43 / 44
パーフェクトワールド※(第三者によるパワハラ描写あり、DomSubユニバース、会社の先輩×後輩)
パーフェクトワールド※
しおりを挟む
人に褒められた経験がほとんどない。
俺は、容姿も良くないし、頭がいいわけでも、運動神経がいいわけでもない。
子供のころから人見知りで、あいさつもろくにできなかった。
母は、
『匡! どうしてあいさつぐらいできないの? じゃあ、頭下げるぐらいしなさいよ! なんで頭下げるぐらいできないの! もう、この子ったら本当に恥ずかしい!』
そう言って俺を詰った。父は母に同調した。
自分でも、何故あいさつぐらいできないのか、何故会釈するぐらいができないのか、わからなかった。
ただ、喉が詰まった感じ、体が突っ張る感じがして、あいさつする場面になると体が動かないのだ。
俺は劣った人間だ。
中学生ぐらいから、かろうじて会釈はできるようになったが、ずっとあいさつは苦手なままだ。
『なんでパパとママの子なのに、匡はこんなことも出来ないの? 病院で取り違えたのかしら?』
あいさつだけではなく、生活全般でことあるごとにそう言われて育った。
両親は共働きで、高学歴の高収入、容姿にも優れている。弟の誠も、父母の血を引いて優秀だし、整った顔立ちをしている。
俺は、まったく自慢できる子供ではなかった。本当に取り違えられたのかもしれない。
共働きの両親のかわりに、小学三年のころから家事は俺の仕事だった。
食事の支度と洗濯と掃除は俺の担当。
味付けが悪いとか、干しかた、たたみかたが悪いだとか、家が散らかってるだとか、巾木の上に埃が積もってるだとか、そういう指摘はされても、ありがとうや、助かる、など褒められたことがない。
俺が悪いのだが、けなされるばかりだった。
父と母は夫婦の寝室で、子供は子供部屋で寝ていた。
ある深夜、幼稚園児だった弟の誠が布団で下痢を漏らした。俺は、両親の寝室に駆け込んだ。
『ママ、どうしよう! 誠がうんち漏らした!』
すると、母が鋭い怒声を浴びせた。
『もう! パパとママは明日仕事なの! パパとママがお仕事してお金を稼いでるから生活できるんでしょ! パパとママを起こさないで!』
『ご、ごめんなさい』
俺は、母の剣幕に震えた。
子供部屋にもどり、汚れた弟の布団を取り替えてやり、風呂で下半身を綺麗にしてやってから寝かせてた。
その後、ひとりで風呂場で布団を洗った。
春先に、俺は風邪を引いた。
学校を休んだ俺の面倒は誰も観ない。
枕元に冷たいままのパウチのお粥とプラスチックのスプーンが置かれただけだ。
弟が風邪を引いたとき、母は会社を休んで看病していたのに。
そうだ、母は、弟のためなら会社を休んだ。
授業参観も、遠足も、参加してもしなくてもいいような学校行事でも。
母に冷たい目で見られ、軽蔑され、怒鳴られると、心臓がぎゅっと締め付けられたようになり、呼吸がうまくできなくなり、脂汗が滲んだ。
ひとりベッドの上にうずくまり、眠れないまま朝を迎える日もあった。
中学校に上がる前のダイナミクス検査で、俺はSubだということが判明した。
DomもSubもそれぞれ人口の五%。大して珍しいわけではないが、少数派だ。保険適用とは言え、病院にも行かなければならないし、薬も買わなくてはならない。
母は大きく溜息をついて、検査結果を聞いてひと言、面倒ね、と言った。
俺の不眠や吐き気といった体調不良、神経の衰弱の原因が、この検査によってある程度説明がついた。
うちの母はDomで、父はSubだ。
Domの母の不機嫌は、Subの俺にとっては耐えがたいものだった。それは父にとってもそうで、父は母に同調することで、母の機嫌を取っていたのだ。
病院で抑制剤を貰うようになると、俺は少し具合が良くなった。
中、高、大と、人付き合いは極力避けてきた。
あいさつも相変わらず苦手だし、話すのも下手だった。
大学のゼミの飲み会に出たときも、話しかけられても、『あっ、あっ』と言ってるうちに、
『久野くんは話すの苦手だもんね』
と言われてしまった。
他のゼミ生が盛り上がってるなか、俺はひとり蚊帳の外で、すみっこではじめに人数分頼まれたビールをちまちまと飲み続けた。
俺は無価値な人間で褒められるに値しない人間だった。
だからSubとしてパートナーのDomと巡りあって、満たされるなんてことは、一生ないだろう。
それはそれとして、大学生にもなると、俺が無価値な人間だということは置いても、俺は家庭内の召使いだということを理解できるようになっていた。
母が怖かった。父のことを軽蔑した。Domと診断された弟も、いつの間にか俺のことを召使い扱いするようになった。
ただ、家事をするだけの、透明な召使い。
あいさつもろくに出来ない俺にとって、就活は地獄以外の何ものでもなかった。
面接では、はじめ『あっ、あっ』としか言えなくて、なんとかしどろもどろ、つっかえつっかえ話すうちに終わってしまう。
そんな俺を採用してくれたのが、今の会社だ。
社員五十人の建設会社の事務として、俺は採用された。代表取締役の社長と、その息子である営業部の部長、俺を含めて事務五名、現場の作業員が四三人。
採用されてからわかったのだが、社長の息子である営業部の部長は、面倒な人だった。
機嫌がいいときはいいのだが、かなりの気分屋で不機嫌をまき散らす人だった。
そんな中、部長と他の社員の間に常に立って、防波堤となってくれたのが、総務部長の斧塚さんだった。俺を面接してくれたのも、斧塚さんだった。
Domの部長の不機嫌を直接ぶつけられたら、俺はあっという間に壊れていただろう。
斧塚さんは俺の八歳年上だった。斧塚さんは俳優のようにすらりとし、顔が整っている。
部長としてはずいぶん若いが、先輩がどんどん辞めていくうちにこうなったのだという。
俺は、斧塚さんのことがずっと好きだ。
俺が新人の時、現場の担当者から頼まれて材料を発注したのだが、数量を一桁間違えて、特殊な材料を大量に誤発注してしまった。
材料屋からは返品不可と言われて、うず高く倉庫内に積まれた材料を見上げ、俺はあまりのことに呆然としていた。
会社に損害を出してしまったと血の気が引いて震えが止まらなかった。やっぱり俺は駄目な人間なのだと思った。
部長は俺を怒鳴った。
『久野! 材料屋にどうにか返品を飲ませろ! じゃなきゃ、お前が責任持って全部買い取れ!』
そこに、登記変更の申請に法務局に行っていた斧塚さんが事務所に帰ってきた。
『社長、私の責任です。少し心当たりを当たってみてもよろしいですか?』
社長が、好きにしろ! と、斧塚さんに吐き捨てた。
一応の社長からの許可が下りると、斧塚さんはうまいこと同業者に声を掛けてくれたりして、倉庫を占領していた材料を売りさばいてしまった。
『あっ、あっ、ありがとう、ございます』
俺がしどろもどろ言うと、彼はぽんぽんと、俺の頭を撫でてくれた。
じんわりと胸が温かくなって、俺は泣いた。ひさびさに人の優しさを感じた。
それからは、俺は斧塚さんのために働くようになった。
忙しい斧塚さんが少しでも楽ができるように、能力が低いなりに俺にできることはなんでもしようと思った。
事務関係は自社でなんでもやる会社だったから、やることは無限にあった。
『久野、この給付金の申請、調べてみて』
『久野、今度、部長が取締役になるから、手続き関係、調べてやってみて』
『今度入社した佐伯さん、建設キャリアアップシステムの技能者登録してみてくれる?』
『久野、今度、建設業許可、業種増やすから書類作ってみてほしい』
社長から振られた仕事の中から俺でも出来そうなものを斧塚さんが適切に俺に振ってくれる。
わからないところは教えてくれるし、俺がやってみると、斧塚さんがきちんとチェックしてくれる。
そして、俺ができると褒めてくれる。
『助かるよ、いつもありがとう』
と言ってくれて、頭を撫でてくれる。
俺がひょっとして、ずっと言ってもらいたかった言葉かもしれない。
斧塚さんに褒めてもらうと、泣きたくなるくらい嬉しい。心が温かくなって、ふわふわする。もっともっと頑張って、もっと褒めて欲しくなる。
斧塚さんって、Domだろうか。そんな気がする。斧塚さんが褒めてくれると、プレイじゃなくても俺の体は軽くなる。
斧塚さんが俺をパートナーに選んでくれたらいいのに。
ずうっと俺は斧塚さんが好きだ。昼食をおごってくれたり、飲みに連れていってくれたりしても、それは職場の部下として、接してくれているだけなのに。
自分が男性を好きになるとも思わなかった。それも、肉欲込みで。恋愛対象として。
斧塚さんは、仕事も人格も尊敬できる人だし、きれいな整った顔をしていて、長身ですらりとしている。笑うとしわが寄って、それも好きだ。
斧塚さんは俺がSubだなんて、もちろん知らないし、俺は仕事もできないし、顔も頭もよくないし、社交性もないし、いいところがひとつもない。
斧塚さんがDomだとして、俺を選ばないのはわかっているけど。
好きでいるのは許してほしい。
俺が入社して五年。
社長が退任して、息子である営業部長が社長になった。
そうすると、父親という重しがなくなってしまった。
パワハラが酷くなったし、事務として、愛人を会社に入れた。
愛人の早川さんは、たまに来て、カールさせた髪の毛先を手持ち無沙汰に指に巻いて、社長とぺちゃくちゃしゃべって、ランチに行って帰る。そういう人。
早川さんと部長は、俺のどもりから影で、「あっあくん」というあだ名をつけて笑っていた。俺が知っているのは、彼らが聞こえるように話すからだ。
斧塚さんが、会社を辞めることになった。
俺は、それをさらりと本人から会社の廊下で言われた。
「な、なんで、なんで、なんで……!」
ものすごく感情が高ぶって、涙が溢れて、その場で泣き崩れそうになってしまった。
それを、斧塚さんが支えてくれた。
「ごめんな、久野……」
俺は首を振って、必死に涙を止めた。
なんで、ではない。理由はわかっている。
仕事もできて周囲に慕われている彼は、実のところ今の社長から疎まれていた。
それがこのところ、風当たりの強さが激化していた。
社長から暴言をはかれたり、意味不明な理由をつけて叱責されたり、勝手に席を移動されたり、挙句、パソコンや電話器を取り上げられたりしていた。
それは、社長の愛人である総務の早川さんが、このところ、社長よりも断然いい男である斧塚さんにあからさまに色目を使うようになったからだった。
不必要に斧塚さんの肩に触れたり、顔を寄せたり、俺は見ていて吐き気がした。
斧塚さんは、それで心底馬鹿馬鹿しくなったのだという。
ファミレスを出たところで、斧塚さんが俺の肩を抱いた。
「久野が心配だよ。俺と仲良かったから社長に目つけられてるだろ。一緒に辞めようぜ、こんな会社」
「俺は、大丈夫ですよ」
斧塚さんがいなくなって業務は回るのだろうか。回らないだろう。直接社長から指示されるようになるのも怖い。
でも、俺は斧塚さんと違ってどこにも雇ってもらえないだろうし、心配をかけて、斧塚さんの新しい門出を邪魔したくなかった。
「なにかあったら、俺んとこ連絡して」
「ありがとうございます」
俺は、斧塚さんが幸せならそれでいい。
次の日から斧塚さんは会社に来なかった。
部長が引き継ぎもさせずに、明日から来なくていい、と言ったらしいのだ。
しばらくして、部長のターゲットは俺に移った。
「お前、斧塚に情報流したりしてないだろうな」
といわれて、
「あっ……あっ……斧塚さんは、そんな人じゃありません」
と返したことが、逆鱗に触れたらしい。
斧塚さんが会社にいるときに、すこしでも味方になって、今日みたいに社長に物申して庇ってあげられたらよかったのに。
俺は弱くて、守ってもらうばかりで、守ってあげられなかった。
それ以来、毎日毎日、社長のところに呼ばれて、嫌味か怒鳴られるかしている。
「てめえ、いっつもいっつも、あっ、あっ、て気持ちわりいんだよ!」
「俺に出す資料にこんな誤字しやがって、お前、俺のこと舐めてるんだろう!?」
「こんなこともわかんねえのか! 馬鹿か! だからお前は新卒以下なんだよ!」
「お前みたいな使えねえ無能、ここ辞めたらどこも雇わねえぞ!」
社長が俺の頭をしたたかに叩いた。
Domの社長の暴言や暴行は、Sub俺の体調を精神を、あっという間に壊していった。
俺には勇気がなかった。
いや、勇気もないが、思考停止していた。
録音して、労基に持っていくとか、弁護士に相談するとか、そういう行動を起こす気力がなかった。
それに本当に、社長が言う通り俺は無能だから、ここ以外のどこでも雇ってくれないだろう。
斧塚さんがいてくれたから、こんな無能の俺でも働けていたんだと、改めてわかった。
斧塚さんに助けてもらって、褒められて、自分の脳力を過信するようになっていたのだ。
斧塚さんが辞めて、ますます空気が悪くなった。
斧塚さんの持っていた業務が割り振られたが、斧塚さんは俺の二倍の仕事を常にこなしていたということがわかった。
他の社員の仕事を手伝うにも、社長の指示を仰がなくてはいけなくなり、実質ひとりひとりが孤立することになった。
加えて、社長から嫌われている俺は、無視されるようになっていった。俺に関わると損するから仕方ない。
社長に取り入ろうとするもの、媚びへつらうもの、仲間を売るもの。環境によって、人ってこうなってしまうのか、と暗澹たる気持ちになった。
斧塚さん。俺は、全然大丈夫じゃなかったです。
吐き気がする。眠れない。動悸がする。食事がのどを通らない。
怒鳴られると頭が真白になってしまう。ほんの数秒前にしようと思っていたことを忘れてしまう。
電話を取るときも斧塚さんがいたときは、「あっ……」のあとに会社名がすぐに出ていたのに、今ではなかなか言葉が出ない。
もう俺を褒めてくれる、斧塚さんはいない。優しく褒めてくれて、頭をなでてくれる、斧塚さんは。
斧塚さんは、連絡してって言ってくれたけど、新天地にいる斧塚さんを邪魔してはいけない。
俺は、斧塚さんが酷い目にあわされているとき、何をしてあげられた?
いや、何も出来なかった。
斧塚さんが、頭のてっぺんからコーラを掛けられたときも、何も出来なかった。
頭を叩かれても。
ものを投げつけられても。
提出した書類を、やり直しだとばら撒かれても。
斧塚さんのそうした姿が、眠ろうとすると瞼の裏に浮かんだ。
好きな人を、俺は守れなかった。
斧塚さんが辞めてから早三か月。
斧塚さんはちょくちょくメッセージを送ってくれていた。
いつも、『大丈夫?』と聞かれて、大丈夫、と返していた。
飯でも食いに行こうかと誘ってくれたのも、断った。
俺は、合わす顔がない。俺は斧塚さんが傷つけられているとき、傍観者だった。あんなに助けてもらっていたのに。
それに、こんな死神に取り憑かれたみたいな顔は見せられないし、きっと粗相をして、迷惑をかけてしまうから。
土曜日の二十二時、家でベッドに横たわっていると、スマホが鳴った。
また社長から時間外に業務命令か、と思うと吐気が込み上げてくる。
しかし、確認しないわけにはいかない。
いやいや画面を見ると電話をかけてきたのは、社長ではなかった。
『久しぶり、久野』
斧塚さんだった。
『悪い、まさかそこまで久野がひどい目に遭ってるって知らなくて。吉沢さんが教えてくれたんだけど』
「あっ、あっ……おの、づか、さん……うっ……あ……うう……」
斧塚さんと特に仲の良かった工事部長の吉沢さんが、俺を気にかけて、斧塚さんに連絡してくれたのだ。
俺は、わけもわからず、泣いていた。
『今から、そっち行っていいか?』
「い、いいですっ……うう……悪い……です」
『迷惑?』
「ちが、い、ます」
『今から行くから』
斧塚さんは来てくれた。わざわざ一人暮らしのアパートまで。
斧塚さんは俺を見るなり、顔をしかめ、俺を強く抱きしめた。
「斧塚、さん?」
「こんなことなら無理矢理でも、一緒に辞めさせれば良かった」
斧塚さんって、スキンシップが多い。こういうの、俺みたいなのにしたら、勘違いされるのに。
突然、社長から暴力を振るわれる斧塚さんの姿が脳裏に浮かんだ。
そうだ、俺は、優しくしてもらう権利がない。
腕を突っ張って、斧塚さんから離れようとした。
ここまでわざわざ来てもらっておいて、俺は何やってるんだろう。
「だ、だめ、なんです、俺、ごめんな、さい」
「どうした?」
斧塚さんが、眉をしかめている。
「久野? どうしたんだよ。《話して》」
話したくないのに、勝手に口が動く。
「俺に、優しくしないで、ください。おの、づかさんが、パワ、ハラうけてるとき、俺、なにも、できなかったのに……! ごめん、なさい……!」
俺の罪悪感を押し付ける懺悔なんか何の意味もないのに、話してしまっていた。
「なんのこと? 久野には、助けてもらったよ」
「ちが、俺、なにも、出来なくて! 見てた、だけで、俺……!」
俺は斧塚さんのために、何も出来なかった。
だから、斧塚さんに優しくしてもらう権利なんかない。
「違うよ。いつも支えてもらってた。それに、吉沢さんから聞いたよ、社長に言ってくれたんだろ。俺は情報流させるようなやつじゃないって」
そんなことはなんの足しにもならないのに、優しく頭を撫でてくれる。
「ありがとう、久野」
「な、に、も、俺、できな、くて」
「俺は、いつも久野に助けてもらってたよ」
「ごめん、な、さい、ごめん、な、さい」
俺は、泣きじゃくっていた。
大の男が泣くなんて迷惑かけるだけなのに、止められない。
そんな俺のことを斧塚さんは強く抱きしめて、撫でてくれる。
「助かってた。久野がいたから、俺は頑張れてた」
そんなこと、ない。斧塚さんは、俺の二倍の仕事を抱えていた。仕事の上でも、迷惑掛けてた。
俺がもっと仕事ができる人間だったらよかったのに。
それなのに、力強く抱きしめられて、嬉しいと思ってしまう。
もう斧塚さんに甘えていては駄目なのに。
「……久野って、Subだろ?」
突然、斧塚さんが言った。どうして、そんなことを聞くんだろう。
「社長のグレアに当てられたんだろう。少しは、楽にしてやれると思う。俺でよければ、プレイしたら、駄目か? 少し、楽になると思う」
ああ、やっぱり斧塚さんってDomだったのか。
「そこまで、甘えられません……そんな……悪いです」
「パートナーや、恋人は?」
俺は、小さく顔を横に振った。いない。いるわけがない。
俺が好きなのは、斧塚さんだけだ。
「甘えてほしいんだよ、頼ってほしい。駄目か?」
好きな人に同情からそう言われて、弱っている俺は、それにつけ入ってしまった。
「じゃあ、基本的なことからしてみようか」
俺は頷いた。
頷いたあとに、これは言っておかなくてはと、
「あっ、あっ……あの、俺、プレイしたことなくて」
そう告白した。
「そうか。NGなプレイは、ある?」
「……斧塚さんなら、何でも、平気です」
「久野、そういうことはDom相手に言っちゃ駄目だよ」
俺は首を傾げて斧塚さんを見た。
斧塚さんは困ったように笑っている。
ぽろっと言ってしまったが、困らせてしまったんだ。恋人でもパートナーでもないのに、何でも平気なんて言って。
斧塚さんは俺をプレイでケアして癒そうとしてくれているだけなのに。
「ご、ごめんなさい」
「いいよ、久野は悪くないよ。俺の問題だから。セーフワードだけ、決めるか。《レッド》でいい?」
「わかりました」
「じゃあ、《おすわり》」
斧塚さんの声に、自然と体が反応する。俺はベッドの縁から立ち上がり、ぺたんと床に座っていた。そうするのが当然というように。
「あ……」
なんだ、この感覚は。命令される喜び、それに従う喜びが湧き上がってくる。
そして、褒められたいという欲求も。
「いいね、《いい子》」
そう言って、斧塚さんが俺の頭を優しく撫でてくれると、全身に震えが走った。
鼓動が速くなり、体が熱くなる。
気持ちがいい。
「《立って》、そう、こっちに《来て》、そう、《いい子》だ。俺の膝の上に《またがって》」
立ち上がり、斧塚さんに近寄って褒められる。気持ちいい、嬉しい。
でも、またがる?
「久野、いや?」
俺は頭を振って、おずおずと斧塚さんの上にまたがった。
「《良く出来ました》」
正解らしい。斧塚さんは俺の頭を撫でて、抱き締めてくれた。
俺はすごくどきどきしていた。心臓の音がうるさく、斧塚さんに聞こえてしまうのではないかと言うほど。
斧塚さんの命令に従うのが、気持ちいい。
はあはあと、息が上がってくる。体がびくびくと引きつる。
折角斧塚さんがプレイで癒してくれようというのに、俺なんかが興奮してるところを見せてはいけないのに。
「《キスして》」
斧塚さんに命じられる。俺はいいけど、斧塚さんはいいのだろうか。
俺は、馬鹿で、不細工で、無能な役立たずで、どもって、あいさつもろくに出来ない、コミュニケーションもまともに取れないのに。
斧塚さんの命令に、従う。キスしたいのは俺だけなのに。
斧塚さんのきれいな顔。こころなしか、斧塚さんの目は潤み、顔も赤い気がする。
斧塚さんも、気持ちが良ければいいのに。それは俺の願望に過ぎない。
「本当に、いいんですか?」
「うん。いいよ、《キスして》」
再度の命令に、震えながら唇を近づける。
柔らかい、滑らかな感触。
唇と唇が触れあうのが、こんなに気持ちのいいことだと知らなかった。
斧塚さんが俺の後頭部を手で支えると、斧塚さんの舌が入ってきた。
「んっ! んんっ……!!」
熱い舌が絡んできて、吸われて、甘噛みされる。
申し訳なく思う。俺の唾液なんて汚いのに。俺と深いキスなんかしたくないはずなのに。
斧塚さんの舌も唾液も甘い。
俺だけが気持ちがいい。体がびくびくして、腹の奥が、きゅっとなる。
俺は斧塚さんを思い浮かべて、自慰をしてきた。俺の肉体はどうしても反応してしまう。
斧塚さんの唇が離れる。
「《いい子》。目、とろんとしてる。かわいい」
「あっ……うっ……!」
不細工が呆けた顔をして、かわいいわけないのに。本当に愛しい人にするように、頭を撫でて、背中を撫でてくれる。
プレイとはこんなにすごいものなのか。
体に重くのしかかっていた倦怠感が、本当に軽くなっている。全身が活性化していくようだ。
「もう一度、《キスして》」
命じられるまま、もう一度キスをする。
斧塚さんの手が、脇腹をさすり、二の腕をさすり、腰骨を撫で、俺の尻を包み込む。
「あっ、んっ! くふっ……!」
触れたところが熱を持つようだった。気持ちがよくて、体がどんどん性的に高ぶっていく。
「本当に、何してもいいの?」
斧塚さんに聞かれて、俺は恐る恐る頷いた。
「久野、《脱いで》」
その声に従ってしまう。
斧塚さんの膝を降りて、俺は自分の服に手を掛けた。俺の手は震えているが、半分は不安、半分は喜びによる震えだ。
とんでもないことをしている。
世の中の、DomとSubは、パートナーでなくとも恋人でなくともこんなことをするのか?
世間に疎い俺には、わからない。ここまでしてしまって、いいものなのか。
少なくとも、斧塚さんにとっては、これはパートナーでも恋人でもない相手に対するプレイの範疇なのだ。
震える手で、スウェットの上を脱いだ。まだ長袖の肌着を着ている。
次にスウェットのズボンを脱いだ。下着一枚になれば、勃起しているのがあからさまになる。
馬鹿みたいにもじもじして、やっとのことズボンを脱いだ。
「ベッドの上で《仰向けになって》」
斧塚さんが苦笑しながら、俺に命じる。
また、何か間違えたのだろうかと不安になる。
俺はベッドに仰向けになった。
「《いい子》」
褒められ、くすぐるように頬を撫でられ、安堵する。
「お尻《上げて》」
命令されるまま、尻をあげると、ボクサーパンツをずり下ろされた。
途端に、勃起したペニスがぶるんとあらわになった。
「あっ……!」
とっさに隠そうとすると、
「《そのまま》」
と命じられた。
「あっ……こんなの……」
「大丈夫だよ。《服をまくって》、胸の上まで」
恥ずかしいのに、斧塚さんに従いたい。服をまくり上げると、恥ずかしいほど硬く立ち上がった乳首から先走りに濡れた股間までがあらわになった。
裸より恥ずかしい格好になった。
「足を開いて《見せて》、胸ももっと《見せて》」
恥ずかしいのに、足を開いて、服をよりまくり上げている。
どんなことを言われても、従いたい。
斧塚さんは、俺のみっともない姿をどう思っているのだろう。どんなつもりで、俺に命じるのだろう。
「《いい子》だ。いい眺め」
本心では、どう思っている?
「恥ずかしい、です……斧塚、さん」
「隠さないで、《そのまま》、いいよ、久野」
斧塚さんの手が、乳首と股間に伸びた。乳首をきゅっとつままれ、ペニスを握ってしごかれる。
あり得ないことに、ずっと好きだった人が、俺に触れている。
他人に触れられるのは初めてだ。自分の手とは全然違う。
思わず、腰がはしたなくへこへこと動いてしまう。
乳首はじんじんと甘くしびれて、ペニスは今にも弾けてしまいそうだ。
斧塚さんの手、気持ちいい。大きくて、逃げられなくて、気持ちいい。
強さも、速さも、どこがいいかも全部わかってるみたいに、俺を追い上げる。
「かわいい、久野」
「斧塚、さん、あっ、んぐっ! ひっ、あっ、ああっ! イっちゃ、イっちゃ、う……!!」
「いいよ、《イけ》」
斧塚さんが、ぎゅっと乳首をつねり、裏筋と雁を圧迫するようにしごく。
斧塚さんに命じられるまま、俺は無様に腰を突き出して、果てた。
はあはあ、と全力疾走したみたいに息が上がっている。
俺、斧塚さんの前で、絶頂してしまった。
「《いい子》、上手にイけたね」
斧塚さんが俺の額にキスをして、俺の髪を撫でてくれた。
ああ、まただ、褒められてお腹が熱い。直腸がうねっている。奥に、斧塚さんがほしい。ほしくてたまらない。
さっと目をそらしたものの、俺がよっぽど物欲しげな顔をしていたのだろう。
「どうしたの、久野?」
「あっ……あっ……」
まただ。また、あっあっ、しか言えなくなっている。
「久野、俺を《見て》」
背けていた顔が、斧塚さんのほうを向く。逆らえない、従いたくなってしまう。
「ほら、どうして欲しい? 《言って》」
どこまで望んでいいものなのか。それなのに、勝手に口が動いている。
「あっ……うっ……後ろに、挿れて、欲しいです」
「《いい子》だ」
斧塚さんが、微笑む。
ぞくぞくと、期待と恐れに震えが走った。
俺の家にローションもコンドームも当然ない。
斧塚さんはローションとコンドームを持ってきていた。
やっぱりパートナーがいて、その人と会うときのために、持ち歩いているのだろうか。ぎゅっと心が痛んだ。
バスタオルを敷き、俺をその上に寝かせた。
「足、開いて。《見せて》」
従いたいのに、羞恥や恐怖のほうが勝ってしまっている。
「できない?」
「あっ、待って、ください、今……」
嫌われたくない一心でそう言うと、斧塚さんはふっと笑って俺にキスしてくれた。
「いいよ、ゆっくりで。俺のことも、《脱がしてくれる》?」
俺は震える手で斧塚さんの服のボタンを外していった。
斧塚さんの引き締まった肉体があらわになり、俺は息を飲んだ。
斧塚さんのペニスも反応してくれているのが嬉しい。
寝転んで抱き締めあう。
「《キスして》」
キスすると斧塚さんのものが一層硬く勃ちあがった。それが俺のペニスに押し付けられる。後ろに回された大きな手が、尻を揉む。
素肌を合わせ、深く口づけて、恋人同士みたいだ。
プレイに過ぎないのに。
もしかしたら、DomとSubにとっては恋人同士の関係よりも、命じ、従う、プレイのほうが重要なのかもしれない。
俺には、よくわからない。
Domの母とSubの父を見て育った。二人が愛し合っているかはわからない。幸せそうだと思ったこともない。二人が二人で完結する関係だというのはわかる。支配し、支配され、完結している。
プレイと愛の区別が、俺にはつけられそうにない。
DomとSubとはなんだ?
抱き合って、キスして、ペニスを押し付けあって。
俺はわけがわからなくなるほど欲情していた。理性が働かなくなっている。斧塚さんに支配されたい、命令されたい、それだけ。
斧塚さんが囁いた。
「指、入れていい?」
俺がうなずくと、抱きしめられたまま、キスしたまま、斧塚さんがローションを指にまとわせた。その指が埋めらる。
冷たいローションは体温にすぐに馴染んだ。
指、気持ちいい。自分でアナルオナニーするのと全然違う。
こんなにすんなり受け入れてしまっては、普段からそこをいじっていると言っているようなものだ。
ぐちゅぐちゅと、斧塚さんの長くて形のいい指が俺の中を搔き回す。
「あっ、あっ……! ひっ、んん……!!」
「気持ち良さそうだね。誰かに仕込まれた?」
「え?」
「プレイが初めてなんて、嘘?」
何を聞かれたのか理解できないでいると、充血した中のしこりをくにくにと押し込まれた。
「はうっ! んっ、うぐっ……あっ、うっ!!」
「誰に、された?」
誰でもない。斧塚さんを思いながら、自分を慰めていただけだ。そこまでは言えないけど。
斧塚さんは笑っている。
だけど、何を考えているかわからない目をしている。少し、怖い。
しこりを掻き出すようにされ、押し込まれ、叩かれる。びりびりと快感が全身を突き抜け、がくがくと体が震えた。
身をよじろうにも、斧塚さんにがっちりと押さえ込まれて動けない。
空気が重たくなったような息苦しさを感じる。
声にならなくて、俺はただ首をふった。
「誰でもない?」
俺はこくこくとうなずいた。
「どういうこと? 《言って》」
「……じ、ぶん、で……いじって……」
恥ずかしくて、惨めで、涙が滲んだ。
ふっと、空気が軽くなる。
「ごめん、久野、ごめん」
俺のまなじりに、斧塚さんがキスしてくれた。
よかった、もとの、斧塚さんに、戻った。
ぐちゅぐちゅと、中を掻き回される。
俺の粘膜は斧塚さんにどこを擦られても、感じてしまう。指を締め付けて、しゃぶっている。
「あっ、斧塚、さん! ま、た……また……!!」
「いいよ、《イけ》」
命令されてイくの、すごく気持ちいい。ぎゅうって締まって、斧塚さんの指、もっと感じる。
斧塚さんの、指、好き。
気持ちいい、しこり、どくどく脈打ってる。ぎゅうって収縮してる。
ピストンするみたいに、指が抜き差しされるのも、好き。
「おの、づか、さん! おの、づかさん!!」
「イくの上手だな。ほら、《イけ》」
「あっ、あ゛あ゛ーーッッ!!」
お腹痙攣して、足もがくがくして、全身、引き攣ってる。
「《いい子》」
そう言われて、言われただけで、俺はまた絶頂した。
絶頂の余韻に震えながら、斧塚さんを見上げる。
なんて綺麗な人なんだろう。
その人が、親切にも、Subの俺を癒そうとプレイに付き合ってくれている。
斧塚さんが、コンドームを装着している。
ペニス、大きい。綺麗な形。綺麗なのに卑猥だ。卑猥なのに綺麗。
手際が良くて、慣れているんだろうな、と思った。俺と違って、プレイもセックスも、経験がたくさんあるのだろう。
「足、開いて。《見せて》」
肛門を晒すように、股を開く。こんなところ、見せてはいけないのに。ぞくぞく快感が走った。
斧塚さんが覆いかぶさってきて、俺の尻の穴に、亀頭をあてがった。
亀頭がぐぷりと侵入を果たすと、斧塚さんはゆっくりだが確実に俺の中に入ってきた。
狭い肉が割り開かれていく。
「……ッッ!! くっ、あ゛……うぐッ!」
「苦しい?」
「ち、が……だい、じょうぶ……あっ、うっ、あっ、あうッッ……!!」
イッてる。斧塚さんに満たされて、わけもわからず、達していた。
斧塚さんが腰を使うたび、体が揺すぶられる。最奥を亀頭が揺すぶる。目一杯広げられて、圧迫されて、押しつぶされて、こすられる。
「また、くる……! きちゃ、おの、づか、さん……!!」
「《イッていい》よ」
「はひっ……!! はぐうううッッ……!!」
命令気持ちいい。斧塚さんに、俺のこと、支配してほしい。がんじがらめにしてほしい。
絞りとろうというように、直腸が大きくうねる。
「うっ……久野、良すぎる」
斧塚さん、俺の中で、イッてくれたんだ。
よかった。
射精で息が上がった斧塚さんが、ぎゅうと強く抱きしめて、キスしてくれる。
俺も、斧塚さんを、おずおずと抱きしめ返した。
斧塚さんって、こうやって誰にでもケアしてあげるのだろうか。
ただの会社の後輩の俺にだってここまでしてくれるんだから。
「あの……すみません、ありがとうございます。すごく楽になりました」
俺がそう言うと、斧塚さんがびっくりした顔をする。その後、斧塚さんの顔がすうっと曇った。
また俺、変なこと言ってしまったのかな。
「あ、あの……助かりました。ケアってこんなに効果あるんですね。すごいですね、知りませんでした」
「……俺でよかったら、いつでもしてあげる。久野は、他の人にさせないほうがいいよ」
曇った気がしたけど、気の所為だったようだ。斧塚さんはいつもどおり、笑っている。
「えっ、あ、いや……申し訳ないですよ」
斧塚さんではなく、他の人とする。あまり考えられない。
「俺がケアしたいの。な? 久野は、俺じゃ嫌か?」
「い、嫌じゃないです!」
「そうか、よかった」
斧塚さんは笑って、俺の頭をくしゃりと撫でた。
斧塚さんから言われて、俺は会社を辞めた。
しばらく休んで次の仕事を決めればいいと、斧塚さんは言った。
心配だから一緒に住もうと言われるまま、斧塚さんのマンションに居候させてもらうことになって、自分のアパートは解約した。
こんなに性急にことを進めてしまって大丈夫か、と思うのだが、斧塚さんに言われると流されてしまう。
毎晩、斧塚さんは仕事から帰ってくると、キスを使ったケアをしてくれる。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「久野、《キスして》」
俺から唇を重ねると、斧塚さんが唇を食んで、舌を入れてくれる。
「んっ……んん……」
俺は教えられたとおりに、舌を絡める。
「《いい子》」
そうすると、斧塚さんが褒めてくれる。
それから、晩御飯の用意をする。
小学生のころから家事をしてきたから、家事はそれなりにできる、と思う。だから、料理をして、洗濯をして、掃除して、斧塚さんが帰ってくるのを待つ。
一緒に夕飯を食べる。いつも斧塚さんは俺の料理を褒めてくれる。
週に一、二度、平日早く帰ってきた日だったり、土日のいずれかだったり、斧塚さんは時間をかけて俺のケアをしてくれる。
一緒に風呂に入って、かわいい、いい子ってたくさん言ってもらって浴室でセックスをする。
風呂を出て、今度はベッドで抱き合う。
「あっ、あうッ!!」
「《我慢して》、まだイくなよ」
「おのづか、さん、無理、です、無理……!」
乳首をきゅっとつままれ、転がされながら、大きな手でペニスをしごかれる。
「ま、待って、我慢、むり! うっ、はうっ……!」
尿道口からあふれた先走りで亀頭をぬるぬると刺激されて、親指と人さし指出作った輪で雁を刺激されるとたまらない。
斧塚さんにしごかれると、俺はあっという間に射精に至ってしまう。
「ああ、まだ駄目だって言ったのに。お仕置きだな」
「お仕置き、いやです」
「本当に?」
いやとも、言いきれない。俺はお仕置きと聞いて、軽く達してしまった。
「そうだよな、お仕置き、好きだもんな?」
斧塚さんが、俺にキスをしてくれる。
「かわいい、久野」
「《四つん這いになって》」
ベッドの上で四つん這いになると、斧塚さんに後背位で挿入された。
「んっ……!」
斧塚さんでいっぱいに満たされる。ゆっくりと腰を使って、奥を突き上げられる。
気持ちいい。斧塚さんペニス、入ってるだけで気持ちいい。
「はっ、うっ……あっ、あっ……!!」
とんとんと抜き差しされ、肉壁がこすれるたび、声が漏れた。
「おのづか、さん! だ、だめえ!! いっ、ちゃ……う……!!」
「いいよ、《イけ》」
「あっ、ああ、あうっ!」
直腸がぎゅっと締まる。それから、弛緩と収縮を繰り返す。下腹がびくびくと震える。
優しくゆっくりと突かれるたびに。体が熱くなり、震えだす。
一定の速さの優しいピストンから、狂おしいほどの快感を生まれてくる。
「また、イッちゃ……また、来ちゃ……!」
俺の腕から力が抜けてしまい、そのまま突っ伏した。
そのまま、寝バックへと移行する。
「久野は好きだよな、これ」
くつくつと、斧塚さんが笑う。笑いながら、よりじっくりと、俺の結腸を上から潰すようにこね回した。
腹の奥から、じわじわと熱い痺れが全身へと広がっていく。
「はひっ! やっ! また、くるッッ! 苦しい……!!」
「好きだよな? 素直に《言いな》」
「うう、好き、好きです!!」
命令されて、言わされる。ぶわりと快感が全身を駆けた。
逃げようとする腰を押さえ込まれて、逃げられない。
「《いい子》だ。そうだよな、久野、ここ潰されるの好きだよな。すごい締まるもんな」
これ、変、おかしい、また、イッちゃう。
俺は、斧塚さんが射精するまで、奥を捏ねくられて、何度も何度も絶頂させられた。
お仕置きのあとは、優しく蕩かされるような愛撫が待っている。
後ろから抱き締められて、奥を優しく捏ねられて、下腹をじんわりと押され、胸のとがりをそっとつままれる。
「あっ……! んっ、はうっ……!」
「《いい子》だね、久野は」
斧塚さんが、俺の項や首筋、肩にキスを落としてくれる。
「ずっと、うちにいればいいよ」
斧塚さんのうちに居候するようになって、三ヶ月が過ぎた。
休みの日には一緒に出かけ、週に一、二度、プレイしてもらっている。そのおかげで、心身の調子は上向いていっている。
前の会社のことがよみがえっては苦しくなるけど、その頻度も減ってきている。
でも、俺には、やっぱり、プレイと愛の区別がつけられない。斧塚さんにとって、これは俺を癒すためのプレイでしかないのに、勘違いしてしまいそうになる。
こう甘やかされては、俺は、腐ってしまう。
俺みたいな褒められ慣れてない人間は、水をやり過ぎた植物みたいに、腐ってしまいそうだ。
就職して、早く、ここを出ていかないと。
一時的な斧塚さんの優しさに依存しきって、離れられなくなるまえに。
斧塚さんに毎日たくさん褒めてもらっている。
作ったことのない料理を作ると斧塚さんは褒めてくれる。隅々まで家を綺麗にすると斧塚さんが喜んでくれる。
ハローワークで家事代行の求人を見たとき、受けるだけ受けてみようと思った。
先日斧塚さんが出勤している間に、面接を受けに行った。
久しぶりにスーツを着て、街へ出た。
ビルに入り、受付の女性に面接で来たと告げる。
案内されたエレベーターにのり、指定された階で降りると、女性の社員が立っていた。
「起こしいただきありがとうございます。久野さんですね、面接会場へご案内いたします」
右手と左手が一緒に出るほど緊張した。
おかけくださいと言われる前に座ってしまったし、面接の途中に何度もいつもの、「あっ……あっ……」が出てしまった。
それでも、面接官の女性たちはにこやかに、俺が話し終わるのを待っていてくれた。
まず駄目だろうなと思いながら帰った。
そうして、一週間後二次面接でまた本社ビルに出向いていた。
面接帰りに、ほんの出来心で、斧塚さんの新しい職場が入っているビルを見に行った。斧塚さんはその日は飲み会で遅くなると言っていたから。
都心の、ガラス張りのおしゃれな、大きなビル。
こんなところで働いているんだ、と思うと、よかったなあと思いながらも、斧塚さんが遠くに感じられた。
もともと、なんで同じ職場にいるか分からないような人だったけど。
駅までとぼとぼと歩いて行くと、飲み会に行っているはずの斧塚さんが、綺麗な女性と二人でならんで歩いていた。
二人は打ち解けた様子で、カラーを専門に扱う高級店カラーズに入っていった。
斧塚さんの恋人か。お似合いだった。
彼女と二人でカラーを選んで、プレゼントするのだろう。
帰りが遅い日は、彼女と会っていたのかな。
初めてケアしてもらった日、斧塚さんの鞄にはコンドームとローションが入っていたけど、きっともともと彼女のために用意しておいたものだったのだろう。
ずっといていいよ、は、やっぱり社交辞令だった。真に受けちゃいけなかったのに、ずるずると好意に甘えて、迷惑掛けてしまっていたんだ。
一週間後、採用の連絡がきた。こんなにとんとん拍子に決まってしまって、いいのだろうか
来週から研修所での泊まり込みの研修が始まる。
俺は、斧塚さんの家に持ち込んだ荷物をいるものといらないものに分けていた。
斧塚さんちに居候するときに、とりあえず全部段ボールに詰めて持ち込んだものだ。
前の会社に関係するのを見るだけで動悸がしたし、必要なもの、不要なものを判断するのが辛くて、後回しにしていた。そうとう処分しないといけないものがあるだろう。
「ただいま」
仕事から斧塚さんが帰ってきた。片付けている俺を見下ろす。
「おかえりなさい」
「何、してるんだ?」
「就職決まったので、片付けないとと思って。すみません、こんなに場所とってしまってて」
「就職? 聞いてないよ」
「ごめんなさい。決まったら報告しようと思ってて。来週から泊まり込みの研修で。申し訳ないんですが、家が決まり次第出ていくので、もうしばらく置いてもらえませんか?」
「研修が終わっても、ここから通勤すればいいよ」
「そんな、ご迷惑かけられませんよ」
俺がいては、彼女を家に呼べないだろうし。優しい斧塚さんは出ていってほしいと言えないでいるのだろう。
本当に甘えて、迷惑掛けて、馬鹿だった。
「俺が、嫌になった?」
斧塚さんが突拍子もないことを言うので、俺は目を丸くした。
「違いますよ」
「……ケアは? これから誰にしてもらうんだ?」
「もともとSubの欲求は抑制剤で抑えられていたので、自分でどうにか……」
ここ三か月で、変わってしまったような気がする。
斧塚さんとのプレイは、俺を作り変えてしまった気がする。その影響がこれからどれだけ出るか、正直怖い。
かといって、彼女のいる人にケアをさせてはいけないだろう。
斧塚さんが、顔をしかめる。
社交辞令にしろ、こうやって言ってくれるのは、斧塚さんにとって、俺と暮らすのもそう悪くなかったと思っていいのだろうか。
「あの、ありがとうございました。俺、たくさん斧塚さんにケアしてもらって、おかげで自信がつきました」
ズン、と空気が重たくなった気がした。
なんだ、何が、起こってる?
「……斧、塚さん……?」
一段と圧力が強くなる。
「俺のことが、嫌になったのか?」
違うと言いたいのに、声が出ない。
俺は、抗いがたい力を感じて、床に突っ伏して、かろうじて顔をあげていた。
「《ここにいな》よ、《出ていくな》」
斧塚さんがしゃがんで、俺の頬を両手で包み込み、まっすぐに目を合わせた。
その目に見つめられると、ものすごい圧力を感じた。
きいん、と耳鳴りがする、頭の中がぐらぐらする。目が回る。
すべてが斧塚さんに支配される感覚。でも、いつもの快さを感じない。
あるのは、恐怖だ。
怖い、嫌だ。胸が苦しい。息が出来ない。苦しい、苦しい、怖い。
どうして? 斧塚さん。
ぶつ、と何かが切断される感覚がした。
俺は、意識を失った。
「……の、……くの! 久野……!」
斧塚さんの腕の中にいた。
「久野!? 良かった、目が覚めて」
「あ、えっと……」
ああ、俺は斧塚さんの強い圧力で、サブドロップとやらを起こした、のか。
「ごめん、久野……」
俺はまだ、意識にもやがかかっているような感じだった。
俺の何かが斧塚さんを怒らせて、グレアを起こさせてしまったのだ、と思う。
俺はいつも、人を不快にさせてしまうから。
「……俺が、全部悪いんです、ごめんなさい」
「そんなわけあるかよ……!!」
あ、まただ、きいん、と耳鳴りがする。
「うっ……!!」
「ご、ごめん……!」
斧塚さんからの圧力が弱まる。
「本当に、ごめん。勝手だけど、俺、ずっと久野にここにいてほしい」
「でも……彼女さんに悪いですから」
「彼女? いるわけないだろう?」
俺はともかく、斧塚さんにはいて当然だろう。
「えっと……だって、見たんですよ、新宿のカラーズに彼女さんと、入っていくとこ」
「え? 妹だよ、妹!」
「……妹さん?」
「うん。久野……本当に、ただのケアだと、思ってる?」
「えっ?」
ただのケアじゃなければ、なんだ。
「ごめん。俺が、弱ってるところに、つけ込んだんだよな……」
どういうこと?
つけ込んだのは、俺のほうなのに。斧塚さんの優しさにつけ込んで、プレイしてもらっていたのに。
「単なるケアで、あんなことまでしないよ、俺は。俺は、久野のこと、好きだったよ、ずっと。かわいくてしかたなかったよ。でも、同僚だし、八つも下だし、言えなかった」
その言葉が耳に入ってから、理解するまで、ずいぶんかかった。
「久野はさ、俺のことそういうふうに全然見てなかっただろ? 今も、そう? 俺のこと、先輩としか、見れない?」
斧塚さんが、俺を好き? 本当に? そんなことありうるのか?
視界が溢れてきた涙で歪む。
「お、れ、ずっと……ずっと、斧塚さんが、好き、です……」
そんな俺を、斧塚さんが強く抱き締めてくれた。
「ちょっと待ってて」
俺が落ち着くと、そう言って斧塚さんは自分の部屋に入っていった。
そして、カラーズのブランドロゴの入った紙袋を持って戻ってきた。
「妹にも選ぶの付き合ってもらって……」
箱を開けると、落ち着いたオリーブ色の革と銀色の金具が美しいカラーが入っていた。
「俺の恋人に、なってくれますか?」
斧塚さんが、緊張した顔をしている。
「……俺で、いいんですか?」
「久野しか考えられない」
俺が頷くと、斧塚さんが、カラーを着けてくれた。斧塚さんの手が触れて、革が首の皮膚にぴったりと巻き付く。
俺は、斧塚さんのもの。
カラーを着けるだけで、俺は快感にぶるりと体を震わせた。
「どこにも行かせない。久野は、俺のものだよ」
俺のものだと言われて、ふわりと浮き上がるような温かい心地よさが込み上げてくる。
斧塚さんは、抱き締めて、キスしてくれた。
「んっ、んんっ……斧塚、さん、好き、です」
「久野、好きだ……」
好きと言われて、好きと言うと、こんなに気持ちがいいのか。
斧塚さんが、俺なんかを選んでくれて、俺なんかを必要としてくれている。
ラグの上に押し倒されて、耳を甘噛され、首筋にキスを落とされる。裾から入ってきた大きな手が、俺の素肌を性急にまさぐった。
「好きだよ、久野」
きゅっと乳首をつままれ、よじられる。
「あっ……はう、あっ……!!」
じんじんと、甘い痺れが全身を走る。下腹がきゅうと疼く。
斧塚さんが俺のズボンを下着ごと脱がした。
「《舐めて》」
差し出された人さし指と中指を口に含んで、唾液を絡ませる。口の中まで、気持ちいい。
「《いい子》」
いい子、気持ちいい。いつもより、もっと。
その指が、アヌスに埋められた。既に腸液で濡れたそこを指がぐちゅぐちゅと掻き混ぜた。
びくびく、とアヌスが震え、斧塚さんの指をぎゅうと締めつけた。
斧塚さんの指が、いつもより少し性急に抜き差しを繰り返す。
「あっ……あっ……あうっ……! ああっ……!!」
指、気持ちいい。粘膜全部が気持ちいい。ひっきりなしに声が漏れてしまう。気持ちいい、変になりそう。
「もう、挿れるよ」
斧塚さんの亀頭が、ぐっと俺の中に入ってくる。斧塚さんに満たされていく。
「久野、好きだ、好きだよ」
「斧塚さん、好き、好きです」
「久野、《キスして》」
俺から斧塚さんを引き寄せてキスをする。斧塚さんの熱くて滑らかな舌が、俺の舌に絡められる。
上も下も繋がって、溶けてるみたいに、ひとつになってる。
斧塚さんが、ゆっくりと腰を使って奥を突く。
「んっ……うっ……」
気持ちいい。気持ちいい。
ああ。
幸せ。俺は斧塚さんのもの。あったかい。ふわふわして、気持ちいい。
すごく、幸せ。
好き、斧塚さん、好きだ。
おわり
初出:2026/01/04
俺は、容姿も良くないし、頭がいいわけでも、運動神経がいいわけでもない。
子供のころから人見知りで、あいさつもろくにできなかった。
母は、
『匡! どうしてあいさつぐらいできないの? じゃあ、頭下げるぐらいしなさいよ! なんで頭下げるぐらいできないの! もう、この子ったら本当に恥ずかしい!』
そう言って俺を詰った。父は母に同調した。
自分でも、何故あいさつぐらいできないのか、何故会釈するぐらいができないのか、わからなかった。
ただ、喉が詰まった感じ、体が突っ張る感じがして、あいさつする場面になると体が動かないのだ。
俺は劣った人間だ。
中学生ぐらいから、かろうじて会釈はできるようになったが、ずっとあいさつは苦手なままだ。
『なんでパパとママの子なのに、匡はこんなことも出来ないの? 病院で取り違えたのかしら?』
あいさつだけではなく、生活全般でことあるごとにそう言われて育った。
両親は共働きで、高学歴の高収入、容姿にも優れている。弟の誠も、父母の血を引いて優秀だし、整った顔立ちをしている。
俺は、まったく自慢できる子供ではなかった。本当に取り違えられたのかもしれない。
共働きの両親のかわりに、小学三年のころから家事は俺の仕事だった。
食事の支度と洗濯と掃除は俺の担当。
味付けが悪いとか、干しかた、たたみかたが悪いだとか、家が散らかってるだとか、巾木の上に埃が積もってるだとか、そういう指摘はされても、ありがとうや、助かる、など褒められたことがない。
俺が悪いのだが、けなされるばかりだった。
父と母は夫婦の寝室で、子供は子供部屋で寝ていた。
ある深夜、幼稚園児だった弟の誠が布団で下痢を漏らした。俺は、両親の寝室に駆け込んだ。
『ママ、どうしよう! 誠がうんち漏らした!』
すると、母が鋭い怒声を浴びせた。
『もう! パパとママは明日仕事なの! パパとママがお仕事してお金を稼いでるから生活できるんでしょ! パパとママを起こさないで!』
『ご、ごめんなさい』
俺は、母の剣幕に震えた。
子供部屋にもどり、汚れた弟の布団を取り替えてやり、風呂で下半身を綺麗にしてやってから寝かせてた。
その後、ひとりで風呂場で布団を洗った。
春先に、俺は風邪を引いた。
学校を休んだ俺の面倒は誰も観ない。
枕元に冷たいままのパウチのお粥とプラスチックのスプーンが置かれただけだ。
弟が風邪を引いたとき、母は会社を休んで看病していたのに。
そうだ、母は、弟のためなら会社を休んだ。
授業参観も、遠足も、参加してもしなくてもいいような学校行事でも。
母に冷たい目で見られ、軽蔑され、怒鳴られると、心臓がぎゅっと締め付けられたようになり、呼吸がうまくできなくなり、脂汗が滲んだ。
ひとりベッドの上にうずくまり、眠れないまま朝を迎える日もあった。
中学校に上がる前のダイナミクス検査で、俺はSubだということが判明した。
DomもSubもそれぞれ人口の五%。大して珍しいわけではないが、少数派だ。保険適用とは言え、病院にも行かなければならないし、薬も買わなくてはならない。
母は大きく溜息をついて、検査結果を聞いてひと言、面倒ね、と言った。
俺の不眠や吐き気といった体調不良、神経の衰弱の原因が、この検査によってある程度説明がついた。
うちの母はDomで、父はSubだ。
Domの母の不機嫌は、Subの俺にとっては耐えがたいものだった。それは父にとってもそうで、父は母に同調することで、母の機嫌を取っていたのだ。
病院で抑制剤を貰うようになると、俺は少し具合が良くなった。
中、高、大と、人付き合いは極力避けてきた。
あいさつも相変わらず苦手だし、話すのも下手だった。
大学のゼミの飲み会に出たときも、話しかけられても、『あっ、あっ』と言ってるうちに、
『久野くんは話すの苦手だもんね』
と言われてしまった。
他のゼミ生が盛り上がってるなか、俺はひとり蚊帳の外で、すみっこではじめに人数分頼まれたビールをちまちまと飲み続けた。
俺は無価値な人間で褒められるに値しない人間だった。
だからSubとしてパートナーのDomと巡りあって、満たされるなんてことは、一生ないだろう。
それはそれとして、大学生にもなると、俺が無価値な人間だということは置いても、俺は家庭内の召使いだということを理解できるようになっていた。
母が怖かった。父のことを軽蔑した。Domと診断された弟も、いつの間にか俺のことを召使い扱いするようになった。
ただ、家事をするだけの、透明な召使い。
あいさつもろくに出来ない俺にとって、就活は地獄以外の何ものでもなかった。
面接では、はじめ『あっ、あっ』としか言えなくて、なんとかしどろもどろ、つっかえつっかえ話すうちに終わってしまう。
そんな俺を採用してくれたのが、今の会社だ。
社員五十人の建設会社の事務として、俺は採用された。代表取締役の社長と、その息子である営業部の部長、俺を含めて事務五名、現場の作業員が四三人。
採用されてからわかったのだが、社長の息子である営業部の部長は、面倒な人だった。
機嫌がいいときはいいのだが、かなりの気分屋で不機嫌をまき散らす人だった。
そんな中、部長と他の社員の間に常に立って、防波堤となってくれたのが、総務部長の斧塚さんだった。俺を面接してくれたのも、斧塚さんだった。
Domの部長の不機嫌を直接ぶつけられたら、俺はあっという間に壊れていただろう。
斧塚さんは俺の八歳年上だった。斧塚さんは俳優のようにすらりとし、顔が整っている。
部長としてはずいぶん若いが、先輩がどんどん辞めていくうちにこうなったのだという。
俺は、斧塚さんのことがずっと好きだ。
俺が新人の時、現場の担当者から頼まれて材料を発注したのだが、数量を一桁間違えて、特殊な材料を大量に誤発注してしまった。
材料屋からは返品不可と言われて、うず高く倉庫内に積まれた材料を見上げ、俺はあまりのことに呆然としていた。
会社に損害を出してしまったと血の気が引いて震えが止まらなかった。やっぱり俺は駄目な人間なのだと思った。
部長は俺を怒鳴った。
『久野! 材料屋にどうにか返品を飲ませろ! じゃなきゃ、お前が責任持って全部買い取れ!』
そこに、登記変更の申請に法務局に行っていた斧塚さんが事務所に帰ってきた。
『社長、私の責任です。少し心当たりを当たってみてもよろしいですか?』
社長が、好きにしろ! と、斧塚さんに吐き捨てた。
一応の社長からの許可が下りると、斧塚さんはうまいこと同業者に声を掛けてくれたりして、倉庫を占領していた材料を売りさばいてしまった。
『あっ、あっ、ありがとう、ございます』
俺がしどろもどろ言うと、彼はぽんぽんと、俺の頭を撫でてくれた。
じんわりと胸が温かくなって、俺は泣いた。ひさびさに人の優しさを感じた。
それからは、俺は斧塚さんのために働くようになった。
忙しい斧塚さんが少しでも楽ができるように、能力が低いなりに俺にできることはなんでもしようと思った。
事務関係は自社でなんでもやる会社だったから、やることは無限にあった。
『久野、この給付金の申請、調べてみて』
『久野、今度、部長が取締役になるから、手続き関係、調べてやってみて』
『今度入社した佐伯さん、建設キャリアアップシステムの技能者登録してみてくれる?』
『久野、今度、建設業許可、業種増やすから書類作ってみてほしい』
社長から振られた仕事の中から俺でも出来そうなものを斧塚さんが適切に俺に振ってくれる。
わからないところは教えてくれるし、俺がやってみると、斧塚さんがきちんとチェックしてくれる。
そして、俺ができると褒めてくれる。
『助かるよ、いつもありがとう』
と言ってくれて、頭を撫でてくれる。
俺がひょっとして、ずっと言ってもらいたかった言葉かもしれない。
斧塚さんに褒めてもらうと、泣きたくなるくらい嬉しい。心が温かくなって、ふわふわする。もっともっと頑張って、もっと褒めて欲しくなる。
斧塚さんって、Domだろうか。そんな気がする。斧塚さんが褒めてくれると、プレイじゃなくても俺の体は軽くなる。
斧塚さんが俺をパートナーに選んでくれたらいいのに。
ずうっと俺は斧塚さんが好きだ。昼食をおごってくれたり、飲みに連れていってくれたりしても、それは職場の部下として、接してくれているだけなのに。
自分が男性を好きになるとも思わなかった。それも、肉欲込みで。恋愛対象として。
斧塚さんは、仕事も人格も尊敬できる人だし、きれいな整った顔をしていて、長身ですらりとしている。笑うとしわが寄って、それも好きだ。
斧塚さんは俺がSubだなんて、もちろん知らないし、俺は仕事もできないし、顔も頭もよくないし、社交性もないし、いいところがひとつもない。
斧塚さんがDomだとして、俺を選ばないのはわかっているけど。
好きでいるのは許してほしい。
俺が入社して五年。
社長が退任して、息子である営業部長が社長になった。
そうすると、父親という重しがなくなってしまった。
パワハラが酷くなったし、事務として、愛人を会社に入れた。
愛人の早川さんは、たまに来て、カールさせた髪の毛先を手持ち無沙汰に指に巻いて、社長とぺちゃくちゃしゃべって、ランチに行って帰る。そういう人。
早川さんと部長は、俺のどもりから影で、「あっあくん」というあだ名をつけて笑っていた。俺が知っているのは、彼らが聞こえるように話すからだ。
斧塚さんが、会社を辞めることになった。
俺は、それをさらりと本人から会社の廊下で言われた。
「な、なんで、なんで、なんで……!」
ものすごく感情が高ぶって、涙が溢れて、その場で泣き崩れそうになってしまった。
それを、斧塚さんが支えてくれた。
「ごめんな、久野……」
俺は首を振って、必死に涙を止めた。
なんで、ではない。理由はわかっている。
仕事もできて周囲に慕われている彼は、実のところ今の社長から疎まれていた。
それがこのところ、風当たりの強さが激化していた。
社長から暴言をはかれたり、意味不明な理由をつけて叱責されたり、勝手に席を移動されたり、挙句、パソコンや電話器を取り上げられたりしていた。
それは、社長の愛人である総務の早川さんが、このところ、社長よりも断然いい男である斧塚さんにあからさまに色目を使うようになったからだった。
不必要に斧塚さんの肩に触れたり、顔を寄せたり、俺は見ていて吐き気がした。
斧塚さんは、それで心底馬鹿馬鹿しくなったのだという。
ファミレスを出たところで、斧塚さんが俺の肩を抱いた。
「久野が心配だよ。俺と仲良かったから社長に目つけられてるだろ。一緒に辞めようぜ、こんな会社」
「俺は、大丈夫ですよ」
斧塚さんがいなくなって業務は回るのだろうか。回らないだろう。直接社長から指示されるようになるのも怖い。
でも、俺は斧塚さんと違ってどこにも雇ってもらえないだろうし、心配をかけて、斧塚さんの新しい門出を邪魔したくなかった。
「なにかあったら、俺んとこ連絡して」
「ありがとうございます」
俺は、斧塚さんが幸せならそれでいい。
次の日から斧塚さんは会社に来なかった。
部長が引き継ぎもさせずに、明日から来なくていい、と言ったらしいのだ。
しばらくして、部長のターゲットは俺に移った。
「お前、斧塚に情報流したりしてないだろうな」
といわれて、
「あっ……あっ……斧塚さんは、そんな人じゃありません」
と返したことが、逆鱗に触れたらしい。
斧塚さんが会社にいるときに、すこしでも味方になって、今日みたいに社長に物申して庇ってあげられたらよかったのに。
俺は弱くて、守ってもらうばかりで、守ってあげられなかった。
それ以来、毎日毎日、社長のところに呼ばれて、嫌味か怒鳴られるかしている。
「てめえ、いっつもいっつも、あっ、あっ、て気持ちわりいんだよ!」
「俺に出す資料にこんな誤字しやがって、お前、俺のこと舐めてるんだろう!?」
「こんなこともわかんねえのか! 馬鹿か! だからお前は新卒以下なんだよ!」
「お前みたいな使えねえ無能、ここ辞めたらどこも雇わねえぞ!」
社長が俺の頭をしたたかに叩いた。
Domの社長の暴言や暴行は、Sub俺の体調を精神を、あっという間に壊していった。
俺には勇気がなかった。
いや、勇気もないが、思考停止していた。
録音して、労基に持っていくとか、弁護士に相談するとか、そういう行動を起こす気力がなかった。
それに本当に、社長が言う通り俺は無能だから、ここ以外のどこでも雇ってくれないだろう。
斧塚さんがいてくれたから、こんな無能の俺でも働けていたんだと、改めてわかった。
斧塚さんに助けてもらって、褒められて、自分の脳力を過信するようになっていたのだ。
斧塚さんが辞めて、ますます空気が悪くなった。
斧塚さんの持っていた業務が割り振られたが、斧塚さんは俺の二倍の仕事を常にこなしていたということがわかった。
他の社員の仕事を手伝うにも、社長の指示を仰がなくてはいけなくなり、実質ひとりひとりが孤立することになった。
加えて、社長から嫌われている俺は、無視されるようになっていった。俺に関わると損するから仕方ない。
社長に取り入ろうとするもの、媚びへつらうもの、仲間を売るもの。環境によって、人ってこうなってしまうのか、と暗澹たる気持ちになった。
斧塚さん。俺は、全然大丈夫じゃなかったです。
吐き気がする。眠れない。動悸がする。食事がのどを通らない。
怒鳴られると頭が真白になってしまう。ほんの数秒前にしようと思っていたことを忘れてしまう。
電話を取るときも斧塚さんがいたときは、「あっ……」のあとに会社名がすぐに出ていたのに、今ではなかなか言葉が出ない。
もう俺を褒めてくれる、斧塚さんはいない。優しく褒めてくれて、頭をなでてくれる、斧塚さんは。
斧塚さんは、連絡してって言ってくれたけど、新天地にいる斧塚さんを邪魔してはいけない。
俺は、斧塚さんが酷い目にあわされているとき、何をしてあげられた?
いや、何も出来なかった。
斧塚さんが、頭のてっぺんからコーラを掛けられたときも、何も出来なかった。
頭を叩かれても。
ものを投げつけられても。
提出した書類を、やり直しだとばら撒かれても。
斧塚さんのそうした姿が、眠ろうとすると瞼の裏に浮かんだ。
好きな人を、俺は守れなかった。
斧塚さんが辞めてから早三か月。
斧塚さんはちょくちょくメッセージを送ってくれていた。
いつも、『大丈夫?』と聞かれて、大丈夫、と返していた。
飯でも食いに行こうかと誘ってくれたのも、断った。
俺は、合わす顔がない。俺は斧塚さんが傷つけられているとき、傍観者だった。あんなに助けてもらっていたのに。
それに、こんな死神に取り憑かれたみたいな顔は見せられないし、きっと粗相をして、迷惑をかけてしまうから。
土曜日の二十二時、家でベッドに横たわっていると、スマホが鳴った。
また社長から時間外に業務命令か、と思うと吐気が込み上げてくる。
しかし、確認しないわけにはいかない。
いやいや画面を見ると電話をかけてきたのは、社長ではなかった。
『久しぶり、久野』
斧塚さんだった。
『悪い、まさかそこまで久野がひどい目に遭ってるって知らなくて。吉沢さんが教えてくれたんだけど』
「あっ、あっ……おの、づか、さん……うっ……あ……うう……」
斧塚さんと特に仲の良かった工事部長の吉沢さんが、俺を気にかけて、斧塚さんに連絡してくれたのだ。
俺は、わけもわからず、泣いていた。
『今から、そっち行っていいか?』
「い、いいですっ……うう……悪い……です」
『迷惑?』
「ちが、い、ます」
『今から行くから』
斧塚さんは来てくれた。わざわざ一人暮らしのアパートまで。
斧塚さんは俺を見るなり、顔をしかめ、俺を強く抱きしめた。
「斧塚、さん?」
「こんなことなら無理矢理でも、一緒に辞めさせれば良かった」
斧塚さんって、スキンシップが多い。こういうの、俺みたいなのにしたら、勘違いされるのに。
突然、社長から暴力を振るわれる斧塚さんの姿が脳裏に浮かんだ。
そうだ、俺は、優しくしてもらう権利がない。
腕を突っ張って、斧塚さんから離れようとした。
ここまでわざわざ来てもらっておいて、俺は何やってるんだろう。
「だ、だめ、なんです、俺、ごめんな、さい」
「どうした?」
斧塚さんが、眉をしかめている。
「久野? どうしたんだよ。《話して》」
話したくないのに、勝手に口が動く。
「俺に、優しくしないで、ください。おの、づかさんが、パワ、ハラうけてるとき、俺、なにも、できなかったのに……! ごめん、なさい……!」
俺の罪悪感を押し付ける懺悔なんか何の意味もないのに、話してしまっていた。
「なんのこと? 久野には、助けてもらったよ」
「ちが、俺、なにも、出来なくて! 見てた、だけで、俺……!」
俺は斧塚さんのために、何も出来なかった。
だから、斧塚さんに優しくしてもらう権利なんかない。
「違うよ。いつも支えてもらってた。それに、吉沢さんから聞いたよ、社長に言ってくれたんだろ。俺は情報流させるようなやつじゃないって」
そんなことはなんの足しにもならないのに、優しく頭を撫でてくれる。
「ありがとう、久野」
「な、に、も、俺、できな、くて」
「俺は、いつも久野に助けてもらってたよ」
「ごめん、な、さい、ごめん、な、さい」
俺は、泣きじゃくっていた。
大の男が泣くなんて迷惑かけるだけなのに、止められない。
そんな俺のことを斧塚さんは強く抱きしめて、撫でてくれる。
「助かってた。久野がいたから、俺は頑張れてた」
そんなこと、ない。斧塚さんは、俺の二倍の仕事を抱えていた。仕事の上でも、迷惑掛けてた。
俺がもっと仕事ができる人間だったらよかったのに。
それなのに、力強く抱きしめられて、嬉しいと思ってしまう。
もう斧塚さんに甘えていては駄目なのに。
「……久野って、Subだろ?」
突然、斧塚さんが言った。どうして、そんなことを聞くんだろう。
「社長のグレアに当てられたんだろう。少しは、楽にしてやれると思う。俺でよければ、プレイしたら、駄目か? 少し、楽になると思う」
ああ、やっぱり斧塚さんってDomだったのか。
「そこまで、甘えられません……そんな……悪いです」
「パートナーや、恋人は?」
俺は、小さく顔を横に振った。いない。いるわけがない。
俺が好きなのは、斧塚さんだけだ。
「甘えてほしいんだよ、頼ってほしい。駄目か?」
好きな人に同情からそう言われて、弱っている俺は、それにつけ入ってしまった。
「じゃあ、基本的なことからしてみようか」
俺は頷いた。
頷いたあとに、これは言っておかなくてはと、
「あっ、あっ……あの、俺、プレイしたことなくて」
そう告白した。
「そうか。NGなプレイは、ある?」
「……斧塚さんなら、何でも、平気です」
「久野、そういうことはDom相手に言っちゃ駄目だよ」
俺は首を傾げて斧塚さんを見た。
斧塚さんは困ったように笑っている。
ぽろっと言ってしまったが、困らせてしまったんだ。恋人でもパートナーでもないのに、何でも平気なんて言って。
斧塚さんは俺をプレイでケアして癒そうとしてくれているだけなのに。
「ご、ごめんなさい」
「いいよ、久野は悪くないよ。俺の問題だから。セーフワードだけ、決めるか。《レッド》でいい?」
「わかりました」
「じゃあ、《おすわり》」
斧塚さんの声に、自然と体が反応する。俺はベッドの縁から立ち上がり、ぺたんと床に座っていた。そうするのが当然というように。
「あ……」
なんだ、この感覚は。命令される喜び、それに従う喜びが湧き上がってくる。
そして、褒められたいという欲求も。
「いいね、《いい子》」
そう言って、斧塚さんが俺の頭を優しく撫でてくれると、全身に震えが走った。
鼓動が速くなり、体が熱くなる。
気持ちがいい。
「《立って》、そう、こっちに《来て》、そう、《いい子》だ。俺の膝の上に《またがって》」
立ち上がり、斧塚さんに近寄って褒められる。気持ちいい、嬉しい。
でも、またがる?
「久野、いや?」
俺は頭を振って、おずおずと斧塚さんの上にまたがった。
「《良く出来ました》」
正解らしい。斧塚さんは俺の頭を撫でて、抱き締めてくれた。
俺はすごくどきどきしていた。心臓の音がうるさく、斧塚さんに聞こえてしまうのではないかと言うほど。
斧塚さんの命令に従うのが、気持ちいい。
はあはあと、息が上がってくる。体がびくびくと引きつる。
折角斧塚さんがプレイで癒してくれようというのに、俺なんかが興奮してるところを見せてはいけないのに。
「《キスして》」
斧塚さんに命じられる。俺はいいけど、斧塚さんはいいのだろうか。
俺は、馬鹿で、不細工で、無能な役立たずで、どもって、あいさつもろくに出来ない、コミュニケーションもまともに取れないのに。
斧塚さんの命令に、従う。キスしたいのは俺だけなのに。
斧塚さんのきれいな顔。こころなしか、斧塚さんの目は潤み、顔も赤い気がする。
斧塚さんも、気持ちが良ければいいのに。それは俺の願望に過ぎない。
「本当に、いいんですか?」
「うん。いいよ、《キスして》」
再度の命令に、震えながら唇を近づける。
柔らかい、滑らかな感触。
唇と唇が触れあうのが、こんなに気持ちのいいことだと知らなかった。
斧塚さんが俺の後頭部を手で支えると、斧塚さんの舌が入ってきた。
「んっ! んんっ……!!」
熱い舌が絡んできて、吸われて、甘噛みされる。
申し訳なく思う。俺の唾液なんて汚いのに。俺と深いキスなんかしたくないはずなのに。
斧塚さんの舌も唾液も甘い。
俺だけが気持ちがいい。体がびくびくして、腹の奥が、きゅっとなる。
俺は斧塚さんを思い浮かべて、自慰をしてきた。俺の肉体はどうしても反応してしまう。
斧塚さんの唇が離れる。
「《いい子》。目、とろんとしてる。かわいい」
「あっ……うっ……!」
不細工が呆けた顔をして、かわいいわけないのに。本当に愛しい人にするように、頭を撫でて、背中を撫でてくれる。
プレイとはこんなにすごいものなのか。
体に重くのしかかっていた倦怠感が、本当に軽くなっている。全身が活性化していくようだ。
「もう一度、《キスして》」
命じられるまま、もう一度キスをする。
斧塚さんの手が、脇腹をさすり、二の腕をさすり、腰骨を撫で、俺の尻を包み込む。
「あっ、んっ! くふっ……!」
触れたところが熱を持つようだった。気持ちがよくて、体がどんどん性的に高ぶっていく。
「本当に、何してもいいの?」
斧塚さんに聞かれて、俺は恐る恐る頷いた。
「久野、《脱いで》」
その声に従ってしまう。
斧塚さんの膝を降りて、俺は自分の服に手を掛けた。俺の手は震えているが、半分は不安、半分は喜びによる震えだ。
とんでもないことをしている。
世の中の、DomとSubは、パートナーでなくとも恋人でなくともこんなことをするのか?
世間に疎い俺には、わからない。ここまでしてしまって、いいものなのか。
少なくとも、斧塚さんにとっては、これはパートナーでも恋人でもない相手に対するプレイの範疇なのだ。
震える手で、スウェットの上を脱いだ。まだ長袖の肌着を着ている。
次にスウェットのズボンを脱いだ。下着一枚になれば、勃起しているのがあからさまになる。
馬鹿みたいにもじもじして、やっとのことズボンを脱いだ。
「ベッドの上で《仰向けになって》」
斧塚さんが苦笑しながら、俺に命じる。
また、何か間違えたのだろうかと不安になる。
俺はベッドに仰向けになった。
「《いい子》」
褒められ、くすぐるように頬を撫でられ、安堵する。
「お尻《上げて》」
命令されるまま、尻をあげると、ボクサーパンツをずり下ろされた。
途端に、勃起したペニスがぶるんとあらわになった。
「あっ……!」
とっさに隠そうとすると、
「《そのまま》」
と命じられた。
「あっ……こんなの……」
「大丈夫だよ。《服をまくって》、胸の上まで」
恥ずかしいのに、斧塚さんに従いたい。服をまくり上げると、恥ずかしいほど硬く立ち上がった乳首から先走りに濡れた股間までがあらわになった。
裸より恥ずかしい格好になった。
「足を開いて《見せて》、胸ももっと《見せて》」
恥ずかしいのに、足を開いて、服をよりまくり上げている。
どんなことを言われても、従いたい。
斧塚さんは、俺のみっともない姿をどう思っているのだろう。どんなつもりで、俺に命じるのだろう。
「《いい子》だ。いい眺め」
本心では、どう思っている?
「恥ずかしい、です……斧塚、さん」
「隠さないで、《そのまま》、いいよ、久野」
斧塚さんの手が、乳首と股間に伸びた。乳首をきゅっとつままれ、ペニスを握ってしごかれる。
あり得ないことに、ずっと好きだった人が、俺に触れている。
他人に触れられるのは初めてだ。自分の手とは全然違う。
思わず、腰がはしたなくへこへこと動いてしまう。
乳首はじんじんと甘くしびれて、ペニスは今にも弾けてしまいそうだ。
斧塚さんの手、気持ちいい。大きくて、逃げられなくて、気持ちいい。
強さも、速さも、どこがいいかも全部わかってるみたいに、俺を追い上げる。
「かわいい、久野」
「斧塚、さん、あっ、んぐっ! ひっ、あっ、ああっ! イっちゃ、イっちゃ、う……!!」
「いいよ、《イけ》」
斧塚さんが、ぎゅっと乳首をつねり、裏筋と雁を圧迫するようにしごく。
斧塚さんに命じられるまま、俺は無様に腰を突き出して、果てた。
はあはあ、と全力疾走したみたいに息が上がっている。
俺、斧塚さんの前で、絶頂してしまった。
「《いい子》、上手にイけたね」
斧塚さんが俺の額にキスをして、俺の髪を撫でてくれた。
ああ、まただ、褒められてお腹が熱い。直腸がうねっている。奥に、斧塚さんがほしい。ほしくてたまらない。
さっと目をそらしたものの、俺がよっぽど物欲しげな顔をしていたのだろう。
「どうしたの、久野?」
「あっ……あっ……」
まただ。また、あっあっ、しか言えなくなっている。
「久野、俺を《見て》」
背けていた顔が、斧塚さんのほうを向く。逆らえない、従いたくなってしまう。
「ほら、どうして欲しい? 《言って》」
どこまで望んでいいものなのか。それなのに、勝手に口が動いている。
「あっ……うっ……後ろに、挿れて、欲しいです」
「《いい子》だ」
斧塚さんが、微笑む。
ぞくぞくと、期待と恐れに震えが走った。
俺の家にローションもコンドームも当然ない。
斧塚さんはローションとコンドームを持ってきていた。
やっぱりパートナーがいて、その人と会うときのために、持ち歩いているのだろうか。ぎゅっと心が痛んだ。
バスタオルを敷き、俺をその上に寝かせた。
「足、開いて。《見せて》」
従いたいのに、羞恥や恐怖のほうが勝ってしまっている。
「できない?」
「あっ、待って、ください、今……」
嫌われたくない一心でそう言うと、斧塚さんはふっと笑って俺にキスしてくれた。
「いいよ、ゆっくりで。俺のことも、《脱がしてくれる》?」
俺は震える手で斧塚さんの服のボタンを外していった。
斧塚さんの引き締まった肉体があらわになり、俺は息を飲んだ。
斧塚さんのペニスも反応してくれているのが嬉しい。
寝転んで抱き締めあう。
「《キスして》」
キスすると斧塚さんのものが一層硬く勃ちあがった。それが俺のペニスに押し付けられる。後ろに回された大きな手が、尻を揉む。
素肌を合わせ、深く口づけて、恋人同士みたいだ。
プレイに過ぎないのに。
もしかしたら、DomとSubにとっては恋人同士の関係よりも、命じ、従う、プレイのほうが重要なのかもしれない。
俺には、よくわからない。
Domの母とSubの父を見て育った。二人が愛し合っているかはわからない。幸せそうだと思ったこともない。二人が二人で完結する関係だというのはわかる。支配し、支配され、完結している。
プレイと愛の区別が、俺にはつけられそうにない。
DomとSubとはなんだ?
抱き合って、キスして、ペニスを押し付けあって。
俺はわけがわからなくなるほど欲情していた。理性が働かなくなっている。斧塚さんに支配されたい、命令されたい、それだけ。
斧塚さんが囁いた。
「指、入れていい?」
俺がうなずくと、抱きしめられたまま、キスしたまま、斧塚さんがローションを指にまとわせた。その指が埋めらる。
冷たいローションは体温にすぐに馴染んだ。
指、気持ちいい。自分でアナルオナニーするのと全然違う。
こんなにすんなり受け入れてしまっては、普段からそこをいじっていると言っているようなものだ。
ぐちゅぐちゅと、斧塚さんの長くて形のいい指が俺の中を搔き回す。
「あっ、あっ……! ひっ、んん……!!」
「気持ち良さそうだね。誰かに仕込まれた?」
「え?」
「プレイが初めてなんて、嘘?」
何を聞かれたのか理解できないでいると、充血した中のしこりをくにくにと押し込まれた。
「はうっ! んっ、うぐっ……あっ、うっ!!」
「誰に、された?」
誰でもない。斧塚さんを思いながら、自分を慰めていただけだ。そこまでは言えないけど。
斧塚さんは笑っている。
だけど、何を考えているかわからない目をしている。少し、怖い。
しこりを掻き出すようにされ、押し込まれ、叩かれる。びりびりと快感が全身を突き抜け、がくがくと体が震えた。
身をよじろうにも、斧塚さんにがっちりと押さえ込まれて動けない。
空気が重たくなったような息苦しさを感じる。
声にならなくて、俺はただ首をふった。
「誰でもない?」
俺はこくこくとうなずいた。
「どういうこと? 《言って》」
「……じ、ぶん、で……いじって……」
恥ずかしくて、惨めで、涙が滲んだ。
ふっと、空気が軽くなる。
「ごめん、久野、ごめん」
俺のまなじりに、斧塚さんがキスしてくれた。
よかった、もとの、斧塚さんに、戻った。
ぐちゅぐちゅと、中を掻き回される。
俺の粘膜は斧塚さんにどこを擦られても、感じてしまう。指を締め付けて、しゃぶっている。
「あっ、斧塚、さん! ま、た……また……!!」
「いいよ、《イけ》」
命令されてイくの、すごく気持ちいい。ぎゅうって締まって、斧塚さんの指、もっと感じる。
斧塚さんの、指、好き。
気持ちいい、しこり、どくどく脈打ってる。ぎゅうって収縮してる。
ピストンするみたいに、指が抜き差しされるのも、好き。
「おの、づか、さん! おの、づかさん!!」
「イくの上手だな。ほら、《イけ》」
「あっ、あ゛あ゛ーーッッ!!」
お腹痙攣して、足もがくがくして、全身、引き攣ってる。
「《いい子》」
そう言われて、言われただけで、俺はまた絶頂した。
絶頂の余韻に震えながら、斧塚さんを見上げる。
なんて綺麗な人なんだろう。
その人が、親切にも、Subの俺を癒そうとプレイに付き合ってくれている。
斧塚さんが、コンドームを装着している。
ペニス、大きい。綺麗な形。綺麗なのに卑猥だ。卑猥なのに綺麗。
手際が良くて、慣れているんだろうな、と思った。俺と違って、プレイもセックスも、経験がたくさんあるのだろう。
「足、開いて。《見せて》」
肛門を晒すように、股を開く。こんなところ、見せてはいけないのに。ぞくぞく快感が走った。
斧塚さんが覆いかぶさってきて、俺の尻の穴に、亀頭をあてがった。
亀頭がぐぷりと侵入を果たすと、斧塚さんはゆっくりだが確実に俺の中に入ってきた。
狭い肉が割り開かれていく。
「……ッッ!! くっ、あ゛……うぐッ!」
「苦しい?」
「ち、が……だい、じょうぶ……あっ、うっ、あっ、あうッッ……!!」
イッてる。斧塚さんに満たされて、わけもわからず、達していた。
斧塚さんが腰を使うたび、体が揺すぶられる。最奥を亀頭が揺すぶる。目一杯広げられて、圧迫されて、押しつぶされて、こすられる。
「また、くる……! きちゃ、おの、づか、さん……!!」
「《イッていい》よ」
「はひっ……!! はぐうううッッ……!!」
命令気持ちいい。斧塚さんに、俺のこと、支配してほしい。がんじがらめにしてほしい。
絞りとろうというように、直腸が大きくうねる。
「うっ……久野、良すぎる」
斧塚さん、俺の中で、イッてくれたんだ。
よかった。
射精で息が上がった斧塚さんが、ぎゅうと強く抱きしめて、キスしてくれる。
俺も、斧塚さんを、おずおずと抱きしめ返した。
斧塚さんって、こうやって誰にでもケアしてあげるのだろうか。
ただの会社の後輩の俺にだってここまでしてくれるんだから。
「あの……すみません、ありがとうございます。すごく楽になりました」
俺がそう言うと、斧塚さんがびっくりした顔をする。その後、斧塚さんの顔がすうっと曇った。
また俺、変なこと言ってしまったのかな。
「あ、あの……助かりました。ケアってこんなに効果あるんですね。すごいですね、知りませんでした」
「……俺でよかったら、いつでもしてあげる。久野は、他の人にさせないほうがいいよ」
曇った気がしたけど、気の所為だったようだ。斧塚さんはいつもどおり、笑っている。
「えっ、あ、いや……申し訳ないですよ」
斧塚さんではなく、他の人とする。あまり考えられない。
「俺がケアしたいの。な? 久野は、俺じゃ嫌か?」
「い、嫌じゃないです!」
「そうか、よかった」
斧塚さんは笑って、俺の頭をくしゃりと撫でた。
斧塚さんから言われて、俺は会社を辞めた。
しばらく休んで次の仕事を決めればいいと、斧塚さんは言った。
心配だから一緒に住もうと言われるまま、斧塚さんのマンションに居候させてもらうことになって、自分のアパートは解約した。
こんなに性急にことを進めてしまって大丈夫か、と思うのだが、斧塚さんに言われると流されてしまう。
毎晩、斧塚さんは仕事から帰ってくると、キスを使ったケアをしてくれる。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「久野、《キスして》」
俺から唇を重ねると、斧塚さんが唇を食んで、舌を入れてくれる。
「んっ……んん……」
俺は教えられたとおりに、舌を絡める。
「《いい子》」
そうすると、斧塚さんが褒めてくれる。
それから、晩御飯の用意をする。
小学生のころから家事をしてきたから、家事はそれなりにできる、と思う。だから、料理をして、洗濯をして、掃除して、斧塚さんが帰ってくるのを待つ。
一緒に夕飯を食べる。いつも斧塚さんは俺の料理を褒めてくれる。
週に一、二度、平日早く帰ってきた日だったり、土日のいずれかだったり、斧塚さんは時間をかけて俺のケアをしてくれる。
一緒に風呂に入って、かわいい、いい子ってたくさん言ってもらって浴室でセックスをする。
風呂を出て、今度はベッドで抱き合う。
「あっ、あうッ!!」
「《我慢して》、まだイくなよ」
「おのづか、さん、無理、です、無理……!」
乳首をきゅっとつままれ、転がされながら、大きな手でペニスをしごかれる。
「ま、待って、我慢、むり! うっ、はうっ……!」
尿道口からあふれた先走りで亀頭をぬるぬると刺激されて、親指と人さし指出作った輪で雁を刺激されるとたまらない。
斧塚さんにしごかれると、俺はあっという間に射精に至ってしまう。
「ああ、まだ駄目だって言ったのに。お仕置きだな」
「お仕置き、いやです」
「本当に?」
いやとも、言いきれない。俺はお仕置きと聞いて、軽く達してしまった。
「そうだよな、お仕置き、好きだもんな?」
斧塚さんが、俺にキスをしてくれる。
「かわいい、久野」
「《四つん這いになって》」
ベッドの上で四つん這いになると、斧塚さんに後背位で挿入された。
「んっ……!」
斧塚さんでいっぱいに満たされる。ゆっくりと腰を使って、奥を突き上げられる。
気持ちいい。斧塚さんペニス、入ってるだけで気持ちいい。
「はっ、うっ……あっ、あっ……!!」
とんとんと抜き差しされ、肉壁がこすれるたび、声が漏れた。
「おのづか、さん! だ、だめえ!! いっ、ちゃ……う……!!」
「いいよ、《イけ》」
「あっ、ああ、あうっ!」
直腸がぎゅっと締まる。それから、弛緩と収縮を繰り返す。下腹がびくびくと震える。
優しくゆっくりと突かれるたびに。体が熱くなり、震えだす。
一定の速さの優しいピストンから、狂おしいほどの快感を生まれてくる。
「また、イッちゃ……また、来ちゃ……!」
俺の腕から力が抜けてしまい、そのまま突っ伏した。
そのまま、寝バックへと移行する。
「久野は好きだよな、これ」
くつくつと、斧塚さんが笑う。笑いながら、よりじっくりと、俺の結腸を上から潰すようにこね回した。
腹の奥から、じわじわと熱い痺れが全身へと広がっていく。
「はひっ! やっ! また、くるッッ! 苦しい……!!」
「好きだよな? 素直に《言いな》」
「うう、好き、好きです!!」
命令されて、言わされる。ぶわりと快感が全身を駆けた。
逃げようとする腰を押さえ込まれて、逃げられない。
「《いい子》だ。そうだよな、久野、ここ潰されるの好きだよな。すごい締まるもんな」
これ、変、おかしい、また、イッちゃう。
俺は、斧塚さんが射精するまで、奥を捏ねくられて、何度も何度も絶頂させられた。
お仕置きのあとは、優しく蕩かされるような愛撫が待っている。
後ろから抱き締められて、奥を優しく捏ねられて、下腹をじんわりと押され、胸のとがりをそっとつままれる。
「あっ……! んっ、はうっ……!」
「《いい子》だね、久野は」
斧塚さんが、俺の項や首筋、肩にキスを落としてくれる。
「ずっと、うちにいればいいよ」
斧塚さんのうちに居候するようになって、三ヶ月が過ぎた。
休みの日には一緒に出かけ、週に一、二度、プレイしてもらっている。そのおかげで、心身の調子は上向いていっている。
前の会社のことがよみがえっては苦しくなるけど、その頻度も減ってきている。
でも、俺には、やっぱり、プレイと愛の区別がつけられない。斧塚さんにとって、これは俺を癒すためのプレイでしかないのに、勘違いしてしまいそうになる。
こう甘やかされては、俺は、腐ってしまう。
俺みたいな褒められ慣れてない人間は、水をやり過ぎた植物みたいに、腐ってしまいそうだ。
就職して、早く、ここを出ていかないと。
一時的な斧塚さんの優しさに依存しきって、離れられなくなるまえに。
斧塚さんに毎日たくさん褒めてもらっている。
作ったことのない料理を作ると斧塚さんは褒めてくれる。隅々まで家を綺麗にすると斧塚さんが喜んでくれる。
ハローワークで家事代行の求人を見たとき、受けるだけ受けてみようと思った。
先日斧塚さんが出勤している間に、面接を受けに行った。
久しぶりにスーツを着て、街へ出た。
ビルに入り、受付の女性に面接で来たと告げる。
案内されたエレベーターにのり、指定された階で降りると、女性の社員が立っていた。
「起こしいただきありがとうございます。久野さんですね、面接会場へご案内いたします」
右手と左手が一緒に出るほど緊張した。
おかけくださいと言われる前に座ってしまったし、面接の途中に何度もいつもの、「あっ……あっ……」が出てしまった。
それでも、面接官の女性たちはにこやかに、俺が話し終わるのを待っていてくれた。
まず駄目だろうなと思いながら帰った。
そうして、一週間後二次面接でまた本社ビルに出向いていた。
面接帰りに、ほんの出来心で、斧塚さんの新しい職場が入っているビルを見に行った。斧塚さんはその日は飲み会で遅くなると言っていたから。
都心の、ガラス張りのおしゃれな、大きなビル。
こんなところで働いているんだ、と思うと、よかったなあと思いながらも、斧塚さんが遠くに感じられた。
もともと、なんで同じ職場にいるか分からないような人だったけど。
駅までとぼとぼと歩いて行くと、飲み会に行っているはずの斧塚さんが、綺麗な女性と二人でならんで歩いていた。
二人は打ち解けた様子で、カラーを専門に扱う高級店カラーズに入っていった。
斧塚さんの恋人か。お似合いだった。
彼女と二人でカラーを選んで、プレゼントするのだろう。
帰りが遅い日は、彼女と会っていたのかな。
初めてケアしてもらった日、斧塚さんの鞄にはコンドームとローションが入っていたけど、きっともともと彼女のために用意しておいたものだったのだろう。
ずっといていいよ、は、やっぱり社交辞令だった。真に受けちゃいけなかったのに、ずるずると好意に甘えて、迷惑掛けてしまっていたんだ。
一週間後、採用の連絡がきた。こんなにとんとん拍子に決まってしまって、いいのだろうか
来週から研修所での泊まり込みの研修が始まる。
俺は、斧塚さんの家に持ち込んだ荷物をいるものといらないものに分けていた。
斧塚さんちに居候するときに、とりあえず全部段ボールに詰めて持ち込んだものだ。
前の会社に関係するのを見るだけで動悸がしたし、必要なもの、不要なものを判断するのが辛くて、後回しにしていた。そうとう処分しないといけないものがあるだろう。
「ただいま」
仕事から斧塚さんが帰ってきた。片付けている俺を見下ろす。
「おかえりなさい」
「何、してるんだ?」
「就職決まったので、片付けないとと思って。すみません、こんなに場所とってしまってて」
「就職? 聞いてないよ」
「ごめんなさい。決まったら報告しようと思ってて。来週から泊まり込みの研修で。申し訳ないんですが、家が決まり次第出ていくので、もうしばらく置いてもらえませんか?」
「研修が終わっても、ここから通勤すればいいよ」
「そんな、ご迷惑かけられませんよ」
俺がいては、彼女を家に呼べないだろうし。優しい斧塚さんは出ていってほしいと言えないでいるのだろう。
本当に甘えて、迷惑掛けて、馬鹿だった。
「俺が、嫌になった?」
斧塚さんが突拍子もないことを言うので、俺は目を丸くした。
「違いますよ」
「……ケアは? これから誰にしてもらうんだ?」
「もともとSubの欲求は抑制剤で抑えられていたので、自分でどうにか……」
ここ三か月で、変わってしまったような気がする。
斧塚さんとのプレイは、俺を作り変えてしまった気がする。その影響がこれからどれだけ出るか、正直怖い。
かといって、彼女のいる人にケアをさせてはいけないだろう。
斧塚さんが、顔をしかめる。
社交辞令にしろ、こうやって言ってくれるのは、斧塚さんにとって、俺と暮らすのもそう悪くなかったと思っていいのだろうか。
「あの、ありがとうございました。俺、たくさん斧塚さんにケアしてもらって、おかげで自信がつきました」
ズン、と空気が重たくなった気がした。
なんだ、何が、起こってる?
「……斧、塚さん……?」
一段と圧力が強くなる。
「俺のことが、嫌になったのか?」
違うと言いたいのに、声が出ない。
俺は、抗いがたい力を感じて、床に突っ伏して、かろうじて顔をあげていた。
「《ここにいな》よ、《出ていくな》」
斧塚さんがしゃがんで、俺の頬を両手で包み込み、まっすぐに目を合わせた。
その目に見つめられると、ものすごい圧力を感じた。
きいん、と耳鳴りがする、頭の中がぐらぐらする。目が回る。
すべてが斧塚さんに支配される感覚。でも、いつもの快さを感じない。
あるのは、恐怖だ。
怖い、嫌だ。胸が苦しい。息が出来ない。苦しい、苦しい、怖い。
どうして? 斧塚さん。
ぶつ、と何かが切断される感覚がした。
俺は、意識を失った。
「……の、……くの! 久野……!」
斧塚さんの腕の中にいた。
「久野!? 良かった、目が覚めて」
「あ、えっと……」
ああ、俺は斧塚さんの強い圧力で、サブドロップとやらを起こした、のか。
「ごめん、久野……」
俺はまだ、意識にもやがかかっているような感じだった。
俺の何かが斧塚さんを怒らせて、グレアを起こさせてしまったのだ、と思う。
俺はいつも、人を不快にさせてしまうから。
「……俺が、全部悪いんです、ごめんなさい」
「そんなわけあるかよ……!!」
あ、まただ、きいん、と耳鳴りがする。
「うっ……!!」
「ご、ごめん……!」
斧塚さんからの圧力が弱まる。
「本当に、ごめん。勝手だけど、俺、ずっと久野にここにいてほしい」
「でも……彼女さんに悪いですから」
「彼女? いるわけないだろう?」
俺はともかく、斧塚さんにはいて当然だろう。
「えっと……だって、見たんですよ、新宿のカラーズに彼女さんと、入っていくとこ」
「え? 妹だよ、妹!」
「……妹さん?」
「うん。久野……本当に、ただのケアだと、思ってる?」
「えっ?」
ただのケアじゃなければ、なんだ。
「ごめん。俺が、弱ってるところに、つけ込んだんだよな……」
どういうこと?
つけ込んだのは、俺のほうなのに。斧塚さんの優しさにつけ込んで、プレイしてもらっていたのに。
「単なるケアで、あんなことまでしないよ、俺は。俺は、久野のこと、好きだったよ、ずっと。かわいくてしかたなかったよ。でも、同僚だし、八つも下だし、言えなかった」
その言葉が耳に入ってから、理解するまで、ずいぶんかかった。
「久野はさ、俺のことそういうふうに全然見てなかっただろ? 今も、そう? 俺のこと、先輩としか、見れない?」
斧塚さんが、俺を好き? 本当に? そんなことありうるのか?
視界が溢れてきた涙で歪む。
「お、れ、ずっと……ずっと、斧塚さんが、好き、です……」
そんな俺を、斧塚さんが強く抱き締めてくれた。
「ちょっと待ってて」
俺が落ち着くと、そう言って斧塚さんは自分の部屋に入っていった。
そして、カラーズのブランドロゴの入った紙袋を持って戻ってきた。
「妹にも選ぶの付き合ってもらって……」
箱を開けると、落ち着いたオリーブ色の革と銀色の金具が美しいカラーが入っていた。
「俺の恋人に、なってくれますか?」
斧塚さんが、緊張した顔をしている。
「……俺で、いいんですか?」
「久野しか考えられない」
俺が頷くと、斧塚さんが、カラーを着けてくれた。斧塚さんの手が触れて、革が首の皮膚にぴったりと巻き付く。
俺は、斧塚さんのもの。
カラーを着けるだけで、俺は快感にぶるりと体を震わせた。
「どこにも行かせない。久野は、俺のものだよ」
俺のものだと言われて、ふわりと浮き上がるような温かい心地よさが込み上げてくる。
斧塚さんは、抱き締めて、キスしてくれた。
「んっ、んんっ……斧塚、さん、好き、です」
「久野、好きだ……」
好きと言われて、好きと言うと、こんなに気持ちがいいのか。
斧塚さんが、俺なんかを選んでくれて、俺なんかを必要としてくれている。
ラグの上に押し倒されて、耳を甘噛され、首筋にキスを落とされる。裾から入ってきた大きな手が、俺の素肌を性急にまさぐった。
「好きだよ、久野」
きゅっと乳首をつままれ、よじられる。
「あっ……はう、あっ……!!」
じんじんと、甘い痺れが全身を走る。下腹がきゅうと疼く。
斧塚さんが俺のズボンを下着ごと脱がした。
「《舐めて》」
差し出された人さし指と中指を口に含んで、唾液を絡ませる。口の中まで、気持ちいい。
「《いい子》」
いい子、気持ちいい。いつもより、もっと。
その指が、アヌスに埋められた。既に腸液で濡れたそこを指がぐちゅぐちゅと掻き混ぜた。
びくびく、とアヌスが震え、斧塚さんの指をぎゅうと締めつけた。
斧塚さんの指が、いつもより少し性急に抜き差しを繰り返す。
「あっ……あっ……あうっ……! ああっ……!!」
指、気持ちいい。粘膜全部が気持ちいい。ひっきりなしに声が漏れてしまう。気持ちいい、変になりそう。
「もう、挿れるよ」
斧塚さんの亀頭が、ぐっと俺の中に入ってくる。斧塚さんに満たされていく。
「久野、好きだ、好きだよ」
「斧塚さん、好き、好きです」
「久野、《キスして》」
俺から斧塚さんを引き寄せてキスをする。斧塚さんの熱くて滑らかな舌が、俺の舌に絡められる。
上も下も繋がって、溶けてるみたいに、ひとつになってる。
斧塚さんが、ゆっくりと腰を使って奥を突く。
「んっ……うっ……」
気持ちいい。気持ちいい。
ああ。
幸せ。俺は斧塚さんのもの。あったかい。ふわふわして、気持ちいい。
すごく、幸せ。
好き、斧塚さん、好きだ。
おわり
初出:2026/01/04
21
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる