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デイジー
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ある日、恵美一家が来ている時に、幸子は、最初楽しそうに子供たちの遊びを見ていたものの、いつからか、何かを深く思い悩むような難しい表情を浮かべた。
恵美は、母親の顔に表れた懊悩の色が気になり、幸子に声をかけた。
「お母さん、大丈夫?」
すると、幸子は、どこか離れた世界のあまり心地よくない夢から、一層辛い現実へ無理やり引き戻されたかのように、今にも泣きそうな顔をして、言った。
「あなたたちをみんな愛しているから!」
哲雄をはじめ、幸子の不自然なくらい気合を入れて発したその思いがけない言葉を聞いて、どう反応すれば良いのか一瞬分からずに、まごついた。
通常、「大好き」や、「愛している」などの愛情表現を口にする時は、わだかまりなく、明るく発するものではあるが、幸子の発し方はまるで違っていた。幸子の「愛している」は、日々懊悩し、心底には、いつまでも解けない葛藤を誰にも打ち明けられずに、抱え続けて来た深い苦しみから生まれた言葉だった。幸子の「愛している」と発した口調には、あたかも、今言っておかないと、二度と言う機会が訪れて来ないかもしれないと思っているかのような必死で、切羽詰まったものがこもっていた。
幸子の「愛している」の一言を聞いて、みんなは思い知らされたのだ。幸子は、今、永遠に明けない夜のような暗黒な世界の中を独りぼっちで、当てなく彷徨い続けているのだ。
みんなは、幸子の病名を告げられてから、幸子に忘れられていく自分の苦しみしか、頭になくて、病気に脅かされ、自分の意思に反して、みんなを忘れていく幸子の心労に思いを馳せる余裕はなかった。幸子の苦し紛れに発した「愛している」の一言で、みんなは、その点にハッと気付かされた。今、一番辛いのは、幸子自身であるに違いない。妻や母親に忘れられていく辛さも、想像を絶するものであるが、その辛さも、どうすることも出来ずに、病気に少しずつ記憶や自意識を奪われていき、大事なものを全て、砂が指の間を零れ落ちていくように失っていく幸子の苦しみとは比べ物にならない。
幸子の苦痛を知ると、みんなは、胸を打たれ、不甲斐ない思いが込み上げて来て、二の句が告げずにいた。そこで、動き出したのは、子供たちだった。
子供たちは、涙ぐむ幸子のそばへ駆け寄り、「私たちも、大好きだよ。」と幸子を慰めた。
子供たちには、幸子の病気のことは、よく理解できていない。幸子がどういう心境で、「愛している」と発したのかも、きっと、想像出来ていない。しかし、祖母が単に「愛している」と言っているのではなく、深い悲しみから出た言葉であることは、察せたようだった。
その日、家に帰っても、祖母の辛い表情が子供たちの脳裏から離れずに、焼き付いていた。
悠美が玄関前の花壇へ目をやった。デイジーは咲いていた。
悠美は、祖父母から、デイジーの花びらを一つずつ摘み取りながら、「好き、嫌い、好き、嫌い。」と占いが出来ることを聞いていた。祖母の病気が治るか、治らないかというのも、デイジーの花びらで占いが出来るのではないかとふと頭をよぎった。
悠美は、祖母の病気は治らないと聞いていたが、祖母の泣きそうな表情を脳裏に浮かべながら、藁にもすがる思いで、お庭のデイジーを一本抜いて、花びらを一つ一つ、「治る、治らない」と内心で唱えながら、地面に落として行った。
治らないと聞いているのに、治るわけがないのに、やっていることがバレるのは、恥ずかしかったから、悠美は、内心で唱えていた言葉をあえて声に出そうとは、しなかった。悠美が祈りのように、闇雲に、「治る、治らない」と唱え続けていると、とうとう最後の花びらになった。
「やっぱり、治らないか…。」
悠美がまた内心で、ため息をつき、目に涙が滲むのがわかり、自分のことが情けなく、アホらしく思えて来た。
最初から、デイジー占いはただの子供の遊びだとわかっているはずなのに…最初から、祖母の病気は治らないともわかっているはずなのに…それでも、涙はポロポロと頬を伝い、デイジーの花びらの上に零れ落ちて行く。
祖母が可哀想で、ならなかった。そして、自分の無力さがたまらなく歯痒くて、腹立たしかった。
恵美は、母親の顔に表れた懊悩の色が気になり、幸子に声をかけた。
「お母さん、大丈夫?」
すると、幸子は、どこか離れた世界のあまり心地よくない夢から、一層辛い現実へ無理やり引き戻されたかのように、今にも泣きそうな顔をして、言った。
「あなたたちをみんな愛しているから!」
哲雄をはじめ、幸子の不自然なくらい気合を入れて発したその思いがけない言葉を聞いて、どう反応すれば良いのか一瞬分からずに、まごついた。
通常、「大好き」や、「愛している」などの愛情表現を口にする時は、わだかまりなく、明るく発するものではあるが、幸子の発し方はまるで違っていた。幸子の「愛している」は、日々懊悩し、心底には、いつまでも解けない葛藤を誰にも打ち明けられずに、抱え続けて来た深い苦しみから生まれた言葉だった。幸子の「愛している」と発した口調には、あたかも、今言っておかないと、二度と言う機会が訪れて来ないかもしれないと思っているかのような必死で、切羽詰まったものがこもっていた。
幸子の「愛している」の一言を聞いて、みんなは思い知らされたのだ。幸子は、今、永遠に明けない夜のような暗黒な世界の中を独りぼっちで、当てなく彷徨い続けているのだ。
みんなは、幸子の病名を告げられてから、幸子に忘れられていく自分の苦しみしか、頭になくて、病気に脅かされ、自分の意思に反して、みんなを忘れていく幸子の心労に思いを馳せる余裕はなかった。幸子の苦し紛れに発した「愛している」の一言で、みんなは、その点にハッと気付かされた。今、一番辛いのは、幸子自身であるに違いない。妻や母親に忘れられていく辛さも、想像を絶するものであるが、その辛さも、どうすることも出来ずに、病気に少しずつ記憶や自意識を奪われていき、大事なものを全て、砂が指の間を零れ落ちていくように失っていく幸子の苦しみとは比べ物にならない。
幸子の苦痛を知ると、みんなは、胸を打たれ、不甲斐ない思いが込み上げて来て、二の句が告げずにいた。そこで、動き出したのは、子供たちだった。
子供たちは、涙ぐむ幸子のそばへ駆け寄り、「私たちも、大好きだよ。」と幸子を慰めた。
子供たちには、幸子の病気のことは、よく理解できていない。幸子がどういう心境で、「愛している」と発したのかも、きっと、想像出来ていない。しかし、祖母が単に「愛している」と言っているのではなく、深い悲しみから出た言葉であることは、察せたようだった。
その日、家に帰っても、祖母の辛い表情が子供たちの脳裏から離れずに、焼き付いていた。
悠美が玄関前の花壇へ目をやった。デイジーは咲いていた。
悠美は、祖父母から、デイジーの花びらを一つずつ摘み取りながら、「好き、嫌い、好き、嫌い。」と占いが出来ることを聞いていた。祖母の病気が治るか、治らないかというのも、デイジーの花びらで占いが出来るのではないかとふと頭をよぎった。
悠美は、祖母の病気は治らないと聞いていたが、祖母の泣きそうな表情を脳裏に浮かべながら、藁にもすがる思いで、お庭のデイジーを一本抜いて、花びらを一つ一つ、「治る、治らない」と内心で唱えながら、地面に落として行った。
治らないと聞いているのに、治るわけがないのに、やっていることがバレるのは、恥ずかしかったから、悠美は、内心で唱えていた言葉をあえて声に出そうとは、しなかった。悠美が祈りのように、闇雲に、「治る、治らない」と唱え続けていると、とうとう最後の花びらになった。
「やっぱり、治らないか…。」
悠美がまた内心で、ため息をつき、目に涙が滲むのがわかり、自分のことが情けなく、アホらしく思えて来た。
最初から、デイジー占いはただの子供の遊びだとわかっているはずなのに…最初から、祖母の病気は治らないともわかっているはずなのに…それでも、涙はポロポロと頬を伝い、デイジーの花びらの上に零れ落ちて行く。
祖母が可哀想で、ならなかった。そして、自分の無力さがたまらなく歯痒くて、腹立たしかった。
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