美形×平凡 短編BL小説集2

鯛田オロロ

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俺はまだ見ぬ赤い鳥を探している(現代)

俺はまだ見ぬ赤い鳥を探している

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近く遠くに聞こえるさえずりを頼りに、二人、山に分け入った。

誘うように声はすれど、姿は見えない。

耳を澄ます、凛とした横顔、強い眼差しを、俺は覚えている。

俺はまだ見ぬ赤い鳥を探している。



「長谷くんの無事の帰国を祝して! かんぱーい!」

今日は土曜日。大学の一つ下の後輩、長谷の家に宅飲みしている。長谷は先週コスタリカから帰国した。

小麦色に焼けた肌が南国の日差しを思わせた。

メールを貰ってから、俺はずっとそわそわしていた。大学卒業して十年、今でもニ、三ヶ月に一度ぐらいの頻度で長谷とは会っている。

「ありがとうございます。先輩も主任昇進おめでとうございます」

弊社の主任なんて大したことない。平社員に毛が生えた程度で、雀の涙ほど給料があがるだけだ。長谷に比べれば大したことない。

長谷は大学院に進学して、今では新進気鋭の鳥類学者として、世界中を飛び回っている。国をまたいだプロジェクトチームにも加わっている。一般向けに書いた本もよく売れているみたいだし、テレビにも何度も出ている。

「先生、後でサインしてくださいよ」

先日購入した本と油性ペンを見せると、長谷はなんとも言えない顔をした。

「言ってくれれば送ったのに……」

「売上に貢献しちゃ悪いか」

「ありがとうございます」

サインなんて書けませんよ、と言いながら、長谷は几帳面に定規で引いたような、一目で長谷のものとわかる字で「長谷広臣」とサインしてくれた。昔から変わらない字だ。

大学の頃は一緒にハトの群れを何週間も観察したのに。一緒にアカショウビンを探して奥山に分け入っていったのに。随分差が開いたものだ。

長谷は鳥の糞が岩場を覆い尽くす世界の果ての無人島を飛び回り、俺は地を這う普通のサラリーマンになった。俺にはこっちのほうが向いているが。

長谷は派手な人の目を引く容姿をしていて、テレビの受けもいいのだろう。整った顔面に加えて、フィールドワークで鍛えた高身長で均整の取れた引き締まった体も男の俺から見ても格好がいい。

インターネットで検索すると、「長谷 鳥 イケメン」なんてサジェストが表示される。実際にtwitterだ、ブログだで、長谷さんかっこよすぎる、なんてハートマーク付きの書き込みがいくつも見つかる。

そんな男が俺なんかに懐いてきてくれるんだから、悪い気はしなかった。単に、タダ飯、タダ酒にありつけると思っているだけなのかもしれないが。

長谷は、もう俺と付き合う必要はないと思う。なんのプラスにもならないから。もっと頭がよかったり、美しかったり、お金持ちだったり、そういうレベルの高い人と知り合っているんだから。

こういうことを考えると際限ないし虚しい。まだ会ってくれることを喜ぶべきだ。

今日は料理を作ってくれるとのことで、ちょっといい酒を手土産に持ってきた。帰国祝いなのにどっちが祝われているんだかわからない。 

こっちはスペイン風、とか、トルコ風とか、韓国風とか、説明しながらローテーブルに所狭しと並べられた長谷の手料理を取り分けてくれる。

取り分けるときに長谷が前かがみになり、鎖骨と引き締まった胸板がちらつく。

それが、妙に色気があるというか。こう、トングを持つ筋張った手も、腕まくりして筋肉の動きの見える腕も。

長谷が大学二年、俺が三年だったころ、長谷が風邪を引いて一週間ぐらい寝込んでるところに見舞いに行ったけど、なんというか熱出して弱ってるところが途方もなくエロかった。病人を見てこんなことを思うのはどうかしてたけど。

なんとか平静を装って、粥を作って、ポカリ飲ませて、洗濯なんかをして帰ってきたのだ。後輩の弱ってる姿に誤反応しようとする自分の股間にドン引きした。

気づかれなかった為に、幸い今でも交際が続いている。

大皿に盛り付けられた見た目も味もいい料理に毎度ながら関心する。

俺には、料理がどこの国風だとかは、さっぱりわからない。うまいということはわかる。長谷が世界のあちこちで食べた料理のエッセンスが取り込まれているのかもしれない。

「すげえうまい」

にっと笑う人懐っこい唇。

今回の調査の話を聞く。長谷の目がきらきらとひかっている。さすがカワセミに夢中になりすぎて俺の隣でドボンときれいとは決して言えない川に落ちたこともある男だ。あの時は慌てた。

意識が現在と過去を行きつ戻りつする。こんな貴重な話を上の空で聞くなんてもったいないのに。

俺たちはかつてキスしたことがある。おふざけで。

俺が四年生のときのゼミの追い出しコンパだった。酒が入って些細なことでげらげら笑えた。誰かが王様ゲームをやろうと言い出して、その場でレポートパッドとボールペンで即席でくじが作られた。

『七番と八番がキス!』

『まじか、俺七番』

まあ、何でもやるつもりだった。俺は酒で気が大きくなるタイプだ。

『あ、八番、俺です』

男しかいない飲み会は行き過ぎていて、わけもなく全員ゲラゲラ笑っていた。

『長谷なら余裕だわ』

そう言った俺に罵声が飛ぶ。

『お前はな!』

『美男と野獣!!』

『野獣と言うよりガーゴイル!!』

『黙れ、小僧! お前に長谷が救えるか!』

意味のわからないやんやの中で、長谷と向き合うと、途端に申し訳なくなってきた。

ためらう俺に、長谷の方からキスしてきた。

どっと笑いが怒る。若さと酔いは爆発的な笑いを生んだ。

その笑いの渦の中で、俺は気づいてしまった。

長谷が好きだと。



それから十年も馬鹿みたいに片想いをしている。

男同士だし、その時点で無理だし。あらゆる点で格差がある。もう劣等感を感じないほど、遠くに光り輝いている星なのだ、長谷は。その星が、時たまお情けで俺のところに降りてきてくれる。

それを自らぶち壊しにしようとは思わない。

手酌で自分で持ってきたちょっといい酒をグラスに注いでぐいと飲んだ。

「大学のやつって、今でも会ったりすんの?」

「一年に一回ぐらい林と国見には会いますよ。そのくらいですかね」

「ふーん」

俺は優越感を感じている。

「先輩は、他の先輩と会ったりしてるんですか?」

「ん? 金沢ぐらいかな。普通に連絡取ってるけど、今、呼ぶ? たぶん来るよ、あいつ」

長谷が喜ぶならばとスマホ片手に提案すると、長谷は思いっきり首を横に振り、同様に手も振った。

「いや、いいです! 俺、金沢先輩苦手なんで」

「えっ、なんかあった? あいつ、あれはあれだけど、いいやつだよ」

「別に何もないですけど……」

金沢が苦手なんて気が付かなかった。金沢とは別の機会に会えばいい。今は長谷と過ごす時間を大事にしたい。

長谷がずっと誰のものにもならず、俺を少し特別な先輩のポジションに置き続けてくれればいいのに。

そう思いながらも、長谷が早く結婚したらいいのに、誰かのものにさっさとなってくれればいいのに、とも思っている。

そうしたら、俺は大きな喪失感を感じるだろうが、次に行ける気がするのだ。これ以上好きになる人はいなくても。

あれは、大学四年生の初夏だった。

アカショウビンは見つからなくて、俺の携帯電話に妹から電話で父親の訃報が伝えられて、その時に長谷が帰りの支度や手配をしてくれて、言葉は少なく俺を支えてくれた。隣にいてくれた。新幹線の中でもがたがた震える俺の手を握っていてくれた。

長谷が好きだからこそ、恋心なんか早く擦り切れてほしいのだ。恋心なんか邪魔なだけだから。先輩と後輩でずっといられるように。

「長谷は、彼女いるの?」

この前テレビ出演したとき、長谷の隣に立ってたアイドルの女の子が脳裏に浮かんだ。まさかアイドルと付き合っているとは思わないが、長谷はとびきりの美女と出会う機会もあるのだ。

「親ですか、先輩は」

長谷が嫌そうな顔をする。

「なんだよ、親って」

「親が彼女はいないのか、結婚しないのかってうるさいんですよ」

「長谷、一人っ子だもんな」

「俺の生活で付き合えると思います? こんなあちこちふらふらしてて」

「そういう子はいるんじゃね?」

twitterでもブログでも、長谷かっこいいハートマークって言ってる中にだって、それでいいって女性がいるはずだ。大学の同僚だとか、国内外の研究者仲間にだって長谷を憎からず思っている人がいるんじゃないの。必ずいるはずだ。

「早く結婚してよ、長谷」

「相手もいないのに?」

「早く作れ。そんでね、長谷の子にお年玉あげんの、俺」

「先輩は?」

「はい、俺が泉です!」

「知ってますよ。うわ、こんなに飲んだんですか」

長谷が残量が四分の一ほどになったボトルを持ち上げて振った。

「早く結婚して、俺をおじさんにしてよ」

「俺が結婚しても先輩はおじさんにならないですよ」

「真面目か!」

「というか、先輩の妹さん結婚してて甥っ子も姪っ子もいるでしょう」

「はあ、よく覚えてますねえ」

「相当酔ってますね……布団敷きましょうか?」

「ねえ、いつ、結婚するの? いつ、ねえ、いつ?」

「しませんって」

付き合いは長いけど、浮いた話を聞いたことがない。だから、一縷の望みのようなものを抱いてしまう。俺には言わないだけかもしれないし、その可能性が高いのに。だって長谷のことを誰も放ってはおかないだろう。

「先輩は……どうなんですか?」

「俺? お前が結婚したらしようかなあ……しようと思ってできるもんでもないけどな……今や結婚は特権階級にのみ許された特別な契約関係と言えるでしょうから」

童貞で三十超えて魔法つかいになれるなら、童貞として死んだら魔王にでもなれますか?

自分でも何言ってるのか、わからなくなってきた。

今、私の願い事が叶うならば、翼がほしい。

鳥になって、一生長谷の周りを飛び回って可愛がってもらう。

我ながら、キモい、重い、泣ける。

「先輩? どうしたんです?」

気付けば俺は、本当に泣いていたらしい。

救いといえば、長谷に恋い焦がれて泣いているとは思われないところだ。結婚願望あるのに結婚できない男が絶望して泣いているとしか思われないだろう。

特別な先輩のポジションにすら満足できなくて俺は泣いている。今だってありえない高待遇なのに、自分が馬鹿すぎて情なくなってくる。

俺の恋愛感情も肉欲も、翼が生えてどこかにとんでいってしまえばいい。

斜めに座っていた長谷の顔が近づいてくる。おいおい、そりゃいくらなんでも近すぎるだろ、というラインを踏み越えてくる。

思わず、身を引く。

「なんで、泣いてるんですか?」

お前のせいだよと八つ当たりしたくなる。少し仲の良い、ただの大学の先輩でしかないのに。

「先輩」

握りしめて震える俺の拳に長谷の手が重なる。

お前はどうってことないただスキンシップかもしれないけど、そういうのに慣れていない俺はどぎまぎするんだよ。

「先輩は、俺の空港なんです」

「……は?」

「俺がどこに飛んでいっても、戻ってきたくなる空港なんです」

「……意味がわからない」

「先輩がいなかったら、俺はどっか飛んでいって、そのままなんです。多分どこかでとっくに野垂れ死んでます。先輩のところに戻ろうと思うから、今まで死んでないんです」

そう言って、俺を抱きしめた。長谷の匂いと体温に包まれる。

「先輩は俺の大事な人なんです」

てらいもなく言ってのける。

長谷とは、セックス以外はしたよな。凍死しそうなテントの中で一緒に寝袋で寝たこともある。山の中で熊と遭遇したこともある。死の恐怖と助かった安堵を共有した。

キスもしたことがある。

今、抱きしめて、俺の大事な人だと言ってくれている。

これで満足できなかったらおかしい。貪欲すぎるというものだ。

俺だって、いつ次会えるかを日々の一里塚にして生きている。でも、いつか、長谷にはもっともっと大事な存在ができていくんだよ。

新たな涙がこぼれ落ちる。満足できない自分が嫌だ。身に余る光栄なことなのに。

今の二、三ヶ月に一回から、半年に一回になって、それが一年に一回になって、そのうち、あれ、最近会ってないですねって、俺たちはそういう関係なんだから。

ゼロ距離の長谷の力強さと体温と匂いでどうにかなりそうだ。

「先輩、俺のことずっと待っててほしいんです。俺がどこに行っても、先輩のところに戻ってこられるように」

「は、せ?」

滅茶苦茶なことを言いながら、俺を抱き締める長谷の体が、震えている。

「もう、結婚しろなんて言わないでください」

「わ、わかった、もう言わない」

震える長谷の背中に手を回し、おずおずと子供にするように背をとんとんと叩いた。

俺の涙はいつの間にか止まっていた。



終わり



初出:2023/03/18



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