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オッズ(1)
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レース期間中、選手はスマホの使用を禁止されるが、凛義は手荷物検査をくぐり抜け、スマホを持ち込むようになった。なんてことはない。検査はザルだから、ポーチに忍ばせておけば容易に持ち込めるのだ。
そうして甲斐と連絡を取り合い、凛義は自分が4着に飛ぶレースを伝えた。
もっとも凛義は復帰後半年でA2に昇格し、甲斐はA1レーサーだ。互いに忙しく、月の半分はどこかの競艇場に拘束されているため、舟券の購入は主に甲斐の知り合いが行った。
少ない休みの中で時間を合わせ、ふた月に一回は甲斐と会い、八百長で得た金を受け取った。
レーサーとしての収入だけでも十分贅沢な暮らしができるため、八百長で得る金には興味がなかったが、甲斐から差し出されたものを「いらない」と突っぱねる気も起きなかった。
甲斐と初めて寝た日から、一年が経った。彼への気持ちは膨らむばかりだ。中継で彼のレースを見るたびに、わざととは思えない負けっぷりに凛義は惚れ惚れする。6番人気を1着に押し上げる技術は神業と言っていい。
「次、大村誕生祭じゃろ」
いつものようにベッドで絡み合った後、甲斐は裸のままタバコに点火し、ぽつりと言った。
「甲斐さんも一緒ですよね」
凛義は大村競艇場で行われるモーターボート誕生祭に招待されていた。A級クラスだけが出場できるG2レースだ。参加レーサーの顔ぶれを見た瞬間、この中で八百長をしても意味がないと確信した。ほとんどが年間獲得賞金五千万円超えのA1レーサーで、A2の自分は圧倒的に格下なのだ。人気薄なのは明白で、自分が飛んだところで配当金は知れている。
そういうレースの場合、甲斐は「普通にやれ」と言う。八百長はオッズが低い時ほど効果的だからだ。
けれど今日、甲斐が追加斡旋されることが分かった。
甲斐となら。
自分が4着に飛ぶという単純な方式ではなく、大穴の三連単を描けるのではないか。
そもそも自分がやりたいのは、甲斐のような他人を巻き込んでの八百長だ。競艇ファンの予想を裏切るレース展開を作りたい。
「俺、甲斐さんと組めるように絶対優出します。その前に甲斐さんと当たったら、甲斐さんをアシストします」
「あほ」
「あ、すみません。甲斐さんはアシストなんか必要ないですよね」
浮かれすぎて、不用意な発言をしてしまった。背中を丸めてタバコを吸う男に、背後から抱きつく。近づきがたい見た目のわりに、甲斐はスキンシップに寛容だ。
「アシスト必要なんはわりゃあじゃろ」
「確かに。俺、優出できるかな」
「わしと組みたいんじゃろ」
「はい。甲斐さんと組みたいです」
「なら優出しいや。そんで、大村では派手にやろうや」
「派手に?」
「でっかく儲けようや」
すんと胸が冷えた。甲斐にとって八百長は、金を稼ぐ手段でしかない。
「部屋、遊びに行ってもいいですか?」
「あほ。大村にはトップ選手が集まるんじゃ。ええ機会やから、上手う選手と仲良くしいや。わしとはいつだって会えるじゃろ」
「七日間、甲斐さんとずっと一緒にいたいです」
甲斐は吹き出した。
「あほ。そんなおったらあいつらできとるって怪しまれるわ」
「いやですか?」
「よう思わんやつもおるから、悟られんよう上手うやろうや。男のイジメは陰湿やで」
「……じゃあ、三日だけ」
「多い」
「……二日?」
「一日」
「んー……足りない」
駄々をこねるように首筋に鼻を擦り付ける。甲斐はくすぐったそうに首をひねった。可愛い。円を描くように首筋に舌を這わせると、「こそばいい」と笑った。
「甲斐さん、俺のこと好き?」
「可愛い思うとるよ」
「好き?」
「んっ……ふっ……」
乳首の先端を指の腹でクルクルと撫でた。
「ねえ、好き?」
「ん……どーやろ、あっ」
甲斐には他に男がいる。そっちが本命で、自分は2番手どころか恋愛対象ですらない。
自分はこんなに好きなのに。独り占めしたいのに。後ろから強く抱きしめると、「へちゃげる」と楽しげな声が返ってきた。
そうして甲斐と連絡を取り合い、凛義は自分が4着に飛ぶレースを伝えた。
もっとも凛義は復帰後半年でA2に昇格し、甲斐はA1レーサーだ。互いに忙しく、月の半分はどこかの競艇場に拘束されているため、舟券の購入は主に甲斐の知り合いが行った。
少ない休みの中で時間を合わせ、ふた月に一回は甲斐と会い、八百長で得た金を受け取った。
レーサーとしての収入だけでも十分贅沢な暮らしができるため、八百長で得る金には興味がなかったが、甲斐から差し出されたものを「いらない」と突っぱねる気も起きなかった。
甲斐と初めて寝た日から、一年が経った。彼への気持ちは膨らむばかりだ。中継で彼のレースを見るたびに、わざととは思えない負けっぷりに凛義は惚れ惚れする。6番人気を1着に押し上げる技術は神業と言っていい。
「次、大村誕生祭じゃろ」
いつものようにベッドで絡み合った後、甲斐は裸のままタバコに点火し、ぽつりと言った。
「甲斐さんも一緒ですよね」
凛義は大村競艇場で行われるモーターボート誕生祭に招待されていた。A級クラスだけが出場できるG2レースだ。参加レーサーの顔ぶれを見た瞬間、この中で八百長をしても意味がないと確信した。ほとんどが年間獲得賞金五千万円超えのA1レーサーで、A2の自分は圧倒的に格下なのだ。人気薄なのは明白で、自分が飛んだところで配当金は知れている。
そういうレースの場合、甲斐は「普通にやれ」と言う。八百長はオッズが低い時ほど効果的だからだ。
けれど今日、甲斐が追加斡旋されることが分かった。
甲斐となら。
自分が4着に飛ぶという単純な方式ではなく、大穴の三連単を描けるのではないか。
そもそも自分がやりたいのは、甲斐のような他人を巻き込んでの八百長だ。競艇ファンの予想を裏切るレース展開を作りたい。
「俺、甲斐さんと組めるように絶対優出します。その前に甲斐さんと当たったら、甲斐さんをアシストします」
「あほ」
「あ、すみません。甲斐さんはアシストなんか必要ないですよね」
浮かれすぎて、不用意な発言をしてしまった。背中を丸めてタバコを吸う男に、背後から抱きつく。近づきがたい見た目のわりに、甲斐はスキンシップに寛容だ。
「アシスト必要なんはわりゃあじゃろ」
「確かに。俺、優出できるかな」
「わしと組みたいんじゃろ」
「はい。甲斐さんと組みたいです」
「なら優出しいや。そんで、大村では派手にやろうや」
「派手に?」
「でっかく儲けようや」
すんと胸が冷えた。甲斐にとって八百長は、金を稼ぐ手段でしかない。
「部屋、遊びに行ってもいいですか?」
「あほ。大村にはトップ選手が集まるんじゃ。ええ機会やから、上手う選手と仲良くしいや。わしとはいつだって会えるじゃろ」
「七日間、甲斐さんとずっと一緒にいたいです」
甲斐は吹き出した。
「あほ。そんなおったらあいつらできとるって怪しまれるわ」
「いやですか?」
「よう思わんやつもおるから、悟られんよう上手うやろうや。男のイジメは陰湿やで」
「……じゃあ、三日だけ」
「多い」
「……二日?」
「一日」
「んー……足りない」
駄々をこねるように首筋に鼻を擦り付ける。甲斐はくすぐったそうに首をひねった。可愛い。円を描くように首筋に舌を這わせると、「こそばいい」と笑った。
「甲斐さん、俺のこと好き?」
「可愛い思うとるよ」
「好き?」
「んっ……ふっ……」
乳首の先端を指の腹でクルクルと撫でた。
「ねえ、好き?」
「ん……どーやろ、あっ」
甲斐には他に男がいる。そっちが本命で、自分は2番手どころか恋愛対象ですらない。
自分はこんなに好きなのに。独り占めしたいのに。後ろから強く抱きしめると、「へちゃげる」と楽しげな声が返ってきた。
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