レッドリアリティ

アタラクシア

文字の大きさ
51 / 119
3日目

避難

しおりを挟む
「――なぁ」

氷華の肩を掴む。こちらへと振り向く氷華の顔には恐怖が滲み出ていた。

「……えっと」
「小次郎だ。氷華……だっけ?」
「うん」

周りに誰もいない。桃也はもちろん、執行教徒もいない。ここには2人だけ。それを確認してから小次郎は話し始めた。

「桃也になんかされただろ?」
「……」

無言で頷く。氷華は無言で下唇を下にめくった――。



――綺麗なサーモンピンクの歯茎。そこには深い深い切り傷が付いていた。ダラダラと血が流れている。

「歯茎……!?」
「すっごい痛い」
「……すまん。俺に医療知識はないんだ」
「最初から期待なんてしてないよ」

痛む歯茎に顔を歪めながら唇を元に戻す。端正な顔立ちに酷いことを……。改めて桃也が非道な殺人鬼であることを思い出す。

「アイツ……考えてたよりも狂ってた」
「……そうだよ……な。でもなんで桃也を逃がしたんだ?」
「もう……村の人が拷問するところも見たくない。されているところも見たくないから」

動画のことを思い出す。地獄のような景色。こんな少女があんな場面を見たくないのは当然だ。必然だ。

村人は狂っている。そして桃也も狂っている。小次郎が来るまで氷華は狂気の板挟みになっていたのだ。可哀想という他ない。

「大変だったな……」
「……」





――数時間前。桃也が椿から逃げ、追いかけてきた執行教徒を殺した後のこと。

逃げ切った桃也は満身創痍の状態で家へと到着。死にそうな呼吸をしながら玄関で倒れるようにして眠った。


そんな桃也を最初に発見したのは美結だ。叫びそうな声を抑えて駆け寄る。

「桃也!?桃也!!」
「――んぅ」

生きている。感じる体温と鼓動がこれほど安心するのは人生で初めてであった。眠りかけている桃也の体を抱きしめる。

「良かった……」
「心配かけたな……疲れたから眠らせてくれ。ここでいい」
「うん……ゆっくり休んで」

聞きたいことは多い。話したいこともある。だけど桃也の姿を見れただけでも幸運だ。死んでいた可能性だってある。

今はとにかく寝かせてあげよう。美結自身も怖かったので、眠っていた凛を玄関まで連れていき、家族三人で眠った。

地面は硬い。毛布を被っても寒い。でも暖かい。でも安心する。それだけでいい――。



眠れたのは4時間ほどだ。時刻もちょうど4時を刺している。眠っている三人を叩き起したのは氷華だった。

玄関の扉を叩く音。かなり必死に叩いている。全員が同時に目を覚ました。

「――」

最初は村人かと思い警戒していたが、すぐにシルエットで氷華というのを理解した。


鍵を開けると飛び込むように氷華が入ってくる。

「ここから逃げるよ!今すぐ!」
「ま、待てよ。説明を――」
「してる暇はないから!」

気迫があった。『理由を聞きたい』ということよりも、『言われた通りにしないと』という思いが先に来た。

用意なんてさせてくれない。寝ぼけている2人を連れて家を出た。



体力は回復していない。しかも寝起きだ。そしてまだ早朝。朝日すら出ていない時間帯。山を登るのに適してない要素が揃っている。

美結も凛を抱きながら歩いているので辛そうだ。特に話したわけでもないが、2人で交互に凛を運んだ。

そんな2人の前を行く氷華。焦っているようで、昨日や一昨日よりもスピードが速い。目で追いかけることすら体力を使う。

「――おい氷華!」

歩く脚は止めない。振り向きもしない。しかし氷華は返事をした。

「なに?」
「なにじゃない。説明をしろ」
「……昨日、儀式を覗いたでしょ?」
「――」

バレていた。心臓が肋骨を押し上げる。緊張が体を包み込む。緊張は疫病のように伝染する――。

隣にいる美結にも緊張は伝染した。過呼吸になっていた喉がさらに酸素を求める。脂汗が額から滲み出ていた。


「安心して。私は敵じゃない。だけど私以外の村人は敵になったよ」

安心――はできない。すべてが本当か確認が取れない。完全に信用する。信用したいのは事実だが、桃也たちは緊張を解くことができなかった。

氷華がため息をつく。2人の様子に気がついたのか。変わらぬトーンで喋る。

「あのまま家にいたら朝にでも村人に捕まってた。失踪したとなれば血眼になって探しにくる」
「……このまま逃がしてくれるのか?」
「そうしてあげたいんだけど、体力ないでしょ?」

当然とばかりに頷く。

「あの家に居続けるのは危険。だから一時的に避難させる。私が誰にも教えてない隠れ家があるから、そこに潜伏させる」
「……お、おう」
「隣の奥さんとか凛ちゃんは訳が分からないと思うけどごめんね」
「大丈夫です……ちょっとキツいですけど」
「……昨日の今日で本当にごめんなさい」

「いいのよ」という美結。――桃也は美結と凛が襲われていたことは知らない。なんの話をしているのかが分からなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

M性に目覚めた若かりしころの思い出 その2

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、終活的に少しづつ綴らせていただいてます。 荒れていた地域での、高校時代の体験になります。このような、古き良き(?)時代があったことを、理解いただけましたらうれしいです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

M性に目覚めた若かりしころの思い出

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

処理中です...