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番外編ー清劉戦ー
3日目夜 対峙③
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「皇位の正当な者……兄……だと……」
皇太后は、蒼白な顔で、崩れ落ちて動かなくなった臣下を見下ろしたまま唇を震わせ、しかし怒りを含んだ声音で問うて来る。翠玉はそれを変わらず冷ややかに見返した。
「まさか……」
今度は翠玉が指す者が誰であるのか、理解した彼女の青白い顔が、みるみる紅潮し、さらに大きく震えだす。
「あの下賤で生意気な男が! 生きていただと⁉︎ あり得ん! なぜ今になって‼︎」
バキッと彼女の持つ扇子が折れる高い音が響く。
扇子に当たり散らす所も姉とよく似ている。
「そうでしょうね……貴方親子が兄様にむけていた敵意や執着は並々ならない物でしたからね……だから私も、もう戻らぬものだと思っておりました。しかし私や貴方が思っていた以上に兄には心の底から慕い続けてくれていた臣下がいたようですね」
「っ……!」
思わず息を呑んで唇を噛み締めた彼女が、何を思い浮かべたのか、翠玉には手に取るようにわかった。
そう、彼等親子が蓉芭側だと認識して、遠ざけていた組織……禁軍だ。
いったいどこの国に禁軍をおざなりに扱う皇帝がいるのだろうかと呆れるしかないのだが、幸か不幸か周辺国が落ち着いている状況であるためにそれが罷り通ってしまっていたのだ。
紫瑞国の動きが怪しい今、それも国の存亡を危うくしている一端である。
その禁軍が、この件に関わっていると翠玉から暗に告げられた皇太后はついに、これがただの逆賊の侵入という話ではなくなっているという事を理解したのだ。
それは、彼女だけでなく、その周囲で怯えながら、またはこちらを警戒しながら聞いていた女官や近衞の若い男達も同じらしい。
捕らえられれば、自分達は皇太后の側近として処断されるであろう事は誰もが考えつく事だ。
そしてそうした精神状態を、利用する事に、昔から皇太后は長けている。
「禁軍とはいえ、ほんの一部であろう!それをあたかも禁軍全体と誇張するとは、あいも変わらずこざかしい!皇帝陛下に刃を向けるなど、どれだけ御託を並べようと、やっている事は逆賊と同じ事!お前達‼︎ 聞いていたであろう?皇帝陛下の一大事ぞ! こやつらを蹴散らして、助けに向えば、陛下はさぞお前達に感謝するだろう!」
「っ……皇帝陛下が……」
「しかし……」
睨み合っている華南と、翠玉、そしてその後ろにいる冬隼を見比べる男たちに迷いの色が濃くなる。
このまま逃げてしまえば、皇太后の臣下として処断されることは必至。
もし、上手くいって皇帝を助けることができたのならば……自分達への利は大きい。
どちらがいいのか……。
明らかに迷いを含んだ彼らの姿に、翠玉は腰を低くする。
「何をしておる! このような者達! さっさと蹴散らして皇帝陛下の元へ参るぞ‼︎ 遅れた者は逆臣と見なす‼︎とにかくこの目の前の浅ましい女を殺せ‼︎」
癇癪を起こしたように叫ぶ皇太后が折れた扇子を床に叩きつける。
それに焚き付けられたかのように、彼女の周囲を囲っていた男たちの瞳に、迷いの色が消え失せた。
こんな癇癪を起こす姿も相変わらずではあるが、昔から何故か彼女の周りには、この癇癪に従順に反応する者たちが集まる。
否、彼女のそばに居るうちに、自然と刷り込まれるのかもしれない。
そこまで考えて、翠玉は大きく息を吐く。
こうなることは、最初から予想できていた。
男達が、翠玉と華南めがけて剣を抜き取り向かってくる。
翠玉も、剣を抜いて構える。
男の人数は3人。翠玉と華南、それから冬隼の3人であれば容易い。
目の前の華南が一人目の男と剣を交え、すり抜けて来たもう2人が揃って翠玉に向かってくる。
1人を交わして、まずはもう1人を相手するか、もしくは2人とも薙ぎ払うべきか……。
そんな事を考えた刹那、左側から来た1人の身体が、吹っ飛び、視界から消えた。
女官達の悲鳴と、激しく何かが崩れるような音が響き、視界の左側に冬隼の気配がある。
左側の男を蹴り飛ばしたのは、どうやら冬隼らしい。
「どうする?1人か、2人でもいいが?」
もう一人の男の剣を交わすと、冬隼が世間話でもするように問うてくるので、翠玉は肩をすくめる。
「今の蹴りで、一人片付いたんじゃない?」
「いや……直前で受け身を取られた」
「そう、じゃあ一人もらおうかしら?折角華南がわざと2人こちらに送ってくれたのだから」
そう笑って、視線を残った1人に向けると、まだ年若い端正な顔を引き攣らせて、翠玉達と、冬隼に蹴り飛ばされた男の行方を見比べ目を白黒させている。
「ちょうど肩慣らしも、したかったところだしね?」
そう微笑んで、自分の相手と決めた男に対峙すると、いらっしゃいと挑発する様に手招いく。同時に構えていた剣を徐に腰に携えた鞘に戻した。
皇太后は、蒼白な顔で、崩れ落ちて動かなくなった臣下を見下ろしたまま唇を震わせ、しかし怒りを含んだ声音で問うて来る。翠玉はそれを変わらず冷ややかに見返した。
「まさか……」
今度は翠玉が指す者が誰であるのか、理解した彼女の青白い顔が、みるみる紅潮し、さらに大きく震えだす。
「あの下賤で生意気な男が! 生きていただと⁉︎ あり得ん! なぜ今になって‼︎」
バキッと彼女の持つ扇子が折れる高い音が響く。
扇子に当たり散らす所も姉とよく似ている。
「そうでしょうね……貴方親子が兄様にむけていた敵意や執着は並々ならない物でしたからね……だから私も、もう戻らぬものだと思っておりました。しかし私や貴方が思っていた以上に兄には心の底から慕い続けてくれていた臣下がいたようですね」
「っ……!」
思わず息を呑んで唇を噛み締めた彼女が、何を思い浮かべたのか、翠玉には手に取るようにわかった。
そう、彼等親子が蓉芭側だと認識して、遠ざけていた組織……禁軍だ。
いったいどこの国に禁軍をおざなりに扱う皇帝がいるのだろうかと呆れるしかないのだが、幸か不幸か周辺国が落ち着いている状況であるためにそれが罷り通ってしまっていたのだ。
紫瑞国の動きが怪しい今、それも国の存亡を危うくしている一端である。
その禁軍が、この件に関わっていると翠玉から暗に告げられた皇太后はついに、これがただの逆賊の侵入という話ではなくなっているという事を理解したのだ。
それは、彼女だけでなく、その周囲で怯えながら、またはこちらを警戒しながら聞いていた女官や近衞の若い男達も同じらしい。
捕らえられれば、自分達は皇太后の側近として処断されるであろう事は誰もが考えつく事だ。
そしてそうした精神状態を、利用する事に、昔から皇太后は長けている。
「禁軍とはいえ、ほんの一部であろう!それをあたかも禁軍全体と誇張するとは、あいも変わらずこざかしい!皇帝陛下に刃を向けるなど、どれだけ御託を並べようと、やっている事は逆賊と同じ事!お前達‼︎ 聞いていたであろう?皇帝陛下の一大事ぞ! こやつらを蹴散らして、助けに向えば、陛下はさぞお前達に感謝するだろう!」
「っ……皇帝陛下が……」
「しかし……」
睨み合っている華南と、翠玉、そしてその後ろにいる冬隼を見比べる男たちに迷いの色が濃くなる。
このまま逃げてしまえば、皇太后の臣下として処断されることは必至。
もし、上手くいって皇帝を助けることができたのならば……自分達への利は大きい。
どちらがいいのか……。
明らかに迷いを含んだ彼らの姿に、翠玉は腰を低くする。
「何をしておる! このような者達! さっさと蹴散らして皇帝陛下の元へ参るぞ‼︎ 遅れた者は逆臣と見なす‼︎とにかくこの目の前の浅ましい女を殺せ‼︎」
癇癪を起こしたように叫ぶ皇太后が折れた扇子を床に叩きつける。
それに焚き付けられたかのように、彼女の周囲を囲っていた男たちの瞳に、迷いの色が消え失せた。
こんな癇癪を起こす姿も相変わらずではあるが、昔から何故か彼女の周りには、この癇癪に従順に反応する者たちが集まる。
否、彼女のそばに居るうちに、自然と刷り込まれるのかもしれない。
そこまで考えて、翠玉は大きく息を吐く。
こうなることは、最初から予想できていた。
男達が、翠玉と華南めがけて剣を抜き取り向かってくる。
翠玉も、剣を抜いて構える。
男の人数は3人。翠玉と華南、それから冬隼の3人であれば容易い。
目の前の華南が一人目の男と剣を交え、すり抜けて来たもう2人が揃って翠玉に向かってくる。
1人を交わして、まずはもう1人を相手するか、もしくは2人とも薙ぎ払うべきか……。
そんな事を考えた刹那、左側から来た1人の身体が、吹っ飛び、視界から消えた。
女官達の悲鳴と、激しく何かが崩れるような音が響き、視界の左側に冬隼の気配がある。
左側の男を蹴り飛ばしたのは、どうやら冬隼らしい。
「どうする?1人か、2人でもいいが?」
もう一人の男の剣を交わすと、冬隼が世間話でもするように問うてくるので、翠玉は肩をすくめる。
「今の蹴りで、一人片付いたんじゃない?」
「いや……直前で受け身を取られた」
「そう、じゃあ一人もらおうかしら?折角華南がわざと2人こちらに送ってくれたのだから」
そう笑って、視線を残った1人に向けると、まだ年若い端正な顔を引き攣らせて、翠玉達と、冬隼に蹴り飛ばされた男の行方を見比べ目を白黒させている。
「ちょうど肩慣らしも、したかったところだしね?」
そう微笑んで、自分の相手と決めた男に対峙すると、いらっしゃいと挑発する様に手招いく。同時に構えていた剣を徐に腰に携えた鞘に戻した。
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