オッズ

兵馬俑

文字の大きさ
24 / 35
オッズ(2)

しおりを挟む
『3号艇甲斐、唯一0台の好スタートっ! イン速攻っ! 4号艇岡村がまくりに行くが届かないっ! 3号艇甲斐、後続艇を一気に引き離すっ! 次のコーナーもクリアっ! セーフティーリードで悠々の一人旅っ! 5挺身以上の差をつけてゴールインっ! 九スポ杯を制したのは広島支部新人レーサー甲斐宗吾っ! なんとデビュー二ヶ月で初優勝っ!』

 ボートを降り、発着場に入ると、早速取材陣に囲まれた。賞金百万円以下の一般戦だが、デビュー直後の新人だと、勝利するたびに何かと記事にされてしまう。

 甲斐宗吾はヘルメットを外し、脇に抱えた。バシャバシャとシャッターが切られる。

「初優勝おめでとうございます!」

 女の記者が言った。

「どーも」

 宗吾がニコリと微笑むと、女の頬がポッと色付いた。

「デビュー後8走目で初勝利、二ヶ月で優勝という晴れがましい記録を打ち立てました。ご自身ではこの記録をどうお考えでしょう」

「どうって……奥と比べたら別に大したことないじゃろ」

「やはり、同期の奥秀人選手を意識しますか」

「まー、そうじゃな。養成所でもバチバチやっとったし」

「そうですか」

 女の声が弾む。

「では、次の目標をお聞きします」

「目標言われてもな。目の前のレースをこなすだけ。ひとつでも多く勝つ。みんなこんな感じとちゃうん?」

 取材を終えるなり、遠くで様子を伺っていた係員が慌ただしく駆けてきた。

「なんじゃ、今回は上手う答えとったやろ」

「お父様が病院に運び込まれましたっ! 通用口の前にタクシーを呼びましたので、急いでください!」

「えっ」

 背中を押され、宗吾は頭が追いつかないまま走り出した。



「あんた……死ぬんやなかったの……どうすんの。そんな体で何ができんの……」

 病室から聞こえてきた声に、ドアに掛けた手が跳ねた。

「意気地なしっ……死ぬって決めたんじゃったら、ちゃんと死にっ! あんたのせいで、どれだけうちや宗吾が苦労してきた思っとんじゃ!」

 ひとつ深呼吸し、宗吾はスライド式のドアを開けた。

 驚いたのは、病室は4人部屋で、他にも患者がいたことだ。不躾な視線を浴びながら、宗吾は両親の元へ行く。

「宗吾……」

 痩せ細った母が言う。ベッドには足を吊った父がいた。宗吾を見るなりヘラっと笑った。

「父ちゃん、どうしたん……立体駐車場から落っこちたって……」

「すまんなあ。わし、まあたしくじってもうたわ」

「どうせ死ぬ気なんかなかったんよ。この人は、なんだって中途半端なんじゃから」

 母の言葉には答えず、宗吾は父に言った。

「なんでそがいなことしたん。また金に困っとったん? そんなら言ってくれたら良かったやん。何を馬鹿なことしよるよ」

「この人ね、また騙されよったんよ」

 母が言った。

「またあ? 父ちゃん、本当アホやなあ。今度は何したん」

「宗吾、甘やかさないの」

「甘やかすなて、父ちゃん飛び降りたんじゃろ? なんでそんな冷たいこと言いよるんよ。父ちゃん頑張ったやん。十メートル落ちて生還するなんて大したもんじゃろ。わしの勝負強さは父ちゃん譲りじゃな」

「やめてっ!」

「それはこっちのセリフやん。わし今日優勝したんやで。それやのになんで父ちゃん責められるん聞かなならんの。ほんま助かって良かったわ。わし父ちゃん死んだら嫌じゃよ」

「そうか宗吾、優勝しよったんか。それやのにこんなことんなって、申し訳なかったな」

「ほんまやよ。まあでも無事で良かったわ。優勝賞金も入るし、三人でうまいもんでも食い行こうや」

 父はすまなそうに眉尻を下げた。

「……そんなん行ったら、あいつらに殺されるわ」

 母がボソッと言った。

「この人、闇金から借りた金でなんの価値もない山を買ったんよ。メガソーラー建設計画で絶対上がるからって騙されて。アホ。闇金から金借りてまでやることちゃうわ。ほんまどうしてくれるん。この人のせいで、今度こそうちは終わりじゃ。五百万なんてどうやって払うん。なあ、あんた、どうやって払うつもりなん。今こうしている間にも馬鹿みたいに金利は上がり続けているんやよ」

「なんや父ちゃん……たった五百万のために死のうとしたん? それはアホすぎるわ。五百万くらい、わしなら半年で稼げるで」

「あいつらは半年も待ってくれないんよ。もう、生きとったって迷惑しかかけないんじゃから、家族のために死んでえや。なあ、死んでえや。うちが一人で生活するために貯めてきた金もこの人パチンコに使ったんよ。よいよこすい」

「……そんな、死ね死ね言うなや」

「ほんま、しんどいわあんたら。うちの苦労も知らないで」

「だからって父ちゃんに死ね言うのは違うやん。……母ちゃんはいつも不平不満ばっか言って、聞いてるこっちの身にもなれや。別に犯罪したわけちゃうやん。父ちゃんいつも」

 母は窓の方へと歩き出した。宗吾はうんざりする。いい歳した大人が自分の言い分を通すために自殺を仄めかすなんてみっともない。

「母ちゃん」

 苛立ちを露わに母を呼ぶ。

「そんな方行って何がしたいん。空気悪くすんなや」

「いつもいつも、あんたは父ちゃんの味方するんやね」

「それは母ちゃんが責めてばっかいるからやん」

「うちの味方はしてくれないんやね」

「味方とかなんなん。家族に敵も味方もないじゃろ」

 母は窓を開けた。

「母ちゃん」

 母は身を乗り出した。……そこまでするかよ。宗吾は舌打ちし、伸びてきた髪をガシガシとかいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺にだけ厳しい幼馴染とストーカー事件を調査した結果、結果、とんでもない事実が判明した

あと
BL
「また物が置かれてる!」 最近ポストやバイト先に物が贈られるなどストーカー行為に悩まされている主人公。物理的被害はないため、警察は動かないだろうから、自分にだけ厳しいチャラ男幼馴染を味方につけ、自分たちだけで調査することに。なんとかストーカーを捕まえるが、違和感は残り、物語は意外な方向に…? ⚠️ヤンデレ、ストーカー要素が含まれています。 攻めが重度のヤンデレです。自衛してください。 ちょっと怖い場面が含まれています。 ミステリー要素があります。 一応ハピエンです。 主人公:七瀬明 幼馴染:月城颯 ストーカー:不明 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

鳥籠の夢

hina
BL
広大な帝国の属国になった小国の第七王子は帝国の若き皇帝に輿入れすることになる。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...