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『WEB旭日』
新人ボートレーサー、初優勝日に母親自殺。『しんどい』と漏らす母に『こっちの身にもなれや』病室から聞こえたボートレーサーの冷たい本音。
11月3日、唐津競艇場で開催された一般戦にて甲斐宗吾選手(17)が初優勝を飾った。甲斐選手は◯◯期として養成所に入所。卒業レースは準優勝だった。
デビュー後わずか8走目で初勝利。その後も勝利を重ね、異例の速さで優勝戦を制した。
しかし勝利を決めた直後、甲斐選手の元に父親が入院したとの知らせが入った。
同室の入院患者はこう話す。
『なんや、自分がボートレーサーっちゅうことをえらいアピールしとったよ。五百万くらい簡単に稼げるって。賞金入ったからパーっと遊ぼうやって。お母さんはそんな気分になれんかったんやろね。そらそうだよ。旦那が保険金目当てで飛び降りたんやもん。それやのにあの甲斐ってレーサーは不平不満ばっか言うなって怒り出して』
母親はおもむろに窓へと歩き出し、そのまま飛び降りたと言う。同じ場所にいながら、なぜ甲斐選手は引き止めなかったのだろうか……
我々は◯◯期の卒業パンフレットを入手した。他の選手が賞レースでの優勝を目標に掲げる中で、甲斐選手は『たくさんカネを稼ぎたい』と書いていた。その背景には、複雑な家庭環境があったのかもしれない。
優勝後のインタビューで甲斐選手はこう語った。
『奥秀人と比べると自分はまだまだ。一回でも多く彼に勝ちたい』
同期の奥秀人選手は東京支部の17歳。父親は会社経営者で、地元では有名な資産家だ。
甲斐選手のインタビューからは、裕福な家庭で育った奥選手に対する敵対心が窺える。
母親を失った甲斐選手。今後のレースにはどう影響するのだろうか。引き続きWEB旭日では、甲斐選手に注目していきたい。
歯切れの悪い言葉。ハッキリとは触れないが、解説者があの事件を思い浮かべていることは明らかだった。
『いやー……甲斐選手……調子よく走れていたんですけどねえ……んー、これは……でもまだ三日目ですから、気を取り直してもらいたいですね。同期の奥選手もいることですし』
転覆したからといって、エンジンを別のものに変更することはできない。宗吾はシャワーを浴びた後、整備場へと急いだ。
自分のボートへ向かい、エンジンを取り外す。水を吸ったエンジンは舟足が悪くなるため、次のレースまでに選手自らが分解洗浄しなければならない。
「甲斐っ……」
とそこへ、奥がやってきた。なんとなく顔を向けることができない。『WEB旭日』の記事を、奥は当然見ているはずなのだ。
「手伝う」
「おう……ありがとぅね」
エンジンの分解は宗吾が行い、洗浄が奥が行った。
「大丈夫か」
「見たらわかるじゃろ。どこも怪我しとらんよ」
「お母さんのこと」
「ハッキリ言いよる」
思わず笑った。
「ひどい記事を読んだからな。あんなの気にするな」
「どうしたん。えらい優しいやん」
「月並みの言葉しか出てこない自分が嫌になる」
「勝手に嫌んなっとけ。わりゃは自分に自信がありすぎる。ちょうどよくなるんとちゃうの」
「甲斐」
「何」
「辛くなったら、俺に言えよ」
「じゃけえ、わりゃはいちいち自信過剰なんよ。わりゃに解決できないことだってあるんやぞ」
「最善を尽くす」
あの記事には「敵対心」と書かれていたが、宗吾と奥は養成所で一番仲が良かった。確かに生まれ育った境遇は異なるが、奥とは不思議と波長が合う。わざと難解な広島弁で話しても、奥はなぜか理解した。卒業レースの後、どさくさに紛れて抱きしめたら、予想通り彼の体はしっくり腕に馴染んだ。
「じゃあ、母ちゃん生き返らせてや」
奥は哀れむでもなく、ムッと不快感を露わにした。
「それはできない」
「じゃろ。だったらほっといてや」
「……」
今のは意地悪だったか。奥が自分に声をかけたのは優しさ以外のなんでもない。宗吾は奥の優しさに応えようと、「助かったわ」と言った。
「箸、わりゃに厳しく指導されたおかげで恥かかんで済んだわ。母ちゃんの骨、上手う持てたで」
奥の手が止まる。辛そうに眉根をギュッと寄せた。
「んな顔すんなや。男前が台無しじゃ」
宗吾は励ますように笑いかけた。見栄を張ったり、取り繕ったりといったことを、奥はやらない。だから釣られて笑うこともない。こういうのは堪える。
「……まあ、しんどなったら言うわ」
宗吾は作業台に向き直った。海水に浸かった部品にスプレーを噴き掛ける。
指先までジロジロと見つめられ、落ち着かない。鼓動が速くなっていく。まさか、バレたのだろうか。
わしがわざと負けたって。
新人ボートレーサー、初優勝日に母親自殺。『しんどい』と漏らす母に『こっちの身にもなれや』病室から聞こえたボートレーサーの冷たい本音。
11月3日、唐津競艇場で開催された一般戦にて甲斐宗吾選手(17)が初優勝を飾った。甲斐選手は◯◯期として養成所に入所。卒業レースは準優勝だった。
デビュー後わずか8走目で初勝利。その後も勝利を重ね、異例の速さで優勝戦を制した。
しかし勝利を決めた直後、甲斐選手の元に父親が入院したとの知らせが入った。
同室の入院患者はこう話す。
『なんや、自分がボートレーサーっちゅうことをえらいアピールしとったよ。五百万くらい簡単に稼げるって。賞金入ったからパーっと遊ぼうやって。お母さんはそんな気分になれんかったんやろね。そらそうだよ。旦那が保険金目当てで飛び降りたんやもん。それやのにあの甲斐ってレーサーは不平不満ばっか言うなって怒り出して』
母親はおもむろに窓へと歩き出し、そのまま飛び降りたと言う。同じ場所にいながら、なぜ甲斐選手は引き止めなかったのだろうか……
我々は◯◯期の卒業パンフレットを入手した。他の選手が賞レースでの優勝を目標に掲げる中で、甲斐選手は『たくさんカネを稼ぎたい』と書いていた。その背景には、複雑な家庭環境があったのかもしれない。
優勝後のインタビューで甲斐選手はこう語った。
『奥秀人と比べると自分はまだまだ。一回でも多く彼に勝ちたい』
同期の奥秀人選手は東京支部の17歳。父親は会社経営者で、地元では有名な資産家だ。
甲斐選手のインタビューからは、裕福な家庭で育った奥選手に対する敵対心が窺える。
母親を失った甲斐選手。今後のレースにはどう影響するのだろうか。引き続きWEB旭日では、甲斐選手に注目していきたい。
歯切れの悪い言葉。ハッキリとは触れないが、解説者があの事件を思い浮かべていることは明らかだった。
『いやー……甲斐選手……調子よく走れていたんですけどねえ……んー、これは……でもまだ三日目ですから、気を取り直してもらいたいですね。同期の奥選手もいることですし』
転覆したからといって、エンジンを別のものに変更することはできない。宗吾はシャワーを浴びた後、整備場へと急いだ。
自分のボートへ向かい、エンジンを取り外す。水を吸ったエンジンは舟足が悪くなるため、次のレースまでに選手自らが分解洗浄しなければならない。
「甲斐っ……」
とそこへ、奥がやってきた。なんとなく顔を向けることができない。『WEB旭日』の記事を、奥は当然見ているはずなのだ。
「手伝う」
「おう……ありがとぅね」
エンジンの分解は宗吾が行い、洗浄が奥が行った。
「大丈夫か」
「見たらわかるじゃろ。どこも怪我しとらんよ」
「お母さんのこと」
「ハッキリ言いよる」
思わず笑った。
「ひどい記事を読んだからな。あんなの気にするな」
「どうしたん。えらい優しいやん」
「月並みの言葉しか出てこない自分が嫌になる」
「勝手に嫌んなっとけ。わりゃは自分に自信がありすぎる。ちょうどよくなるんとちゃうの」
「甲斐」
「何」
「辛くなったら、俺に言えよ」
「じゃけえ、わりゃはいちいち自信過剰なんよ。わりゃに解決できないことだってあるんやぞ」
「最善を尽くす」
あの記事には「敵対心」と書かれていたが、宗吾と奥は養成所で一番仲が良かった。確かに生まれ育った境遇は異なるが、奥とは不思議と波長が合う。わざと難解な広島弁で話しても、奥はなぜか理解した。卒業レースの後、どさくさに紛れて抱きしめたら、予想通り彼の体はしっくり腕に馴染んだ。
「じゃあ、母ちゃん生き返らせてや」
奥は哀れむでもなく、ムッと不快感を露わにした。
「それはできない」
「じゃろ。だったらほっといてや」
「……」
今のは意地悪だったか。奥が自分に声をかけたのは優しさ以外のなんでもない。宗吾は奥の優しさに応えようと、「助かったわ」と言った。
「箸、わりゃに厳しく指導されたおかげで恥かかんで済んだわ。母ちゃんの骨、上手う持てたで」
奥の手が止まる。辛そうに眉根をギュッと寄せた。
「んな顔すんなや。男前が台無しじゃ」
宗吾は励ますように笑いかけた。見栄を張ったり、取り繕ったりといったことを、奥はやらない。だから釣られて笑うこともない。こういうのは堪える。
「……まあ、しんどなったら言うわ」
宗吾は作業台に向き直った。海水に浸かった部品にスプレーを噴き掛ける。
指先までジロジロと見つめられ、落ち着かない。鼓動が速くなっていく。まさか、バレたのだろうか。
わしがわざと負けたって。
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