高飛車フィルリーネ王女、職人を目指す。

MIRICO

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遺跡2

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 部屋はこちらの部屋と変わらず地面に物が落ちているが、こちらの部屋よりましに見える。

 大きな机が棚の手前に置かれ、その上に実験道具が並び本が積み上げられていた。地面にも本は置いてあったが、足の踏み場もないとまでは言わない。ただ、何かの液体が入った瓶がいくつも置いてある。実験用であれば間違って倒してはまずかろう。そのせいか、壁際に並べられていた瓶の周囲だけ物は落ちていなかった。

「や、これはルヴィアーレ王子。娘が何か失礼を?」
 振り向いたホービレアスの最初の挨拶がそれだ。ヘライーヌが誰かしらに迷惑をかけているのは本当らしい。今日はまだ何もやってないよ。とヘライーヌが隣でうそぶいた。

 ホービレアスは身長はあまり高くない、櫛を使っていないような黒の癖毛で中年太りな体型の男性だ。垂れ目で目が窪んでいるのはニーガラッツに似ている。三代揃って実験バカだからか、睡眠時間が少ないようだ。

「ヘライーヌ様に案内をいただきました。こちらで実験を行っているのですか?」
「他に実験室はあるんですが、そちらに行くのは面倒でしてね。あ、足元気を付けてくださいよ。実験器具が置いてありますので」

 扉の近くに球体の瓶や桶が積まれている。魔獣を使って一体何の実験をする気なのか気になるところだが、ヘライーヌはとりあえず挨拶をさせたかっただけらしく、部屋を出ようとこちらに戻ってくる。

「あれ使わせてね。王子さん案内したいんだ」
「好きにしなさい」

 自分に用がなければどうでも良い。そんな雰囲気でホービレアスはこちらを見もせず頷いた。すぐに机に向かってシリンダーにスポイトで数滴何かを垂らしている。透明だった色がピンクになり泡を出すと濃い黒赤に変化した。

「王子さん、こっち」
 ヘライーヌは魔獣をホービレアスのいる部屋に放り投げると扉を閉めた。ホービレアスは自分がこの部屋で何をしようと気にしないらしい。ニーガラッツとは違い興味がないようだ。実験に勝るものはないのだろう。

 部屋に戻ると地面に散らばる物を踏み付けて、ヘライーヌは窓を開けるとそこを跨いだ。ベランダではないのだが、窓の外で手招きする。
「こっちだよ」

 窓の外は庭園になっており、木々が生い茂っている。特に手入れはしていないようで、直射日光を避けるためだけに植えられたようだ。気持ち程度に石畳が模様を描いていたが、その隙間から所々草が生えていた。

 女性が窓を跨ぐのはどうかと思うが、ヘライーヌは全く意に関せずととろとろ庭園の中を進んでいく。この中に何があるのか、サラディカはこちらを確認した。
 付いていかなければ何があるか口にしなそうなヘライーヌだ。付いてくると当たり前に思っているか、後ろを振り向きもせず奥へと歩んでいく。軽く頷いてサラディカを促した。警戒は怠らずに進むしかない。

 ヘライーヌは林のような木々の中に紛れると、一本の木の前で立ち止まった。
 手のひらに魔導を溜めるとその木に触れる。すると金色に光る魔法陣が浮き上がった。そうしてそのままその魔法陣に入り込んだのだ。

「付いてきなよー」
 姿を消す瞬間、ヘライーヌのとぼけた声が届いて、そのまま消えた。

「転移の魔法陣…?」
「いや、狭間の魔法陣だ」
「狭間?」
「付いてこい」

 ルヴィアーレは言うとヘライーヌの通った魔法陣を跨いで入り込む。あまり大きな魔法陣ではないため、屈まないと中に入られない。入れば暗闇と霧のような青白い光に包まれた。周囲の景色は変わり、ただその闇と光が筒のように続いているだけだ。

 後ろを向けばぽっかりと空いた光の外でサラディカが困惑顔でこちらを見ている。
 魔法陣の中に入らなければ、サラディカから自分の姿は見えないだろう。

「珍しい魔法陣を使用するな…」
 この魔法陣は転移の魔法陣に似ているが少し違う。入口と出口を指定した近道を作る魔法陣だ。魔法陣は二つ必要で、歪んだ空間を進むことで、普通に進むより早く目的地に辿り着くことができた。

 これを継続するのはかなり難しい。一人の魔導では無理があるので魔鉱石を使うのが普通だ。おそらくヘライーヌが魔鉱石を持っているのだろう。

「これは、一体…」
 入り込んだサラディカが珍しく驚嘆した。周囲を見回しても同じ風景しか見られない。暗闇の中に青白い光が霧のように揺らめいている。こんな空間に入ることはまずないため、サラディカが周囲を鋭く警戒した。

「空間を短くする魔法陣だ。これを発動させれば壁も何も関係ない」
「何と…」

 そう、例え力のある結界を作っても既に中に魔法陣を描いておけば、結界など関係なく入り込めるものだ。
 この空間がどこに通じているのか、ヘライーヌは奥に見える光の円に向かって歩いている。すぐに辿り着くだろう、円に近付くとこちらを向いて手招きし、その円を跨いで外に出て行った。

「一体どこに繋がっているのでしょう」
 それは行ってみないと分からない。まっすぐ歩いても高さが違うこともある。ヘライーヌが出て行った光の円へと進むと、その先は薄暗い空間だった。

 円を跨いで暗闇の空間から出たが、ヘライーヌが明かりを付けるまで深淵のように闇の中だった。小さな明かりがヘライーヌの手のひらで仄かに光ると、四方にそれが飛んだ。放たれた光は部屋を映し出し、そこが窓のない部屋だと気付かせる。

 薄い茶色の壁、四角形の中に波打った線が何本も描かれている。その四角形を組み合わせて作られた壁が四方にあった。天井は高いが二階建て程度だろうか。天井にも同じ模様が組み合わされている。
 部屋には何もない。扉もなく、二面に通り抜けられる入り口があった。どちらも先は真っ暗だ。

「ここは…?」
「古い遺跡だよ。姫さんから聞いてない? 精霊の書みたいな古い石板が採掘された」

 フィルリーネはこの国の秘密を簡単に口にすることはしない。精霊の書がある冬の館もあの儀式がなければ口にしなかっただろう。それは彼女の本性を知った今も同じだ。ラータニアに関わりがなければ、軽口など叩いたりはしない。

 問えば答えるかもしれないが、深くは話さないことが分かっていた。ヘライーヌは答えなどどうでもいいと、部屋を見回した。

「まだ採掘終わったわけじゃないから、たまに人が来るよ。お父さんここまで来るのめんどくさがって、勝手に道作っちゃったんだ。おじいちゃんも知ってるけど、他の人たちは知らないから」

 魔導院研究所所長が重要そうな遺跡に近道を作るなど、とんでもない話だ。それを親子三代で共有しているとは、呆れて物が言えない。
 ヘライーヌは一方の入り口に入り込んだ。手のひらに淡い光を灯すと、同じように四方に飛ばす。先ほどよりずっと広い部屋だ。天井の高さは同じだが、入口は一つしかない。そして、中央に石の台があった。

 丸い石の台には魔法陣が刻まれている。ヘライーヌはそこに足を踏み入れ、こちらを手招きした。魔法陣は移動の魔法陣だ。
「乗りなよ。下に降りるんだ」

 ヘライーヌの乗った台にサラディカと共に乗ると、ヘライーヌは手に持っていた魔鉱石を地面に合わせた。魔道を流しているか手のひらが光ると、その光が魔法陣に流れていく。すると、がくり、と地面が揺れた。
 丸い石の台が静かに地面の中に入っていく。このまま地下に降りていくのだ。

 暗闇の中、ヘライーヌの手元だけが閃いている。ゆっくり降りてはいるが下に中々つかない。かなり長い円筒の空間が続いているのだ。
 しばらくすると視界が開けた。広い空間に辿り着いたか、丸い石の台が低い音を立てながら地面に到着する。

「これは、すごいですね」
「マリオンネができる前の遺跡なんだって。石板は調査し終わってるのは戻されてるから、結構残ってるよ」

 ヘライーヌが明かりを飛ばすと、部屋の全体が見えてサラディカが息を呑んだ。

 明かりに照らされたその部屋は、移動式魔法陣の丸い石の台を中心にして、地面に模様が描かれている。何の模様か分からないが、台を中心に四方に線が伸びていた。その先の壁は石の棚になっており石板が並んでいる。空いてあるところは調査中なのだろう。
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