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10② ー狩猟大会ー
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フィオナは立ち上がりそうになった。それを堪えて、澄ましたように紅茶のカップに触れる。
「ええ、まだ……」
「そうですか。勇気も必要でしょう。ですが、早い方が良いのでは? 女性たちは公爵に釘付けですからね」
赤目の男は口角を上げるとそれだけ言って去っていく。知り合いが多いのか、男たちに声を掛けられていた。
「リディさん、あの人誰だか分かります?」
「分かりません。セレスティーヌ様との接点はないはずですが」
だが、あれは明らかに薬のことを知っている雰囲気だった。あの薬はあの男から手に入れたのではないだろうか。
誰なのか、聞ける人はいないだろうか。男と話している者たちを見つめていると、ふとフィオナに視線を合わせた女性がいた。
綺麗な人だ。凛とした立ち姿が美しい。セレスティーヌを笑う女性たちと違って、洗練された雰囲気がある。
その女性に視線を向けていると、別の女性たちが近寄ってきた。
どこか意地悪そうな顔をしているので、良い印象が持てない集団だ。
「本日もお一人でお寂しいことですわね。そのように哀愁を漂わせていても、公爵様のお戻りは早まらないのでは?」
くすくす、くすくす。女性たちは下卑た笑いをしてくる。これが上流階級の笑い方なのか。いささか疑問だ。
「リディ、本をちょうだい」
「こちらを」
「ありがとう」
フィオナは完全無視を決め込んだ。暇つぶしに本を持ってきて正解だ。読んでいても問題にならなそうな、経済の本である。
後ろにいた女性が、仰っている意味が分からないのでは? とフィオナに聞こえるように、声を掛けてきた女性に耳打ちする。
先に手を出したら終わりだ。それだけはしないようにとリディに口を酸っぱくするほど言われたので、それは我慢しよう。フィオナならば去り際に足を踏みつけるくらいするかもしれないが、セレスティーヌが行えば衆目もあって噂のひどさが増すだけだ。
我慢である。
「これ見よがしになにか読まれて。公爵様は余程気に掛けてくださらないのだわ。男性のような趣味を持たなければならないのでしょう?」
本を読むことが男性の趣味なのかは知らないが、囀りがうるさい。
フィオナは、ばん、とその本を机に叩きつけた。女性たちがびくりとする。いや、周囲の人たちがこちらに注目した。
「香水を付けすぎたかしら。小蝿がうるさいわ」
「こ、こばえっ!?」
「小蝿がたかって嫌ね。暖かいとどこからか湧いて、うっとうしいこと。うっとうしくて、叩き落としてやりたくなりますわ。そう思いません?」
「なっ、」
最初に話しかけてきた女性がぷるぷると肩を揺らす。言い返されると思わなかったのか、顔を真っ赤にさせた。
「小蝿などと!」
「小蝿がうっとうしいのは本当のことでしょう。小蝿がいても我慢ができるのかしら? 耐性がありますのね」
「し、失礼ではなくて?」
女性は声を荒げたが、後ろにいた女性たちはセレスティーヌが予想外の反応をしたため戸惑い気味だ。
周囲の者たちはフィオナに視線を向けたままだったが、フィオナは無視して再び本を開いた。音をたてるためとはいえ、本を粗末に扱ってしまった。フォイナは本を軽くなでておく。本に罪はない。
「な、なんて、失礼な方なの!?」
その態度が気に入らなかったのか、最初に声を掛けてきた女性が眉を逆立てた。自分から喧嘩を売ってきたのに、言い返されたくらいで怒ることなどないだろう。
クラウディオは女性たちに人気が高い。そのクラウディオをセレスティーヌはお金で買ったようなもの。その理由で女性たちからセレスティーヌは恨まれているのだ。
ちょっかいを出してくる者がいるかもしれないとリディから聞いていたが、とてつもなくちんけな輩に絡まれるものだ。
各々旦那がいるのではないだろうか。クラウディオをとられた恨みが激しい。
(セレスティーヌさんが行ったことは褒められたことじゃないわよ。それで卑屈になっているなら、離婚をすべきだと私も思うけれどね)
しかし、だからと言って関係のない者たちから罵りを受ける謂れはない。
フィオナはゆっくりと立ち上がった。セレスティーヌには公爵夫人という身分があるため、王族以外ならば喧嘩を買っても問題ないとリディから言われている。
もちろん、騒ぎは起こさない方が良いのだが、嫌がらせをされて黙っている必要はないだろう。
リディもそれについては我慢がならないと憤慨していた。
「どちらが失礼な方なのかしら? あなたたちの方が余程失礼よ。公爵夫人に対する言葉ではないわ」
どうやって気丈に言い返そうかと思ったが、割って入る人がいた。先ほど目が合った女性だ。
緩やかな金髪をした、碧眼の美女である。
「デュパール公爵夫人。わ、私はなにも」
「そう。でしたら、そちらどいてくださる? 私も席に座りたいのだけれど」
「も、申し訳ありません」
デュパール公爵夫人と呼ばれた女性は一目置かれているのか、女性たちが尻尾を巻いて逃げていった。はっきりとした物言いが素敵な人だと思ったが、リディが顔色を悪くしている。
「ああいうのは気にすることなどないでしょう。あなたは今、公爵夫人なのだから」
「私もそう思います。ですが、声を掛けていただいてありがとうございます」
あのまま言い合ったら殴り合いにでもなっただろうか。向こうから手を出してきたらやり返すくらい構わないだろう。とか思っていたとは言わない。体力があるとどうも体を動かしたくなるようだ。
助け舟を出してくれて感謝したい。フィオナが素直に礼を言うと、デュパール公爵夫人は目を瞬かせてみせた。
対応を間違えたらしい。リディが気まずそうにフィオナをちらりと見てくる。
「あなた、そんな人だったかしら」
少し驚きを見せたが、デュパール公爵夫人は、ふっ、と笑みを見せる。穏やかな笑い方だ。
かなり印象の良い女性だ。
(リディの態度から見て、もしかしてこの人がクラウディオの好きな人とか?)
けれど、公爵夫人と呼ばれているなら、結婚しているわけなのだが。
「こちら、座ってよろしいかしら?」
「どうぞ、お座りください」
断る理由がない。前の席にデュパール公爵夫人が座ると、周囲がざわりとした。
「ええ、まだ……」
「そうですか。勇気も必要でしょう。ですが、早い方が良いのでは? 女性たちは公爵に釘付けですからね」
赤目の男は口角を上げるとそれだけ言って去っていく。知り合いが多いのか、男たちに声を掛けられていた。
「リディさん、あの人誰だか分かります?」
「分かりません。セレスティーヌ様との接点はないはずですが」
だが、あれは明らかに薬のことを知っている雰囲気だった。あの薬はあの男から手に入れたのではないだろうか。
誰なのか、聞ける人はいないだろうか。男と話している者たちを見つめていると、ふとフィオナに視線を合わせた女性がいた。
綺麗な人だ。凛とした立ち姿が美しい。セレスティーヌを笑う女性たちと違って、洗練された雰囲気がある。
その女性に視線を向けていると、別の女性たちが近寄ってきた。
どこか意地悪そうな顔をしているので、良い印象が持てない集団だ。
「本日もお一人でお寂しいことですわね。そのように哀愁を漂わせていても、公爵様のお戻りは早まらないのでは?」
くすくす、くすくす。女性たちは下卑た笑いをしてくる。これが上流階級の笑い方なのか。いささか疑問だ。
「リディ、本をちょうだい」
「こちらを」
「ありがとう」
フィオナは完全無視を決め込んだ。暇つぶしに本を持ってきて正解だ。読んでいても問題にならなそうな、経済の本である。
後ろにいた女性が、仰っている意味が分からないのでは? とフィオナに聞こえるように、声を掛けてきた女性に耳打ちする。
先に手を出したら終わりだ。それだけはしないようにとリディに口を酸っぱくするほど言われたので、それは我慢しよう。フィオナならば去り際に足を踏みつけるくらいするかもしれないが、セレスティーヌが行えば衆目もあって噂のひどさが増すだけだ。
我慢である。
「これ見よがしになにか読まれて。公爵様は余程気に掛けてくださらないのだわ。男性のような趣味を持たなければならないのでしょう?」
本を読むことが男性の趣味なのかは知らないが、囀りがうるさい。
フィオナは、ばん、とその本を机に叩きつけた。女性たちがびくりとする。いや、周囲の人たちがこちらに注目した。
「香水を付けすぎたかしら。小蝿がうるさいわ」
「こ、こばえっ!?」
「小蝿がたかって嫌ね。暖かいとどこからか湧いて、うっとうしいこと。うっとうしくて、叩き落としてやりたくなりますわ。そう思いません?」
「なっ、」
最初に話しかけてきた女性がぷるぷると肩を揺らす。言い返されると思わなかったのか、顔を真っ赤にさせた。
「小蝿などと!」
「小蝿がうっとうしいのは本当のことでしょう。小蝿がいても我慢ができるのかしら? 耐性がありますのね」
「し、失礼ではなくて?」
女性は声を荒げたが、後ろにいた女性たちはセレスティーヌが予想外の反応をしたため戸惑い気味だ。
周囲の者たちはフィオナに視線を向けたままだったが、フィオナは無視して再び本を開いた。音をたてるためとはいえ、本を粗末に扱ってしまった。フォイナは本を軽くなでておく。本に罪はない。
「な、なんて、失礼な方なの!?」
その態度が気に入らなかったのか、最初に声を掛けてきた女性が眉を逆立てた。自分から喧嘩を売ってきたのに、言い返されたくらいで怒ることなどないだろう。
クラウディオは女性たちに人気が高い。そのクラウディオをセレスティーヌはお金で買ったようなもの。その理由で女性たちからセレスティーヌは恨まれているのだ。
ちょっかいを出してくる者がいるかもしれないとリディから聞いていたが、とてつもなくちんけな輩に絡まれるものだ。
各々旦那がいるのではないだろうか。クラウディオをとられた恨みが激しい。
(セレスティーヌさんが行ったことは褒められたことじゃないわよ。それで卑屈になっているなら、離婚をすべきだと私も思うけれどね)
しかし、だからと言って関係のない者たちから罵りを受ける謂れはない。
フィオナはゆっくりと立ち上がった。セレスティーヌには公爵夫人という身分があるため、王族以外ならば喧嘩を買っても問題ないとリディから言われている。
もちろん、騒ぎは起こさない方が良いのだが、嫌がらせをされて黙っている必要はないだろう。
リディもそれについては我慢がならないと憤慨していた。
「どちらが失礼な方なのかしら? あなたたちの方が余程失礼よ。公爵夫人に対する言葉ではないわ」
どうやって気丈に言い返そうかと思ったが、割って入る人がいた。先ほど目が合った女性だ。
緩やかな金髪をした、碧眼の美女である。
「デュパール公爵夫人。わ、私はなにも」
「そう。でしたら、そちらどいてくださる? 私も席に座りたいのだけれど」
「も、申し訳ありません」
デュパール公爵夫人と呼ばれた女性は一目置かれているのか、女性たちが尻尾を巻いて逃げていった。はっきりとした物言いが素敵な人だと思ったが、リディが顔色を悪くしている。
「ああいうのは気にすることなどないでしょう。あなたは今、公爵夫人なのだから」
「私もそう思います。ですが、声を掛けていただいてありがとうございます」
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「あなた、そんな人だったかしら」
少し驚きを見せたが、デュパール公爵夫人は、ふっ、と笑みを見せる。穏やかな笑い方だ。
かなり印象の良い女性だ。
(リディの態度から見て、もしかしてこの人がクラウディオの好きな人とか?)
けれど、公爵夫人と呼ばれているなら、結婚しているわけなのだが。
「こちら、座ってよろしいかしら?」
「どうぞ、お座りください」
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