詠み人知らず、言わずと知れて。

立花伊作

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さよならが待ってる。

さよならなんて聞きたくない。

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人は、大切であれば大切なものほど、
失えば壊れてしまうものだと、思っていた。

僕の友人に、祖父母が大好きな奴がいた。

そいつは三人兄弟の真ん中で、
幼い頃から、
父は兄に、母は弟に取られ、
両親にあまり甘えたことがなかったそうだ。

そんな友人を一番可愛がってるくれたのが、父方の祖父母だった。

お手伝いをしたら「偉いね」って褒めてくれる。

肩を揉んだら「優しいね」って笑ってくれる。

友人は、そんな2人の顔を見るのが好きだったそうだ。

家は遠く、あまり会うことは出来ないが、その僅かな時間が、より一層大事に思うことが出来たという。

両親にあまり構ってもらえなかった分、
友人はそれを祖父母に貰っていたのかもしれない。

子供の頃の愛着形成というのは、簡単なようでいて難しい。

そしてその捉え方を間違えると、成長の段階で周囲との不一致を生み出す。

愛着を、誰に求めるかが重要な訳ではなく、その愛着が、どのようなものなのかが重要だ。

依存ではなく、主従でもない。

対等で、甘く、だが規律のある。

分りやすいものでないといけない。



ある日、友人は学校を休んだ。

先生からは「ご家族が亡くなった」と聞いた。

その一週間後、友人は何も無かったかのように学校に来た。


「なぁ、休んでた分のノート見せてくれないか?」

「…あ、あぁうん。」


なんて言えばいいのか、分からなかった。

なんて言ってやればいいのか、分からなかった。

放課後、友人がノートを写し終わるのを
僕は待っていた。

僕は窓の外をぼんやりと眺めて、校庭で部活動をしている奴らのことを見ていた。

夕日に空が赤く染まる中、僕は視線だけちらっと友人の方を見た。

ただ一つだけ、聞きたいと思った。

「…なぁ。」

「…?何。」

「大丈夫なの。」

「………あぁ、うん。大丈夫だよ。」

嘘だ。

そう思った。

しかし、次の瞬間。


「…いつかは、来ると思ってたから。」


悲しい台詞とは裏腹に、
そいつの表情はとても穏やかだった。

人は、大切なものほど失うのは怖い。

きっとそれは、
失ってから大切だったのだと気づくことよりも、覚悟が必要なこと。

きっと、失うなんて思いもしなかったと後悔することよりも、悔しいこと。

そしてそれは、どうにもならないということ。

人は、生まれ、年を重ね、やがて、死ぬ。

それは決して、抗えないことであって、誰にでも訪れる最期。

それを受け止めるだけの、強さを、
この友人は、教えて貰ったのだろう。

長い年月をかけて。

「小さい頃から、僕を可愛がってくれていたんだ。
でも、それだけじゃない。
悪いことをしたら叱られたし、危ないことをしたら心配してくれた。
楽しいことも、嬉しいことも、悲しいことも、辛いことも。
ちゃんと、教えてくれたんだ。」

友人は、ぽつりぽつりと、自分を愛してくれた大切な人たちの話をしてくれた。

話を聞くに、そいつの祖父母は賢い人たちで、将来を見通した考えを持った人たちだった。

「…いつか、さよならをしないといけない。
葬式の時、昔ふと、そんなことを言っていたのを思い出したよ。
あぁ、こういうことかって。」

「………。」


「でもね、不思議と、そんなに苦しくなかった。それは、あの二人に教えてもらった通りだったから。」




苦しむ必要も、悲しむ必要もない。

じいちゃんもばあちゃんも、
いつもあんたをお空から見守っているからね。

元気にいなさい。

そうしないと、じいちゃんもばあちゃんも、安心してさよなら出来ないんだから。

おまじないをかけてあげよう。

これで、あんたは大丈夫。

大切にできるよ。



「…?大切にできる?何を?」

「…賢くて、現実主義な二人が、その時初めて『おまじない』なんて非現実的なことを言ったんだ。
僕はそれがとても不思議で、違和感しか感じなかった。
二人にとっても、実感、みたいな…感覚がなかったんだろうな。
死ぬことなんて、誰も分からないんだから。」


人が死ぬことには、意味がある。

ということ。


大切な人を、大切な人として、
大切にすることが、できる。


「僕は知ることが出来た。
大切なものを。
それは紛れもない祖父母がくれた、僕にとって揺るぎないものなんだ。」


身近な人を、亡くしたことのない僕には、よく分からないことだった。

誰かを失うことなんて、考えたくもない。

ましてやそれが、大切な誰かだったとしたら。


さよならなんて、聞きたくもない。


幼稚な僕は、

「そっか…。」

と、返すことしか出来なかった。


友人はふふっと微笑むと、また僕のノートを写し始めたのだった。

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