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3日目
避難
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「――なぁ」
氷華の肩を掴む。こちらへと振り向く氷華の顔には恐怖が滲み出ていた。
「……えっと」
「小次郎だ。氷華……だっけ?」
「うん」
周りに誰もいない。桃也はもちろん、執行教徒もいない。ここには2人だけ。それを確認してから小次郎は話し始めた。
「桃也になんかされただろ?」
「……」
無言で頷く。氷華は無言で下唇を下にめくった――。
――綺麗なサーモンピンクの歯茎。そこには深い深い切り傷が付いていた。ダラダラと血が流れている。
「歯茎……!?」
「すっごい痛い」
「……すまん。俺に医療知識はないんだ」
「最初から期待なんてしてないよ」
痛む歯茎に顔を歪めながら唇を元に戻す。端正な顔立ちに酷いことを……。改めて桃也が非道な殺人鬼であることを思い出す。
「アイツ……考えてたよりも狂ってた」
「……そうだよ……な。でもなんで桃也を逃がしたんだ?」
「もう……村の人が拷問するところも見たくない。されているところも見たくないから」
動画のことを思い出す。地獄のような景色。こんな少女があんな場面を見たくないのは当然だ。必然だ。
村人は狂っている。そして桃也も狂っている。小次郎が来るまで氷華は狂気の板挟みになっていたのだ。可哀想という他ない。
「大変だったな……」
「……」
――数時間前。桃也が椿から逃げ、追いかけてきた執行教徒を殺した後のこと。
逃げ切った桃也は満身創痍の状態で家へと到着。死にそうな呼吸をしながら玄関で倒れるようにして眠った。
そんな桃也を最初に発見したのは美結だ。叫びそうな声を抑えて駆け寄る。
「桃也!?桃也!!」
「――んぅ」
生きている。感じる体温と鼓動がこれほど安心するのは人生で初めてであった。眠りかけている桃也の体を抱きしめる。
「良かった……」
「心配かけたな……疲れたから眠らせてくれ。ここでいい」
「うん……ゆっくり休んで」
聞きたいことは多い。話したいこともある。だけど桃也の姿を見れただけでも幸運だ。死んでいた可能性だってある。
今はとにかく寝かせてあげよう。美結自身も怖かったので、眠っていた凛を玄関まで連れていき、家族三人で眠った。
地面は硬い。毛布を被っても寒い。でも暖かい。でも安心する。それだけでいい――。
眠れたのは4時間ほどだ。時刻もちょうど4時を刺している。眠っている三人を叩き起したのは氷華だった。
玄関の扉を叩く音。かなり必死に叩いている。全員が同時に目を覚ました。
「――」
最初は村人かと思い警戒していたが、すぐにシルエットで氷華というのを理解した。
鍵を開けると飛び込むように氷華が入ってくる。
「ここから逃げるよ!今すぐ!」
「ま、待てよ。説明を――」
「してる暇はないから!」
気迫があった。『理由を聞きたい』ということよりも、『言われた通りにしないと』という思いが先に来た。
用意なんてさせてくれない。寝ぼけている2人を連れて家を出た。
体力は回復していない。しかも寝起きだ。そしてまだ早朝。朝日すら出ていない時間帯。山を登るのに適してない要素が揃っている。
美結も凛を抱きながら歩いているので辛そうだ。特に話したわけでもないが、2人で交互に凛を運んだ。
そんな2人の前を行く氷華。焦っているようで、昨日や一昨日よりもスピードが速い。目で追いかけることすら体力を使う。
「――おい氷華!」
歩く脚は止めない。振り向きもしない。しかし氷華は返事をした。
「なに?」
「なにじゃない。説明をしろ」
「……昨日、儀式を覗いたでしょ?」
「――」
バレていた。心臓が肋骨を押し上げる。緊張が体を包み込む。緊張は疫病のように伝染する――。
隣にいる美結にも緊張は伝染した。過呼吸になっていた喉がさらに酸素を求める。脂汗が額から滲み出ていた。
「安心して。私は敵じゃない。だけど私以外の村人は敵になったよ」
安心――はできない。すべてが本当か確認が取れない。完全に信用する。信用したいのは事実だが、桃也たちは緊張を解くことができなかった。
氷華がため息をつく。2人の様子に気がついたのか。変わらぬトーンで喋る。
「あのまま家にいたら朝にでも村人に捕まってた。失踪したとなれば血眼になって探しにくる」
「……このまま逃がしてくれるのか?」
「そうしてあげたいんだけど、体力ないでしょ?」
当然とばかりに頷く。
「あの家に居続けるのは危険。だから一時的に避難させる。私が誰にも教えてない隠れ家があるから、そこに潜伏させる」
「……お、おう」
「隣の奥さんとか凛ちゃんは訳が分からないと思うけどごめんね」
「大丈夫です……ちょっとキツいですけど」
「……昨日の今日で本当にごめんなさい」
「いいのよ」という美結。――桃也は美結と凛が襲われていたことは知らない。なんの話をしているのかが分からなかった。
氷華の肩を掴む。こちらへと振り向く氷華の顔には恐怖が滲み出ていた。
「……えっと」
「小次郎だ。氷華……だっけ?」
「うん」
周りに誰もいない。桃也はもちろん、執行教徒もいない。ここには2人だけ。それを確認してから小次郎は話し始めた。
「桃也になんかされただろ?」
「……」
無言で頷く。氷華は無言で下唇を下にめくった――。
――綺麗なサーモンピンクの歯茎。そこには深い深い切り傷が付いていた。ダラダラと血が流れている。
「歯茎……!?」
「すっごい痛い」
「……すまん。俺に医療知識はないんだ」
「最初から期待なんてしてないよ」
痛む歯茎に顔を歪めながら唇を元に戻す。端正な顔立ちに酷いことを……。改めて桃也が非道な殺人鬼であることを思い出す。
「アイツ……考えてたよりも狂ってた」
「……そうだよ……な。でもなんで桃也を逃がしたんだ?」
「もう……村の人が拷問するところも見たくない。されているところも見たくないから」
動画のことを思い出す。地獄のような景色。こんな少女があんな場面を見たくないのは当然だ。必然だ。
村人は狂っている。そして桃也も狂っている。小次郎が来るまで氷華は狂気の板挟みになっていたのだ。可哀想という他ない。
「大変だったな……」
「……」
――数時間前。桃也が椿から逃げ、追いかけてきた執行教徒を殺した後のこと。
逃げ切った桃也は満身創痍の状態で家へと到着。死にそうな呼吸をしながら玄関で倒れるようにして眠った。
そんな桃也を最初に発見したのは美結だ。叫びそうな声を抑えて駆け寄る。
「桃也!?桃也!!」
「――んぅ」
生きている。感じる体温と鼓動がこれほど安心するのは人生で初めてであった。眠りかけている桃也の体を抱きしめる。
「良かった……」
「心配かけたな……疲れたから眠らせてくれ。ここでいい」
「うん……ゆっくり休んで」
聞きたいことは多い。話したいこともある。だけど桃也の姿を見れただけでも幸運だ。死んでいた可能性だってある。
今はとにかく寝かせてあげよう。美結自身も怖かったので、眠っていた凛を玄関まで連れていき、家族三人で眠った。
地面は硬い。毛布を被っても寒い。でも暖かい。でも安心する。それだけでいい――。
眠れたのは4時間ほどだ。時刻もちょうど4時を刺している。眠っている三人を叩き起したのは氷華だった。
玄関の扉を叩く音。かなり必死に叩いている。全員が同時に目を覚ました。
「――」
最初は村人かと思い警戒していたが、すぐにシルエットで氷華というのを理解した。
鍵を開けると飛び込むように氷華が入ってくる。
「ここから逃げるよ!今すぐ!」
「ま、待てよ。説明を――」
「してる暇はないから!」
気迫があった。『理由を聞きたい』ということよりも、『言われた通りにしないと』という思いが先に来た。
用意なんてさせてくれない。寝ぼけている2人を連れて家を出た。
体力は回復していない。しかも寝起きだ。そしてまだ早朝。朝日すら出ていない時間帯。山を登るのに適してない要素が揃っている。
美結も凛を抱きながら歩いているので辛そうだ。特に話したわけでもないが、2人で交互に凛を運んだ。
そんな2人の前を行く氷華。焦っているようで、昨日や一昨日よりもスピードが速い。目で追いかけることすら体力を使う。
「――おい氷華!」
歩く脚は止めない。振り向きもしない。しかし氷華は返事をした。
「なに?」
「なにじゃない。説明をしろ」
「……昨日、儀式を覗いたでしょ?」
「――」
バレていた。心臓が肋骨を押し上げる。緊張が体を包み込む。緊張は疫病のように伝染する――。
隣にいる美結にも緊張は伝染した。過呼吸になっていた喉がさらに酸素を求める。脂汗が額から滲み出ていた。
「安心して。私は敵じゃない。だけど私以外の村人は敵になったよ」
安心――はできない。すべてが本当か確認が取れない。完全に信用する。信用したいのは事実だが、桃也たちは緊張を解くことができなかった。
氷華がため息をつく。2人の様子に気がついたのか。変わらぬトーンで喋る。
「あのまま家にいたら朝にでも村人に捕まってた。失踪したとなれば血眼になって探しにくる」
「……このまま逃がしてくれるのか?」
「そうしてあげたいんだけど、体力ないでしょ?」
当然とばかりに頷く。
「あの家に居続けるのは危険。だから一時的に避難させる。私が誰にも教えてない隠れ家があるから、そこに潜伏させる」
「……お、おう」
「隣の奥さんとか凛ちゃんは訳が分からないと思うけどごめんね」
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「……昨日の今日で本当にごめんなさい」
「いいのよ」という美結。――桃也は美結と凛が襲われていたことは知らない。なんの話をしているのかが分からなかった。
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