詠み人知らず、言わずと知れて。

立花伊作

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さよならが待ってる。

しがないモラトリアム生のひとりごと

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俺はコンビニでバイトをしている、しがない大学生だ。

大学に進学したはいいが、何をやりたいか、何に希望を抱いて生きていけばいいのか、分からないでいる。

ただ今の俺は、客が持っていた商品をレジに通し、袋につめ、釣り銭を手渡すだけの無機物なこのコンビニの働き手だ。

このコンビニには、駅近ということもあり、本当に様々な人々が訪れる。

さっき会計をしていったOLは、若い女で、おろしたてのビジネススーツを身にまとい、コツコツとヒールの音を鳴らし毎日決まった時間に現れる。最近このコンビニを利用するようになった。大方、近くの会社に就職し、こうして昼食をこのコンビニで買っていくだけの人だ。買っていくものはサラダの商品で、今日は新発売のパスタサラダを買っていった。今日は珍しく、スイーツのプリンアラモードも買って行ったな。なにか、いいことでもあったのか、これからいいことがあるのだろう。自分への、囁かなご褒美、と言ったところか。

「これ、お願いします」
「いらっしゃいませ」

今俺の担当するレジへと足を運んできたこのサラリーマンは、サンドイッチと缶コーヒーを買っている。そして、レジが終わろうとするタイミングで、

「あ、タバコも……72番で…」
「少々お待ちください」

決まってタバコを頼んでくる。今日の銘柄は、割とキツめのやつだ。自分用じゃないのか?上司にでも頼まれてきたのだろうか。このサラリーマンはこのコンビニの常連さんで、深夜のシフトの時は店長と話している所をよく見かける。昼はタバコを頼んでくるのだが、その銘柄がたまに違う時がある。アンタがいつも買うやつは、12番。この前は56番を買ってたっけ。なんて、コンビニ店員に把握されているなんて、夢にも思っていないだろうけど。俺は全ての会計を済ませ、レジ袋に商品を入れ、手渡した。

「お釣りの26円になります」
「どうも……あの、店長さん、今は……?」

珍しいこともあるもんだ。まさか声をかけられるなんて。俺は驚きつつも、冷静に返事をした。

「今日は夜のシフトなんで、今はいないっす。18時過ぎには来ると思いますけど、何かご用事でしたか?」
「あ、いや……いないなら、いいんだ。ありがとう…じゃ。」

そう言って、そそくさと自動ドアを出ていった。なんだったんだ。と、考えている暇もなく、次の客がレジへとやってきた。

仕事が一段落し、お客さんも少ない時間帯、つかの間のモラトリアムタイムがやってくる。
働くって、大変なんだな…。
お昼に来た若いOLも、いつも来るサラリーマンも、労働の合間の時間をぬって、このコンビニやってくる。この辺の会社のサラリーマンは、みんな、基本は俯いてやってくる。そして何かしらの商品を買って、少し顔を上げて帰っていく。きっと、買い物をしている時が、ちょっとした楽しみの時間なのだろう。そんな時間を、俺はモラトリアムの時間として働いている。これは、いち大学生の独り言だ。

俺には今、やりたいことや将来の夢がない。やるべき事はたくさんあるはずなのに、それすら手がつかないほど。

自分のこの先の希望が見えないでいる。

この大学生生活を終えた先にわ何が待っているのか。まぁ、その手につかないやるべきこともやらないとそもそも終えることも出来ないのだが。こうして何もしないで、無駄な時間をずっと過ごしていたい気さえしている。ダメだと分かっていても、やる気も起きないし、やった所でどうなるんだとも思う。

嗚呼、なんて堕落した日々を送っているのだろう。

世間的には、こんな若者の悩みや虚無の時間を、『モラトリアム』なんて言うけれど、そんなモラトリアム生の俺も、なかなかに心は忙しい。
何も手につかず、遊んでばかり、バイトばかりの日々だったとしても、心のどこかではいつも不安で。
漠然とした、行くあてのないこの思い。
どこにもぶつけようの無い不安を、何をやっても消費できないでいる。

いつの間にか、外は暗くなっていた。夜シフトの店長が出勤してきたから、今はもう18時すぎか。また、無駄な時間を使ってしまったな。

「あ、店長、お疲れ様です。」
「やぁ、お疲れ様」
「お昼にあのサラリーマンの方がいらっしゃいましたよ、店長に何か用事だったみたいですけど…」
「ああ、そうなの?なんだろうね?」
「さぁ…」

すると、ちょうど、お昼に来たサラリーマンが入店してきた。
まだ店長には気づいていないようで、足早に飲み物のコーナーへと向かっていった。人はおらず、静かな店内。俺と店長と、そのサラリーマンだけが、このコンビニにいた。俺は、少し大きな声で、在庫の確認をしている店長に話しかけた。

「あの、店長!この荷物、どこに置いておけばいいですか?」

俺の声に、サラリーマンは勢いよく振り向いた。

「うぉ」

俺は思わず声が漏れた。いや、それくらい勢いが凄まじくて、ビックリしてしまったんだ。
サラリーマンは、お菓子の在庫の確認をしている店長の元へ駆け寄った。

「て、店長さん……あの…」
「あぁ、いつもご贔屓にありがとうございます。お昼も来てくださっていたようで、私に何かご用事で?」

店長がそういうと、えっと驚くように声を漏らし、ちらっと、ダンボールを抱えて店内をうろつく俺の方を見た。俺は軽く会釈をし、適当なところに荷物を置いた。サラリーマンは視線を店長に戻し、話を続けていた。その時、ちょうどほかの客が入店してきて、俺はその対応に追われてしまった。だから、あのサラリーマンの店長への用事を聞くことはできなかった。イレギュラーながらも、俺もその過程に1枚かんでしまっていたので、なんの用事だったのか、気になって仕方がなかった。2人の話が終わり、サラリーマンが缶コーヒーを2つ持ってくる。レジは、俺が担当することになった。レジを終えると、また、

「あ、タバコも……12番で」
「少々お待ちください」

心の中で、よし来た、と思いながら、俺は手慣れた手つきで12番のタバコを取り出し、サラリーマンの前に差し出した。缶コーヒー2つとタバコが入るくらいの小さい袋を用意しようとすると、

「袋は、いいです…」
「え…?」
「その缶コーヒーは、店長さんに…もうひとつは、君に」

そう言って、いつもの銘柄のタバコだけを持って、手渡した釣り銭を財布に入れた。

「君も、ありがとうな…。もっと、いいものを用意できれば良かったんだけど…それじゃ」

その時、初めて彼の微笑みを見た。初めて目が合った。いつも忙しそうで、自信がなさそうで、くたびれたサラリーマンだと思っていた。違う銘柄のタバコも、上司のお使いなんだろうとか、大変そうだなとか、いつも、疲れてそうだなと思っていた。見かける度、同じような暗い表情を浮かべているから。

「え、あ、え?お客さん!」

レジの台に、缶コーヒーが2つ。置いていかれてしまった。

「えぇ…?」

俺が困惑していると、店長がレジの方へと戻ってきた。

「どうしたの?」
「あぁ、ええっと…さっきのサラリーマンの方が、この缶コーヒーを店長と俺にって……?置いて行かれました…?」
「あはは、なんで疑問形なの。彼ね、結婚するんだって。それで、仕事の都合で移動もあるらしくて、もうここには通えないんだそうだよ。律儀だよね。こんなしがないコンビニ店員にも、そんなお別れのご挨拶に来てくれたんだ」
「そう、だったんですね」
「缶コーヒーまで奢ってもらってしまって…なんだか申し訳ないなぁ」

店長はそう言って、嬉しそうに微笑んでいた。

「彼とはこのコンビニでの時間だけだったけど、もう5年ほどの付き合いだったんだ。いつも決まった銘柄のタバコを買っていくから、それに気づいた時、少し声をかけて見たくなってね。このタバコお好きなんですか?って。その時初めて目が合って、なんでか引き寄せられてしまったよ。彼は綺麗な目をしていた。そのくせ、見かける度いつも暗い表情をしているから、何となく心配で。歳も私の息子くらいの年齢だったから、親近感が湧いてしまったんだよ。その時からかな、レジを担当する度に、一言ずつ声をかけるようになったんだけど。彼も、少しは私との関わりの時間を、大事に思ってくれていたんだね。…嬉しいなぁ」

缶コーヒーを手に取って、手のひらで少しまわしていじりながら、店長は静かに語った。そんなことがあったなんて。その時々は一瞬でも、積み重ねた時間は大切な時間だったのだろう。サラリーマンにとっても、店長はきっと、父親のような存在だったのかもしれない。
あれ?でも…。

「なんで、俺にまで缶コーヒーをくれたんでしょうか?俺、たまにレジ担当することはありましたけど、話したのなんて今日が初めてでしたよ?」

そうだ。店長と彼の間にあった関係よりも、明らかに希薄な関係性だ。ただのコンビニ店員と客。それ以上でも、以下でもない。そんなやつに、缶コーヒーを奢ってくれるもなのか?社会人というのは…。

「あぁ、それは多分…」

店長から聞いた話では、俺もまた、彼の中では存在感のある人物だったようだ。
あのサラリーマンは、俺が名付けたモラトリアムタイムの様子を知っていたようで、少し気になっていたらしい。

「彼は、なんだか…俺と似ているような気がするんです。俺が言うのもおこがましいんですが、昔の自分を見ているようで、ちょっと心配で…。けど、彼、洞察力に長けていて、物覚えもいい、要領がいいから、その自分の力に、気づいて欲しいと思う。俺のタバコの銘柄も、覚えてくれていたみたいだし、レジを担当してもらって、タイミングとかも、分かってくれているみたいだったから…上司のタバコを買うと、こんな大人には、なりたくないって思ってるのも、何となく分かったし…ならないでほしいとも思うんで。夢とか、やりたいこととか、見つけられたらいいなって思ってます。」


そう、言っていたそうだ。俺、そんなに態度に出てたかな?上司のお使いか、と思ったこともあったけれど。俺が思ってた以上に、彼は俺のことを見ていたんだな。そして、色々とバレていることが恥ずかしい気もした。大人って、やっぱすげぇのな、って。ちょっと、格好いいとか、思ってしまった。この缶コーヒーは、その応援の証なのかもしれない。嗚呼、彼に会うことは、もうないのか。少し、残念な気がする。

「……彼ね、素敵な女性と結婚するそうだよ。美人で、料理も美味しくて、思いやりがあって、何より、『そのままの俺』を好きでいてくれる人なんだそうだ。彼のように、自分に自信の持てない人には、最高のパートナーなんだろうね。いちコンビニ店員として、彼の幸せを願いたいものだよ」
「そう、ですね…」
店長と、その缶コーヒーを飲み干し、俺は店内のゴミ箱に投げ入れた。

「ナイッシュ…!」

俺も、いつまでも、モラトリアム生では居られない。
これは、そんなしがないモラトリアム生のひとりごとの、ほんのひとつの話。
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