レッドリアリティ

アタラクシア

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2日目

濃霧

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桃也は固まってしまった。後ろからの逆光で氷華の表情はよく見えない。おそらくいつものポーカーフェイスだろう。今はとにかくそれが怖い。

氷華の持つライフルがカチャリと鳴った。洞窟の中に金属が響く。冷たい音だ。鼓膜の奥にあるうずまき管が悲鳴をあげる。

「何かコソコソしてると思ってきてみれば……」

何も言えない。口に溜まった唾をゴクリの飲み込む。乾ききった喉に潤いは生まれなかった。

「氷華……」
「……ここは危ないって言ったよね」

凍りついた脳を解凍しフル回転させる。ジリジリと滲み出てくる緊張感。どうすればこの状況を打破できるのか。

言いくるめられるか。いや無理だ。氷華はここまで来ている。多分桃也と同じ道を歩いてきた。なら印を見つけているはずだ。ここに来るという目的がバレてしまう。

逃げるか。これもダメだ。出口は塞がれてる。しかも相手はライフルを持っている。そもそも美結と凛をおいて逃げることはできない。


ならば――ここで口封じをするしかない。こちらだって銃がある。当たるかは分からないが、当たれば殺せるはず。

見られたのを村で報告されたら。
嗅ぎ回っているのを報告されたら。
乙音を探しているのがバレたら。

詰みになってしまう。助かる可能性が1番高いのは殺すことだ。それにバレるくらいなら殺す方がマシである。

体をちょっと屈ませる。この場所なら銃声がしても違和感は無い。ならバレることはないはずだ。桃也はライフルのトリガーに指をかけた――。





――氷華の行動は桃也の思っていた行動とは違った。

「とりあえず出てきて。話し合いをしても遅くはないでしょ」

……ライフルを構えてはない。相手に殺す意思はないようだ。とりあえず桃也は銃を下ろした。

信用したわけじゃない。警戒を怠らないように。肌をピリピリと弾ませながら、言われた通りに外へと歩いていく。



山の空気が復活した。洞窟の息苦しい空気から解放され、どこか体が軽くなった感じがする。

光が気持ちいい……なんてことは言ってられない。今はそれどころじゃない。


「……」
「言いたいことがあるんでしょ」

淡々と。機械音声のように平坦な声で聞いてくる。今朝と同じ声のはずだ。同じ声の持ち主のはずだ。

なのに別人のように感じる。銃を持つ手が強くなる。いざとなったら殺す、ということは変わらない。

「……あれはなんだ」
「欠片のこと?」
「熊の食べ残しとしてもおかしい。噛みきったならもっと切り口がギザギザしているはずだ。だけどあれは捻れてる。誰かが人工的にしないとあんな傷にはならない」
「熊がおもちゃにしたんでしょ。おかしいことじゃない」
「おもちゃにしたならもっとボロボロのはずだ。あれは綺麗だった」
「暗闇でそこまで見えたの?」
「全部は見えなかった。だが指の感触と匂いで分かる」

桃也は氷華に向けて、自分の手のひらを見せた。そこには――赤く乾いた血が指にべっとりと付いている。

「指は腐ってなかった。暗闇で分からなかったが、あれは指だ。熊が遊んだって言うんなら、もっと近くに熊がいるはず。なのに氷華。お前は焦っている様子がない」
「……」
「――何を隠している。俺が手に取った指は若い奴の指だった。シワがなくて弾力があったからな。ただの死体処理とは言わせないぞ。それなら捻じ切る理由がない」

真実が目の前にまで迫っているのを桃也は感じていた。氷華を追い詰めているのを桃也は感じていた。

今なら撃たれても構わない。むしろ撃ってくれたら、それが真実という何よりの証拠となる。

「答えろ。答えろ氷華――」

――真っ赤な銃声が森中に響き渡った。





「――」
「――」

氷華の銃弾は桃也の頬を掠って飛んでいった。桃也が自分は死んでいないと自覚するのに数秒かかる。そして動き出した――。


冷や汗がドバっと出てきた。撃たれてもいい、なんて思っていながら、銃弾が掠っただけでこんなにも怖がってしまうものなのか。

「――ダメ。それ以上はダメ」

頬を自分の血と汗が流れる。全身に浮上した鳥肌をなぞるように冷や汗が走っていた。

「桃也はこの村で暮らしていきたいんでしょ。ならそれ以上はダメ。詮索なんてしちゃダメ」

氷華がライフルを下ろす。桃也の目に映っていたのはそこじゃない。桃也の目に映っていたのは――氷華が涙を流している姿であった。

「これ以上……あんなものを見せないで」
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