最良の日々

鯛田オロロ

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初夜もなく、発情期にスポイト法を試みることも結局なく。

結婚からすでに半年が過ぎていた。私たちは、侯爵家の地所のひとつの邸宅に住むことになったが、私は一人の時間を多く過ごしていた。

というのも、夫はクラブの仲間の活動に協力していて留守がちだったからだ。大陸の激戦地の野戦病院への援助を求める活動だ。

夫が帰ってくると、その話を聞かせてもらった。夫の活動は立派なことだと思った。私は、私の父にも彼に協力してくれるように頼んだ。

私は私で、オメガの環境改善のための計画を建てることにした。

救貧施設を運営している教会に出向いたり、知り合いの貴族を訪ねたりするようになった。必要な資金やどのような人材が必要かを調べだした。

計画を具体的にしていくことは、おおいに私の気を紛らわせた。

性行為がないことを相談できる相手などいない。父母も弟も、いい相手を捕まえたと手放しで喜んでいるのに。

彼のご両親も尊敬できる立派な方たちで、私も好きなのだ。



結婚して、一年が経った。

相変わらず夫は家にあまり寄り付かない。もはや、外に愛人がいるのだろう、と思う。そちらで愛と性欲を満たしているのだろう。

君が好きだと言っていたのに、嘘だった。

夫は、私の発情期のタイミングを外して、家に帰ってきている。わざと。

それなら、なぜ、結婚を申し込んできたのか。今も会話がないわけではないが、以前とは違う。もやがかかっている中で、お互い探りながら話しているような、そんな感覚だ。心と心が、今はもう通わない。

彼は、結婚を後悔しているのだろう。

給仕が運んでくれる、一人きりの食事。一人でアイロンが掛けられた新聞を読む。従者を伴って一人で出かけて、また一人で帰ってくる。計画の賛同者からの手紙を読み、一人で返事を書く。夕食後、オメガ救済のための計画を一人で立てる。一人で眠り、また朝がやってくる。

『僕達は、なにか協力してうまくやれるかもしれないね』

そう言っていた人は、今はいない。

中途半端な不愉快な状況が長くつづくことに耐え難くなっていた。

私も、彼も、義務を果たしてしまえば、それこそ自由にしていいというのに、彼は義務を果たそうとしない。順序が間違っている。

世間の愛のない結婚をした夫婦は、跡継ぎを作ってから、夫婦とも、愛人を作ってよろしくやっている。

私は、愛人が欲しいわけではないが。



留守がちな彼をようやく捕まえた。

「二週間後に発情期が来ますから、その時にスポイト法を試しましょう」

顎を上げて、腕を組み、尊大に話した。そうでもしないと、胸が潰れてしまいそうだからだ。

彼は、顔をしかめる。

「いや……時期については、僕のほうでもよく考えたい」

私には、自分の子を妊娠するのに、何の決定権もないのか?

彼の望んだ時期にただ孕ませられるのか?

馬鹿にしている。悲しくて、苦しくて、つらい。

「私にも私の考えがあります。早く義務を終えてかねてからの保護施設の計画に着手したいのです。あなたもそのほうがよろしいのでは?」

婚姻は政策でしかない。でも、私は、彼と幸せになれると思って結婚したのに。

彼は私に性的魅力を感じていない。同等に扱うべき存在とも思ってくれていない。よそに愛人がいて、私は彼が適切だと思った時期に跡継ぎを孕ませればいいと思われている。

これこそ、オメガを蔑視しているゆえの扱いなのではないだろうか。信じた夫から、このような扱いを受けるとは。

もう彼に見切りをつけ、これから生まれていくる子供と、計画に愛を注ぎたい。

「その計画は、僕も一緒にやると言ったはずだ」

「あなたはお忙しいですから」

「自由に、なりたいのか?」

「あなたが、自由になりたいのでは?」

私ではなく、あなたが。

「僕は、君との結婚に満足している」

苦虫を噛み潰したような顔で彼が言う。

私の喉から、感じの悪いせせら笑いが込み上げた。

「家にも寄り付かず、抱く気にもならない不器量な男と結婚して満足なのですか?」

彼が私の両方の二の腕を強く掴んだ。

「……っ!!」

「二度とそんなことを言うな」

私は一瞬彼の怒気に怯んだ。彼のこのような姿は初めて見た。しかし、黙ってはいられない。

「言わせたのは、あなたでしょう!? 順番が違うのでは、ないですか!? 妻に跡継ぎを産ませて、愛人を持つものでしょう!?」

「愛人だと!?」

「おかしいでしょう、こんなに家に寄り付かなくては!」

「愛人などいない! 君も知っているだろう! 戦況は待ってくれないからだ!」

愛人は、いない? 信じられない。

戦況が待ってくれないのは理解している。

だが、発情期に帰ってきて、スポイトで孕ませることぐらいは、そう時間のかかることではない。

「あなたがなさっているのが立派なこととは重々承知しています!」

でも、私のためにはわずかな時間も割けないのですか。

自分が酷く身勝手なことを言っている気がしてきた。そうだ、彼は、立派なことをしているのだから。

彼に愛人がいることも許して、私は彼の望むタイミングでスポイト法を試すのだ。

私の腕を掴む彼の手から、ぎりぎりと締め付けるような力が抜けた。

私は、気づけば泣いていた。

泣くなんて、恥ずかしくて消えてしまいたかった。私はせめて泣き顔を見られたくないとできるだけ横を向いてうつむいた。

「離してください……」

彼の前から消えたかった。

彼が、私を抱きしめる。

「僕が、泣かせてしまったんだな」

「離してください! 何故、愛してもいない男と、結婚したんですか!」

私も普通の男並みの腕力はあるというのに、腕を突っ張ろうにも、びくともしない。

「愛している」

「嘘だ!」

「愛している」

彼が、私にキスをした。頭と腰を力強い腕で抑えられて、逃げられない。

「やめっ! んんっ……!」

抗議のために開いた口に、熱い舌が入ってくる。

何もかも奪い尽くすようなキスに、体の力が抜けそうになる。彼は私の舌を甘く噛み、吸った。

角度を変えて、何度も。貪るように深く交わる。

「んっ……ふっ……やっ……」

抵抗する力が、失われていく。キスひとつで絆されそうになる自分が嫌だ。でも、このキスを私は求めてしまっていた。

やっと解放されたとき、私も彼も、息があがっていた。私の体は、性的な高ぶりを感じてしまっていた。

「僕は、君を傷つけたくなかった」

彼が、苦悩に満ちた顔で言う。

私は、押し当てられた彼の長衣の下に硬くなった男性器の存在を感じた。

彼は、私に反応している。

それならば、なぜ? どうして、抱いてくれないのか。

悲しみが沸いてくる。虚しいような、切ないような、苦しいような、恨みのような。

「……なぜ、スポイト法でなければ、いけないのですか?」

私は傷ついていた。会話がうまくいかなくなったことも、彼が留守がちなことも。

やはり、その根源は、スポイト法の提案にあった、と思う。

あのときは、ただ物分りのいいふうに、わかりましたとうなずいてしまった。自分に魅力がないのだと、それで、彼は私相手には勃起しないのだと。

でも、どうやら事情があるようだ。
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