だいすきなひと

高塚しをん

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#6

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突然ではあるが、私はバンドをしている。うちの父はライブハウスを経営していて、かつてはプロを目指したクチだ。その時のバンドメンバーの子供を集めて、親の楽しみとしてバンドを組まされたのだ。

幼なじみ達とは家も近く、同い年ばかりで小さい時からいつも遊んでいた。もっとも性格もバラバラだから、みんなでキャッキャ遊んでいたわけでもないのだが。

メンバーはそれぞれ、自分の親の担当していた楽器を半ば強制的に持たされた。私はベース。ピアノが弾ける母の影響で、元々はピアノを弾いていたのだが、上手さではひとつ下の妹の早紀にあっという間に越された。負ける勝負はしない私は、アッサリとピアノを辞め、父の弾いていたベースを持つようになった。性格的にもベースが向いている。目立たないけど、いないと困る存在。そんな縁の下の力持ち的な役割って最高にカッコいいと思っている。

メンバーはボーカルの南にギターの里菜、キーボードは妹の早紀。ドラムのかれんと、ベースの私だ。南は別の高校に行っていて、早紀はまだ中学生だが、あとのメンバーはみんな同じ高校に通っている。

軽音部に入ってはいるものの、メンバーが他校にいることもあり、あまり学校で音を出すことはない。父のライブハウスが空いている時間に集まって、なんとなく練習をする。そんな感じだ。


そんな日々なので、私はよく学校にベースをかついで行く。自慢にもならないけれど、私は学校でも地味な方だ。いわゆるギャルではないし、かといって真面目な勉学少女でもない。強いて言うなら音楽バカというやつだ。

その日もベースを肩にかけて、学校へ歩いていた。すると、後ろから聞き覚えのある声がした。

「珠理ちゃんー。じゅーりーちゃーん」

振り向くと、沙絵先輩だった。

「ねぇそれ何?ギター?」

沙絵先輩は、私のベースを見て言う。

「あ、これベースです」

「ベースかぁ。ギターとは違うの?」

「違いますね。でも似たようなものですよ」

そこで、ベースとギターの違いでも話せばトークは広がるのだろうが、それができないところが私のコミュニケーション能力の低さを物語っている。

「へー。カッコいいね!バンドとか?」

「そうです」

「そうなんだ!すげー!ライブとかやるの?」

「時々は、しますね」

ねぇ、私ほんと何でこんなにもコミュニケーション能力ないのかね。もう少し、上手に話とか、できないものか。

「えー!今度観たーい。やるとき教えて!」

「わかりました。次のライブ決まったら教えますね」

ほら、私こういう適当なこと言う。教える気もないのにさ。

「うんうん!教えてねー!友達と行く!
じゃ、沙絵もう行くね。まったねー!」

そう言って沙絵先輩は走って行ってしまった。

朝から元気な人だなぁ。先を走って行った沙絵先輩は、途中で友達を見つけたらしく、友達と喋りながら昇降口へ入って行った。
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