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『3号艇甲斐、唯一0台の好スタートっ! イン速攻っ! 4号艇岡村がまくりに行くが届かないっ! 3号艇甲斐、後続艇を一気に引き離すっ! 次のコーナーもクリアっ! セーフティーリードで悠々の一人旅っ! 5挺身以上の差をつけてゴールインっ! 九スポ杯を制したのは広島支部新人レーサー甲斐宗吾っ! なんとデビュー二ヶ月で初優勝っ!』
ボートを降り、発着場に入ると、早速取材陣に囲まれた。賞金百万円以下の一般戦だが、デビュー直後の新人だと、勝利するたびに何かと記事にされてしまう。
甲斐宗吾はヘルメットを外し、脇に抱えた。バシャバシャとシャッターが切られる。
「初優勝おめでとうございます!」
女の記者が言った。
「どーも」
宗吾がニコリと微笑むと、女の頬がポッと色付いた。
「デビュー後8走目で初勝利、二ヶ月で優勝という晴れがましい記録を打ち立てました。ご自身ではこの記録をどうお考えでしょう」
「どうって……奥と比べたら別に大したことないじゃろ」
「やはり、同期の奥秀人選手を意識しますか」
「まー、そうじゃな。養成所でもバチバチやっとったし」
「そうですか」
女の声が弾む。
「では、次の目標をお聞きします」
「目標言われてもな。目の前のレースをこなすだけ。ひとつでも多く勝つ。みんなこんな感じとちゃうん?」
取材を終えるなり、遠くで様子を伺っていた係員が慌ただしく駆けてきた。
「なんじゃ、今回は上手う答えとったやろ」
「お父様が病院に運び込まれましたっ! 通用口の前にタクシーを呼びましたので、急いでください!」
「えっ」
背中を押され、宗吾は頭が追いつかないまま走り出した。
「あんた……死ぬんやなかったの……どうすんの。そんな体で何ができんの……」
病室から聞こえてきた声に、ドアに掛けた手が跳ねた。
「意気地なしっ……死ぬって決めたんじゃったら、ちゃんと死にっ! あんたのせいで、どれだけうちや宗吾が苦労してきた思っとんじゃ!」
ひとつ深呼吸し、宗吾はスライド式のドアを開けた。
驚いたのは、病室は4人部屋で、他にも患者がいたことだ。不躾な視線を浴びながら、宗吾は両親の元へ行く。
「宗吾……」
痩せ細った母が言う。ベッドには足を吊った父がいた。宗吾を見るなりヘラっと笑った。
「父ちゃん、どうしたん……立体駐車場から落っこちたって……」
「すまんなあ。わし、まあたしくじってもうたわ」
「どうせ死ぬ気なんかなかったんよ。この人は、なんだって中途半端なんじゃから」
母の言葉には答えず、宗吾は父に言った。
「なんでそがいなことしたん。また金に困っとったん? そんなら言ってくれたら良かったやん。何を馬鹿なことしよるよ」
「この人ね、また騙されよったんよ」
母が言った。
「またあ? 父ちゃん、本当アホやなあ。今度は何したん」
「宗吾、甘やかさないの」
「甘やかすなて、父ちゃん飛び降りたんじゃろ? なんでそんな冷たいこと言いよるんよ。父ちゃん頑張ったやん。十メートル落ちて生還するなんて大したもんじゃろ。わしの勝負強さは父ちゃん譲りじゃな」
「やめてっ!」
「それはこっちのセリフやん。わし今日優勝したんやで。それやのになんで父ちゃん責められるん聞かなならんの。ほんま助かって良かったわ。わし父ちゃん死んだら嫌じゃよ」
「そうか宗吾、優勝しよったんか。それやのにこんなことんなって、申し訳なかったな」
「ほんまやよ。まあでも無事で良かったわ。優勝賞金も入るし、三人でうまいもんでも食い行こうや」
父はすまなそうに眉尻を下げた。
「……そんなん行ったら、あいつらに殺されるわ」
母がボソッと言った。
「この人、闇金から借りた金でなんの価値もない山を買ったんよ。メガソーラー建設計画で絶対上がるからって騙されて。アホ。闇金から金借りてまでやることちゃうわ。ほんまどうしてくれるん。この人のせいで、今度こそうちは終わりじゃ。五百万なんてどうやって払うん。なあ、あんた、どうやって払うつもりなん。今こうしている間にも馬鹿みたいに金利は上がり続けているんやよ」
「なんや父ちゃん……たった五百万のために死のうとしたん? それはアホすぎるわ。五百万くらい、わしなら半年で稼げるで」
「あいつらは半年も待ってくれないんよ。もう、生きとったって迷惑しかかけないんじゃから、家族のために死んでえや。なあ、死んでえや。うちが一人で生活するために貯めてきた金もこの人パチンコに使ったんよ。よいよこすい」
「……そんな、死ね死ね言うなや」
「ほんま、しんどいわあんたら。うちの苦労も知らないで」
「だからって父ちゃんに死ね言うのは違うやん。……母ちゃんはいつも不平不満ばっか言って、聞いてるこっちの身にもなれや。別に犯罪したわけちゃうやん。父ちゃんいつも」
母は窓の方へと歩き出した。宗吾はうんざりする。いい歳した大人が自分の言い分を通すために自殺を仄めかすなんてみっともない。
「母ちゃん」
苛立ちを露わに母を呼ぶ。
「そんな方行って何がしたいん。空気悪くすんなや」
「いつもいつも、あんたは父ちゃんの味方するんやね」
「それは母ちゃんが責めてばっかいるからやん」
「うちの味方はしてくれないんやね」
「味方とかなんなん。家族に敵も味方もないじゃろ」
母は窓を開けた。
「母ちゃん」
母は身を乗り出した。……そこまでするかよ。宗吾は舌打ちし、伸びてきた髪をガシガシとかいた。
ボートを降り、発着場に入ると、早速取材陣に囲まれた。賞金百万円以下の一般戦だが、デビュー直後の新人だと、勝利するたびに何かと記事にされてしまう。
甲斐宗吾はヘルメットを外し、脇に抱えた。バシャバシャとシャッターが切られる。
「初優勝おめでとうございます!」
女の記者が言った。
「どーも」
宗吾がニコリと微笑むと、女の頬がポッと色付いた。
「デビュー後8走目で初勝利、二ヶ月で優勝という晴れがましい記録を打ち立てました。ご自身ではこの記録をどうお考えでしょう」
「どうって……奥と比べたら別に大したことないじゃろ」
「やはり、同期の奥秀人選手を意識しますか」
「まー、そうじゃな。養成所でもバチバチやっとったし」
「そうですか」
女の声が弾む。
「では、次の目標をお聞きします」
「目標言われてもな。目の前のレースをこなすだけ。ひとつでも多く勝つ。みんなこんな感じとちゃうん?」
取材を終えるなり、遠くで様子を伺っていた係員が慌ただしく駆けてきた。
「なんじゃ、今回は上手う答えとったやろ」
「お父様が病院に運び込まれましたっ! 通用口の前にタクシーを呼びましたので、急いでください!」
「えっ」
背中を押され、宗吾は頭が追いつかないまま走り出した。
「あんた……死ぬんやなかったの……どうすんの。そんな体で何ができんの……」
病室から聞こえてきた声に、ドアに掛けた手が跳ねた。
「意気地なしっ……死ぬって決めたんじゃったら、ちゃんと死にっ! あんたのせいで、どれだけうちや宗吾が苦労してきた思っとんじゃ!」
ひとつ深呼吸し、宗吾はスライド式のドアを開けた。
驚いたのは、病室は4人部屋で、他にも患者がいたことだ。不躾な視線を浴びながら、宗吾は両親の元へ行く。
「宗吾……」
痩せ細った母が言う。ベッドには足を吊った父がいた。宗吾を見るなりヘラっと笑った。
「父ちゃん、どうしたん……立体駐車場から落っこちたって……」
「すまんなあ。わし、まあたしくじってもうたわ」
「どうせ死ぬ気なんかなかったんよ。この人は、なんだって中途半端なんじゃから」
母の言葉には答えず、宗吾は父に言った。
「なんでそがいなことしたん。また金に困っとったん? そんなら言ってくれたら良かったやん。何を馬鹿なことしよるよ」
「この人ね、また騙されよったんよ」
母が言った。
「またあ? 父ちゃん、本当アホやなあ。今度は何したん」
「宗吾、甘やかさないの」
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「やめてっ!」
「それはこっちのセリフやん。わし今日優勝したんやで。それやのになんで父ちゃん責められるん聞かなならんの。ほんま助かって良かったわ。わし父ちゃん死んだら嫌じゃよ」
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「ほんまやよ。まあでも無事で良かったわ。優勝賞金も入るし、三人でうまいもんでも食い行こうや」
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母がボソッと言った。
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「なんや父ちゃん……たった五百万のために死のうとしたん? それはアホすぎるわ。五百万くらい、わしなら半年で稼げるで」
「あいつらは半年も待ってくれないんよ。もう、生きとったって迷惑しかかけないんじゃから、家族のために死んでえや。なあ、死んでえや。うちが一人で生活するために貯めてきた金もこの人パチンコに使ったんよ。よいよこすい」
「……そんな、死ね死ね言うなや」
「ほんま、しんどいわあんたら。うちの苦労も知らないで」
「だからって父ちゃんに死ね言うのは違うやん。……母ちゃんはいつも不平不満ばっか言って、聞いてるこっちの身にもなれや。別に犯罪したわけちゃうやん。父ちゃんいつも」
母は窓の方へと歩き出した。宗吾はうんざりする。いい歳した大人が自分の言い分を通すために自殺を仄めかすなんてみっともない。
「母ちゃん」
苛立ちを露わに母を呼ぶ。
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「それは母ちゃんが責めてばっかいるからやん」
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