詠み人知らず、言わずと知れて。

立花伊作

文字の大きさ
25 / 148
愛を育む

君の全てを僕に下さい

しおりを挟む
付き合っている彼女の左腕に、
古い火傷のような跡を見つけた。

「…どうしたの?これ。」

「これは…。」


付き合ってもう結構経つけれど、
こんな跡があるなんて知らなかったし、
そんな話も、聞いたことがなかった。


その傷は、彼女が小さい頃に
お姉さんを庇ってできたものだと言う。

三人姉妹の次女である彼女は、
今となっては、
次女らしくお姉さんに甘えることがあるようだが、
昔は明るく元気なお姉さんに比べて、
静かで大人しく、我儘も満足に言えないような子供だったらしい。

ある日、お母さんがアイロンがけをしている近くでお姉さんと遊んでいた時のこと、
母親が作業をしていた机にぶつかり、熱くなったアイロンがお姉さんに落ちてきたのだ。

その時咄嗟にお姉さんを庇い、左腕一面に大火傷を負った。

直ぐ病院へ行ったが、それは消えることのないであろう傷として残った。

成長と共に小さくなってきているとはいえ、それはなかなかに痛々しく、考えただけでも自分の腕が痛くなる。


付き合う前から、ずっと気になっていた。

真夏にも長袖を着ている彼女のことを。

暑がりなくせに、どうしてそうも頑なに、長袖を貫き通していたのか。

彼女は別に傷のことは気にしているわけではないらしいが、彼女のお姉さんが、その傷を見るたびに、悲しそうな表情を見せるらしいので、彼女はそれを気にして、傷を隠し続けていた。

僕も、初めて見たが、それは彼女の優しさと勇敢さの証だと思った。

僕は彼女の左腕の傷に口付けてから、頬にそっと手を添えて、唇に深いキスをした。


「…綺麗だよ。」


初めて彼女とことに及ぼうとする夜に、
もっと彼女のことを好きになれた。

狂おしいほど愛おしい。

さっき上着を脱ぎたがらなかったのは、少しだけ、その傷を後ろめたく感じでしまっていたからだったのか。


「…これで嫌われたら、どうしようかと思った。」


そう言って、頬を僕の手にすり寄せて、微笑みつつも、涙を流した。


彼女の全てが愛おしいと思う。

その傷も、その心も、何もかもが綺麗で、
愛せずにはいられない感情が押し寄せる。

「…好きだよ。」

耳元でそう呟くと、
彼女の両手が、僕の背中へと伸びる。

彼女の一つ一つの行動がとてもいじらしくて、少し、もどかしくて。

僕は彼女を抱き寄せ、ゆっくり、ゆっくりと、幸福を噛み締めていた。


もう絶対に、離したくない。

君の全てが欲しい。

僕のものにしたい。

そして、僕の全てを、君に。


「…ねぇ、結婚しよう。」

「…え?」

休日の穏やかな朝、
僕の隣で目を覚ました君は、
僕の言葉に少し驚いた顔をしてから、
「はい」と、小さな声で答えてくれた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

処理中です...