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番外編ー清劉戦ー
3日目夜 対峙④
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近衞の男には、お前を倒すのに剣すらも必要ないと言っているような、屈辱的な行為に感じたであろう。
その時彼の脳裏には、以前同輩から聞いた禁軍の姫君の噂話が過ぎっていた。
自分達の仕える北殿から1番遠い南西の端の小さな宮に、日陰者となっている先帝の皇女がいるらしいと聞いたことがある。そしてその皇女は禁軍仕込みの実力を持ち、数々の刺客を退けたことがあると……。
ゆえに南殿、西殿に仕える近衞達は、彼女の宮を見張るための役割もあると言っていた。
なぜ、後宮内にそんな者を置いておくのかと、疑問に思ったが、そんな不自然は後宮なんて場所には少なくなかったため、さほど気にも止めなかった。
しかし、これがその皇女か……。
そう理解すると、自然と自分の腰が引けているのを感じた。
しかも彼女の隣にいる男は、隣国の禁軍総大将だ。
近衛に任じられ、この北殿に上がって以降、生まれつきの少し整った顔のせいで、きまぐれな皇太后の相手が主な役目だった自分が勝てるはずもない。
チラリと後方を見れば、先程彼女の夫に蹴り飛ばされた1人は壁にぶつかりその場に崩れ落ちたままだ。
受け身を取った手応えがあったと言うことは、立ち上がれないほどの怪我ではないはずだが……おそらく気絶したフリをしてそのままやり過ごそうという魂胆だろう。
そんな事を考えていると、後方で皇女夫妻の護衛と対峙していた1人がうめき声を上げて床に崩れる音がする。
どう頑張っても彼には勝ち目がない。
大きく息を吐くと、手にしていた剣をその場に放る。
「何を!そなたそれでも近衞の端くれか!?死ぬまで戦わぬか!」
怒り狂い、焦る皇太后の声に首を振る。
高貴で、特に大きな権力をもつ彼女の側に仕えることができた事はとても誇らしかった。
しかし、それは権力だけに過ぎず、一度たりとも皇太后を尊敬できる主君と思った事はない。
自分は一体何のために、苦労までして近衞に入隊したのか。
「そのまま手を上げて、彼女達のいる場所まで下がりなさい。邪魔をしなければ。命は取らないわ」
部屋の隅に固まり震えている女官達の方を指した皇女のよく通る声……しかしそれは皇族のような優美なものではなく、有無を言わせない威圧感にジリジリと後ろへ下がる。
「っ……何をしている! この私を見捨てて逆賊に阿るのか⁉︎ 近衞の本分を忘れたか⁉︎」
「っお許しを……陛下、申し訳……」
血走った目で床を踏み鳴らす皇太后に、繰り返し謝罪をしながら恐る恐る後ろに下がり、女官達の元までたどりつく、彼が放った剣は、皇女の護衛の女に寄って回収された。
とりあえず、このまま自分は大人しく、成り行きを見守るしかないのだろう。
そう、少しばかり肩の息を抜いた時だ。
ドスンッ
「っ……ぇ……?」
背中に大きな衝撃と。
得体の知れない激痛が走る。
何が起きたのか……
背後を振り返ってみれば、自分の背中にピタリと見覚えのある中年の女官が張り付いているではないか。
なぜ……皇太后の最側近である彼女が……。
そう不思議に思うのと同時に彼の目に飛び込んできたものは、彼女の手によって自分の背中に突き刺された小さな刃物だ。
「っ……なぜ……」
あなたが……と言う次の言葉は口から出る事はなく、代わりに身体中の熱が一気に下へ下がる感覚を覚えて視界が白黒と点滅を始めた。
「陛下を裏切る事は許さない!私達は陛下のためにあることを忘れたか、最後まで陛下の盾となるのがお前達の役目だろう?」
静かに……しかし胸の内の怒りを抑えるような声音だ。しかし表情は、能面のように感情が読み取れず…… 異様だった。中年の女官はズルリと、背中に突き立てていた刃物を抜き取り、彼を突き放すように押した。
グラリと傾く視界の先には、唖然としながらこちらを見ている皇女達と、1人口元を吊り上げて満足気に微笑む皇太后が映り……彼の意識は途絶えた。
その時彼の脳裏には、以前同輩から聞いた禁軍の姫君の噂話が過ぎっていた。
自分達の仕える北殿から1番遠い南西の端の小さな宮に、日陰者となっている先帝の皇女がいるらしいと聞いたことがある。そしてその皇女は禁軍仕込みの実力を持ち、数々の刺客を退けたことがあると……。
ゆえに南殿、西殿に仕える近衞達は、彼女の宮を見張るための役割もあると言っていた。
なぜ、後宮内にそんな者を置いておくのかと、疑問に思ったが、そんな不自然は後宮なんて場所には少なくなかったため、さほど気にも止めなかった。
しかし、これがその皇女か……。
そう理解すると、自然と自分の腰が引けているのを感じた。
しかも彼女の隣にいる男は、隣国の禁軍総大将だ。
近衛に任じられ、この北殿に上がって以降、生まれつきの少し整った顔のせいで、きまぐれな皇太后の相手が主な役目だった自分が勝てるはずもない。
チラリと後方を見れば、先程彼女の夫に蹴り飛ばされた1人は壁にぶつかりその場に崩れ落ちたままだ。
受け身を取った手応えがあったと言うことは、立ち上がれないほどの怪我ではないはずだが……おそらく気絶したフリをしてそのままやり過ごそうという魂胆だろう。
そんな事を考えていると、後方で皇女夫妻の護衛と対峙していた1人がうめき声を上げて床に崩れる音がする。
どう頑張っても彼には勝ち目がない。
大きく息を吐くと、手にしていた剣をその場に放る。
「何を!そなたそれでも近衞の端くれか!?死ぬまで戦わぬか!」
怒り狂い、焦る皇太后の声に首を振る。
高貴で、特に大きな権力をもつ彼女の側に仕えることができた事はとても誇らしかった。
しかし、それは権力だけに過ぎず、一度たりとも皇太后を尊敬できる主君と思った事はない。
自分は一体何のために、苦労までして近衞に入隊したのか。
「そのまま手を上げて、彼女達のいる場所まで下がりなさい。邪魔をしなければ。命は取らないわ」
部屋の隅に固まり震えている女官達の方を指した皇女のよく通る声……しかしそれは皇族のような優美なものではなく、有無を言わせない威圧感にジリジリと後ろへ下がる。
「っ……何をしている! この私を見捨てて逆賊に阿るのか⁉︎ 近衞の本分を忘れたか⁉︎」
「っお許しを……陛下、申し訳……」
血走った目で床を踏み鳴らす皇太后に、繰り返し謝罪をしながら恐る恐る後ろに下がり、女官達の元までたどりつく、彼が放った剣は、皇女の護衛の女に寄って回収された。
とりあえず、このまま自分は大人しく、成り行きを見守るしかないのだろう。
そう、少しばかり肩の息を抜いた時だ。
ドスンッ
「っ……ぇ……?」
背中に大きな衝撃と。
得体の知れない激痛が走る。
何が起きたのか……
背後を振り返ってみれば、自分の背中にピタリと見覚えのある中年の女官が張り付いているではないか。
なぜ……皇太后の最側近である彼女が……。
そう不思議に思うのと同時に彼の目に飛び込んできたものは、彼女の手によって自分の背中に突き刺された小さな刃物だ。
「っ……なぜ……」
あなたが……と言う次の言葉は口から出る事はなく、代わりに身体中の熱が一気に下へ下がる感覚を覚えて視界が白黒と点滅を始めた。
「陛下を裏切る事は許さない!私達は陛下のためにあることを忘れたか、最後まで陛下の盾となるのがお前達の役目だろう?」
静かに……しかし胸の内の怒りを抑えるような声音だ。しかし表情は、能面のように感情が読み取れず…… 異様だった。中年の女官はズルリと、背中に突き立てていた刃物を抜き取り、彼を突き放すように押した。
グラリと傾く視界の先には、唖然としながらこちらを見ている皇女達と、1人口元を吊り上げて満足気に微笑む皇太后が映り……彼の意識は途絶えた。
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