聖女なので公爵子息と結婚しました。でも彼には好きな人がいるそうです。

MIRICO

文字の大きさ
69 / 73

44 ヘルナ

しおりを挟む
「向こう側、妙な気配がするわ」
 病がはやっている場所とは違うところでも、おかしな気配は感じて、エヴリーヌはそちらを指差した。
 こんな殲滅作戦。本来だったら行わないが、拡大しすぎている病の他に、呪いを受けている者が増えていて、ゆっくり治療しながら原因を探すことなど難しいとなった。

(はやり病だからってこんな規模は初めてよ。呪いだってここまであちこちに飛び火しているのも経験がない)

 治療してもまた罹って、終わりが見えない。そうであれば、無理でも行うしかない。
 聖女の質がもう少し高ければ、ここまで広がることはなかった。
 言っても仕方がないが。
 なによりも、老婆のような者の目撃情報はなくなり、代わりに、黒いなにかを見た者が増えたのが気になる。

(嫌な予感しかしないわ)

 もう、人ではないかもしれない。
 老婆のような者がヘルナであれば、かろうじて人の姿をとっていただろうが、今はもう、それすらも保てないほどのなっているのではなかろうか。

(なにをしたら、そんなことになるのよ)

 ヘルナのことは、詳しく知らない。カリスを好きで追いかけて、父親の意向で王太子の婚約者候補になりそうで、けれど、カリスを追いすぎてどちらの相手にもならなかった。それだけ。

 美しい人だったと思う。気の強さは隠し切れない、傲慢ささえあらわになった態度でも、その姿に魅了される人は多いだろう。だからこそあそこまで自信を持っていたのだろうし。
 けれど、その態度がカリスを退けてしまった。

 そんな人が、他に誰か愛する人ができて体を委ねたとして、カリスの子供だと言い張った。追い詰められていたとして、そこまで下手な真似をしてどうするつもりだったのだろう。子供ができたのならば、相手がいることなのに。

(そもそも、子供の父親はなにをしてるのよ)

 空に青色の煙が立ち上がる。あの場所は終えたという合図だ。
 少しずつ範囲を狭めていって、しらみつぶしに探し出す。
 総神殿の聖女がいなければできない技だ。都の神殿の聖女では難しい。ましてや、動物を操るほどの呪いなど。

「エヴリーヌ!」
 馬を小走りに進ませていれば、空がかげった。家の屋根や木の上を跨ぐように黒い鳥が飛び交って、エヴリーヌに向かってくる。カリスが氷の魔法で一羽を貫いた。鳥の断末魔の悲鳴が轟くと、地面に力無く落ちてくる。

「エヴリーヌ、大丈夫か!?」
「ありがとう、カリス。大丈夫よ。今ので霧散していった」
 不浄に巻かれた鳥たちは、正気を取り戻して羽ばたいていく。あちらにこちらの位置は気づかれたようだ。

(理性があるのよ。まだ、意識は保ってる)

 けれど、人の姿を保っていられているだろうか。鳥まで操るほどの力、その呪いの強さ、不浄の濃さが、あまりにも強すぎる。

 アンの話では、ヘルナは汚れた姿で現れた。カリスとの逢瀬をあり得ないことだと否定すれば、ヘルナは黒いモヤに包まれた。そこでアンは病に罹る。
 この時点で、ヘルナは病の原因になっているはずだ。

「合図が」
 空に青色が飛んでいく。その周囲をカラスが飛んでいた。ここからでは不浄は見えなかったが、あのカラスたちはまともだ。数羽が煙から逃げるように飛んでいく。

 円は狭まっていく。見える不浄を浄化しながら進んでいるので、時間はかかった。それでも少しずつ進んでいる。
 後方で、聖騎士が花を一輪家のそばに置いたのが見えた。エヴリーヌが魔力を込めた花。不浄を浄化しながら、一輪ずつ花を置いていっている。

 その花を、カリスが一日で集めてくれた。町だけでは足りないため、近くの村や、隣町まで購入に向かわせて、大量の花を手に入れた。それらに魔力を込めるくらい造作ない。エヴリーヌが一気に魔力を込めた花々を、町のあちこちに置いていく。

 思ったより早く進んでいる。動物を操ったのだから、近くに入るはずなのに、網に引っかからない。

(公爵家に向かったのかしら)
 ふいに、なにかを感じた。

「エヴリーヌ?」
「今、なにかが。音がしませんでしたか?」
「音?」

 町は浄化をしているとはいえ、人々が行き交っている。ちょうど今いる場所は十字路になっており、道ゆく人が通りを渡った。けれど、足音や話し声、布の擦れる音、それらとは違う音が耳に入る。

「水の音」
「水? ここに水などはないが」

 こちらにはよどみは少なく、遠くの方で黒いモヤが蠢いているのが見える。あちら側に不浄が溜まっているのだとわかるが、この辺りの方が、嫌な感じがした。

「公爵家が近いからかしら、なんだか、」
 寒気が足元から這い上がると同時、真っ黒なインクのような水が地面から湧き出て、エヴリーヌを引っ張った。

(地面に、引き摺り込まれる!)

「エヴリーヌ!」
 カリスの伸ばした手が、黒の水にかき消された。







(息が)
 真っ暗闇の水の中。息ができずに喉を押さえた。体が水の中に沈んでいくのがわかる。
(苦しい。いったいなにが)

 苦しさに手を伸ばせば、シモンがグラスを持って近づいてきた。
 見覚えのある格好。なにかのパーティで見た、シモンの姿だ。

 ソファーに座り、倒れ込むように寄りかかっているヘルナに、シモンがグラスを渡してくる。ヘルナはそれを手にして口にして、シモンは部屋を出ていった。
 そうして、再び部屋に入ってきたのは、カリスだ。ヘルナは驚愕しながらも満面の笑みを浮かべてカリスを迎えた。

 これは、なんの記憶だ?

 カリスがヘルナの胸元に吸い寄せられるように口付ける。あらわになった太ももに触れて愛撫する。
 ヘルナの妄想? ヘルナは艶麗にカリスを受け入れて、悦に浸った。

 カリスではない。カリスのはずがない。カリスがヘルナを抱くなどあり得ない。叫びたくとも声は出ず、苦しみに喉を押さえるしかできない。
 信じられない光景。カリスがヘルナの体を沿わせて、息を切らすように何度も肉体を揺らした。

 しかし情事を終えた後、ヘルナから離れたカリスが黒髪に変わった。ヘルナが悲鳴を上げる。カリスとは違う、別の顔をした男は、驚いて逃げるように部屋を去っていった。

 場面が変わった。
 ヘルナがなにかを訴えている。

 父親か、オールソン侯爵らしき男が、ヘルナの頬を平手打ちした。しなだれながらも鋭くオールソン侯爵を睨みつけ、大声を上げる。
 子供は、カリスの子供だと訴える。

 また場面が変わる。馬車の中だ。
 ヘルナは気分が悪いと言って、馬車を停めさせる。吐き気がすると草陰に入り込み、そのまま走り去った。

 修道院に行く途中に逃げた時のことなのか。ヘルナは森の中に走り、追ってくる者たちを尻目に狂気の笑みを見せた。けれど、その瞬間、なにかに足元を取られて、足を滑らした。
 沈む体。息苦しさはエヴリーヌが感じているものと同じ。

 これにのまれたら、戻れない。
 渾身の力を、魔力を、手の平から発した。暗闇に光が灯り、一気に世界が白んだ。
しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜

ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。 しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。 生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。 それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。 幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。 「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」 初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。 そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。 これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。 これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。 ☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

愛し子は自由のために、愛され妹の嘘を放置する

紅子
恋愛
あなたは私の連理の枝。今世こそは比翼の鳥となりましょう。 私は、女神様のお願いで、愛し子として転生した。でも、そのことを誰にも告げる気はない。可愛らしくも美しい双子の妹の影で、いない子と扱われても特別な何かにはならない。私を愛してくれる人とこの世界でささやかな幸せを築ければそれで満足だ。 その希望を打ち砕くことが起こるとき、私は全力でそれに抗うだろう。 完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

裏切られた氷の聖女は、その後、幸せな夢を見続ける

しげむろ ゆうき
恋愛
2022年4月27日修正 セシリア・シルフィードは氷の聖女として勇者パーティーに入り仲間と共に魔王と戦い勝利する。 だが、帰ってきたセシリアをパーティーメンバーは残酷な仕打で…… 因果応報ストーリー

聖女になりたいのでしたら、どうぞどうぞ

しゃーりん
恋愛
聖女が代替わりするとき、魔力の多い年頃の令嬢十人の中から一人選ばれる。 選ばれる基準は定かではなく、伝聞もない。 ひと月の間、毎日のように聖堂に通い、祈りを捧げたり、奉仕活動をしたり。 十人の中の一人に選ばれたラヴェンナは聖女になりたくなかった。 不真面目に見えるラヴェンナに腹を立てる聖女候補がいたり、聖女にならなければ婚約解消だと言われる聖女候補がいたり。 「聖女になりたいならどうぞ?」と言いたいけれど聖女を決めるのは聖女様。 そしていよいよ次期聖女が決まったが、ラヴェンナは自分ではなくてホッとする。 ラヴェンナは聖堂を去る前に、聖女様からこの国に聖女が誕生した秘話を聞かされるというお話です。

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

処理中です...