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十五光年の星(SF?)
十五光年の星
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こどものころ。
冬のある寒い日。
夜、ありったけの厚着をして、家族に内緒で家を抜け出した。
そして、同じく家を抜け出してきた君と落ち合った。
君も、雪だるまみたいに厚着していて二人で笑ったね。
ふたり、人家もまばらな高台の公園まで走っていった。
僕らは、坂道を駆け上がって、公園の芝生の上で夜空を見上げた。
君が、あちらの方角だと指差す。僕は君の指の指す方向に目を向ける。
すう、と夜空を光の粒が流れて消えた。
それが、また一つ、また一つ。すう、と流れては消えていった。
僕らは、芝生に寝そべって、いつまでも光の流れていくのを見ていたね。
君は、大人になって、宇宙飛行士になった。
僕は、我がことのように、嬉しかったよ。
二六歳の君は、光速宇宙船に乗って、宇宙の彼方へと旅立った。
あのとき見た、光の粒を追い求めて。
君が地球に帰ってきた。
宇宙船が着陸する映像を見たよ。ほっとした。
そして、君たち宇宙飛行士の記者会見もみたよ。
同じ年に生まれたはずなのにね。君は若くて見とれてしまうほど格好いいままで、僕ばっかり、すっかりおじさんになってしまったね。
君が地球を出てから、地球では十五年経ったんだ。
君から連絡をもらい、僕の一人暮らしのアパートに招いた。
君は有名人だ。
歴代最年少の宇宙飛行士で、今は時の人だ。その上容姿がいいものだから、どうしても人の目を引いてしまう。
外で会うのは落ち着かないだろうから。
僕の家の玄関の前に、彼が立っている。以前と少しも変わらない姿で。
「久しぶりだな、ノア」
僕の声は、震えてしまった。もう、ノアに生きて会えないかもしれない、とさえ思うことがあった。それくらい、十五年は長かった。
君にとっては、たった二年のことだろうけど。
彼をリビングに通して椅子に座らせ、僕はお茶を淹れた。
「なあ、リー、俺がいない間、どうしてた」
ノアがお茶を一口飲んで、探るように僕に聞く。
「どうもしないよ」
君の家の犬のリゲルは、七年前に死んでしまった。
あと、君の妹が結婚したよ。なんと相手は、僕らの同級生のヒューだよ。
それで、君には十二歳の姪っ子と十歳の甥っ子がいる。君は宇宙にいる間に、おじさんになったんだよ。
これは、君の家族から、もう聞いただろう。
君は、どう思った?
君が地球を飛び立つ前に知っていた人たちは、みんな十五年分、死に近づいている。
家族も、友人も、テレビに映る芸能人も、流行も、街も、すべて変わったよ。
世間に取り残されてしまったように感じたかい?
僕の母は八年前に、父は二年前に死んでしまった。これも、君の家族から聞いただろうか。
君の家族には、随分助けてもらったんだ。
でもね、君がそばにいてくれたらな、そう思ったよ。
「どうもって。元気にしてたのか?」
「そうだなあ、親知らずを抜いたよ。今頃になって横向きに出てきたから」
「それは、大変だったな」
「大変なんてもんじゃないよ。君も、これからあるかもしれないぞ」
「そうだな、覚えておくよ。それで? 他には?」
「二回転職したけどね。特に変わりなくやってるよ」
あと、僕は、少し太ったよ、贅肉がついた。白髪もだいぶ増えたよ。
でも、それは見ればわかるだろう。
君は、僕のテーブルの上で組んだ指を見ている。
「君は、まだ、結婚してないんだって?」
僕は、指輪のない左手の薬指を見せた。
「そのとおり。世の女性は、見る目がなくてね」
十五年の間、君より心惹かれる人を探したけど、見つからなかった。
そんなことを君に言うつもりはないけどね。
「本当に、見る目がない。なあ、リー、俺は、ずっと考えてたよ。この二年」
「どんなこと?」
「酷い磁気嵐に遭ってね、死ぬところだった」
「よく生きて帰ってきてくれたよ」
「酸素の生成装置が止まってしまってね」
ぞっとする話だ。
この十五年、毎日毎日、恐ろしかった。毎日君の無事を祈っていた。
遠い宇宙の果てから、君が無事に帰ってきてくれますように、と。
神様、無事に帰って来てくれれば、他には何も望みません、と。
「それで、なんで、君に言わなかったんだろうって。君に言わないでは死にたくないって、思ったんだ」
「怖いな、一体なにを言う気だ?」
彼がすうと息を吸った。そしてゆっくりと吐き出してから、僕の目をまっすぐに見た。
「リー、愛してる」
一瞬、僕は夢を見ているんだと思った。
「……からかうなよ」
「本気だよ」
「本気って、まさか」
「本気だよ。君が好きだよ、愛してるんだ、リー」
「それは、恋愛感情で?」
ノアがうなづく。
「……ま、待って、僕は、もう、おじさんだよ? 君は、若くて、格好良くて……」
もっと年の近い、若い人と付き合える。
「それじゃあ、俺は、君から見たら、子供っぽくて、頼りないか?」
「そんなこと、ないよ、でも……」
「リー、君も、俺を好きなはずだよ」
僕の心の中は、すっかりお見通しなのか。
「そ、そうだよ、知ってたなら、君も好きなら、どうして、言ってくれなかったんだよ!」
「十五年も待っていてくれなんて、言えるはずないじゃないか……」
じんわりと涙がにじんできて、僕は顔を手で覆った。涙が僕の手を濡らした。
「……僕も、好きだよ、ノア」
「ごめん。もう、どこにも行かないよ。もう、十五年も君を見逃してしまったんだから」
リーが、僕を抱き締めた。
僕の手をそっと外させて、泣き濡れた顔があらわになる。
泣き顔を見ないで欲しいという願いが通じたのか。
彼は僕にそっとキスをした。
おわり
初出:2024/12/19
冬のある寒い日。
夜、ありったけの厚着をして、家族に内緒で家を抜け出した。
そして、同じく家を抜け出してきた君と落ち合った。
君も、雪だるまみたいに厚着していて二人で笑ったね。
ふたり、人家もまばらな高台の公園まで走っていった。
僕らは、坂道を駆け上がって、公園の芝生の上で夜空を見上げた。
君が、あちらの方角だと指差す。僕は君の指の指す方向に目を向ける。
すう、と夜空を光の粒が流れて消えた。
それが、また一つ、また一つ。すう、と流れては消えていった。
僕らは、芝生に寝そべって、いつまでも光の流れていくのを見ていたね。
君は、大人になって、宇宙飛行士になった。
僕は、我がことのように、嬉しかったよ。
二六歳の君は、光速宇宙船に乗って、宇宙の彼方へと旅立った。
あのとき見た、光の粒を追い求めて。
君が地球に帰ってきた。
宇宙船が着陸する映像を見たよ。ほっとした。
そして、君たち宇宙飛行士の記者会見もみたよ。
同じ年に生まれたはずなのにね。君は若くて見とれてしまうほど格好いいままで、僕ばっかり、すっかりおじさんになってしまったね。
君が地球を出てから、地球では十五年経ったんだ。
君から連絡をもらい、僕の一人暮らしのアパートに招いた。
君は有名人だ。
歴代最年少の宇宙飛行士で、今は時の人だ。その上容姿がいいものだから、どうしても人の目を引いてしまう。
外で会うのは落ち着かないだろうから。
僕の家の玄関の前に、彼が立っている。以前と少しも変わらない姿で。
「久しぶりだな、ノア」
僕の声は、震えてしまった。もう、ノアに生きて会えないかもしれない、とさえ思うことがあった。それくらい、十五年は長かった。
君にとっては、たった二年のことだろうけど。
彼をリビングに通して椅子に座らせ、僕はお茶を淹れた。
「なあ、リー、俺がいない間、どうしてた」
ノアがお茶を一口飲んで、探るように僕に聞く。
「どうもしないよ」
君の家の犬のリゲルは、七年前に死んでしまった。
あと、君の妹が結婚したよ。なんと相手は、僕らの同級生のヒューだよ。
それで、君には十二歳の姪っ子と十歳の甥っ子がいる。君は宇宙にいる間に、おじさんになったんだよ。
これは、君の家族から、もう聞いただろう。
君は、どう思った?
君が地球を飛び立つ前に知っていた人たちは、みんな十五年分、死に近づいている。
家族も、友人も、テレビに映る芸能人も、流行も、街も、すべて変わったよ。
世間に取り残されてしまったように感じたかい?
僕の母は八年前に、父は二年前に死んでしまった。これも、君の家族から聞いただろうか。
君の家族には、随分助けてもらったんだ。
でもね、君がそばにいてくれたらな、そう思ったよ。
「どうもって。元気にしてたのか?」
「そうだなあ、親知らずを抜いたよ。今頃になって横向きに出てきたから」
「それは、大変だったな」
「大変なんてもんじゃないよ。君も、これからあるかもしれないぞ」
「そうだな、覚えておくよ。それで? 他には?」
「二回転職したけどね。特に変わりなくやってるよ」
あと、僕は、少し太ったよ、贅肉がついた。白髪もだいぶ増えたよ。
でも、それは見ればわかるだろう。
君は、僕のテーブルの上で組んだ指を見ている。
「君は、まだ、結婚してないんだって?」
僕は、指輪のない左手の薬指を見せた。
「そのとおり。世の女性は、見る目がなくてね」
十五年の間、君より心惹かれる人を探したけど、見つからなかった。
そんなことを君に言うつもりはないけどね。
「本当に、見る目がない。なあ、リー、俺は、ずっと考えてたよ。この二年」
「どんなこと?」
「酷い磁気嵐に遭ってね、死ぬところだった」
「よく生きて帰ってきてくれたよ」
「酸素の生成装置が止まってしまってね」
ぞっとする話だ。
この十五年、毎日毎日、恐ろしかった。毎日君の無事を祈っていた。
遠い宇宙の果てから、君が無事に帰ってきてくれますように、と。
神様、無事に帰って来てくれれば、他には何も望みません、と。
「それで、なんで、君に言わなかったんだろうって。君に言わないでは死にたくないって、思ったんだ」
「怖いな、一体なにを言う気だ?」
彼がすうと息を吸った。そしてゆっくりと吐き出してから、僕の目をまっすぐに見た。
「リー、愛してる」
一瞬、僕は夢を見ているんだと思った。
「……からかうなよ」
「本気だよ」
「本気って、まさか」
「本気だよ。君が好きだよ、愛してるんだ、リー」
「それは、恋愛感情で?」
ノアがうなづく。
「……ま、待って、僕は、もう、おじさんだよ? 君は、若くて、格好良くて……」
もっと年の近い、若い人と付き合える。
「それじゃあ、俺は、君から見たら、子供っぽくて、頼りないか?」
「そんなこと、ないよ、でも……」
「リー、君も、俺を好きなはずだよ」
僕の心の中は、すっかりお見通しなのか。
「そ、そうだよ、知ってたなら、君も好きなら、どうして、言ってくれなかったんだよ!」
「十五年も待っていてくれなんて、言えるはずないじゃないか……」
じんわりと涙がにじんできて、僕は顔を手で覆った。涙が僕の手を濡らした。
「……僕も、好きだよ、ノア」
「ごめん。もう、どこにも行かないよ。もう、十五年も君を見逃してしまったんだから」
リーが、僕を抱き締めた。
僕の手をそっと外させて、泣き濡れた顔があらわになる。
泣き顔を見ないで欲しいという願いが通じたのか。
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おわり
初出:2024/12/19
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