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無胤の王※(ファンタジー・オメガバース)
無胤の王※
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昔、深い入江と深い森の交わるところに王国があった。
王の名は、ヘンリク。王はオメガだった。
王は七人の妃を持ち、発情期を除いて毎夜毎夜、胤を付けて回ったが、何年も子供を授かることはなかった。
重臣からもからも母后からも、早く世継ぎをと、急き立てられた。ヘンリクには兄弟がなかったから、世継ぎのないまま王がこの世を去れば、王家に連なる血筋のものが神輿に担がれ、他国の干渉を許し、血で血を洗う後継者争いが起こるだろう。
王も三十を迎えいよいよ危ういと、王と母后と重臣たちの会議でオメガのヘンリク自身が懐妊し世継ぎを成すことが試されることになった。
問題は、誰が王を孕ませるかだ。王を孕ませるとあらば、高貴な血でなくてはならない。
そこで、白羽の矢が立ったのが、由緒ある公爵家の未婚の三男ラーシュだった。彼は王の近衛騎士団の団員でもあった。
王が無事懐妊すれば、王配殿下とするという公爵家との取り決めの元、彼は、発情期の王の寝所に招き入れられたのだった。
ヘンリクはローブ一枚でベッドに腰掛け、長い足を優雅に組んでいた。
「毎夜種馬のごとく扱われ、今度は男とまぐわえとな」
「おいたわしいことです……陛下」
「そなたに役目が果たせるか? 余は、女でもなく、美しくもなく、若くもない」
「いいえ、私は、陛下に……美酒のごとく酔っております」
「そなたは実に愉快だ」
「いえ、本当のことでございます。陛下の剣で騎士の叙任をしていただいときから、いえ、初めてお声をかけていただいたときから、私の身も心も陛下のものでございます」
七歳のころから宮廷に入り、騎士団の武具を磨き馬の世話をするところから始めた。城内の礼拝堂で司祭から読み書き、算術を習った。それらの合間に王家の給仕係としても働いた。
慣れない城での目のまわるような忙しい暮らしに、公爵家が恋しくて城の片隅の薬草園でひとりで泣いた。
そこに、当時、王太子であったヘンリクがやってきた。平身低頭するラーシュに、ヘンリクは、よい、と言った。
『涙は止まったようだな』
驚いてラーシュの涙は止まっていた。
『私もここに、ラベンダーの香りを嗅ぎに来るのだ。生きたラベンダーの香りを』
ヘンリクは、茎に手を這わしわずかに引き寄せラベンダーに顔を寄せた。その横顔に、ラーシュは目を奪われた。
ヘンリクの顔は世に言う美しい顔ではない。しかし、ラーシュには大層美しく見えた。
それから、父王が亡くなりヘンリクが即位した。ヘンリクは若干二十歳だった。
ヘンリクは、王太子時代から騎士団の訓練にもよく顔を出した。ヘンリクは力こそ並の男には及ばなかったが、よく鍛え俊敏だった。
王は気さくで、騎士団の団員とも手合わせし、こちらが遠慮して力を出しきらないのを好まなかった。
ラーシュもヘンリクに稽古をつけてもらい、散々に技量の差を見せつけられたものだった。
ラーシュは、王の狩りにも随行した。
王の森で、勢子と猟犬が、立派な雄の猪を射手の待つ地点まで追い詰める。
猪はラーシュの元に突進してきた。ラーシュは弓を放ったが、眉間に命中したにも関わらず、構わず猛進してくる。
他の射手も矢を放ったが止まらない。ラーシュはかわそうとしたが、猪は方向を変えラーシュを追う。
大猪の牙が迫る。猪の牙を受ければ無事では済まない。それは研ぎ澄まされたナイフで、多くのものが命を落としてきた。
そのとき、どっと、猪が倒れた。
猪の喉元に、深々と弓矢が刺さっていた。
その矢羽から、王の放った矢だとすぐにわかった。
ラーシュはへなへなとその場にへたり込んだ。
『大丈夫か、ラーシュ』
見上げた王は、顔を青くしていた。そして、倒れて今にも命の火が消えようという猪に目をやった。
『猪め、一番弱いところをよくわかっている』
ラーシュは、ぐうの音も出なかった。それから、王の自慢の騎士になろうとますます鍛錬に励んだのだった。
ラーシュは、十八のとき、ついに手合わせでヘンリクを打ち負かした。尻餅をついたヘンリクは晴れ晴れとしていた。
『それでこそ我が近衛騎士団にふさわしい』
それから、片方の眉を上げて言った。
『……余は鍛錬が足りぬようだが』
少し悔しげに王がラーシュを見上げる。
すると、みぞおちから下腹部にかけて、泡立つような感覚を覚えた。ラーシュにはその感覚に覚えがあったが、瞬時に抑え込んだ。
そのすぐのち、ラーシュは騎士に叙任された。
重たい石の壁の迫るような教会で、ごく小さな窓から王に後光が差す。その王の荘厳なこと。ラーシュは胸がいっぱいになった。王の剣が、ラーシュの肩を強く打った。
こうして、ラーシュは王の騎士になった。ラーシュはこの痛みを一生忘れるまいと思った。
ヘンリクは、十五のときに王太子妃を迎えていたが、ながく懐妊はなかった。そこで、即位後、新たに妃を迎えた。また孕むことがなく、別の妃を迎えた。繰り返して、それが七人になった。
いつからか、これは畑の問題ではなく種の問題だと、王は胤がないと囁かれるようになった。
ヘンリクの顔には、重苦しい陰りがつきまとうようになった。ラーシュは心穏やかではなかった。
王が、毎夜毎夜、妃を抱く。七人の妃が、代わる代わる王に抱かれる。
ラーシュにはそれが耐え難かった。
美貌をもって鳴る公爵家に生まれたラーシュもまた、恵まれた顔貌の持ち主だった。彼には城に仕える女も、王の護衛として訪れた貴族の城の女も、多くが秋波を送った。
大胆にも王の妃からも誘われて、彼はそのときおそらく気が触れていた。それに応えてみることにした。
『今夜は陛下は絶対にお渡りがありませんのよ。発情期ですから』
そう言う妃に導かれ、初めて女を知った。
この肌に陛下は触れたのか、この唇に陛下は触れたのか、この同じ秘処に陛下は。
陛下は、今、発情期の情欲に身悶えているのだろうか。顔を真っ赤にして切なく喘いでいるのだろうか。
王の痴態を想像し、ラーシュは、突如我に返った。秘処に突き立てていたものは、射精することなくすっかり萎えた。
なんという罪を犯したのか。妃との姦通は、死をもって償うべき罪だ。王の自身への信頼を裏切ってしまった。特別に目を掛けてくれていると感じていたのに。
慌てて身支度を整えるラーシュに妃がしなだれかかる。
『どうぞまたいらして。今度は子胤をくださいましね。貴方様の子ならきっと玉のように美しい子になりましょう。陛下のお子として育てますから安心なさって』
吐き気を抑えながら、妃に最低限の礼をしてラーシュは足早に立ち去った。自分の犯した罪の大きさにおののきながら。
明くる日も、その明くる日も怯えてベッドから出られず、三日目にようやく職務に復帰した。騎士の仲間たちにどつかれながら、ラーシュは訓練に汗を流した。その合間に久々に薬草園に足を向けた。清涼なラベンダーの香りこそ、今のラーシュには必要だった。
しかして、そこには、先客がいた。
ラベンダーの中に、ヘンリクが横たわっていた。白い顔をして、目を閉じ、腹の上で手を組んでいる。
王はラベンダーの香りに包まれ死を選んだのだと、ラーシュは思った。美しい、とも思った。
足ががくがくと震えた。
『陛下……!!』
近づき、震える声で白い顔の王を呼んだ。
王は一瞥をくれると、また目を閉じた。
王が生きていることに安堵したが、すぐに別の恐怖がもたげた。
王は、私の罪を知っているのではないだろうか。
そのとき、ラベンダーの香りに混じって、えも言われぬ甘い香りがした。それが、発情期を終えたばかりの残り香だと、ラーシュにはわかった。これまでも度々感じたことがあったから。裁判で村々を回るときも、狩りのときも、ときどき、感じることがあった。
陛下はおやつれになった。肌は青白く、頬はこけ、陰影を作っている。ラベンダーの中に横たわる貴方様は静謐で儚い。貴方様の美しさは私だけが知るものであればいい。
妃を抱きながら、貴方様の影を抱いたのです。私が口づけたかったのは、私が触れたかったのは、私が抱きたかったのは、貴方様なのです。
それが、ラーシュの行き着いた絶望といって差し支えない望みであった。
ヘンリクは、一重の目を開け、その酷薄にすら見える薄い唇を開いた。
『ラーシュ』
『は、はい』
『蝙蝠の睾丸を口にしたことはあるか?』
『は? いえ……』
『犬の陰茎は? 蛇の生き血は?』
『いえ……』
『そうか、私は毎夜毎夜、口にしている。即位してから欠かすことなく』
古から精力がつくと言われているものだ。ラーシュは王が涙しているのかと思った。
『そうまでして……』
そこで、ヘンリクは再び目を閉じ、続きを飲んだ。子が成せぬ、と続くのだろうとラーシュは思った。ヘンリクはまるで血を吐くようだった。その顔は、苛立ちや悲しさ恐れ、そして深い絶望に染まっていた。
ヘンリクは長いこと一縷の望みにかけて重圧にひとり耐えてきた。その一縷の望みがもはや断ち切られようとしている。
『……陛下』
今すぐ王に口づけたかった。強く抱きよせて、愛を告白したかった。そして、こう言いたかった。
陛下を私が抱いてはいかがでしょう。陛下はオメガでいらっしゃいます。ご懐妊が可能なのではないでしょうか。
ラーシュは、その考えを無理矢理飲み込んだ。考えるだけ無駄な夢想だ。二度と愚かな真似はすまい。生涯王の忠実な剣であろうと、心の中で王に誓った。
過ちから二年が経ち、その王が今、ラーシュに組み敷かれんとしている。王の青白い肌は上気して薄紅色に染まっている。
王は発情期のむせ返るような甘い匂いを放っている。ラーシュは、激情のままに王をものにしようする自身をあらん限りの理性で抑えた。
ラーシュは随分前に気づいていた。自身が、アルファだと。
でも、それすら関係がない。
アルファとして目覚める随分と前から、ラーシュの心は王のものだったのだから。
王は、男に抱かれることなどお嫌だろうが、それならばせめて優しく抱きたい。
しかし、アルファであり二十歳に過ぎないラーシュにそれは大変に難儀なことであった。
「キスをして、よろしいでしょうか、陛下」
ラーシュの声は情欲と緊張に震えた。
「そなたがしたくないことは、する必要がない」
「私が、したいのです」
王の眉根が苦しげに寄った。
「そなたも、女人を抱きたいであろうことは知っている。余がもっと早くそなたの妻を選んでやらなければならなかった」
「陛下、陛下こそがわが全て。どうか、キスのお許しを」
「……ならば、許す」
思いがけず、妃との苦い裏切りの一夜が役に立った。妃との夜は、ラーシュのヘンリクと交わる夢想に現実味を帯びさせたのだった。
ラーシュは何度も夢の中で繰り返してきたように、ヘンリクの唇を夢中で貪った。
薄いヘンリクの唇が唾液に濡れ艷やかに光る。発情して体温が高いのだろう、熱い吐息が漏れる。
王のキスは、決して巧みではなかった。男同士ということを差っ引いても、息継ぎもうまくできず、あまり慣れていないようだった。
彼が妃たちからどのような扱いを受けているのか、その一端を垣間見たようだ。
妃の中に、音楽教師や貴族、はたまた高位の聖職者らと情事を楽しむものがいるのは暗黙の了解だった。王の子として育てようなど、だいそれた企みもこの耳で確かに聞いた。
王が軽んじられるなど、ラーシュには許しがたいことだ。
王を抱き寄せ、大胆にもその銀の御髪に手を差し入れ、思うままに口を吸った。
かつて王の影を追い、妃の手ほどきを受けたように。
逃げる王の舌を深く追い捕らえ絡ませ吸った。
なんて、甘い舌。
ラーシュは王を抱き上げ、ベッド中央にうやうやしく下ろした。
王を見下ろすと、視線が絡まる。先にそらしたのは王だった。ラーシュはなけなしの自制心をもって、王に触れた。
王にのしかかり、王の首筋にキスを落とし、絹のローブに手を差しいれた。
女の体とは違う、骨ばった丸みのない体。熱く、汗ばんでしっとりした肌を手と舌とで貪欲に味わった。
王は顔を手で覆い、小さく震えている。
憐れな陛下。臣下に組み敷かれ、屈辱に震えるしかないとは。
「……っ」
ローブがはだけていく。恥辱に染まった肌を吸うたび、王の体は強張った。
平らな胸の上に、男にしては幾分大きな粒が立ち上がっているのが、ローブの上からでもわかった。絹ごと口に含んで、粒をラーシュの口内へ引き出した。唇と歯と舌で愛撫する。
「あうっ、はっ、くっ……」
体がびくりと震え、王の口からこらえきれなかった喘ぎが漏れ出した。王の甘い香りが一段と強まる。ラーシュは追い込まれていく。
手を下に這わせ、下腹をまさぐり、下生えを撫でた。
王の立ち上がった陰茎を握る。七人の妃を持ち、毎夜抱いているというのに、すんなりとしてどこか少年のような初々しささえ感じさせる。先端を親指でくすぐり、幹を緩くしごく。
「ラーシュ! よい、そんなっ! うっ……んっ……!」
王が身をよじって逃れようとするのを許さず、愛撫を続けた。もはや顔を隠すのを諦めた王が、ラーシュの手を引き剥がしにかかるが、その手は力無い。
「はっ、あうっ!」
腰を突き出し、王がラーシュの手の中でとうとう果てた。顔を真っ赤にし王は涙ぐんだ。
手に受けたものを、ラーシュは舐め取った。どろりとした粘ついた白濁さえ、王のものだと思えば愛しい。
「ラーシュ!」
王はわなわなと震え、非難がましくラーシュの名を呼んだ。
「足を、お開きください」
再び顔を隠すと、王は悔しげに、おずおずと足を開いた。ラーシュは生唾を飲み込み、震える指先で王の秘処に触れた。そこはすっかり濡れていた。ラーシュに触れられ、そこがきゅっと締まる。
自制するにも、気が狂いそうだ。
ラーシュ自身は腹につかんばかりにいきり立ち、早く中に入りたいと震えている。自制心の限界がこようとしていた。
ラーシュは軟膏を指先にとり、もう一度そこに触れた。
「んっ……!」
入口を丹念になぞり、王の強張りが解けるのを待った。
泣いているような喘ぎが漏れ出すのにそう時間は掛からなかった。王は泣いているのかもしれなかった。
ひくついているそこに、慎重に中指を埋めて行く。熱くぬめる中は、ラーシュの指を食い締めた。
猛る自身を抑えながら、軟膏を王に馴染ませていく。
「はっ……くぅ……」
王の体は憐れなくらいに身悶え、腰はラーシュの指の動きに合わせて跳ねた。
指一本に慣れると、指を二本に増やした。耐え難いとでも言うように、王が頭を左右に振る。表情は見えない。中はうねり、ラーシュの指を奥へと誘う。
噛み殺した喘ぎは熱い吐息となった。甘き匂いが濃厚に立ち込める。
王は快感を得ている。
その事実がますますラーシュを滾らせ、ついに、自制は限界に達した。
ラーシュはがばりと王の太腿を大きく割開き、その間に入ると、王の膝裏を持ち、王の胸の方へ引き付けさせた。
王の秘処があらわになる。そこに、血の集まってぱんと膨らんだ己の先端をあてがった。
王が息を飲む。
「ひっ、い゛っ……!」
入口が襞ひとつなく広がり先端を飲み込んだ。おのが欲望がついに王の中に入った。
狭い肉の筒を奥へと進んでいく。王の中は熱く、ラーシュを食い締め、それだけで達してしまいそうだ。ラーシュのが腰を進めるたび、王はびくんびくんと身を跳ねさせ、背筋を弓なりに反らせ、腰を付きだし、様々に反応した。
「痛くは、ございませんか」
「……痛く、ないっ……うっ!」
ついに最奥まで到達すると、我慢できず、ラーシュは腰を使いだした。
「はっ! あっ! ああっ!」
ぎこちない腰づかいに合わせて、王ののけぞった喉から声がほとばしる。王の体が揺れ、ラーシュを締め付ける。
ぎこちないなくも衝動に突き動かされ腰を振る。
「うっ」
程なくして、ラーシュは一際奥へと押し込むと、欲望を王の最奥に迸らせた。王の中で果てたラーシュは、目の前が白み、恐ろしいほどの悦楽と幸福に包まれた。
同時に王の体が大きく引き攣り、中が一際収縮したかと思うと、ラーシュから一滴残らず搾り取るように大きくうねった。
「くっ……」
二人の荒い息遣いが閨を満たした。
王の中は、今もひくついて中に入ったままのラーシュを締め付ける。
ラーシュは、また己が滾っていくのがわかった。
抜かずに、今度は余裕をもって腰を使う。
「ラーシュ、そなたは、もう、十分! 役目を! あうっ!」
「陛下、陛下はお世継ぎをお産みになりたいのでしょう?」
王は黙っている。
「一度で十分、ということは、ございますまい」
「ラーシュ!」
非難しているようで、快楽の甘い響きが混じっているのがラーシュにはわかった。
「何度でも、注ぎ込んで差し上げますよ、陛下」
おわり
初出:2023/02/20
王の名は、ヘンリク。王はオメガだった。
王は七人の妃を持ち、発情期を除いて毎夜毎夜、胤を付けて回ったが、何年も子供を授かることはなかった。
重臣からもからも母后からも、早く世継ぎをと、急き立てられた。ヘンリクには兄弟がなかったから、世継ぎのないまま王がこの世を去れば、王家に連なる血筋のものが神輿に担がれ、他国の干渉を許し、血で血を洗う後継者争いが起こるだろう。
王も三十を迎えいよいよ危ういと、王と母后と重臣たちの会議でオメガのヘンリク自身が懐妊し世継ぎを成すことが試されることになった。
問題は、誰が王を孕ませるかだ。王を孕ませるとあらば、高貴な血でなくてはならない。
そこで、白羽の矢が立ったのが、由緒ある公爵家の未婚の三男ラーシュだった。彼は王の近衛騎士団の団員でもあった。
王が無事懐妊すれば、王配殿下とするという公爵家との取り決めの元、彼は、発情期の王の寝所に招き入れられたのだった。
ヘンリクはローブ一枚でベッドに腰掛け、長い足を優雅に組んでいた。
「毎夜種馬のごとく扱われ、今度は男とまぐわえとな」
「おいたわしいことです……陛下」
「そなたに役目が果たせるか? 余は、女でもなく、美しくもなく、若くもない」
「いいえ、私は、陛下に……美酒のごとく酔っております」
「そなたは実に愉快だ」
「いえ、本当のことでございます。陛下の剣で騎士の叙任をしていただいときから、いえ、初めてお声をかけていただいたときから、私の身も心も陛下のものでございます」
七歳のころから宮廷に入り、騎士団の武具を磨き馬の世話をするところから始めた。城内の礼拝堂で司祭から読み書き、算術を習った。それらの合間に王家の給仕係としても働いた。
慣れない城での目のまわるような忙しい暮らしに、公爵家が恋しくて城の片隅の薬草園でひとりで泣いた。
そこに、当時、王太子であったヘンリクがやってきた。平身低頭するラーシュに、ヘンリクは、よい、と言った。
『涙は止まったようだな』
驚いてラーシュの涙は止まっていた。
『私もここに、ラベンダーの香りを嗅ぎに来るのだ。生きたラベンダーの香りを』
ヘンリクは、茎に手を這わしわずかに引き寄せラベンダーに顔を寄せた。その横顔に、ラーシュは目を奪われた。
ヘンリクの顔は世に言う美しい顔ではない。しかし、ラーシュには大層美しく見えた。
それから、父王が亡くなりヘンリクが即位した。ヘンリクは若干二十歳だった。
ヘンリクは、王太子時代から騎士団の訓練にもよく顔を出した。ヘンリクは力こそ並の男には及ばなかったが、よく鍛え俊敏だった。
王は気さくで、騎士団の団員とも手合わせし、こちらが遠慮して力を出しきらないのを好まなかった。
ラーシュもヘンリクに稽古をつけてもらい、散々に技量の差を見せつけられたものだった。
ラーシュは、王の狩りにも随行した。
王の森で、勢子と猟犬が、立派な雄の猪を射手の待つ地点まで追い詰める。
猪はラーシュの元に突進してきた。ラーシュは弓を放ったが、眉間に命中したにも関わらず、構わず猛進してくる。
他の射手も矢を放ったが止まらない。ラーシュはかわそうとしたが、猪は方向を変えラーシュを追う。
大猪の牙が迫る。猪の牙を受ければ無事では済まない。それは研ぎ澄まされたナイフで、多くのものが命を落としてきた。
そのとき、どっと、猪が倒れた。
猪の喉元に、深々と弓矢が刺さっていた。
その矢羽から、王の放った矢だとすぐにわかった。
ラーシュはへなへなとその場にへたり込んだ。
『大丈夫か、ラーシュ』
見上げた王は、顔を青くしていた。そして、倒れて今にも命の火が消えようという猪に目をやった。
『猪め、一番弱いところをよくわかっている』
ラーシュは、ぐうの音も出なかった。それから、王の自慢の騎士になろうとますます鍛錬に励んだのだった。
ラーシュは、十八のとき、ついに手合わせでヘンリクを打ち負かした。尻餅をついたヘンリクは晴れ晴れとしていた。
『それでこそ我が近衛騎士団にふさわしい』
それから、片方の眉を上げて言った。
『……余は鍛錬が足りぬようだが』
少し悔しげに王がラーシュを見上げる。
すると、みぞおちから下腹部にかけて、泡立つような感覚を覚えた。ラーシュにはその感覚に覚えがあったが、瞬時に抑え込んだ。
そのすぐのち、ラーシュは騎士に叙任された。
重たい石の壁の迫るような教会で、ごく小さな窓から王に後光が差す。その王の荘厳なこと。ラーシュは胸がいっぱいになった。王の剣が、ラーシュの肩を強く打った。
こうして、ラーシュは王の騎士になった。ラーシュはこの痛みを一生忘れるまいと思った。
ヘンリクは、十五のときに王太子妃を迎えていたが、ながく懐妊はなかった。そこで、即位後、新たに妃を迎えた。また孕むことがなく、別の妃を迎えた。繰り返して、それが七人になった。
いつからか、これは畑の問題ではなく種の問題だと、王は胤がないと囁かれるようになった。
ヘンリクの顔には、重苦しい陰りがつきまとうようになった。ラーシュは心穏やかではなかった。
王が、毎夜毎夜、妃を抱く。七人の妃が、代わる代わる王に抱かれる。
ラーシュにはそれが耐え難かった。
美貌をもって鳴る公爵家に生まれたラーシュもまた、恵まれた顔貌の持ち主だった。彼には城に仕える女も、王の護衛として訪れた貴族の城の女も、多くが秋波を送った。
大胆にも王の妃からも誘われて、彼はそのときおそらく気が触れていた。それに応えてみることにした。
『今夜は陛下は絶対にお渡りがありませんのよ。発情期ですから』
そう言う妃に導かれ、初めて女を知った。
この肌に陛下は触れたのか、この唇に陛下は触れたのか、この同じ秘処に陛下は。
陛下は、今、発情期の情欲に身悶えているのだろうか。顔を真っ赤にして切なく喘いでいるのだろうか。
王の痴態を想像し、ラーシュは、突如我に返った。秘処に突き立てていたものは、射精することなくすっかり萎えた。
なんという罪を犯したのか。妃との姦通は、死をもって償うべき罪だ。王の自身への信頼を裏切ってしまった。特別に目を掛けてくれていると感じていたのに。
慌てて身支度を整えるラーシュに妃がしなだれかかる。
『どうぞまたいらして。今度は子胤をくださいましね。貴方様の子ならきっと玉のように美しい子になりましょう。陛下のお子として育てますから安心なさって』
吐き気を抑えながら、妃に最低限の礼をしてラーシュは足早に立ち去った。自分の犯した罪の大きさにおののきながら。
明くる日も、その明くる日も怯えてベッドから出られず、三日目にようやく職務に復帰した。騎士の仲間たちにどつかれながら、ラーシュは訓練に汗を流した。その合間に久々に薬草園に足を向けた。清涼なラベンダーの香りこそ、今のラーシュには必要だった。
しかして、そこには、先客がいた。
ラベンダーの中に、ヘンリクが横たわっていた。白い顔をして、目を閉じ、腹の上で手を組んでいる。
王はラベンダーの香りに包まれ死を選んだのだと、ラーシュは思った。美しい、とも思った。
足ががくがくと震えた。
『陛下……!!』
近づき、震える声で白い顔の王を呼んだ。
王は一瞥をくれると、また目を閉じた。
王が生きていることに安堵したが、すぐに別の恐怖がもたげた。
王は、私の罪を知っているのではないだろうか。
そのとき、ラベンダーの香りに混じって、えも言われぬ甘い香りがした。それが、発情期を終えたばかりの残り香だと、ラーシュにはわかった。これまでも度々感じたことがあったから。裁判で村々を回るときも、狩りのときも、ときどき、感じることがあった。
陛下はおやつれになった。肌は青白く、頬はこけ、陰影を作っている。ラベンダーの中に横たわる貴方様は静謐で儚い。貴方様の美しさは私だけが知るものであればいい。
妃を抱きながら、貴方様の影を抱いたのです。私が口づけたかったのは、私が触れたかったのは、私が抱きたかったのは、貴方様なのです。
それが、ラーシュの行き着いた絶望といって差し支えない望みであった。
ヘンリクは、一重の目を開け、その酷薄にすら見える薄い唇を開いた。
『ラーシュ』
『は、はい』
『蝙蝠の睾丸を口にしたことはあるか?』
『は? いえ……』
『犬の陰茎は? 蛇の生き血は?』
『いえ……』
『そうか、私は毎夜毎夜、口にしている。即位してから欠かすことなく』
古から精力がつくと言われているものだ。ラーシュは王が涙しているのかと思った。
『そうまでして……』
そこで、ヘンリクは再び目を閉じ、続きを飲んだ。子が成せぬ、と続くのだろうとラーシュは思った。ヘンリクはまるで血を吐くようだった。その顔は、苛立ちや悲しさ恐れ、そして深い絶望に染まっていた。
ヘンリクは長いこと一縷の望みにかけて重圧にひとり耐えてきた。その一縷の望みがもはや断ち切られようとしている。
『……陛下』
今すぐ王に口づけたかった。強く抱きよせて、愛を告白したかった。そして、こう言いたかった。
陛下を私が抱いてはいかがでしょう。陛下はオメガでいらっしゃいます。ご懐妊が可能なのではないでしょうか。
ラーシュは、その考えを無理矢理飲み込んだ。考えるだけ無駄な夢想だ。二度と愚かな真似はすまい。生涯王の忠実な剣であろうと、心の中で王に誓った。
過ちから二年が経ち、その王が今、ラーシュに組み敷かれんとしている。王の青白い肌は上気して薄紅色に染まっている。
王は発情期のむせ返るような甘い匂いを放っている。ラーシュは、激情のままに王をものにしようする自身をあらん限りの理性で抑えた。
ラーシュは随分前に気づいていた。自身が、アルファだと。
でも、それすら関係がない。
アルファとして目覚める随分と前から、ラーシュの心は王のものだったのだから。
王は、男に抱かれることなどお嫌だろうが、それならばせめて優しく抱きたい。
しかし、アルファであり二十歳に過ぎないラーシュにそれは大変に難儀なことであった。
「キスをして、よろしいでしょうか、陛下」
ラーシュの声は情欲と緊張に震えた。
「そなたがしたくないことは、する必要がない」
「私が、したいのです」
王の眉根が苦しげに寄った。
「そなたも、女人を抱きたいであろうことは知っている。余がもっと早くそなたの妻を選んでやらなければならなかった」
「陛下、陛下こそがわが全て。どうか、キスのお許しを」
「……ならば、許す」
思いがけず、妃との苦い裏切りの一夜が役に立った。妃との夜は、ラーシュのヘンリクと交わる夢想に現実味を帯びさせたのだった。
ラーシュは何度も夢の中で繰り返してきたように、ヘンリクの唇を夢中で貪った。
薄いヘンリクの唇が唾液に濡れ艷やかに光る。発情して体温が高いのだろう、熱い吐息が漏れる。
王のキスは、決して巧みではなかった。男同士ということを差っ引いても、息継ぎもうまくできず、あまり慣れていないようだった。
彼が妃たちからどのような扱いを受けているのか、その一端を垣間見たようだ。
妃の中に、音楽教師や貴族、はたまた高位の聖職者らと情事を楽しむものがいるのは暗黙の了解だった。王の子として育てようなど、だいそれた企みもこの耳で確かに聞いた。
王が軽んじられるなど、ラーシュには許しがたいことだ。
王を抱き寄せ、大胆にもその銀の御髪に手を差し入れ、思うままに口を吸った。
かつて王の影を追い、妃の手ほどきを受けたように。
逃げる王の舌を深く追い捕らえ絡ませ吸った。
なんて、甘い舌。
ラーシュは王を抱き上げ、ベッド中央にうやうやしく下ろした。
王を見下ろすと、視線が絡まる。先にそらしたのは王だった。ラーシュはなけなしの自制心をもって、王に触れた。
王にのしかかり、王の首筋にキスを落とし、絹のローブに手を差しいれた。
女の体とは違う、骨ばった丸みのない体。熱く、汗ばんでしっとりした肌を手と舌とで貪欲に味わった。
王は顔を手で覆い、小さく震えている。
憐れな陛下。臣下に組み敷かれ、屈辱に震えるしかないとは。
「……っ」
ローブがはだけていく。恥辱に染まった肌を吸うたび、王の体は強張った。
平らな胸の上に、男にしては幾分大きな粒が立ち上がっているのが、ローブの上からでもわかった。絹ごと口に含んで、粒をラーシュの口内へ引き出した。唇と歯と舌で愛撫する。
「あうっ、はっ、くっ……」
体がびくりと震え、王の口からこらえきれなかった喘ぎが漏れ出した。王の甘い香りが一段と強まる。ラーシュは追い込まれていく。
手を下に這わせ、下腹をまさぐり、下生えを撫でた。
王の立ち上がった陰茎を握る。七人の妃を持ち、毎夜抱いているというのに、すんなりとしてどこか少年のような初々しささえ感じさせる。先端を親指でくすぐり、幹を緩くしごく。
「ラーシュ! よい、そんなっ! うっ……んっ……!」
王が身をよじって逃れようとするのを許さず、愛撫を続けた。もはや顔を隠すのを諦めた王が、ラーシュの手を引き剥がしにかかるが、その手は力無い。
「はっ、あうっ!」
腰を突き出し、王がラーシュの手の中でとうとう果てた。顔を真っ赤にし王は涙ぐんだ。
手に受けたものを、ラーシュは舐め取った。どろりとした粘ついた白濁さえ、王のものだと思えば愛しい。
「ラーシュ!」
王はわなわなと震え、非難がましくラーシュの名を呼んだ。
「足を、お開きください」
再び顔を隠すと、王は悔しげに、おずおずと足を開いた。ラーシュは生唾を飲み込み、震える指先で王の秘処に触れた。そこはすっかり濡れていた。ラーシュに触れられ、そこがきゅっと締まる。
自制するにも、気が狂いそうだ。
ラーシュ自身は腹につかんばかりにいきり立ち、早く中に入りたいと震えている。自制心の限界がこようとしていた。
ラーシュは軟膏を指先にとり、もう一度そこに触れた。
「んっ……!」
入口を丹念になぞり、王の強張りが解けるのを待った。
泣いているような喘ぎが漏れ出すのにそう時間は掛からなかった。王は泣いているのかもしれなかった。
ひくついているそこに、慎重に中指を埋めて行く。熱くぬめる中は、ラーシュの指を食い締めた。
猛る自身を抑えながら、軟膏を王に馴染ませていく。
「はっ……くぅ……」
王の体は憐れなくらいに身悶え、腰はラーシュの指の動きに合わせて跳ねた。
指一本に慣れると、指を二本に増やした。耐え難いとでも言うように、王が頭を左右に振る。表情は見えない。中はうねり、ラーシュの指を奥へと誘う。
噛み殺した喘ぎは熱い吐息となった。甘き匂いが濃厚に立ち込める。
王は快感を得ている。
その事実がますますラーシュを滾らせ、ついに、自制は限界に達した。
ラーシュはがばりと王の太腿を大きく割開き、その間に入ると、王の膝裏を持ち、王の胸の方へ引き付けさせた。
王の秘処があらわになる。そこに、血の集まってぱんと膨らんだ己の先端をあてがった。
王が息を飲む。
「ひっ、い゛っ……!」
入口が襞ひとつなく広がり先端を飲み込んだ。おのが欲望がついに王の中に入った。
狭い肉の筒を奥へと進んでいく。王の中は熱く、ラーシュを食い締め、それだけで達してしまいそうだ。ラーシュのが腰を進めるたび、王はびくんびくんと身を跳ねさせ、背筋を弓なりに反らせ、腰を付きだし、様々に反応した。
「痛くは、ございませんか」
「……痛く、ないっ……うっ!」
ついに最奥まで到達すると、我慢できず、ラーシュは腰を使いだした。
「はっ! あっ! ああっ!」
ぎこちない腰づかいに合わせて、王ののけぞった喉から声がほとばしる。王の体が揺れ、ラーシュを締め付ける。
ぎこちないなくも衝動に突き動かされ腰を振る。
「うっ」
程なくして、ラーシュは一際奥へと押し込むと、欲望を王の最奥に迸らせた。王の中で果てたラーシュは、目の前が白み、恐ろしいほどの悦楽と幸福に包まれた。
同時に王の体が大きく引き攣り、中が一際収縮したかと思うと、ラーシュから一滴残らず搾り取るように大きくうねった。
「くっ……」
二人の荒い息遣いが閨を満たした。
王の中は、今もひくついて中に入ったままのラーシュを締め付ける。
ラーシュは、また己が滾っていくのがわかった。
抜かずに、今度は余裕をもって腰を使う。
「ラーシュ、そなたは、もう、十分! 役目を! あうっ!」
「陛下、陛下はお世継ぎをお産みになりたいのでしょう?」
王は黙っている。
「一度で十分、ということは、ございますまい」
「ラーシュ!」
非難しているようで、快楽の甘い響きが混じっているのがラーシュにはわかった。
「何度でも、注ぎ込んで差し上げますよ、陛下」
おわり
初出:2023/02/20
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