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逮捕後72時間。勾留が決定し、甲斐との面会が許された。
「よく来たやん」
開口一番、甲斐は言った。Tシャツに短パン。彼が着ているのは凛義が小説と一緒に差し入れた服だ。そこそこいい値段がするものなのに、強化ガラス越しに見るとひどく見窄らしく見えた。
「そりゃ、来ますよ……」
「悪いな。わしと仲良くしとったから、風当たり強いじゃろ」
「休みを貰いました」
「そうか。まあほとぼり冷めるまでゆっくり休み」
「はい……」
「わりゃが持ってきてくれた小説、役に立っとるで」
入院中の暇つぶしにと、弟が差し入れてくれたものをそのまま差し入れただけだ。
「わしな、小説嫌いやねん。でもここにいると時間が腐るほどあるからな。読んでもうたわ。そんならなんか、感動した。わしって小説読めるんやって。アホじゃろ?」
凛義は読まなかった。入院中は退屈だったが、スマホを使うことができる環境で、わざわざ活字を読む気にはならなかった。
「甲斐さんはアホじゃないです」
「ここにおる時点でアホやって」
「……どうして、自首したんですか」
「カッコつけた言い方するとケジメじゃな」
「甲斐さんのせいで、ボートレースはファンからの信用を失いました」
昨日、競走会本部で言われた言葉をぶつけた。凛義自身は、ボートレースの信用などどうだっていい。ただ、勝手に自首した甲斐を責めたいだけだ。
「どうしてくれるんですか……」
「知らん」
「無責任すぎます」
「人間が関わる賞レースに八百長はつきもんじゃ。それが賭け事ならなおさら……わしは、公営ギャンブルから八百長は絶対なくならん思っとるよ」
「開き直んなよ……」
「なんとでも言い」
「俺もそっちに行っていいですか」
凛義が恨めしげに問うと、監視役の警察官がチラとこちらを見るのがわかった。
「……わりゃが思っとるほど、競艇は悪いもんやないで」
「俺は、死にかけて、罵倒されたんですよ……あいつらは、選手のことを人間だなんて思ってない。俺は、もうずっと、その声が鼓膜から離れない」
「そうなったんは、わりゃがその言葉を頭ん中で反芻しとるからじゃ」
「っ……」
俺が悪いと言うのか。あんまりだと思った。
「視野狭めてんのは、自分自身やで。……いいかげん、目え覚そうや」
「甲斐さんと一緒にしないでください。死んだ恋人をいつまでも忘れられないあなたと俺は違う」
そこまで打撃力のある返しをしたつもりはないのに、甲斐は押し黙り、俯いてしまった。
まだ未練があるのか。凛義の胸に、嗜虐欲を伴った苛立ちが芽生える。
「甲斐さん、言いましたよね? 白けたって、目えさまさんとって。俺、嬉しかったんですよ。甲斐さんの妄想に付き合わずに済むんだって。これで俺を見てくれるって。……なのに、まだ五十嵐に未練があるんですか?」
「……ちゃうよ」
面会時間は十五分。一旦悪くなった空気は最後まで回復することなく、甲斐との面会は終わった。
警察署を出る。足元が不安定にぐらついた。十一月に入って、セーター一枚では寒いくらいなのに、少し歩いただけで背中に汗が滲んだ。イライラする。心拍数が異常に速くなってきた。
ポケットの中でスマホが振動し、どこか救われたような気持ちになる。足を止め、見ると発信者は弟だった。
弟は八百長を嫌っていた。八百長の報道を見て、兄もちゃんと処罰を受けているのか気になったのかもしれない。
胸が弾んだ。ここにいた、と思った。俺がボートレースを続けることを、許さない人間が。
「もしもし」
『あっ……兄さん……良かった。繋がった』
ホッとしたような声。想像していた反応と違い、凛義の胸に、得体の知れない不安が込み上げる。
「……なんの用だよ」
『ごめん……甲斐って人が逮捕されたってニュースで見て……兄さん、大丈夫かなって……』
不安が明確な形になっていく。
『ごめん……こ、こんなことで電話して……でも、大丈夫なら、よかった』
「なにが」
『えっ……と……兄さんが……逮捕されなくて』
「お前……わざと負けるなんてダメだって、言ったじゃないかっ!」
つい声を荒げてしまい、通行人がチラとこちらを見た。
「なんだよ……お前もっ……続けろって言うのかよっ……なんで……あんなひどいこと言ったのに……俺のこと心配してんだよっ!」
心配されるのは、罵倒されるよりも恐ろしい。どうしてこいつは、たいして優しくもない兄をこれほど慕ってくるのか。気味が悪い。俺はずっと、心の隅で僻んでいたのに。
『兄さんは……辞めたいの?』
「ああ、辞めたいよ。今日だってな、辞めようと思って競走会本部まで行ったんだっ……なのにしばらく休めだってさっ! 腐ってやがるっ!」
『そう……』
沈んだ声で言ったきり、弟は黙り込んだ。凛義もムカムカするだけでそれ以上言葉が続かない。
「じゃあな」
言って、スマホを耳から離そうとした時、『待って!』と強い声が返ってきた。
『待って。切らないで……兄さん、休むならさ……僕と一緒に暮らさない?』
「は?」
こいつは何を言っているのだ?
『僕たち……あまり一緒にいなかったでしょ。だからその……休んでいる間、家族らしいこと……しない?』
「売春しているやつと一緒に暮らせって言うのか」
『……もうしてないよ』
泣きそうな声に、罪悪感を刺激され、こっちまで泣きそうになった。
「ごめん……ひどいこと言った」
『ううん。本当のことだから。でも、今はしてないよ』
「そうか」
『一緒に暮らすの、嫌ならいいよ』
「嫌じゃない」
反射的に言ってしまった。ハッと息をのむ声の後、『ありがとう』と震えた声が返ってきた。
大学生の弟は、拠点を東京へ移すことはできない。だから同居は弟のマンションに上がり込む形となった。
「な……なんだこれ……」
朝、キッチンを見た凛義は絶句した。真新しいシステムキッチンは、調味料や野菜の皮で惨憺たる状況だった。
「あ、兄さん、おはよう」
包丁を持ったまま弟が振り返る。高そうな白シャツは油と醤油で汚れていた。
「お……はよう」
「ごめん。兄さんが起きるまでに朝ごはん作っておきたかったんだけど……僕、要領悪くて……」
「料理……あまりしないのか?」
「うん……いつも外食で済ませたり、友達に作ってもらったり……だから自分で作ることは全然ないんだ」
「そう……なのか」
ザク、と大根を切る音が危なっかしい。よく見ると、弟の指にはいくつも絆創膏が貼られていた。一体何が悪いんだろう。まじまじと弟の手元を見ていると、包丁を持つ手はますますぎこちなくなっていく。
「俺がやろうか?」
「え?」
「貸して。お前、危なっかしい」
横から包丁を取り上げた。大根を支え、包丁を入れる。
「こういうの、母さんの見ていればわかるんじゃないのか?」
「……そうだよね。僕、見てなかったから」
弟は箸の持ち方もおかしかった。勉強はできるのだろうが、一緒に生活していると、「今までどうやって生きてきたんだ?」と疑問に思うことが多々ある。
もっとも凛義自身も、養成所では同期を驚かせていた。箸の持ち方や整理整頓、風邪を引いた時の対処法……一般常識は、ほとんど養成所で身につけた。あの一年がなかったら、自分も弟のようになっていたかもしれない。
でもおかしい。母と生活していた弟が、どうして箸もまともに持てないのか。だし巻き卵を作ろうと、弟は菜箸を動かしているが、卵が焼けるスピードに追いついていない。
「母さんは、あまり料理しなかった?」
「たまに作ってくれたよ」
「母さんの料理は何が好き?」
俺は……と記憶を辿るが、思い出されるのはファミレスでの食事風景だ。
「うーん……餃子かな」
「餃子かっ! いいな。餃子なんか作ってくれたのか」
「うん。たまに食べたくなるから、常備してる」
と、弟は冷蔵庫の一番下を開けた。アイスと一緒に冷凍餃子が入っていた。
「今夜はこれにする?」
「あ……ああ、そうだな」
疑惑はますます強くなる。
弟が恨めしくてたまらなかった。でも弟も、本当は自分と変わらないのではないか。母との生活も、そんなに幸せではなかったんじゃないか。
「なあ」
「?」
凛義が父の話をしないように、弟も母の話をしない。
「母さんとの生活、どうだった?」
弟の表情が固まった。
「……楽しかったよ」
「本当か?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「嘘、ついてそうだから」
弟の顔をじっと見る。「ついてないよ」と答える唇が震えていた。
「どうして嘘つくんだよ」
「嘘なんかついてないよ……」
もう弟は泣きそうだった。嘘をついているのは明らかで、凛義まで泣きそうになる。
「あーもう、貸して。お前、下手すぎて見てらんない」
菜箸も取り上げる。卵をフライパンの端に寄せ、フライ返しでひっくり返す。単純作業を「すごい」と褒められて恥ずかしい。
「よく来たやん」
開口一番、甲斐は言った。Tシャツに短パン。彼が着ているのは凛義が小説と一緒に差し入れた服だ。そこそこいい値段がするものなのに、強化ガラス越しに見るとひどく見窄らしく見えた。
「そりゃ、来ますよ……」
「悪いな。わしと仲良くしとったから、風当たり強いじゃろ」
「休みを貰いました」
「そうか。まあほとぼり冷めるまでゆっくり休み」
「はい……」
「わりゃが持ってきてくれた小説、役に立っとるで」
入院中の暇つぶしにと、弟が差し入れてくれたものをそのまま差し入れただけだ。
「わしな、小説嫌いやねん。でもここにいると時間が腐るほどあるからな。読んでもうたわ。そんならなんか、感動した。わしって小説読めるんやって。アホじゃろ?」
凛義は読まなかった。入院中は退屈だったが、スマホを使うことができる環境で、わざわざ活字を読む気にはならなかった。
「甲斐さんはアホじゃないです」
「ここにおる時点でアホやって」
「……どうして、自首したんですか」
「カッコつけた言い方するとケジメじゃな」
「甲斐さんのせいで、ボートレースはファンからの信用を失いました」
昨日、競走会本部で言われた言葉をぶつけた。凛義自身は、ボートレースの信用などどうだっていい。ただ、勝手に自首した甲斐を責めたいだけだ。
「どうしてくれるんですか……」
「知らん」
「無責任すぎます」
「人間が関わる賞レースに八百長はつきもんじゃ。それが賭け事ならなおさら……わしは、公営ギャンブルから八百長は絶対なくならん思っとるよ」
「開き直んなよ……」
「なんとでも言い」
「俺もそっちに行っていいですか」
凛義が恨めしげに問うと、監視役の警察官がチラとこちらを見るのがわかった。
「……わりゃが思っとるほど、競艇は悪いもんやないで」
「俺は、死にかけて、罵倒されたんですよ……あいつらは、選手のことを人間だなんて思ってない。俺は、もうずっと、その声が鼓膜から離れない」
「そうなったんは、わりゃがその言葉を頭ん中で反芻しとるからじゃ」
「っ……」
俺が悪いと言うのか。あんまりだと思った。
「視野狭めてんのは、自分自身やで。……いいかげん、目え覚そうや」
「甲斐さんと一緒にしないでください。死んだ恋人をいつまでも忘れられないあなたと俺は違う」
そこまで打撃力のある返しをしたつもりはないのに、甲斐は押し黙り、俯いてしまった。
まだ未練があるのか。凛義の胸に、嗜虐欲を伴った苛立ちが芽生える。
「甲斐さん、言いましたよね? 白けたって、目えさまさんとって。俺、嬉しかったんですよ。甲斐さんの妄想に付き合わずに済むんだって。これで俺を見てくれるって。……なのに、まだ五十嵐に未練があるんですか?」
「……ちゃうよ」
面会時間は十五分。一旦悪くなった空気は最後まで回復することなく、甲斐との面会は終わった。
警察署を出る。足元が不安定にぐらついた。十一月に入って、セーター一枚では寒いくらいなのに、少し歩いただけで背中に汗が滲んだ。イライラする。心拍数が異常に速くなってきた。
ポケットの中でスマホが振動し、どこか救われたような気持ちになる。足を止め、見ると発信者は弟だった。
弟は八百長を嫌っていた。八百長の報道を見て、兄もちゃんと処罰を受けているのか気になったのかもしれない。
胸が弾んだ。ここにいた、と思った。俺がボートレースを続けることを、許さない人間が。
「もしもし」
『あっ……兄さん……良かった。繋がった』
ホッとしたような声。想像していた反応と違い、凛義の胸に、得体の知れない不安が込み上げる。
「……なんの用だよ」
『ごめん……甲斐って人が逮捕されたってニュースで見て……兄さん、大丈夫かなって……』
不安が明確な形になっていく。
『ごめん……こ、こんなことで電話して……でも、大丈夫なら、よかった』
「なにが」
『えっ……と……兄さんが……逮捕されなくて』
「お前……わざと負けるなんてダメだって、言ったじゃないかっ!」
つい声を荒げてしまい、通行人がチラとこちらを見た。
「なんだよ……お前もっ……続けろって言うのかよっ……なんで……あんなひどいこと言ったのに……俺のこと心配してんだよっ!」
心配されるのは、罵倒されるよりも恐ろしい。どうしてこいつは、たいして優しくもない兄をこれほど慕ってくるのか。気味が悪い。俺はずっと、心の隅で僻んでいたのに。
『兄さんは……辞めたいの?』
「ああ、辞めたいよ。今日だってな、辞めようと思って競走会本部まで行ったんだっ……なのにしばらく休めだってさっ! 腐ってやがるっ!」
『そう……』
沈んだ声で言ったきり、弟は黙り込んだ。凛義もムカムカするだけでそれ以上言葉が続かない。
「じゃあな」
言って、スマホを耳から離そうとした時、『待って!』と強い声が返ってきた。
『待って。切らないで……兄さん、休むならさ……僕と一緒に暮らさない?』
「は?」
こいつは何を言っているのだ?
『僕たち……あまり一緒にいなかったでしょ。だからその……休んでいる間、家族らしいこと……しない?』
「売春しているやつと一緒に暮らせって言うのか」
『……もうしてないよ』
泣きそうな声に、罪悪感を刺激され、こっちまで泣きそうになった。
「ごめん……ひどいこと言った」
『ううん。本当のことだから。でも、今はしてないよ』
「そうか」
『一緒に暮らすの、嫌ならいいよ』
「嫌じゃない」
反射的に言ってしまった。ハッと息をのむ声の後、『ありがとう』と震えた声が返ってきた。
大学生の弟は、拠点を東京へ移すことはできない。だから同居は弟のマンションに上がり込む形となった。
「な……なんだこれ……」
朝、キッチンを見た凛義は絶句した。真新しいシステムキッチンは、調味料や野菜の皮で惨憺たる状況だった。
「あ、兄さん、おはよう」
包丁を持ったまま弟が振り返る。高そうな白シャツは油と醤油で汚れていた。
「お……はよう」
「ごめん。兄さんが起きるまでに朝ごはん作っておきたかったんだけど……僕、要領悪くて……」
「料理……あまりしないのか?」
「うん……いつも外食で済ませたり、友達に作ってもらったり……だから自分で作ることは全然ないんだ」
「そう……なのか」
ザク、と大根を切る音が危なっかしい。よく見ると、弟の指にはいくつも絆創膏が貼られていた。一体何が悪いんだろう。まじまじと弟の手元を見ていると、包丁を持つ手はますますぎこちなくなっていく。
「俺がやろうか?」
「え?」
「貸して。お前、危なっかしい」
横から包丁を取り上げた。大根を支え、包丁を入れる。
「こういうの、母さんの見ていればわかるんじゃないのか?」
「……そうだよね。僕、見てなかったから」
弟は箸の持ち方もおかしかった。勉強はできるのだろうが、一緒に生活していると、「今までどうやって生きてきたんだ?」と疑問に思うことが多々ある。
もっとも凛義自身も、養成所では同期を驚かせていた。箸の持ち方や整理整頓、風邪を引いた時の対処法……一般常識は、ほとんど養成所で身につけた。あの一年がなかったら、自分も弟のようになっていたかもしれない。
でもおかしい。母と生活していた弟が、どうして箸もまともに持てないのか。だし巻き卵を作ろうと、弟は菜箸を動かしているが、卵が焼けるスピードに追いついていない。
「母さんは、あまり料理しなかった?」
「たまに作ってくれたよ」
「母さんの料理は何が好き?」
俺は……と記憶を辿るが、思い出されるのはファミレスでの食事風景だ。
「うーん……餃子かな」
「餃子かっ! いいな。餃子なんか作ってくれたのか」
「うん。たまに食べたくなるから、常備してる」
と、弟は冷蔵庫の一番下を開けた。アイスと一緒に冷凍餃子が入っていた。
「今夜はこれにする?」
「あ……ああ、そうだな」
疑惑はますます強くなる。
弟が恨めしくてたまらなかった。でも弟も、本当は自分と変わらないのではないか。母との生活も、そんなに幸せではなかったんじゃないか。
「なあ」
「?」
凛義が父の話をしないように、弟も母の話をしない。
「母さんとの生活、どうだった?」
弟の表情が固まった。
「……楽しかったよ」
「本当か?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「嘘、ついてそうだから」
弟の顔をじっと見る。「ついてないよ」と答える唇が震えていた。
「どうして嘘つくんだよ」
「嘘なんかついてないよ……」
もう弟は泣きそうだった。嘘をついているのは明らかで、凛義まで泣きそうになる。
「あーもう、貸して。お前、下手すぎて見てらんない」
菜箸も取り上げる。卵をフライパンの端に寄せ、フライ返しでひっくり返す。単純作業を「すごい」と褒められて恥ずかしい。
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