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10−2 客
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「はあ、かわいそうすぎて、やってらんないわ」
モニカはドレスの位置を変えながら、大きなため息をついた。
レオハルト・セディーンの噂はよく聞いていた。店で聞く女性たちの噂話に名前が出ることは多々あり、女性と二人で店に寄ることもあった。ジョアンナとの婚約前の話だが、浮き名を流していたのはよく耳にしたことだ。
しかし、婚約してまで二度三度相手を変えるほど節操なしとは知らなかった。
相手は選んでいるようで、身分の低い女性を連れていることはない。容姿も家柄も良い女性ばかりではあったため、それらを一緒くたにして付き合うような真似はしていなかった。ブティックでは茶会で交わされる会話がよく入ってくる。顧客の情報を外に出さないとわかっている客が、内情を話すことも少なくない。その中でレオハルトの相手だった女性は数人いたが、その数人と同じ時期に関係を持っているわけではなかった。
だが、今回に至っては。
「ジョアンナさんと婚約して、妹に手を出して、問題が起きれば鞍替えとはね」
よくラスペード家を敵に回そうなどと思ったものだ。セディーン家は由緒正しいが、金銭面からいえばラスペード家の足元にも及ばない。目を付けられて金の回りを止められたら、息の根が止まるのはセディーン家の方だろう。
しかし、ジョアンナとクリスティーンの醜聞により、その仕返しもできないとふんだのか。
「ユーステス家がなんとかしてくれると思ってるのかしら。……思ってそうね」
今思い出しても腹が立つ。ユーステス家の令嬢、リアンナは細身の美人だが世情に疎く、のほほんとした人で、ジョアンナとはまた違うタイプののんびりとした女性だ。父親の事業には関心がなく、この店にもよく来ていた。
ジョアンナのレースの噂を耳にしたレオハルトに誘われたらしく、商品を見にきたのだ。よく来れたものだと呆れてしまうが、リアンナは父親の所業を知らないのかもしれない。相変わらず上品に微笑んで、レオハルトの後ろに立っていただけだ。
ジョアンナが製作したレースだとは思っていないであろうレオハルトは、商品はないのかと尋ねてきた。レオハルトはユーステス家の事業に投資をしている。宝石業やブティックの経営に口が出せる立場なため、デザイナーが奪われた店がどうやって盛り返しているのか、様子を見にきたのだ。
「ちょうどレースが売り切れていて良かったわ」
レオハルトは、リアンナの指輪に似合うドレスはないかと聞きながら、店をぐるりと一周眺めて、この店にはそんな物はないなと鼻で笑って帰っていった。
ブティック経営を行うにあたって、この店はライバル店だ。その店の確認をわざわざしに来たとなれば、リアンアのためではなく、ただ自分が投資した事業がうまくいっているか確認に来ただけだろう。
レオハルトがユーステス家と事業を協力しているため、その関係で婚約を持ったのか、婚約を持ったから事業に協力したのか。ジョアンナの話を聞いていれば、前者のような気がする。
「結局、金回りのいい家に寄生しているだけなんじゃないかしら。ジョアンナさんもそんなのに振り回されて」
そんな男のせいで、彼女は製作に明け暮れている。趣味の延長だから楽しいと言うが、本来ならばこんな小さな家で生活するような人ではない。帰ってくるなり商品が売り切れたと知って、元婚約者が婚約者を連れてきたことを嘆く間も取らず、せっせと商品を作ってくれた。本当ならば、あの男の頭を殴り飛ばしてもいいというのに。
「腹が立って仕方がないわ」
商品売り切れが噂されたのか、客足が遠のいているため、ぐちぐち言いながら一人商品を整列させていると、扉のベルが鳴った。やっと客がやってきた。すぐ笑顔で迎えて招き入れる。ただの客ではない。上物の客だ。
「いらっしゃいませ。ギルメット様」
珍しい。エスター・ギルメットが兄のアルヴェールを一緒に連れている。顔は知っているが、一度としてこの店に訪れたことはない。エスターは兄を従えるようにしてやってきて、レオハルトのようにぐるりと店内を見回した。
「最近、評判だと聞いて来てみたの」
「まあ、ありがとうございます。皆様が手に取っていただいているのは、こちらのレースでして」
「花柄の刺繍レース? うわ、素敵ね。ショールもあるの。ええ、細かい。繊細な出来だわ。あ、このハンカチも素敵」
エスターは飛びつくように商品を手に取った。ここ最近こぞって購入されているのがそのハンカチだ。
ジョアンナはデザインもさるものながら、作るのも早い。あっという間に数枚作ってしまい、今は一点物を考えてお願いしている。限定で出して様子を見るためだ。店の子たちも作ってはいるが、それでも手に取られるのはジョアンナの作品だった。同じ形を作らせているが、些細な点で微妙に印象が違うのだ。
今、エスターが手にしているのも、ジョアンナが製作したものだ。
「これ、素敵だわ。あの方が持っていたドレスにデザインが似ているの。ねえ、お兄様、素敵でしょう?」
「そうだな」
「これにするわ。ショールも素敵! お兄様!」
「好きに買え」
「ドレスはないの?」
「針子が足りておらず。申し訳ありません」
「事情は聞いているわ。新しいデザイナーを入れられたのね。これから楽しみにしているから、新しい商品ができたら教えてくれるかしら?」
「もちろんでございます。優先してご覧いただけるようにさせていただきます」
「今度デザイナーに会わせてくれる? オーダーメイドでお願いしたいわ」
ありがたい願いだが、それだけはできない。エスターには丁重にお断りを入れる。デザイン案は皆で考えて、製作を進めていること。今、新しい商品を仕入れるために努力していることを、平謝りで納得してもらった。
「評判になればなるほど、ああいうことを聞かれる場面は増えていきそうね。売り上げは上がったけれど……」
常連客が戻るのは嬉しいが、本来の受注は難しいことに頭を抱えた。
「だいたい、彼女がここで手伝ってくれている自体、おかしなことだもの」
思い出して、また腹が立ってきた。
「やるせないわ。彼女は被害者なのに」
モニカはドレスの位置を変えながら、大きなため息をついた。
レオハルト・セディーンの噂はよく聞いていた。店で聞く女性たちの噂話に名前が出ることは多々あり、女性と二人で店に寄ることもあった。ジョアンナとの婚約前の話だが、浮き名を流していたのはよく耳にしたことだ。
しかし、婚約してまで二度三度相手を変えるほど節操なしとは知らなかった。
相手は選んでいるようで、身分の低い女性を連れていることはない。容姿も家柄も良い女性ばかりではあったため、それらを一緒くたにして付き合うような真似はしていなかった。ブティックでは茶会で交わされる会話がよく入ってくる。顧客の情報を外に出さないとわかっている客が、内情を話すことも少なくない。その中でレオハルトの相手だった女性は数人いたが、その数人と同じ時期に関係を持っているわけではなかった。
だが、今回に至っては。
「ジョアンナさんと婚約して、妹に手を出して、問題が起きれば鞍替えとはね」
よくラスペード家を敵に回そうなどと思ったものだ。セディーン家は由緒正しいが、金銭面からいえばラスペード家の足元にも及ばない。目を付けられて金の回りを止められたら、息の根が止まるのはセディーン家の方だろう。
しかし、ジョアンナとクリスティーンの醜聞により、その仕返しもできないとふんだのか。
「ユーステス家がなんとかしてくれると思ってるのかしら。……思ってそうね」
今思い出しても腹が立つ。ユーステス家の令嬢、リアンナは細身の美人だが世情に疎く、のほほんとした人で、ジョアンナとはまた違うタイプののんびりとした女性だ。父親の事業には関心がなく、この店にもよく来ていた。
ジョアンナのレースの噂を耳にしたレオハルトに誘われたらしく、商品を見にきたのだ。よく来れたものだと呆れてしまうが、リアンナは父親の所業を知らないのかもしれない。相変わらず上品に微笑んで、レオハルトの後ろに立っていただけだ。
ジョアンナが製作したレースだとは思っていないであろうレオハルトは、商品はないのかと尋ねてきた。レオハルトはユーステス家の事業に投資をしている。宝石業やブティックの経営に口が出せる立場なため、デザイナーが奪われた店がどうやって盛り返しているのか、様子を見にきたのだ。
「ちょうどレースが売り切れていて良かったわ」
レオハルトは、リアンナの指輪に似合うドレスはないかと聞きながら、店をぐるりと一周眺めて、この店にはそんな物はないなと鼻で笑って帰っていった。
ブティック経営を行うにあたって、この店はライバル店だ。その店の確認をわざわざしに来たとなれば、リアンアのためではなく、ただ自分が投資した事業がうまくいっているか確認に来ただけだろう。
レオハルトがユーステス家と事業を協力しているため、その関係で婚約を持ったのか、婚約を持ったから事業に協力したのか。ジョアンナの話を聞いていれば、前者のような気がする。
「結局、金回りのいい家に寄生しているだけなんじゃないかしら。ジョアンナさんもそんなのに振り回されて」
そんな男のせいで、彼女は製作に明け暮れている。趣味の延長だから楽しいと言うが、本来ならばこんな小さな家で生活するような人ではない。帰ってくるなり商品が売り切れたと知って、元婚約者が婚約者を連れてきたことを嘆く間も取らず、せっせと商品を作ってくれた。本当ならば、あの男の頭を殴り飛ばしてもいいというのに。
「腹が立って仕方がないわ」
商品売り切れが噂されたのか、客足が遠のいているため、ぐちぐち言いながら一人商品を整列させていると、扉のベルが鳴った。やっと客がやってきた。すぐ笑顔で迎えて招き入れる。ただの客ではない。上物の客だ。
「いらっしゃいませ。ギルメット様」
珍しい。エスター・ギルメットが兄のアルヴェールを一緒に連れている。顔は知っているが、一度としてこの店に訪れたことはない。エスターは兄を従えるようにしてやってきて、レオハルトのようにぐるりと店内を見回した。
「最近、評判だと聞いて来てみたの」
「まあ、ありがとうございます。皆様が手に取っていただいているのは、こちらのレースでして」
「花柄の刺繍レース? うわ、素敵ね。ショールもあるの。ええ、細かい。繊細な出来だわ。あ、このハンカチも素敵」
エスターは飛びつくように商品を手に取った。ここ最近こぞって購入されているのがそのハンカチだ。
ジョアンナはデザインもさるものながら、作るのも早い。あっという間に数枚作ってしまい、今は一点物を考えてお願いしている。限定で出して様子を見るためだ。店の子たちも作ってはいるが、それでも手に取られるのはジョアンナの作品だった。同じ形を作らせているが、些細な点で微妙に印象が違うのだ。
今、エスターが手にしているのも、ジョアンナが製作したものだ。
「これ、素敵だわ。あの方が持っていたドレスにデザインが似ているの。ねえ、お兄様、素敵でしょう?」
「そうだな」
「これにするわ。ショールも素敵! お兄様!」
「好きに買え」
「ドレスはないの?」
「針子が足りておらず。申し訳ありません」
「事情は聞いているわ。新しいデザイナーを入れられたのね。これから楽しみにしているから、新しい商品ができたら教えてくれるかしら?」
「もちろんでございます。優先してご覧いただけるようにさせていただきます」
「今度デザイナーに会わせてくれる? オーダーメイドでお願いしたいわ」
ありがたい願いだが、それだけはできない。エスターには丁重にお断りを入れる。デザイン案は皆で考えて、製作を進めていること。今、新しい商品を仕入れるために努力していることを、平謝りで納得してもらった。
「評判になればなるほど、ああいうことを聞かれる場面は増えていきそうね。売り上げは上がったけれど……」
常連客が戻るのは嬉しいが、本来の受注は難しいことに頭を抱えた。
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