10 / 35
高配当
3
しおりを挟む
「なんちゅう格好で寝てんねん」
拓也は頻繁に瑠衣のマンションに訪れるようになった。
桜庭との行為は激しさを増していた。意識を飛ばすのは当たり前で、出血が伴うこともある。直後は歩くこともままならず、拓也に介抱を頼まざるを得ないのだ。
「痛い……ロキソニンちょうだい」
「まっとき」
拓也は呆れたように言い、常備してあるロキソニンと水の入ったコップを持ってやってきた。
ベッドに乗り、全裸の瑠衣を抱え起こす。瑠衣が痛みに顔をしかめると、つられるように拓也も眉根を寄せた。
「自分、そのうち殺されるんとちゃうか」
首に刻まれた痕を指でなぞりながら、拓也は言った。
「社会的地位がある人だから、大丈夫」
「気い失うまでヤられて何が大丈夫やねん。被害届出せんで」
「出すわけないじゃん。桜庭さんは恩人だよ」
拓也には全部話した。自分は恋人ではなく愛人で、援助してもらっていること。
大学の友人には絶対に知られたくないことも、拓也には包み隠さず話すことができた。きっと見下しているからだ。自分より下の人間には繕う必要がない。股間を晒すことも平気だった。
「自分見てっと、イライラするわ」
拓也はうんざりしたように言い、ベッドを降りた。寝室を出ていく。間も無くキッチンから水を流す音が聞こえてきた。今日は何を作ってくれるのだろう。拓也の料理は素朴だが美味しい。
料理ができるのを待つ間、スマホでボートレースレース中継を見た。丁度奥秀人のレースが始まるところだった。奥秀人は2号艇で、1番人気だ。
6艇がスタートを切った。第1ターンマークで1号艇が他を引き離し、2号艇と3号艇は接触したことによって遅れを取った。そのまま順位は変わることなく、結果は「1-5-4」で決まった。普段なら気にも留めないオッズに視線がいく。三連単の配当は9500円……これは妥当、なのだろうか。
「できたで」
と、そこへ拓也が盆を持ってやってきた。ラーメンどんぶりがふたつ乗っている。
「ちゃんぽん」
「美味しそう」
「やろ? そこらへんの料理屋より美味いで」
拓也はベッドにあぐらをかいて座り、重ねた盆を一枚、自分の前に引き寄せた。その上にどんぶりを置く。二つの盆は、こうしてベッドの上で食事するために買ったものだ。育ちの良い人間とはできないようなことも、拓也とならできた。
「ねえ」
「ん?」
「三連単の配当が9500円ってどうなの? 1-5-4で」
「まあ妥当やろ。なんで?」
「いや……ちょっと気になったから」
「奥は八百長してへんよ」
「わかってるよ……」
「はよ、食い。シェフが目の前におるんやで」
急かされ、瑠衣は箸を取った。温かい麺をひとくちすする。
「美味しい」
自然とため息のような声が出た。拓也が「やろ」と目を細める。その顔を見たら、ふいに恥ずかしさが込み上げた。さりげなく足を揃え、股間を隠す。
「自分の体、もっと大事にしいや」
麺をすすりながら、拓也はなんでもないことのように言った。
「金なら芹沢が払ってくれるやろ。稼いどるんやから」
「無理に決まってるじゃん。一緒に暮らしてたの、六歳までだし。それに兄さんの稼いだ金は兄さんのものだよ」
「せやけどそのうち体壊れんで」
拓也が顔を上げる。鋭い視線を浴びながら、瑠衣は黙々と麺をすすった。
「瑠衣」
「……食べ切れるかな」
「何かあってからじゃ遅いんやで」
「何もないよ。桜庭さんはいい人だよ」
「どこがや」
「このマンションも、生活費も、桜庭さんが払ってくれてるんだよ。だから僕は成績を落とさずにいられる。アルバイトなんてしてる暇ないんだよ」
「芹沢を頼り」
「だから、兄さんとはもうずっと離れて暮らしてるんだって。お金だけ頼るなんてできないよ」
「嫌われるんが怖いんか」
「……」
「いいから芹沢を頼り。別に贅沢したいわけちゃうやろ。大学卒業するまでの一年半、可愛い弟のためなら毎月十万くらいポンと出してくれるやろ」
「……」
「こんなこと知ったら、悲しむで」
カッと頭に血が昇った。
「なんだよさっきからっ! 自分の体をどう使おうが僕の勝手だろっ! いちいち口出しすんなよっ!」
威勢よく言ったものの、鋭い眼光にたちまち怯んだ。俯き、「ごめん」と謝る。
返事はない。伺うように彼を見ると、痛ましそうな目とかち合った。そんな目で僕を見るなと、また怒りが込み上げる。哀れなのは、学歴も金もないお前の方だ。
「お腹いっぱい。ごちそうさま」
盆ごとちゃんぽんを突き出す。拓也は自分の分を平らげると、瑠衣が残した分を食べ始めた。
ギャンブル狂いの拓也は常に金がない。だから呼べば来てくれる。ここに来れば食事にありつけるからだ。
「明日はステーキが食べたい」
拓也は小さく笑った。
「心配せんでも、明日もきたるよ」
瑠衣が言葉を変えて誤魔化しても、拓也はいつも、瑠衣の心の不安を見透かす。
拓也は頻繁に瑠衣のマンションに訪れるようになった。
桜庭との行為は激しさを増していた。意識を飛ばすのは当たり前で、出血が伴うこともある。直後は歩くこともままならず、拓也に介抱を頼まざるを得ないのだ。
「痛い……ロキソニンちょうだい」
「まっとき」
拓也は呆れたように言い、常備してあるロキソニンと水の入ったコップを持ってやってきた。
ベッドに乗り、全裸の瑠衣を抱え起こす。瑠衣が痛みに顔をしかめると、つられるように拓也も眉根を寄せた。
「自分、そのうち殺されるんとちゃうか」
首に刻まれた痕を指でなぞりながら、拓也は言った。
「社会的地位がある人だから、大丈夫」
「気い失うまでヤられて何が大丈夫やねん。被害届出せんで」
「出すわけないじゃん。桜庭さんは恩人だよ」
拓也には全部話した。自分は恋人ではなく愛人で、援助してもらっていること。
大学の友人には絶対に知られたくないことも、拓也には包み隠さず話すことができた。きっと見下しているからだ。自分より下の人間には繕う必要がない。股間を晒すことも平気だった。
「自分見てっと、イライラするわ」
拓也はうんざりしたように言い、ベッドを降りた。寝室を出ていく。間も無くキッチンから水を流す音が聞こえてきた。今日は何を作ってくれるのだろう。拓也の料理は素朴だが美味しい。
料理ができるのを待つ間、スマホでボートレースレース中継を見た。丁度奥秀人のレースが始まるところだった。奥秀人は2号艇で、1番人気だ。
6艇がスタートを切った。第1ターンマークで1号艇が他を引き離し、2号艇と3号艇は接触したことによって遅れを取った。そのまま順位は変わることなく、結果は「1-5-4」で決まった。普段なら気にも留めないオッズに視線がいく。三連単の配当は9500円……これは妥当、なのだろうか。
「できたで」
と、そこへ拓也が盆を持ってやってきた。ラーメンどんぶりがふたつ乗っている。
「ちゃんぽん」
「美味しそう」
「やろ? そこらへんの料理屋より美味いで」
拓也はベッドにあぐらをかいて座り、重ねた盆を一枚、自分の前に引き寄せた。その上にどんぶりを置く。二つの盆は、こうしてベッドの上で食事するために買ったものだ。育ちの良い人間とはできないようなことも、拓也とならできた。
「ねえ」
「ん?」
「三連単の配当が9500円ってどうなの? 1-5-4で」
「まあ妥当やろ。なんで?」
「いや……ちょっと気になったから」
「奥は八百長してへんよ」
「わかってるよ……」
「はよ、食い。シェフが目の前におるんやで」
急かされ、瑠衣は箸を取った。温かい麺をひとくちすする。
「美味しい」
自然とため息のような声が出た。拓也が「やろ」と目を細める。その顔を見たら、ふいに恥ずかしさが込み上げた。さりげなく足を揃え、股間を隠す。
「自分の体、もっと大事にしいや」
麺をすすりながら、拓也はなんでもないことのように言った。
「金なら芹沢が払ってくれるやろ。稼いどるんやから」
「無理に決まってるじゃん。一緒に暮らしてたの、六歳までだし。それに兄さんの稼いだ金は兄さんのものだよ」
「せやけどそのうち体壊れんで」
拓也が顔を上げる。鋭い視線を浴びながら、瑠衣は黙々と麺をすすった。
「瑠衣」
「……食べ切れるかな」
「何かあってからじゃ遅いんやで」
「何もないよ。桜庭さんはいい人だよ」
「どこがや」
「このマンションも、生活費も、桜庭さんが払ってくれてるんだよ。だから僕は成績を落とさずにいられる。アルバイトなんてしてる暇ないんだよ」
「芹沢を頼り」
「だから、兄さんとはもうずっと離れて暮らしてるんだって。お金だけ頼るなんてできないよ」
「嫌われるんが怖いんか」
「……」
「いいから芹沢を頼り。別に贅沢したいわけちゃうやろ。大学卒業するまでの一年半、可愛い弟のためなら毎月十万くらいポンと出してくれるやろ」
「……」
「こんなこと知ったら、悲しむで」
カッと頭に血が昇った。
「なんだよさっきからっ! 自分の体をどう使おうが僕の勝手だろっ! いちいち口出しすんなよっ!」
威勢よく言ったものの、鋭い眼光にたちまち怯んだ。俯き、「ごめん」と謝る。
返事はない。伺うように彼を見ると、痛ましそうな目とかち合った。そんな目で僕を見るなと、また怒りが込み上げる。哀れなのは、学歴も金もないお前の方だ。
「お腹いっぱい。ごちそうさま」
盆ごとちゃんぽんを突き出す。拓也は自分の分を平らげると、瑠衣が残した分を食べ始めた。
ギャンブル狂いの拓也は常に金がない。だから呼べば来てくれる。ここに来れば食事にありつけるからだ。
「明日はステーキが食べたい」
拓也は小さく笑った。
「心配せんでも、明日もきたるよ」
瑠衣が言葉を変えて誤魔化しても、拓也はいつも、瑠衣の心の不安を見透かす。
0
あなたにおすすめの小説
透けるほどうすい/溶けるほどあつい
鴻上縞
BL
日々何をするでもなく適当に生きていた真柴久志が知人の紹介で入った会社で真柴の教育係になった堂前哲は、仕事は出来るが口調は荒く乱暴で無愛想な取っ付きづらい男だった。しかし歓迎会の席で明かされた哲の驚くべき過去は、真柴の若い好奇心を掻き立てた。
歓迎会の後、真柴は好奇心を抑えきれず、酔に任せて哲に手を出してしまう。
一夜明けて酔いが覚め、気まずさを抱え一応謝罪をしたものの、哲の態度が負けず嫌いな真柴に火を付けて────。
足場鳶職人達の、身体から始まる軽薄で微かに純情な恋物語。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません
ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。
全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる