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答え合わせ
不思議な子
しおりを挟む【アイリーン視点】
ミリアーナに出会ったのは7歳から8歳頃だったはずだ。
母に連れて行かれた貴族夫人たちのサロンで、思い思いに遊んでいる子供たちの中、彼女は木の下で落ちてくる葉を見つめていた。
オレンジ色の可愛らしいドレスに身を包み、凛と背筋を伸ばして、子供にしては鋭い目つきで葉を追うその姿が珍しくて、つい声をかけた。
「ねぇ、なにしてるの?良かったらこっちで一緒に遊ばない?」
わたしの声かけに、彼女は落ちてくる葉から目を離して、こちらを見上げた。
「せいしんとういつ」
「なぁにそれ?」
首を傾げた私に、彼女はまた葉に目を戻す。
「落ちてくる葉っぱにしんけいを集中させるの。そうする事でしゅうちゅうりょくが増すの」
正直何を言っているのかさっぱり理解出来なかった。だけど、なんだかこの子は他の子と違って面白いと思った。
それに、一人凛と座っている彼女の姿があの時のわたしにはとても格好良く見えた。
そんな彼女とはそれから度々母が参加するお茶会などで顔を合わせる事が増えていって、次第に話をするようになっていった。
彼女は騎士の名家ブラッドレイ家の娘だった。
女の子なのに剣は男の子にも負けないらしい。
かたや私は平凡な田舎の伯爵家の娘で、スラリと細くて背が高い彼女と対照的に。背が低くぽっちゃりとした体型だった。
私にとって彼女は憧れだった。
思春期になると、彼女は更に剣術に明け暮れていったけれど、噂話や恋の話ばかりに花を咲かせる普通の令嬢達よりも彼女の方が輝いて見えた。
だからよく彼女の家にいって彼女の稽古を見学したり、御令嬢達のしている噂話をあまりそうした場所に出ない彼女に話して聞かせた。
それは社交界にデビューしてからも続いて、社交界に顔を出さない彼女にとって私は有益な情報源だったと思う。
たまにミリアーナが社交界に出れば、彼女はその凛とした姿で人目を引いた。だから彼女と仲のいい私には、彼女の事を知りたいという輩が男女問わずやってきた。
その頃はみんなが注目する彼女と一番近い友人でいる事が私にとってのステイタスでもあった。
そんな頃、私の実家の領地は気候変動の煽りを受けて一気に農作物の生産量が落ちた。挙句、それを立て直そうとした父が事業に失敗して、伯爵家とは名ばかりの貧乏貴族になり下った。
夜会や舞踏会のたびに新調していたドレスは、母が若い頃に使っていたものや、従姉妹のお下がりを着るようになった。
実家が本格的に没落する前に良縁を結ばなければ、、、そんな焦りを感じていた矢先。ミリアーナが士官学校に入学した。
彼女はどこまでも彼女の道を進んでいる。
わたしはなんの取り柄もなく、ただ自分を救ってくれる殿方を待つだけ。
なんだか惨めに感じていた。
そんな時、度々夜会で見かけていた素敵だなと思っていた男性に声を掛けられた。
嬉しくて、舞い上がった。それなのに彼から出た言葉は
「君、ミリアーナ嬢と仲いいよね?彼女と引き合わせて欲しいんだ」
ミリアーナを目的としたものだった。
社交界に滅多に出てこない彼女と引き合わせて欲しい男たちが声をかけてくることは、その後も度々あって、はじめは馬鹿正直に請け負っていた。
しかしその誰もが彼女の歯牙にもかからなかった。彼女は自分の家に出入りしている兄の友人の騎士に恋をしているみたいだった。
もったいない。
早く相手を見つけたい私には、とても贅沢に思えた。
そんな事をしているうちに、周りの令嬢達はどんどんと婚約者が出来ていく。
我が家の状況を見て、結婚したいと思う男性はいないだろう。だからこそ、私を見初めてくれる男性を見つけなければならなかった。
出来るだけ社交の場に参加して、顔を広くもつようになった。
それでもやはり、お声がかかる事はなかった。
多分私は結婚も出来ないだろう。
そんな諦めが頭をよぎり始めた頃、ミリアーナは騎士団に入団した。
彼女は、着々と自分の居場所を確立していく。
それなのに没落した伯爵家の名前だけにすがるしかない自分。
これで彼女が結婚までするのはずるい。そう思うようになった。
そんな時、またしてもミリアーナにつないで欲しいと言う男性からの声かけがあった。
正直なところうんざりしていた。
だから
「いいけど彼女、自分より強い男性じゃなきゃ相手にもしないの。貴方は彼女より強い自信ある?」
そう言って、諦めさせた。
それでも諦めない男性には
彼女の男性関係が奔放であると嘘をついた。
これを言えば、ほぼ全ての男が彼女を諦めた。
若い貴族男性の中に少しだけ彼女が性に奔放だという噂が流れたみたいだけど、話が大きくなりすぎなければ大丈夫。どうせミリアーナは社交界に出てこないのだから気づかないだろう。
それでもどこかで私の知らない内に耳にしたらまずいと思って、ミリアーナには、騎士団にいる事で男性関係を疑問視する噂があるから気をつけてと耳打ちした。
おかげで彼女は更に社交界に顔を出さなくなった。多分その頃彼女も仕事で問題を起こして、異動になったりしていたので、それも影響していたのだろう。
彼女は度々結婚をする気がないと言い放っていた。
多分わたしも出来ない。
でもミリアーナが独身でいるなら、私一人惨めなわけではない。
ミリアーナにはずっと独身でいてもらわないと。
だから、彼女に近づきそうな男性には彼女が性に奔放だと情報を流していた。
すでに婚約者はいたけど。彼女の昔の想い人フィランダー・ウォーレンにも一応話をして、牽制したつもりだった、、、のに
「は?結婚??」
お茶に誘われたかと思ったら、突然そのミリアーナから信じられない報告を受けた。
目の前の彼女は、少し顔を赤らめて、それを隠すようにカップに口をつけた。
「そうなの。フィルが婚約を解消したのは知ってるでしょ?その事で少し前に結婚を申し込まれて」
「お相手って、、、まさかフィランダー・ウォーレンなの!?」
私の言葉に彼女は嬉しそうに笑う。
こんな乙女の顔になっている彼女は初めて見る。
たしかに少し前に彼女の過去の想い人であったフィランダー・ウォーレンが、仲睦まじいと言われていた幼馴染みの婚約者と婚約解消した話は聞いていた。
どうやらお相手の御令嬢に想い人がいて、その方が外国に行っている間だけ、仮初の婚約者として婚約していたというのだ。
そのお相手が最近貿易で成功を治め国益に大きく貢献され国王陛下の信が厚い方だと話題になり、それを待ち続けた一途な女性と、親友のために彼女を支えた情に厚い騎士団の副団長という美談が話題になっていた。
役目を終えた副団長、、、フィランダー・ウォーレンが、その後ミリアーナに求婚したと言うことだろう。
しかし
なぜ?だって彼にはミリアーナが男遊びをしていると話したはずなのだ。
唖然としていると、ミリアーナはにこりと微笑んだ。
「アイリーンには感謝してるのよ。貴方が彼にありもしない変な噂を話してくれたおかげで、彼に火がついたみたいなのよ。」
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