絶望のフェリス

笠市 莉子

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絶望のフェリス(1-1)

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田舎にある小さな町カナート。

町の入口を入ってすぐに
交差させた2本の剣が描かれた看板と、
その下にはビールジョッキと
ベッドが描かれた看板が
取り付けられた建物があった。

この町に唯一の
冒険者ギルド兼酒場兼宿屋だ。

何もないとしかいいようがないこのように
小さな町では、旅の道中で立ち寄る冒険者や旅人のために、このような形態で運営しているところは珍しくない。


その建物の入口、
スイングする木製ドアの前に
目を閉じて深呼吸する女性が1人。

新米冒険者だろうか?
気合いを入れているようにも見える。
幾度目かの深呼吸の後、

「よしっ!」

女性は閉じていた紅い目をばっと見開き、
両手で握り拳を作ると、
スイングドアを中へと押した。

「あのぉ。お邪魔しまぁ~す。」

先程の気合いはどこへやら。
猫背気味に、不安気におずおずと顔を覗かせる。

「いらっしゃい。あらぁ。珍しい。
フェリじゃな~い。お店に来るなんてどうしたの~?」

カウンターの美女が入口に目線をやり、
少し高い艶っぽい声で呼びかけた。

「お邪魔します。」
フェリと呼ばれた女性は再びそう言って、
カウンターへと駆け寄った。


「お、おいっ。あれって…」


フェリの後ろ姿に
昼間から酒場で呑んでいた
冒険者達がザワつく。

女性としては平均的な身長に
金髪のストレートロングを
ポニーテールに結んで、
背中には己の身長よりも長い槍。
左の腰には腕の長さほどの剣を下げていた。

「あれ"絶望のフェリス"じゃね?」

「そうだよな?こんな田舎に?」

「もう、姿を消して何年だ?3年?いや5年?」

冒険者達が口々に噂する。



「ひどいじゃない。フェリがあの伝説の"絶望のフェリス"だったなんて。
どうして教えてくれなかったのよ。
名前だって、フェリとしか教えてくれなかったじゃない。」

カウンターの美女がフェリの装備に目をやり、怒ったように頬を膨らませた。

茶色のウェーブした肩までの髪に
切れ長の紫色の瞳をした美女アイシャは、スタイルもその容姿にも艶があるのに
その仕草は可愛いらしかった。

フェリ達家族がこの町に越してきたのは2年ほど前。

それ以来、アイシャは、フェリを自分の妹のように可愛いがっているつもりだった。
フェリの子供のキャリーもアイシャに懐いており、家族ぐるみの付き合いとも言える。それなのに…とアイシャは寂しかった。

「ごめん。ごめんって。アイシャ。
もう冒険者に復帰することはないと思ってたし、幸せって意味の名前フェリスも、勝手に呼ばれてるその二つ名も恥ずかしくて…」

フェリが慌てて謝る。

「ふーん。それでぇ?
冒険者に復帰するんだぁ?」

ちょっと、意地悪そうな横目をフェリに向けるアイシャ。


「うん。離婚して、
キャリーと冒険の旅に出る。
移住先を探そうと思って。
だから、もう一度、
冒険者登録お願いします。」

フェリが角に穴の空いた黒いギルドカードを差し出す。

「えっ!本気なの?」

アイシャは目をパチクリさせ、
先程までの怒りを忘れたように、
フェリへと近寄った。

「うん。もう決めたんだ。」

フェリはスッキリした顔と声で答えた。
紅い瞳には決意が浮かんで見える。

「いつかは離婚するだろうなとは、思っていたけど…。まさかこんなにいきなり、いなくなっちゃうなんて…。」

アイシャは、フェリの表情から
説得は無理だと察し、寂しげに目を伏せた。

離れ難いのはフェリも同じだった。


「今すぐじゃないよ。まだ離婚の手続きとか色々することもあるし…。その間にね、キャリーに防具を作りたくて、素材集めをね。後、薬草とか色々準備したくて。」

「わかった。じゃあ、収集クエスト?」

アイシャは少し潤んだ目元を指で拭って、
仕事モードに顔を切り替え、ギルドカードを受け取る。

「ううん。出来たら、討伐クエスト。
タートル系のやつないかな?甲羅が欲しくて。」

「あるわよ。スナッピングタートル。
結構大きいみたいで、被害報告多いみたい。地図出すわね。」

アイシャがカウンターに地図を広げる。

「このあたり。ここから東南に川沿いに馬で2時間位のところ。溜まりになってて、どうやらそこが巣になってるみたいなの。」
アイシャが手入れの行き届いた爪で
地図の川沿いをカチカチと叩いて指差す。

「報酬は?」

「冒険者登録の等級はどうするの?それによって変わるわよ?因みに、C級以上のクエストね。A級なら10万ベリー。」

「4年振りだし、C級位からスタートしようかなぁ?」

フェリは活動停止前はA級だったため、
A級以下なら好きな階級で再開することができた。
階級ごとに選べるクエストが異なり、
階級が上がれば報酬もあがるが、義務となるクエストや、個別の依頼を受ける義務も増える。

フェリは比較的、義務に縛られないC級を選んだ。

「それなら、2万ベリー。」

「わかった。」

「じゃあ、登録してくるわね?」


ギルドカードを持って、アイシャがカウンターの奥でギルドカードに、冒険者情報の変更とクエストデータの登録を始める。

「あー。やっぱり、A級にしてた方が良さそうよ?」

アイシャはギルドカードのデータを確認すると、首を傾げ、明細を紙に転写して、カウンターに広げた。

「70万ベリーも月1万ベリーの定額返済で利用してるみたい。A級の方が早く返せるんじゃない?
フェリ?この金額に心当たりある?」

「えっ?70万ベリーも!?」

フェリに心当たりがあるのはせいぜいその半額位だった。

頭を左右に振るフェリ。

「やっぱり。あのクソ男なのね!
自分が女顔なのをいいことに、こっそりフェリのギルドカードを使ってたんだわ。どうする?センターギルドに通報しましょうか?そしたら、フェリ達がここを出て行かなくてもすむんじゃない?」

アイシャは名案とばかりにドヤ顔をした。


「うーん。やめとくよ。この小さな町じゃ、自分の父親が犯罪者なんて、キャリーがイジメられるだろうし。それに、ギルドカードを肌身離さず持ち歩かなかった私も悪いんだ。」

フェリは伏し目がちに返答したが、
カウンターの下で握り拳を作った手が震えていた。

ギルドカードは身分証にも、現金代わりにも使え、冒険者としてクエストなどで実績を積めば、それだけ大きな額の買い物をすることも出来る。冒険者ギルドで得た報酬を銀行口座のように預金することも出来るし、その反対で借金をすることも出来る。
冒険者ギルドで相手を指定して、口座に送金することも出来る。
そんな重要なものであるため、大抵の冒険者はカードの穴に紐やチェーンを通して首から下げ、肌身離さず持ち歩いた。
 
そうしなかった、フェリに落ち度がないとは言えない。


「もう。フェリはお人好しなんだから。」

アイシャは溜め息をついた。

「やっぱり、冒険者登録A級にしとくわね。依頼やクエストの義務は、他の秘密の案件抱えてることにして、私が融通つけとくし、とにかくお金稼がないと。引っ越し資金もいるでしょ?」

「ありがとう。アイシャ!大好きっ!」
 
カウンター越しにフェリが
アイシャに抱きつこうとすると、
アイシャからも強く抱き締められ、
アイシャのたわわな胸にフェリは顔を埋める形になってしまった。

「私にはこんなことしか出来ないけど。
討伐クエスト、無事帰ってくるのよ。」

アイシャがフェリの頭を優しく撫でて
体をそっと離した。

「うん」

フェリはアイシャの優しさにこころが暖まるのを感じた。

同時にアイシャの胸からしたいい香りに
同性だというのにドキドキして、頬を赤らめ俯いてしまう。

アイシャはカウンターの奥で登録を済ませると、

「A級の報酬は10万ベリー。討伐の証明にスナッピングタートルの首を持ち帰ること。素材は好きにしていいそうよ。」

ギルドカードと先程の利用明細をフェリへ手渡す。

「ありがとう。明日朝一で行ってくるよ。」

そう言うと、フェリは出口へと振り返り歩き出した。

「気をつけてね」

フェリは、アイシャの心配気な声に、背中越しに手を振ってスイングドアの外へ出た。






しばらく歩みを進めてから、

先程アイシャに貰ったギルドカードの利用明細に目を通すフェリ。

格好つけはしたが、怒っていない訳ではなかった。

隅々まで目を通すと
フェリがいつも農家の手伝いに出ている日中、隣街ステラでフェリのギルドカードは何度も利用されていた。

隣街と言っても乗り合い馬車で3時間ほどの距離だ。

同日に乗り合い馬車の往復運賃もギルドカードが利用されていた。

ギルドカードでお金を借りる場合は
少額でもセンターギルドに照会が入るが

1万ベリー以下の買い物や
交通機関での利用は、限度額以外の照会がされずに決済されるため、
本人でなくてもバレにくい。

アイシャにクズ男と呼ばれた、フェリの夫は、この小さな町ではバレてしまうため、縁のない隣街ステラで1万ベリー以下のものを購入し、それを質屋かべつの店で売ることで現金化し、それを遊ぶ資金にしていたのだろう。

「はぁ。本当にクズだ。
やっぱり私は"絶望のフェリス"だな。」

フェリは自嘲気味に溜め息をついた。 

二つ名の本当の意味の"絶望"とは違った意味でだが、フェリスは"絶望"していた。






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