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謝罪
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引退したいのは自分も同じ。そろそろいい加減玩具作りに集中したい。カサダリアで行う教育の件も進んでいるし、新しい玩具が欲しい。私が欲しい。
『澄ましてお茶飲みながら、頭の中でだだこねるんじゃないわよ』
妄想に突っ込まれてフィルリーネは口を尖らしそうになった。カップを置いてガラスの向こうの外を見遣る。
外は雲一つない快晴で、機体が少しだけ傾くと日差しの強さに目を眇めた。
後方を追ってくる小型艇はいない。急な呼び出しのため、さすがに監視はする必要はないと判断したか、前回と違って監視艇がいなかった。
婚約の時はルヴィアーレが逃亡しないようにか、それとも攻撃が成されないか、厳戒態勢だったのに。
「女王様御自ら婚約が遅れたお詫びなどと、恐れ多いわ」
「そうですね」
目の前の席でにっこりと笑む顔がイラっとくる。お互いの本性を知った今、公共の場でお話はお断りしたい。自分の嘘顔に同じことを思っているだろう、ルヴィアーレも澄まし顔でカップに口付けた。
マリオンネの女王より呼び出しがかかったのは街から帰ってすぐだった。王に呼び出されて王の棟に行くと、女王からの招待を知らされた。
内容は謝罪だ。婚約の儀式が女王の不調によって遅れたため、謝罪がしたいと連絡があったのだ。女王が謝罪のために呼び出すなど例がない。確かに婚約が遅れたのは女王に因るところだが、それを詫びるなど例外的な話だ。
王の説明によると、王族同士の婚約は稀で繊細なもの。精霊の機嫌が大きく関わる大切な儀式となる。それを体調不良で遅らせたことに、女王は深く憂慮し心を痛めていたそうだ。
昨今稀に見ぬ王族の婚姻だ。現在の女王は王族同士の婚姻をまとめたことがない。初めての婚約儀式でありながらそれを遅らせたと、ひどく悔やまれた。そのため体調が良い時に詫びをしたいと言われたのだ。
だが、
『起きれる状態じゃないわよ…』
エレディナが悲しげに呟く。精霊たちも感じているようで、少しずつ大地にいる精霊が別れを言いにマリオンネに集まりつつあるそうだ。
亡くなる日が近い。だからこそそうなる前に詫びるのではないかと。
女王が亡くなれば精霊が哀しみにくれ、婚姻も更に遅れるからだ。
しかし、王は女王が代替わりしても問題なく婚姻が行えると言っていた。女王の孫アンリカーダが執り行えると言う話だが、実際のところどうなのだろう。アンリカーダが哀しみに悲嘆する精霊たちをまとめ婚姻を行えるのならば、女王が謝る必要などなかった。
孫娘では執り行えないと判断したのだろうか。
『アンリカーダは、能力はあるわよ。女王として務まるかはなってみないと分からないけれど、魔導の力は現女王を凌ぐと言われてるもの。それで精霊をまとめられるかって言ったら、何とも言えないけれど』
エレディナはそう言って頭の中から存在を消した。胸中複雑なようだ。女王の寿命が尽きることを、未だ受け入れられないのかもしれない。
現女王は歴代の女王の中でも、精霊に特に愛されている女王だ。女王と精霊にも相性があるらしく、女王によっても精霊の働きが弱まった時代がある。女王は世襲制なので、相性の良い者が選ばれると言うわけでもなかった。
女王に会うには婚約の儀式に訪れたキュオリアンと言う浮島ではなく、女王と謁見するためにあるミーニリオンと言う浮島で会うことが慣例だ。その浮島にも直接航空艇は飛べず、マリオンネに入る直前にある浮島で航空艇を降りる必要がある。
婚姻の儀式があるわけでもないのに、マリオンネに行くことになり、レミアは喜び満面で再びうるうるしてこちらを見ていた。
婚姻じゃないからねー。ただ呼ばれただけだからねー。
航空艇が浮島に到着したが、王族以外はこの浮島で待機だ。航空艇が何隻も降りられる浮島だが、前回同様騎士二人が迎えに来ており、転移の魔法陣横で待っていた。
「フィルリーネ様、女王様に失礼のないようになさってください」
「当然よ。参りましょう、ルヴィアーレ様」
気持ち程度に出された腕にほんのちょっぴり触れて、転移の魔法陣へと促す。うっすら笑ってくれなくていいよ。いつも通り無表情でいてほしい。笑ってる顔見るとその顔つねりたくなる。
ミーニリオンには何度か足を運んだことがあり、女王との謁見も許されたことがあった。ミーニリオンはキュオリアンと同じで、まず何もない柱だけの広間に出る。キュオリアンでは進む先が一点しかなかったが、ミーニリオンは広間からいくつかの道が伸びていた。廊下を過ぎると転移魔法陣が有り、その時々の部屋に転移させられるのだ。
今回女王が謁見を許すと言うことだが、エレディナの話を聞いていると寝所から出られるような状態ではないはずだ。起き上がれるのか、その心配すらしたくなる。
エレディナはまた注意されてはと側を離れた。精霊がマリオンネをうろつこうと問題はないだろうが、女王の謁見である。念の為だ。
転移の魔法陣を踏むとすぐに景色が変わった。
「え?」
フィルリーネの声にルヴィアーレが微かに首を傾げる。
「何か?」
「ここは…」
目の前の景色はミーニリオンの広間とは違う。魔法陣だけの小さな部屋だった。白の壁に囲まれた無機質な一室だ。一面に扉があり、金の模様で飾られている。
騎士二人が扉を開くと、目の前には長い階段が見られた。
「どうぞ」
二人の騎士は同時に発する。相変わらず似たような顔をして、整った顔が人形のようだった。
「フィルリーネ様?」
怪訝な顔を出したりはしないが、ルヴィアーレはフィルリーネの顔を伺った。先に進むぞと手を添えていた腕を少しだけ前に引く。
促されて歩むと騎士二人は扉の前で止まったまま。フィルリーネとルヴィアーレだけで前の長い階段を進めということだ。
キュオリアンの階段に似ているが、少し雰囲気が違う。階段は乳白色だったが色が透けており、階段の下は空で雲が霞のように流れていた。
「ミーニリオンじゃない」
騎士から離れてフィルリーネは小さく呟いた。ルヴィアーレが階段の先に顔を向ける。
階段の上に女性が二人、音もなく現れた。白のドレスを着ており、長い裾が地面に垂れている。
「グングナルド国フィルリーネ様、ラータニア国ルヴィアーレ様。女王エルヴィアナ様がお待ちです」
「どうぞこちらへ」
銀色の髪の女性二人はフィルリーネとルヴィアーレを背にして歩き始めた。
階段の上は廊下だが、右側の壁は乳白色だが透けてはおらず、左側は階段と同じ乳白色で空が見えた。遠目に別の浮島が見えて、その上に建物が立っているのが見える。
「居住区…」
「この度、女王エルヴィアナ様より特別のご招待となっております」
フィルリーネの言葉を待っていたかのように、女性の一人が口を開いた。
普段王族が訪れる浮島は、儀式用であったり謁見用であったりと、マリオンネに住む者たちの生活が見られる場所ではなかった。マリオンネに住む者たちとは基本会うことはない。会うとしても、向こうから現れるのが普通だ。
居住区が見えるような場所に、案内されることはない。
だとしたら、この場所は、
「女王エルヴィアナ様の寝所になります。どうぞお静かに」
有り得ない。
謝罪のために招待されるのも有り得ないが、大地に暮らす者に女王の寝所で謁見を許すなど、王族だとしても有り得なかった。
マリオンネの女王はこの世界の神に近しい人だ。本来ならまず会うことすらできない人なのに、その女王の住まい、しかも寝所に訪問を許すなど、王族だとしても考えられない。
フィルリーネは唖然としたままルヴィアーレを見上げた。ルヴィアーレも少なからず驚いているだろう、一瞬こちらを見て、微かに眉根を寄せた。ルヴィアーレに至ってはマリオンネに来たこともない。まさか女王の寝所に案内されるとは思っていなかっただろう。
ここはヴラブヴェラス。女王の住む館がある浮島だ。しかも寝所であれば、王の承認儀式でも訪れない。
『澄ましてお茶飲みながら、頭の中でだだこねるんじゃないわよ』
妄想に突っ込まれてフィルリーネは口を尖らしそうになった。カップを置いてガラスの向こうの外を見遣る。
外は雲一つない快晴で、機体が少しだけ傾くと日差しの強さに目を眇めた。
後方を追ってくる小型艇はいない。急な呼び出しのため、さすがに監視はする必要はないと判断したか、前回と違って監視艇がいなかった。
婚約の時はルヴィアーレが逃亡しないようにか、それとも攻撃が成されないか、厳戒態勢だったのに。
「女王様御自ら婚約が遅れたお詫びなどと、恐れ多いわ」
「そうですね」
目の前の席でにっこりと笑む顔がイラっとくる。お互いの本性を知った今、公共の場でお話はお断りしたい。自分の嘘顔に同じことを思っているだろう、ルヴィアーレも澄まし顔でカップに口付けた。
マリオンネの女王より呼び出しがかかったのは街から帰ってすぐだった。王に呼び出されて王の棟に行くと、女王からの招待を知らされた。
内容は謝罪だ。婚約の儀式が女王の不調によって遅れたため、謝罪がしたいと連絡があったのだ。女王が謝罪のために呼び出すなど例がない。確かに婚約が遅れたのは女王に因るところだが、それを詫びるなど例外的な話だ。
王の説明によると、王族同士の婚約は稀で繊細なもの。精霊の機嫌が大きく関わる大切な儀式となる。それを体調不良で遅らせたことに、女王は深く憂慮し心を痛めていたそうだ。
昨今稀に見ぬ王族の婚姻だ。現在の女王は王族同士の婚姻をまとめたことがない。初めての婚約儀式でありながらそれを遅らせたと、ひどく悔やまれた。そのため体調が良い時に詫びをしたいと言われたのだ。
だが、
『起きれる状態じゃないわよ…』
エレディナが悲しげに呟く。精霊たちも感じているようで、少しずつ大地にいる精霊が別れを言いにマリオンネに集まりつつあるそうだ。
亡くなる日が近い。だからこそそうなる前に詫びるのではないかと。
女王が亡くなれば精霊が哀しみにくれ、婚姻も更に遅れるからだ。
しかし、王は女王が代替わりしても問題なく婚姻が行えると言っていた。女王の孫アンリカーダが執り行えると言う話だが、実際のところどうなのだろう。アンリカーダが哀しみに悲嘆する精霊たちをまとめ婚姻を行えるのならば、女王が謝る必要などなかった。
孫娘では執り行えないと判断したのだろうか。
『アンリカーダは、能力はあるわよ。女王として務まるかはなってみないと分からないけれど、魔導の力は現女王を凌ぐと言われてるもの。それで精霊をまとめられるかって言ったら、何とも言えないけれど』
エレディナはそう言って頭の中から存在を消した。胸中複雑なようだ。女王の寿命が尽きることを、未だ受け入れられないのかもしれない。
現女王は歴代の女王の中でも、精霊に特に愛されている女王だ。女王と精霊にも相性があるらしく、女王によっても精霊の働きが弱まった時代がある。女王は世襲制なので、相性の良い者が選ばれると言うわけでもなかった。
女王に会うには婚約の儀式に訪れたキュオリアンと言う浮島ではなく、女王と謁見するためにあるミーニリオンと言う浮島で会うことが慣例だ。その浮島にも直接航空艇は飛べず、マリオンネに入る直前にある浮島で航空艇を降りる必要がある。
婚姻の儀式があるわけでもないのに、マリオンネに行くことになり、レミアは喜び満面で再びうるうるしてこちらを見ていた。
婚姻じゃないからねー。ただ呼ばれただけだからねー。
航空艇が浮島に到着したが、王族以外はこの浮島で待機だ。航空艇が何隻も降りられる浮島だが、前回同様騎士二人が迎えに来ており、転移の魔法陣横で待っていた。
「フィルリーネ様、女王様に失礼のないようになさってください」
「当然よ。参りましょう、ルヴィアーレ様」
気持ち程度に出された腕にほんのちょっぴり触れて、転移の魔法陣へと促す。うっすら笑ってくれなくていいよ。いつも通り無表情でいてほしい。笑ってる顔見るとその顔つねりたくなる。
ミーニリオンには何度か足を運んだことがあり、女王との謁見も許されたことがあった。ミーニリオンはキュオリアンと同じで、まず何もない柱だけの広間に出る。キュオリアンでは進む先が一点しかなかったが、ミーニリオンは広間からいくつかの道が伸びていた。廊下を過ぎると転移魔法陣が有り、その時々の部屋に転移させられるのだ。
今回女王が謁見を許すと言うことだが、エレディナの話を聞いていると寝所から出られるような状態ではないはずだ。起き上がれるのか、その心配すらしたくなる。
エレディナはまた注意されてはと側を離れた。精霊がマリオンネをうろつこうと問題はないだろうが、女王の謁見である。念の為だ。
転移の魔法陣を踏むとすぐに景色が変わった。
「え?」
フィルリーネの声にルヴィアーレが微かに首を傾げる。
「何か?」
「ここは…」
目の前の景色はミーニリオンの広間とは違う。魔法陣だけの小さな部屋だった。白の壁に囲まれた無機質な一室だ。一面に扉があり、金の模様で飾られている。
騎士二人が扉を開くと、目の前には長い階段が見られた。
「どうぞ」
二人の騎士は同時に発する。相変わらず似たような顔をして、整った顔が人形のようだった。
「フィルリーネ様?」
怪訝な顔を出したりはしないが、ルヴィアーレはフィルリーネの顔を伺った。先に進むぞと手を添えていた腕を少しだけ前に引く。
促されて歩むと騎士二人は扉の前で止まったまま。フィルリーネとルヴィアーレだけで前の長い階段を進めということだ。
キュオリアンの階段に似ているが、少し雰囲気が違う。階段は乳白色だったが色が透けており、階段の下は空で雲が霞のように流れていた。
「ミーニリオンじゃない」
騎士から離れてフィルリーネは小さく呟いた。ルヴィアーレが階段の先に顔を向ける。
階段の上に女性が二人、音もなく現れた。白のドレスを着ており、長い裾が地面に垂れている。
「グングナルド国フィルリーネ様、ラータニア国ルヴィアーレ様。女王エルヴィアナ様がお待ちです」
「どうぞこちらへ」
銀色の髪の女性二人はフィルリーネとルヴィアーレを背にして歩き始めた。
階段の上は廊下だが、右側の壁は乳白色だが透けてはおらず、左側は階段と同じ乳白色で空が見えた。遠目に別の浮島が見えて、その上に建物が立っているのが見える。
「居住区…」
「この度、女王エルヴィアナ様より特別のご招待となっております」
フィルリーネの言葉を待っていたかのように、女性の一人が口を開いた。
普段王族が訪れる浮島は、儀式用であったり謁見用であったりと、マリオンネに住む者たちの生活が見られる場所ではなかった。マリオンネに住む者たちとは基本会うことはない。会うとしても、向こうから現れるのが普通だ。
居住区が見えるような場所に、案内されることはない。
だとしたら、この場所は、
「女王エルヴィアナ様の寝所になります。どうぞお静かに」
有り得ない。
謝罪のために招待されるのも有り得ないが、大地に暮らす者に女王の寝所で謁見を許すなど、王族だとしても有り得なかった。
マリオンネの女王はこの世界の神に近しい人だ。本来ならまず会うことすらできない人なのに、その女王の住まい、しかも寝所に訪問を許すなど、王族だとしても考えられない。
フィルリーネは唖然としたままルヴィアーレを見上げた。ルヴィアーレも少なからず驚いているだろう、一瞬こちらを見て、微かに眉根を寄せた。ルヴィアーレに至ってはマリオンネに来たこともない。まさか女王の寝所に案内されるとは思っていなかっただろう。
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