106 / 189
第9章 使、命
第367話 優秀
しおりを挟む数ヶ月にわたって頭を悩ませたその大軍勢の引き際を、翠玉は自室の窓から見送った。
夕を迎えて影が落ち始めた大地に、煌々と松明の明かりが列をなす。
「なんだか、呆気ない幕切れね」
ポツリと呟くと、卓で書き物をしていた2人の少年が顔を上げて、同じように窓の外を眺めた。
時を同じくして、部屋の扉が開いて華南が戻ってきた。
「今し方、紫瑞側からこちらの条件には従えない。ゆえに休戦要請を取り消すと、通達があったみたいです」
報告を聞いて、翠玉は頷いて再度窓の外を眺める。
「結局、董伯央は誤った道を選択してしまったみたいね。もしかしたら、これでまた大きく各国の力関係が変わるかもしれないわ」
翠玉と窓の外の光景を見比べて戸惑った顔をしている2人の少年に視線を移して、苦笑する。
「お2人とも、よく覚えておいて下さいね。道を示す者の傲りと欲は一つ間違えば、大きな不易をもたらします。欲望や志を高くする事は悪いことではありません。しかし使いどころと引き際を間違ってはなりません。そこで流れるのは国民の血です」
稜寧と、幸悠。まだ、純真さを含んだ相貌がしっかりと翠玉を見つめていた。
「お2人とも、とても優秀であることはご自分でも分かっているでしょう?ですが優秀な者でも間違うことも、思い通りに行かない事もあるのです。優秀は完璧ではない。董伯央がいい例ですね、彼は優秀が故に、負けることが少ない。だから引くことができない。冷静に考えているつもりでも、矜恃が邪魔をして冷静な判断ができなくなる。それがもたらす犠牲がどんなものであるのか……その行く末をよく見ておかれると良いでしょう」
2人の唇にグッと力が入るのが分かった。
この少年達はいずれこの国になくてはならない立場になるだろう。だからこそ、今日ここで彼らにこの光景を見せたかった。
「翠玉様は、董伯央はどの段階で引くべきだったのだと思われますか?」
しばらく窓の外と翠玉を見比べていた稜寧が、口を開いた。
その問いに翠玉は少し考えるそぶりをみせて「2人は何処だったと思う?」と問うた。
思いがけない逆質問に2人が息を飲むのを見て、翠玉はその素直な反応に、くすりと笑みをこぼした。
「明日までの宿題にしましょうか?それぞれ考えてみて下さいね」
釈然としない顔をする2人にそう言って翠玉はまた窓の外に目を向ける。
薄暗くなった大地に西へ向けて列をなす紫瑞軍に、南西から追い立てるように近づいていく碧相軍の姿が見えてくる。
董伯央の引き際は、数多にあった。
雲梯を使った策が破られた時、夜襲に失敗して堯雅浪の身柄をこちらに取られた時、そして休戦交渉条件を提示された時。
しかし翠玉ならば、そのどれも取らなかったと思うのだ。
なぜならこの戦を起こした事こそが彼が判断を見誤った結果だと思っているからだ。
緋堯を属国としたところでひとまず満足していれば良かったのだ。緋堯の内政を取り込んで、数年をかけて、緋堯の兵力を増強して、まとめ上げた後に、この戦に持ち込めていたのならば随分と違っただろう。
堯雅浪が、幼い皇帝を隠し、その所在が掴めなかった事が、まず彼の想定外だったはずなのだ。
そこで、堯雅浪はじめ臣下や皇帝を抑えておけなかった事が後に自分の首を締める事になった。
所詮は小国の幼き皇帝と摂政の治める国……大国の政治を欲しいままにし、皇帝の信の厚い彼に傲りがなかったと言えようか。
緋堯を足がかりに、湖紅や碧相に手を伸ばすにはいささか時期尚早であったのだ。
もし翠玉が董伯央であれば、緋堯の皇帝の身柄を押さえられなかった時点で、一旦策をとめただろう。
自身の万能感ゆえに、その大きな抜けを些事と捉えてしまったに違いない。
「優秀というのも、不便なものね」
少年達を夕食に向かわせて、自身も夕餉を取りながら、同じように目の前の卓で食事をする華南に投げかけると、彼女は苦笑した。
「翠玉様も十分優秀かと」
その言葉に翠玉は、一瞬だけ目を見開いて、カラリと笑った。
「わたし!?ないない!私の師が優秀だっただけよ!本来の私は好きに突っ込んでいく質だもの!それを師の教えがなんとか歯止めになってるだけよ~」
65
あなたにおすすめの小説
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。