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31.サディスホユー

2.渦潮の化身

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 魔素に汚染された獣は魔物になる。その特徴の一つとして、オレンジの瞳があげられる。

 魔物には二種類いる。人の言葉が分かるものと、分からないものだ。

 勇者一行は今までに何体もの魔物と出会ってきた。その中で、何となくだが、二種類の違いが分かってきた。瞳の色だ。
 瞳がオレンジ色をしているかどうかだ。汚染の進んだものはオレンジ色になる。魔素の汚染は生き物の正気を奪い、弱者は獣の心に曇らされ、徐々に理性と知性が盗まれていく。そして、本能が台頭してくるのだ。理性と本能と知性のバランスが崩れ、本能のみに生きる野獣となってしまう。

 そこで、アストロが違和感の正体に気付いた。あれ? 今のカリュブディスの瞳って、オレンジだったか? 確か、空にも海にも似た、透き通るような青色だったような気がする。

「ねぇ、シキ。カリュブディスは今、どの辺にいる?」
「かなり深い」
「もう一度来る可能性は?」
「限りなく低い」

 シキの素直な意見を聞き、アストロは思考を繰り返す。
 あのカリュブディスは敵対する意思がない。こちらが何もしていないにもかかわらず、帰っていったのは、それがためなのだろう。

 だから正気、と決めてしまうのは短絡的すぎるだろう。単に気まぐれで見逃しただけかもしれない。
 正気かどうかの決定的な証拠がない。これ以上考えても不毛なのかもしれない。

「何だったのかしら、あの魔物」

 アストロは湖を眺めて、溜息を盛大に吐いた。




 吾輩はカリュブディスである。名前はまだない。

 どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗い寒い所でゴァゴァと泣いていたことだけは記憶している。吾輩はここで再び人間というのを見た。しかも装備を見たところ、それは冒険者という、人間の中で一番獰悪な種族であると予想がつけた。
 この冒険者というのは時々我々を捕えては煮て食うという話だ。共に泳ぐ魚達が教えてくれた。しかしその当時は何という考えもなかったから別段恐ろしいとも思わなかった。むしろ、こちらが喰ってやった。
 湖から顔を出してやり、そこから冒険者を見ると、何やら構えをとっていった。吾輩は知っている。こういう時のこいつ等はこちらに攻撃をしてこようとしてくるのだ。
 吾輩は一つ鳴けば波が荒れ、二つ鳴くと渦が巻く。三つ鳴けば湖水が干上がり、四つ鳴くと湖水が満たされる。

 吾輩は渦潮の化身。この潮の王である。王であるならば王らしく振る舞わなければならない。
 そして、王とは三種類いる。何もできない無能と、感情に任せて動く獣と、理知で物を判断するロボットだ。
 吾輩は知恵のある王を目指したいために、分かりやすい分動に出ることにした。
 すなわち賂である。昔喰った冒険者の剣でもくれてやろう。呆けているようだが、問題あるまい。
 とりあえず渡すものは渡したので、吾輩は帰ることにした。




 白く、白く、白い女がいた。しかし、女には黒い線が入っていた。元は純粋な白のみだったはずなのに。
 とはいえ、その変化を知る者はこの場のどこにもいない。女が注目を集めているのは、そのあまりにも白い部分が、僅かに発光しているからだ。
 生まれてこの方ケアなどしていないにもかかわらず、この見た目だ。目立つのは自然。そして、少女もそれを受け入れている。

「よぉ、そこの嬢ちゃん」
「お兄さん達と良いことしないかい?」
『ん? 貴君等が我を楽しませてくれるのか?』

 町民達が女に憐みの目を向けた。男達はこの町で有名な不良グループだ。この町を仕切っているのは、町長ではなく、実質このグループだ。
 誰も逆らえない。済まない。名も知らぬ少女よ。

「おぉ? おぉおぉ、楽しませる楽しませる」
「こっちに来な。お楽しみ会場はこっちだぜ」
『おぉ、済まぬの。いやぁ、楽しみじゃ。我は生まれてこの方、娯楽らしい娯楽を堪能したことがないのでな』

 思い描くような娯楽があるわけない。町長達は心のどこかでそう思いながらも、口に出すことはない。報復が怖いのだ。
 女が大きな屋敷に消えていった。
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