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オッズ(1)
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次に奥と会ったのは、雑誌の撮影現場だった。人気レーサーがプロのスタイリストやヘアメイクによって変身し、モデルのようにポーズを決めるのだ。本当は甲斐のように突っぱねたかったが、若手が生意気言うなと支部長に怒られた。
「偉いな。ちゃんと参加して」
何故か上半身裸を撮るらしく、凛義はバスローブ姿で待機していた。大きなスタジオにはシャッター音が飛び交い、スタッフが忙しなく動き回っている。
緊張して落ち着かず、座って俯いているところへ、奥に声をかけられた。
「こんなの、強制参加みたいなもんでしょう。出ないなら斡旋減らすって脅されましたよ」
不貞腐れて言った。奥が隣の椅子に座る。
「甲斐はドタキャンしてた」
「アリですかそれ。だったら俺もドタキャンすればよかったな」
奥には思うことがあるが、この場で話し相手になってくれるのはありがたかった。
「そんなこと言うな。自分の顔を売るチャンスだろ」
「俺はボートレーサーです。見た目で食ってるわけじゃない」
「だったら真剣に走れ」
「っ……」
何気ないふうに放たれた言葉に、頭が一瞬、空白になった。
驚いて隣を見る。奥は撮影現場を見たまま、静かに言った。
「八百長しているんだろう」
「な……」
「やたらアイツに懐いているのが気になったんでな、お前の過去のレースを見させてもらった。不思議なことに、お前が得意とするインコースやプールに限って、お前は出遅れたり旋回ミスをして着順を落としていた。オッズが高い時を狙って八百長をしているんだろう」
落ち着け。証拠はない。競走会からは何も言われていないし、最悪バレても、選手が認めなければそれで終わりだ。
「意味がわかりません。俺が甲斐さんに懐いているのは、甲斐さんの走りに惚れ込んでいるからです。強い人に憧れて何が悪いんですか」
「シラをきるか」
奥は苦笑した。
「利用されているだけなのに、健気なもんだな」
怒りと羞恥で、カッと頭に血が昇った。
「さっきから、何の話をしているのかわかりません」
「舟券を買っているのは別の人間だろう。そいつが口を割ったらお前ら、選手生命終わるぞ」
ドッと胸が跳ねた。
不正に加担する自分は、誰よりも甲斐と強固な関係を築けているはずだった。甲斐に好きな人がいても、選手生命を懸けた不正は、何よりも特別なのだと信じていた。
勘違いだった。甲斐は、八百長の情報を外部に流している。よほどの信頼関係がなければできない。相手は誰だ。そいつこそ、甲斐の好きな相手なのではないか。自分は甲斐に協力しているようで、そいつの懐を潤していただけなんじゃないか。
無意識に親指の爪を噛んでいて、隣から注がれる視線によって慌ててやめた。養成所でキッパリやめられたと思っていたのに、ふとした瞬間に現れる育ちの悪さが憎らしい。
「お前は、何も知らないんだな」
奥が言ったのと同時に、スタッフが奥を呼んだ。奥が立ち上がる。
「何もって……」
じゃあ、あんたは何を知っているんだ。甲斐に何を言ったんだ。眼差しを向ける凛義を見下ろし、奥は言った。
「アイツは暴力団と繋がっている」
「っ……」
「この仕事を続けたいなら、今すぐアイツと縁を切れ」
奥は撮影現場へと歩き出す。遠ざかる背中を眺めながら、凛義は不安に駆られた。
甲斐は、暴力団と繋がっている。
予想屋やノミ屋との交流すら処分の対象となるのだ。ヤクザとの繋がりがバレたら即刻クビ。八百長以前の問題だ。
「芹沢さーん」
スタッフに名前を呼ばれた。凛義は腹に力をこめ、立ち上がった。
「ええ男じゃのう。男のケツに執着してるなんて知ったら、世の女が泣きよるで」
雑誌を見ながら甲斐が楽しげに言う。
開かれたページには、頭から水を被った凛義のセクシーショットが載っている。傷跡が加工で消されたのは業腹だが、写真自体はさすがプロの仕事と思わせる出来栄えで、我ながら格好いい。だから甲斐に見せたのだ。
「俺のこと、好きになりそうですか?」
うつ伏せの彼にのし掛かった。だいぶ時間が経ったから、もう硬い。尻の割れ目にペニスを押し当てる。
「んっ……ええもんもっとると思うよ」
「甲斐さんが好きなのは俺のちんこだけ?」
柔らかくほぐれたそこは、まるで吸い上げるようにペニスを飲み込んでいく。
「あっ……んー、んっ……あっ、やば、い」
「俺を甲斐さんの1番にしてくれませんか」
「ん、それ……はっ……ああっ」
否定の言葉を聞きたくなくて、ずん、と深く押し入ると、甲斐のしなやかな体が反り返った。
細い顎を捉え、無理矢理顔をこちらに向かせ、唇を重ねる。舌先を突き出せば受け入れ、絡めて応じてくれる。拒絶されたらそれはそれで傷つくくせに、全て受け入れられることが物足りなく、恐ろしい。きっと甲斐は、求められたら誰にでも股を開く。本命が振り向いてくれないからだ。だから八百長で相手の懐を潤し、気を引こうとしている。
「甲斐さん……」
あなたは、ヤクザと繋がっているんですか。
気になって仕方がないのに、喉が抗う。聞いて、万が一にも甲斐が認めてしまったら、最悪の事態になった時、知らぬ存ぜぬでは通せない。
でも、八百長をやめようとは思わなかった。甲斐との繋がりを失いたくないのはもちろん、競艇ファンを裏切る行為に、凛義は倒錯した愉悦を覚えていた。
オッズを裏切り、4着に飛べば、「金を返せ」だの「下手くそ」だのと罵倒が飛ぶ。真っ当に走っていたら胃が痛くなるようなそれらの言葉も、こちらの計画通りだと思うと、何も知らずに本気になる連中が滑稽で、愛おしくさえ思えた。
不正なしに、選手を続けることはもはや不可能だった。競艇ファンは選手を賭博の駒としか見ていない。駒が人間に下剋上するには、意思の集約であるオッズを引っくり返すしかないのだ。
「偉いな。ちゃんと参加して」
何故か上半身裸を撮るらしく、凛義はバスローブ姿で待機していた。大きなスタジオにはシャッター音が飛び交い、スタッフが忙しなく動き回っている。
緊張して落ち着かず、座って俯いているところへ、奥に声をかけられた。
「こんなの、強制参加みたいなもんでしょう。出ないなら斡旋減らすって脅されましたよ」
不貞腐れて言った。奥が隣の椅子に座る。
「甲斐はドタキャンしてた」
「アリですかそれ。だったら俺もドタキャンすればよかったな」
奥には思うことがあるが、この場で話し相手になってくれるのはありがたかった。
「そんなこと言うな。自分の顔を売るチャンスだろ」
「俺はボートレーサーです。見た目で食ってるわけじゃない」
「だったら真剣に走れ」
「っ……」
何気ないふうに放たれた言葉に、頭が一瞬、空白になった。
驚いて隣を見る。奥は撮影現場を見たまま、静かに言った。
「八百長しているんだろう」
「な……」
「やたらアイツに懐いているのが気になったんでな、お前の過去のレースを見させてもらった。不思議なことに、お前が得意とするインコースやプールに限って、お前は出遅れたり旋回ミスをして着順を落としていた。オッズが高い時を狙って八百長をしているんだろう」
落ち着け。証拠はない。競走会からは何も言われていないし、最悪バレても、選手が認めなければそれで終わりだ。
「意味がわかりません。俺が甲斐さんに懐いているのは、甲斐さんの走りに惚れ込んでいるからです。強い人に憧れて何が悪いんですか」
「シラをきるか」
奥は苦笑した。
「利用されているだけなのに、健気なもんだな」
怒りと羞恥で、カッと頭に血が昇った。
「さっきから、何の話をしているのかわかりません」
「舟券を買っているのは別の人間だろう。そいつが口を割ったらお前ら、選手生命終わるぞ」
ドッと胸が跳ねた。
不正に加担する自分は、誰よりも甲斐と強固な関係を築けているはずだった。甲斐に好きな人がいても、選手生命を懸けた不正は、何よりも特別なのだと信じていた。
勘違いだった。甲斐は、八百長の情報を外部に流している。よほどの信頼関係がなければできない。相手は誰だ。そいつこそ、甲斐の好きな相手なのではないか。自分は甲斐に協力しているようで、そいつの懐を潤していただけなんじゃないか。
無意識に親指の爪を噛んでいて、隣から注がれる視線によって慌ててやめた。養成所でキッパリやめられたと思っていたのに、ふとした瞬間に現れる育ちの悪さが憎らしい。
「お前は、何も知らないんだな」
奥が言ったのと同時に、スタッフが奥を呼んだ。奥が立ち上がる。
「何もって……」
じゃあ、あんたは何を知っているんだ。甲斐に何を言ったんだ。眼差しを向ける凛義を見下ろし、奥は言った。
「アイツは暴力団と繋がっている」
「っ……」
「この仕事を続けたいなら、今すぐアイツと縁を切れ」
奥は撮影現場へと歩き出す。遠ざかる背中を眺めながら、凛義は不安に駆られた。
甲斐は、暴力団と繋がっている。
予想屋やノミ屋との交流すら処分の対象となるのだ。ヤクザとの繋がりがバレたら即刻クビ。八百長以前の問題だ。
「芹沢さーん」
スタッフに名前を呼ばれた。凛義は腹に力をこめ、立ち上がった。
「ええ男じゃのう。男のケツに執着してるなんて知ったら、世の女が泣きよるで」
雑誌を見ながら甲斐が楽しげに言う。
開かれたページには、頭から水を被った凛義のセクシーショットが載っている。傷跡が加工で消されたのは業腹だが、写真自体はさすがプロの仕事と思わせる出来栄えで、我ながら格好いい。だから甲斐に見せたのだ。
「俺のこと、好きになりそうですか?」
うつ伏せの彼にのし掛かった。だいぶ時間が経ったから、もう硬い。尻の割れ目にペニスを押し当てる。
「んっ……ええもんもっとると思うよ」
「甲斐さんが好きなのは俺のちんこだけ?」
柔らかくほぐれたそこは、まるで吸い上げるようにペニスを飲み込んでいく。
「あっ……んー、んっ……あっ、やば、い」
「俺を甲斐さんの1番にしてくれませんか」
「ん、それ……はっ……ああっ」
否定の言葉を聞きたくなくて、ずん、と深く押し入ると、甲斐のしなやかな体が反り返った。
細い顎を捉え、無理矢理顔をこちらに向かせ、唇を重ねる。舌先を突き出せば受け入れ、絡めて応じてくれる。拒絶されたらそれはそれで傷つくくせに、全て受け入れられることが物足りなく、恐ろしい。きっと甲斐は、求められたら誰にでも股を開く。本命が振り向いてくれないからだ。だから八百長で相手の懐を潤し、気を引こうとしている。
「甲斐さん……」
あなたは、ヤクザと繋がっているんですか。
気になって仕方がないのに、喉が抗う。聞いて、万が一にも甲斐が認めてしまったら、最悪の事態になった時、知らぬ存ぜぬでは通せない。
でも、八百長をやめようとは思わなかった。甲斐との繋がりを失いたくないのはもちろん、競艇ファンを裏切る行為に、凛義は倒錯した愉悦を覚えていた。
オッズを裏切り、4着に飛べば、「金を返せ」だの「下手くそ」だのと罵倒が飛ぶ。真っ当に走っていたら胃が痛くなるようなそれらの言葉も、こちらの計画通りだと思うと、何も知らずに本気になる連中が滑稽で、愛おしくさえ思えた。
不正なしに、選手を続けることはもはや不可能だった。競艇ファンは選手を賭博の駒としか見ていない。駒が人間に下剋上するには、意思の集約であるオッズを引っくり返すしかないのだ。
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