とサナエ。

「それもあるけど、毛皮を炙ろうと思ってな」

「毛皮を炙る? 何で?」

「マダニ対策さ」

 野生の獣とセットで考えなければならないのがマダニだ。
 咬まれると様々な感染症になりかねない。
 俗に「ダニ媒介感染症」と呼ばれるものだ。

「マダニに咬まれて感染症を引き越すと結構な確率で死ぬと思う」

「そんなにやばいの?」

「感染症自体が厄介なのもあるが、何より病院がないからな。適切な治療を受けることができない。その気か、栄養失調や脱水症状などの問題を併発して死んじまうってわけだ」

 説明しながら剥いだ皮を炙った。
 イノシシの体毛が焦げて強烈な臭いを放つが我慢だ。

「これでよし。皮はひとまずこれでいいだろう」

 他にもしたい作業はあるものの後回しだ。
 お腹が「いいかげんにしろ!」と言いたげに鳴っている。

「メシにするぞ!」

「待ってました! 既に用意してありやすぜ!」

 ミズキがお手製の木の串を掲げる。
 ブロック状にカットした猪肉が刺さっていた。

「こっちもあるよ!」とサナエが続く。

「要領が良くて助かる」

 二人が用意した肉を焚き火で焼く。
 早く食べたいとの思いから、つい火に近づけてしまう。
 それもいいだろう。

「「「いただきまーす!」」」

 焼き上がったら実食だ。
 新鮮な猪肉の串焼きを皆で頬張る。

「うめぇ!」

「おいひぃ!」

「さいこー!」

「いけるわね」

「んふぅ!」

 全員が涙を流して喜ぶ。
 調味料がないので薄味だが、それでも格別の美味さだ。
 口の中で弾ける甘い肉汁がたまらなかった。
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