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3 ーパーティー
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ファビアンからパーティの誘いは来なかった。
一人で会場に行くことに不満はなかったため、気にもしなかったが、先にパーティ会場にいたファビアンがヴィオレットの姿を見るなり眉根を寄せた。
眉根を寄せたいのはこちらなのだが。
既にファビアンはマリエルと一緒だ。マリエルとよく一緒にいる友人も同行しており同時に会場に入ったかは分からないが、聞く気も起きない。
案の定マリエルはピンクにリボン付きのドレスを着ていた。身長があまり高くなく、少しばかり丸めの顔の愛らしいマリエルにはよく似合っている。
ヴィオレットのドレスは正反対の色だ。ベースが髪色に似た赤ワイン色で、足下に向かって淡い色になっている。差し色の銀刺繍がその赤色を緩和して、毒々しく見えないつくりだった。背面の足元に向かっては濃いオレンジのような赤の帯がかぶさり、その淡い色を抑えている。
ヴィオレットは平均身長より高めで痩せているので、濃い色のドレスだと迫力があるだろうか。
会場にいる女性たちの多くがファビアンの好みに合わせた格好だったため、ヴィオレットのドレスは意図せず目立つことになった。
それが気に食わなかったのか、いつもどおり淡い色のドレスを着なかったからなのか、ファビアンが不機嫌に近付いてくる。
「珍しいな。その色のドレスは」
「そうですね」
挨拶もなく、ドレスの感想だ。全く呆れてしまう。
ファビアンは濃い紺色の上着で縁にのみ銀の刺繍がなされた衣装でシックだが、同じ色のマントに施された刺繍の多さが派手だった。上から下まで紺色なのでかろうじて派手すぎず品は保てている。
人には淡い色を強要する割に、ファビアンは濃い目の色の服を選ぶ。学院でも寒色系が目立ち、特に濃い青を好んだ。ヴィオレットとは真逆の色である。
(パーティで色を合わせるのは私だものね)
普段はあまり履かない高めのヒールを履いているので、ファビアンの顔が近い。ファビアンは平均的な身長だが、ヴィオレットの高身長とヒールの高さで側に寄るとしかめっ面がよく見えた。
気に召さないドレスだったようだが、ヴィオレットにとってどうでも良いことだ。
ここまで濃い赤のドレスは着たことがないので、初めての色ではある。しかし似合っていないことはないだろう。周囲はヴィオレットのドレスに唖然としながらも、好意的な声を上げているように思う。
「ヴィオレット様にお似合いのドレスだわ。今まで淡い色をお召しになっていたけれど、ずっと素敵ね」
「ヴィオレット様しか着こなせないドレスよね。髪色に似合って大人っぽくて、すごく綺麗……」
ファビアンの耳にも届いただろうが、どうにも納得したくないと、その声がした方向を睨み付ける。
「少し派手ではないのか? 普段はもっと薄い色だっただろう」
「飽きましたので」
「飽き……っ?」
「色に飽きてはいけませんか? たまには別の色も良いでしょう。気分転換です」
ドレスを贈ってもこなかったのだから、どんな色のドレスを着ても良いだろうに。
何が気に食わないのか、ファビアンはどうにも不満だと顔をしかめた。
ヴィオレットがファビアンの好むドレスを着ていないことに腹を立てているのならば、他の女と一緒にいないでほしいというヴィオレットの願いは聞いてもらえると思うのだが。
すがり付く真似は嫌がるくせに、好みに沿わない真似をすれば機嫌を損ねるのだ。
「では、私は皆様に挨拶をしてきますので」
一応断りを入れて、ヴィオレットはファビアンから離れた。
前ならばヴィオレットはマリエルに嫉妬の睨みを利かせるだろうが、それを無視したためマリエルが怪訝な顔を向けたのは見逃さない。
(あれは、どっちかしら。呪いを知っていてあの顔なのか)
呪いを解いたとあって驚きを見せる者はこの中にいるだろうか。
ファビアンの反応から見るに、ファビアンは関わっていないだろう。そもそも急に態度が変わった婚約者を嫌がっていたのだから、彼は関わりがない。
婚約にその気になったヴィオレットを喜ぶ者たちはいるが、それがマイナスに働いたことを喜ぶ者はどれほど存在するだろうか。
一番に目に付くのはマリエルだが。
マリエル・ポアンカレは身分でいえば王子の婚約者になるのは難しい。ポアンカレ家は歴史が浅く、祖父の代で土地を売買して財を成した。先見の明があった祖父のおかげで学院に通えているといっても過言ではない。
ファビアンとどのようにして仲良くなったかは知らないが、いつの間にかマリエルと一緒にいる姿を見るようになった。
正直なところ気にしていなかったわけだが、放置する間もなく呪われたので、マリエルは彼女を煙たがるヴィオレットしか知らないかもしれない。
今日のパーティはよくある貴族のパーティだ。同学年の男子生徒の母親が催したため、学院の生徒が大勢いる。ファビアンを呼ぶのは当然で、その婚約者のヴィオレットも呼ばねばならない。あとは親しい友人と顔を広げるための人脈づくり。
マリエルを呼んだのは祖父の勢いがまだ残っているからだろう。父親は土地転がしで失敗していたが、財産を簡単に枯渇させるほどではないはずだ。
「ご一緒されていないんですね」
適当に挨拶を済ませているところ、声を掛けてきたのはエディだ。相変わらず目元まで隠れる前髪をしている。
自分の目の色に近いグリーンの衣装だが、やはり濃い目でかなり渋いモスグリーンである。ヴィオレットと合わせるような真似はせず、老人が好みそうな色を着ていた。やはり趣味が悪いのだろうか。
それに、少しばかり猫背で高い身長が台無しだ。背筋を伸ばせばスラリとして足の長さが目立つのに。と関係ないことを考えてしまう。
エディも呼ばれているとは思わなかった。失礼とは思うが、田舎の出で招待されるような身分なのだろうか。
「……あれと一緒にいても、気疲れするだけですからね」
「そうですか。ドレス、着てきてくださったんですね。とても、お似合いです」
目元がよく見えないので表情は分かりづらいが、髪の隙間から見えるエメラルドグリーンの瞳をこちらに向けて、柔らかに口角を上げる。どうやら喜んでくれているらしい。
「お礼もなしにドレスもいただいて嬉しい限りですが、早めにお礼をしたいところですね」
ただほど怖い物はない。そう言いたいのだが、エディは軽く笑んだだけで、礼についてはスルーした。
「エスコートを申し込みたかったのですが、犯人を見付けるまではと思いまして。ドレスを贈らせていただきました」
「あなたに利益があるように思えないのですけれど?」
第一継承権を持つファビアンの婚約者にドレスを贈りエスコートなどしてみれば、さすがにファビアンの度肝を抜けるだろう。それはやってみたいとか思うが、実際行ってしまえば面倒になるのは容易に想像できる。
噂は一瞬で王に届き、事実を問われるだろう。
エディに至っては、王から睨まれるだけでなくバダンテール家にも影響が及ぶ。
田舎町の貴族が王に呼ばれて都まで訪れる図は見たくない。
しかし、エディはクスリと笑う。
「利益はありますよ。実はそのドレスの布は隣国ホーネリアから取り寄せた布で、これからどうやって売っていこうかと思案していたものです。ラグランジュ令嬢に着ていただいて、かつ僕がエスコートをすれば、大きな宣伝になるでしょう」
その返答にヴィオレットはぱちくりと目を開いてしまった。
まさかの宣伝とは、面白いことを言う。
「ならばあなたのためにこのドレスの宣伝をしましょうか。バダンテール家の商売に一役買えるのならば、少しは礼になるでしょう」
「そうしていただけるのはありがたいですが、今回は試作なので、またの機会にお願いします」
またの機会とは、再びドレスを贈ってくる気だろうか。
商売と言われれば深い意味はないと取りやすいが、さて、どうだろう。
エディはそれで通すつもりだ。ヴィオレットもそれに乗るべきか。
「では、また機会がありましたら、ぜひ」
「ありがとうございます」
エディがヴィオレットに近付いた理由はそれなのだろうか。今のところ調べが終わっていないので全面的に警戒を解くわけにはいかないが、気分は悪くない。
猫背ながらもエディの話し方や考え方は好感が持てた。
「今後は、どうなさるおつもりですか?」
「とりあえずは、犯人探しですね」
エディは話を聞かれないように、周囲に人がいない壁際へヴィオレットを促す。バルコニーに出ようとしないのは、噂になる気はないからだ。
「婚約者殿にお伝えしないのですか?」
「伝えたら周りに言うかもしれませんから、それは難しいですね」
「……それは確かに」
ちらりと見遣る方向には、ファビアンとマリエルがいた。周りに人はいるが、二人で談笑しているようにも見える。
「犯人には盲目であると思わせた方が良いかしらね。フリをするのは難しそうだけれど」
ファビアンにすがるなど、自分にできるだろうか。付きまとうくらいならできるが、マリエルを嫉妬心で邪険に扱うとなると説教になりそうだ。
「危険ですが、もう一度呪ってくるように犯人をおびき寄せれば、捕らえられるかもしれません。
「犯人を見付けるには、それが一番手っ取り早いでしょうね……」
いつ呪いを掛けられたかも分からないのに、それを防いで犯人を捕らえられるだろうか。
身を守る方法も考えなければならない。
「従属の魔法は信頼があれば何の問題も起きません。変形魔法であっても、信頼関係を築いていれば、ラグランジュ令嬢の様子が変わることもなかったはずです」
「つまり、まともな婚約者であれば、おかしな事態を防げたってことですか?」
「そうです。婚約者として問題がなければ、嫉妬心なども起きません。婚約者の付近に異性がいなければ何の問題もなかったでしょう。執着心は強くなるでしょうが、本来の形であればそこまでの問題になりません。ですが、婚約者がいながら別の異性と共にいることが多いため、ラグランジュ令嬢に掛けられた従属の変形魔法が悪い方向に働いたのです」
相手へ強く執着する心が、邪魔者を排除する動きに変わった。
「ポアンカレ令嬢は、ラグランジュ令嬢の執着心を煽ることになったでしょう」
そもそも、婚約者がいる身で一定の女生徒を特別に扱うことによって、それがどのような事態を引き起こすのか分かっていないことにうんざりする。
そして婚約者がいると分かっていながら、第二王子に近付くマリエルもどんな目に遭うか理解しているのだろうか。
それを二人とも分かっていれば、ヴィオレットが呪いに掛かっても醜態を見せることはなかった。
「彼女は誘導に使われたと思っているのですか?」
「その可能性もあるということです」
エディはヴィオレットに視線を合わせず、ダンスを踊るファビアンとマリエルを見つめながら静かに頷いた。
一人で会場に行くことに不満はなかったため、気にもしなかったが、先にパーティ会場にいたファビアンがヴィオレットの姿を見るなり眉根を寄せた。
眉根を寄せたいのはこちらなのだが。
既にファビアンはマリエルと一緒だ。マリエルとよく一緒にいる友人も同行しており同時に会場に入ったかは分からないが、聞く気も起きない。
案の定マリエルはピンクにリボン付きのドレスを着ていた。身長があまり高くなく、少しばかり丸めの顔の愛らしいマリエルにはよく似合っている。
ヴィオレットのドレスは正反対の色だ。ベースが髪色に似た赤ワイン色で、足下に向かって淡い色になっている。差し色の銀刺繍がその赤色を緩和して、毒々しく見えないつくりだった。背面の足元に向かっては濃いオレンジのような赤の帯がかぶさり、その淡い色を抑えている。
ヴィオレットは平均身長より高めで痩せているので、濃い色のドレスだと迫力があるだろうか。
会場にいる女性たちの多くがファビアンの好みに合わせた格好だったため、ヴィオレットのドレスは意図せず目立つことになった。
それが気に食わなかったのか、いつもどおり淡い色のドレスを着なかったからなのか、ファビアンが不機嫌に近付いてくる。
「珍しいな。その色のドレスは」
「そうですね」
挨拶もなく、ドレスの感想だ。全く呆れてしまう。
ファビアンは濃い紺色の上着で縁にのみ銀の刺繍がなされた衣装でシックだが、同じ色のマントに施された刺繍の多さが派手だった。上から下まで紺色なのでかろうじて派手すぎず品は保てている。
人には淡い色を強要する割に、ファビアンは濃い目の色の服を選ぶ。学院でも寒色系が目立ち、特に濃い青を好んだ。ヴィオレットとは真逆の色である。
(パーティで色を合わせるのは私だものね)
普段はあまり履かない高めのヒールを履いているので、ファビアンの顔が近い。ファビアンは平均的な身長だが、ヴィオレットの高身長とヒールの高さで側に寄るとしかめっ面がよく見えた。
気に召さないドレスだったようだが、ヴィオレットにとってどうでも良いことだ。
ここまで濃い赤のドレスは着たことがないので、初めての色ではある。しかし似合っていないことはないだろう。周囲はヴィオレットのドレスに唖然としながらも、好意的な声を上げているように思う。
「ヴィオレット様にお似合いのドレスだわ。今まで淡い色をお召しになっていたけれど、ずっと素敵ね」
「ヴィオレット様しか着こなせないドレスよね。髪色に似合って大人っぽくて、すごく綺麗……」
ファビアンの耳にも届いただろうが、どうにも納得したくないと、その声がした方向を睨み付ける。
「少し派手ではないのか? 普段はもっと薄い色だっただろう」
「飽きましたので」
「飽き……っ?」
「色に飽きてはいけませんか? たまには別の色も良いでしょう。気分転換です」
ドレスを贈ってもこなかったのだから、どんな色のドレスを着ても良いだろうに。
何が気に食わないのか、ファビアンはどうにも不満だと顔をしかめた。
ヴィオレットがファビアンの好むドレスを着ていないことに腹を立てているのならば、他の女と一緒にいないでほしいというヴィオレットの願いは聞いてもらえると思うのだが。
すがり付く真似は嫌がるくせに、好みに沿わない真似をすれば機嫌を損ねるのだ。
「では、私は皆様に挨拶をしてきますので」
一応断りを入れて、ヴィオレットはファビアンから離れた。
前ならばヴィオレットはマリエルに嫉妬の睨みを利かせるだろうが、それを無視したためマリエルが怪訝な顔を向けたのは見逃さない。
(あれは、どっちかしら。呪いを知っていてあの顔なのか)
呪いを解いたとあって驚きを見せる者はこの中にいるだろうか。
ファビアンの反応から見るに、ファビアンは関わっていないだろう。そもそも急に態度が変わった婚約者を嫌がっていたのだから、彼は関わりがない。
婚約にその気になったヴィオレットを喜ぶ者たちはいるが、それがマイナスに働いたことを喜ぶ者はどれほど存在するだろうか。
一番に目に付くのはマリエルだが。
マリエル・ポアンカレは身分でいえば王子の婚約者になるのは難しい。ポアンカレ家は歴史が浅く、祖父の代で土地を売買して財を成した。先見の明があった祖父のおかげで学院に通えているといっても過言ではない。
ファビアンとどのようにして仲良くなったかは知らないが、いつの間にかマリエルと一緒にいる姿を見るようになった。
正直なところ気にしていなかったわけだが、放置する間もなく呪われたので、マリエルは彼女を煙たがるヴィオレットしか知らないかもしれない。
今日のパーティはよくある貴族のパーティだ。同学年の男子生徒の母親が催したため、学院の生徒が大勢いる。ファビアンを呼ぶのは当然で、その婚約者のヴィオレットも呼ばねばならない。あとは親しい友人と顔を広げるための人脈づくり。
マリエルを呼んだのは祖父の勢いがまだ残っているからだろう。父親は土地転がしで失敗していたが、財産を簡単に枯渇させるほどではないはずだ。
「ご一緒されていないんですね」
適当に挨拶を済ませているところ、声を掛けてきたのはエディだ。相変わらず目元まで隠れる前髪をしている。
自分の目の色に近いグリーンの衣装だが、やはり濃い目でかなり渋いモスグリーンである。ヴィオレットと合わせるような真似はせず、老人が好みそうな色を着ていた。やはり趣味が悪いのだろうか。
それに、少しばかり猫背で高い身長が台無しだ。背筋を伸ばせばスラリとして足の長さが目立つのに。と関係ないことを考えてしまう。
エディも呼ばれているとは思わなかった。失礼とは思うが、田舎の出で招待されるような身分なのだろうか。
「……あれと一緒にいても、気疲れするだけですからね」
「そうですか。ドレス、着てきてくださったんですね。とても、お似合いです」
目元がよく見えないので表情は分かりづらいが、髪の隙間から見えるエメラルドグリーンの瞳をこちらに向けて、柔らかに口角を上げる。どうやら喜んでくれているらしい。
「お礼もなしにドレスもいただいて嬉しい限りですが、早めにお礼をしたいところですね」
ただほど怖い物はない。そう言いたいのだが、エディは軽く笑んだだけで、礼についてはスルーした。
「エスコートを申し込みたかったのですが、犯人を見付けるまではと思いまして。ドレスを贈らせていただきました」
「あなたに利益があるように思えないのですけれど?」
第一継承権を持つファビアンの婚約者にドレスを贈りエスコートなどしてみれば、さすがにファビアンの度肝を抜けるだろう。それはやってみたいとか思うが、実際行ってしまえば面倒になるのは容易に想像できる。
噂は一瞬で王に届き、事実を問われるだろう。
エディに至っては、王から睨まれるだけでなくバダンテール家にも影響が及ぶ。
田舎町の貴族が王に呼ばれて都まで訪れる図は見たくない。
しかし、エディはクスリと笑う。
「利益はありますよ。実はそのドレスの布は隣国ホーネリアから取り寄せた布で、これからどうやって売っていこうかと思案していたものです。ラグランジュ令嬢に着ていただいて、かつ僕がエスコートをすれば、大きな宣伝になるでしょう」
その返答にヴィオレットはぱちくりと目を開いてしまった。
まさかの宣伝とは、面白いことを言う。
「ならばあなたのためにこのドレスの宣伝をしましょうか。バダンテール家の商売に一役買えるのならば、少しは礼になるでしょう」
「そうしていただけるのはありがたいですが、今回は試作なので、またの機会にお願いします」
またの機会とは、再びドレスを贈ってくる気だろうか。
商売と言われれば深い意味はないと取りやすいが、さて、どうだろう。
エディはそれで通すつもりだ。ヴィオレットもそれに乗るべきか。
「では、また機会がありましたら、ぜひ」
「ありがとうございます」
エディがヴィオレットに近付いた理由はそれなのだろうか。今のところ調べが終わっていないので全面的に警戒を解くわけにはいかないが、気分は悪くない。
猫背ながらもエディの話し方や考え方は好感が持てた。
「今後は、どうなさるおつもりですか?」
「とりあえずは、犯人探しですね」
エディは話を聞かれないように、周囲に人がいない壁際へヴィオレットを促す。バルコニーに出ようとしないのは、噂になる気はないからだ。
「婚約者殿にお伝えしないのですか?」
「伝えたら周りに言うかもしれませんから、それは難しいですね」
「……それは確かに」
ちらりと見遣る方向には、ファビアンとマリエルがいた。周りに人はいるが、二人で談笑しているようにも見える。
「犯人には盲目であると思わせた方が良いかしらね。フリをするのは難しそうだけれど」
ファビアンにすがるなど、自分にできるだろうか。付きまとうくらいならできるが、マリエルを嫉妬心で邪険に扱うとなると説教になりそうだ。
「危険ですが、もう一度呪ってくるように犯人をおびき寄せれば、捕らえられるかもしれません。
「犯人を見付けるには、それが一番手っ取り早いでしょうね……」
いつ呪いを掛けられたかも分からないのに、それを防いで犯人を捕らえられるだろうか。
身を守る方法も考えなければならない。
「従属の魔法は信頼があれば何の問題も起きません。変形魔法であっても、信頼関係を築いていれば、ラグランジュ令嬢の様子が変わることもなかったはずです」
「つまり、まともな婚約者であれば、おかしな事態を防げたってことですか?」
「そうです。婚約者として問題がなければ、嫉妬心なども起きません。婚約者の付近に異性がいなければ何の問題もなかったでしょう。執着心は強くなるでしょうが、本来の形であればそこまでの問題になりません。ですが、婚約者がいながら別の異性と共にいることが多いため、ラグランジュ令嬢に掛けられた従属の変形魔法が悪い方向に働いたのです」
相手へ強く執着する心が、邪魔者を排除する動きに変わった。
「ポアンカレ令嬢は、ラグランジュ令嬢の執着心を煽ることになったでしょう」
そもそも、婚約者がいる身で一定の女生徒を特別に扱うことによって、それがどのような事態を引き起こすのか分かっていないことにうんざりする。
そして婚約者がいると分かっていながら、第二王子に近付くマリエルもどんな目に遭うか理解しているのだろうか。
それを二人とも分かっていれば、ヴィオレットが呪いに掛かっても醜態を見せることはなかった。
「彼女は誘導に使われたと思っているのですか?」
「その可能性もあるということです」
エディはヴィオレットに視線を合わせず、ダンスを踊るファビアンとマリエルを見つめながら静かに頷いた。
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