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さよならが待ってる。
お婆さん
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僕の務める駅で、車椅子で電車を利用するお婆さんがいた。
そのお婆さんは、いつも決まった時間の電車に乗る。
改札口の窓口に来て、定期を駅員に見せてから改札を抜ける。
その時は大体、僕の先輩がそのお婆さんの対応をする。
僕はそれを横目に見て、他に来る利用客の対応をしている。
「おはようございます。」
「あぁ、おはようございます。いつも悪いねぇ。」
「いえ、定期券確認しました。どうぞ。」
「ありがとう。」
「乗り込みまで、ご一緒しますね。」
「いつも、ありがとうねお兄さん。」
車椅子の利用客がいる時は、
その利用客が乗る駅と降りる駅の駅員が対応する。
電車とホームの間に車椅子が突っかかってはいけないので、
駅員が持ち運びのできるスロープを用意するのだ。
いつも、それは先輩の役目だった。
僕は二人がホームに向かう後ろ姿を見送った。
いつも、どんな話をしているのだろう。
僕だったら、すぐに会話が途切れてしまって、沈黙に気まづくなるだけなのに。
この仕事に就いて1年経つが、年齢の離れた人とのコミュニケーションの取り方が、未だに掴めない。
世代の離れた人と、どうやって会話を繋げれば良いのだろうか。
そんなことを悶々と考えていると、先輩が帰ってきた。
「あのお婆さん、乗れました?」
「あぁ。」
「どうやったら、お年寄りの人とそんなに会話が続くんですか?」
「特別なことは言ってないさ。
今日身につけているものの話をしたり、
最近何があったのかを聞いたり…長く務めていると、
この改札を通る人には、いろんな人がいることが分かる。
学生だったりサラリーマンだったり、さっきのお婆さんみたいな障害を持つ人が利用したりする。
人を見ていると、自然と観察力が身につくものだ。
相手と話す時、その人をよく観察して、その変化について問いかけてみると、
相手も自分を見てくれているんだと安心してくれる。
人は誰だって、誰かに見てもらえているものだと、
実感してもらえたらと思うんだ。」
「…そういうもんですかね。」
「そういうもんだ。
お前も、俺を見ていてくれたんだろう。
だから会話が出来る。」
「あ、なるほど。」
「意外と気づきにくいもんさ。」
そう言って、先輩は笑った。
僕はなんだか見透かされたような気がして、少しいたたまれなかった。
人と会話をするということは、その人に興味を持つことなのだ。
観察して、変化を見つけて、それについて問いかけてみる。
その言葉のキャッチボールが、相手とのコミュニケーションと言うのだろう。
それから数日の間、いつもの時間にお婆さんの姿が見られなくなった。
先輩はその事を気にしているようで、終始落ち着かない様子だった。
通勤のラッシュが過ぎて、約10分後、いつものお婆さんが乗る電車が到着する時間になった。
しかし、お婆さんの姿は見えない。
「…あのお婆さん、どうしたんでしょうね。」
「そうだな…。」
何千人もこの駅を利用するお客さんの中の、たった一人の人を、待っている。
先輩はキョロキョロしながら、改札を抜ける人々を見守っていた。
するとそこに、一人の女性が、改札窓口に訪ねてきた。
「あの、すみません。いつもこの時間にこの改札を利用するお婆さんをご存知の方はいませんか?」
「はい。」
先輩が他の利用客の対応をしているので、僕がその女性に対応することになった。
「今日は何かあったんですか?あのお婆さん…いつもこの時間の電車に乗られるんですが…。」
「はい…あの、母は…。」
何か言いにくそうな表情に、言葉を詰まらせている様子、僕は全てを悟った。
あのお婆さんは、もう…。
「…ありがとうと、伝えて欲しいって…。
いつもお世話になっていた駅員さんに、見守っていてくれて、ありがとうって…。
伝えて欲しいって…。母が…。」
対応を終えた先輩は、その言葉を聞いて、震えながら頭を下げる女性に問いかけた。
「…お婆さんは、お元気ですか?」
問いかけられた言葉に、女性ははっとなって、涙を拭った。
そして穏やかに微笑むと、
「はい…。」
と言って、一通の手紙を置いて立ち去った。
その手紙の宛先は、“駅員さんへ”。
先輩はその手紙を読むと、
「お元気そうで。」
と、今にも泣きそうな顔を精一杯堪えて、
ただただ静かに、微笑んでいた。
名前も知らない相手だったけれど、
傍にいれば特別で。
短い時間ではあったけれど、
話をすればそれは大切な思い出。
たくさんの人との、出会いと別れ。
先輩は、あのお婆さんの、
大切な人になったんだ。
先輩の読む手紙の一部に見えた、
「ありがとう」の文字は、
すごく震えていて、読みにくかったけれど、
確かに、そう書いてあったのを覚えている。
そのお婆さんは、いつも決まった時間の電車に乗る。
改札口の窓口に来て、定期を駅員に見せてから改札を抜ける。
その時は大体、僕の先輩がそのお婆さんの対応をする。
僕はそれを横目に見て、他に来る利用客の対応をしている。
「おはようございます。」
「あぁ、おはようございます。いつも悪いねぇ。」
「いえ、定期券確認しました。どうぞ。」
「ありがとう。」
「乗り込みまで、ご一緒しますね。」
「いつも、ありがとうねお兄さん。」
車椅子の利用客がいる時は、
その利用客が乗る駅と降りる駅の駅員が対応する。
電車とホームの間に車椅子が突っかかってはいけないので、
駅員が持ち運びのできるスロープを用意するのだ。
いつも、それは先輩の役目だった。
僕は二人がホームに向かう後ろ姿を見送った。
いつも、どんな話をしているのだろう。
僕だったら、すぐに会話が途切れてしまって、沈黙に気まづくなるだけなのに。
この仕事に就いて1年経つが、年齢の離れた人とのコミュニケーションの取り方が、未だに掴めない。
世代の離れた人と、どうやって会話を繋げれば良いのだろうか。
そんなことを悶々と考えていると、先輩が帰ってきた。
「あのお婆さん、乗れました?」
「あぁ。」
「どうやったら、お年寄りの人とそんなに会話が続くんですか?」
「特別なことは言ってないさ。
今日身につけているものの話をしたり、
最近何があったのかを聞いたり…長く務めていると、
この改札を通る人には、いろんな人がいることが分かる。
学生だったりサラリーマンだったり、さっきのお婆さんみたいな障害を持つ人が利用したりする。
人を見ていると、自然と観察力が身につくものだ。
相手と話す時、その人をよく観察して、その変化について問いかけてみると、
相手も自分を見てくれているんだと安心してくれる。
人は誰だって、誰かに見てもらえているものだと、
実感してもらえたらと思うんだ。」
「…そういうもんですかね。」
「そういうもんだ。
お前も、俺を見ていてくれたんだろう。
だから会話が出来る。」
「あ、なるほど。」
「意外と気づきにくいもんさ。」
そう言って、先輩は笑った。
僕はなんだか見透かされたような気がして、少しいたたまれなかった。
人と会話をするということは、その人に興味を持つことなのだ。
観察して、変化を見つけて、それについて問いかけてみる。
その言葉のキャッチボールが、相手とのコミュニケーションと言うのだろう。
それから数日の間、いつもの時間にお婆さんの姿が見られなくなった。
先輩はその事を気にしているようで、終始落ち着かない様子だった。
通勤のラッシュが過ぎて、約10分後、いつものお婆さんが乗る電車が到着する時間になった。
しかし、お婆さんの姿は見えない。
「…あのお婆さん、どうしたんでしょうね。」
「そうだな…。」
何千人もこの駅を利用するお客さんの中の、たった一人の人を、待っている。
先輩はキョロキョロしながら、改札を抜ける人々を見守っていた。
するとそこに、一人の女性が、改札窓口に訪ねてきた。
「あの、すみません。いつもこの時間にこの改札を利用するお婆さんをご存知の方はいませんか?」
「はい。」
先輩が他の利用客の対応をしているので、僕がその女性に対応することになった。
「今日は何かあったんですか?あのお婆さん…いつもこの時間の電車に乗られるんですが…。」
「はい…あの、母は…。」
何か言いにくそうな表情に、言葉を詰まらせている様子、僕は全てを悟った。
あのお婆さんは、もう…。
「…ありがとうと、伝えて欲しいって…。
いつもお世話になっていた駅員さんに、見守っていてくれて、ありがとうって…。
伝えて欲しいって…。母が…。」
対応を終えた先輩は、その言葉を聞いて、震えながら頭を下げる女性に問いかけた。
「…お婆さんは、お元気ですか?」
問いかけられた言葉に、女性ははっとなって、涙を拭った。
そして穏やかに微笑むと、
「はい…。」
と言って、一通の手紙を置いて立ち去った。
その手紙の宛先は、“駅員さんへ”。
先輩はその手紙を読むと、
「お元気そうで。」
と、今にも泣きそうな顔を精一杯堪えて、
ただただ静かに、微笑んでいた。
名前も知らない相手だったけれど、
傍にいれば特別で。
短い時間ではあったけれど、
話をすればそれは大切な思い出。
たくさんの人との、出会いと別れ。
先輩は、あのお婆さんの、
大切な人になったんだ。
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確かに、そう書いてあったのを覚えている。
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