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芽吹きの儀式
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芽吹きの木に芽吹きがあると、その枝を折り、精霊に捧ぐ祭壇へ奉納する。春を喜び、言祝ぐ儀式だ。
儀式の場所は、城の後方にある洞窟の中。芽吹きの木がある洞窟とは別の、奥深くにある空洞で行われる。後方の山にはそんな洞窟が多い。精霊が掘り進めたのかと思うような、魔導の力を感じる場所だ。遥か昔から行われている儀式のようで、その洞窟は普段封じられ入ることはできない。そして、城の階上から入られる洞窟なので、地下ではなく、山の頂に近い場所にあった。
魔法陣で封じられた大型の門扉を通り、儀式の舞台まで厳かに歩く。暗く冷たい道の中、歩くたびに、ぽつんぽつんと光が灯った。行先を示すように、明るくなっては消える。展望台と同じように、通る時だけ火が灯された。
『俺、ここ入るの、初めて』
『入ったって、やることないわよ』
厳かな雰囲気で静々歩いている中、脳内会議が始まった。このところ、私の頭の中はとても賑やかだ。
直接脳に話し掛けられて意識して、それに思いながら応えると会話になるわけだが、ほんのり思っていることでも、向こうには聞こえてしまう。私的な考えは筒抜けだね。別にいいけど。
『魔導、びりびりする』
魔導士などは、ここに入ると力をもらえる気がする、と言っていた。
洞窟自体が魔導に守られているようで、この洞窟は人工的に作られたものだと思っていたが、人間には作れないだろうと言うのが、エレディナの見解だ。
長い道はほんのり温かみを感じるが、魔導の波動なので、魔導の強い者でないと感じないだろう。奥へ行けば行くほど、その力が強くなる。開けた場所に来ると、ルヴィアーレが一瞬息を呑んで顔を上げた。後ろにいるサラディカたちも顔を上げる。
ここに入った時に、魔導が強いか弱いかが分かる。上部は確かに空洞で広い空間になっているが、真正面に注目したのは魔力が弱い者だ。ルヴィアーレを監視している王の騎士たちは、正面にある物に驚いていた。
真正面には祭壇があり、その後ろに大きな彫刻がある。王都にある聖堂と同じで、マリオンネの女王が、空から地上と海を慈しむように、手を伸ばして抱く包彫刻だ。
色は緑のような青で、それが魔鉱石で作られているのだと、すぐに気付くだろう。魔鉱石を彫刻にすることはまずない。しかも、人の身長の倍くらいある大きさだ。あれだけで航空艇が何年飛べるだろうか。
それほどの価値のある物を、彫刻として使用する。それに驚かず、真正面ではなく上部を見た者は、目に見えない物が見える者たちだった。
「魔鉱石で彫刻とは、驚かされます」
「素晴らしいですわよね。昔からある物ですが、誰が作らせたのかは分かりませんわ」
ルヴィアーレが惚けずに真正面の彫刻を褒めた。それに気付くように、サラディカたちが魔鉱石を目にして、今更驚く。
ルヴィアーレはごまかそうとしただろうが、無理がある。ルヴィアーレの部下全員が、上を向いていたからだ。一方、フィルリーネの側仕えや騎士たちは、真正面しか向いていない。
彼らはなぜ、ルヴィアーレたちが真上を向いたのか、その意味も分からないだろう。
上部は、芽吹きの木の洞窟のように、空が見えるわけではない。ただの空洞だ。高さがあるため驚いたとしても、真正面の魔鉱石に匹敵する驚愕さはない。
『頭の上びりびり』
『ここに長くいたら、人間は影響受けるわよねー』
上部に魔鉱石は見えない。だが、天井近くには、魔導の蠢きが見られる。球状の天井は、岩肌そのままの状態だ。白色の岩肌で削られたものではない。だが、その球状の岩肌から、青白く魔導が波打っている。それが中心に溜まり、岩肌より離れた天井の中心で、生き物のように丸くなり、蠢いているのだ。
この空洞の天井には、魔鉱石が埋まっている。それは発掘されず、天井の岩で蓋がされていた。しかし、魔鉱石の量が多いせいで、岩肌に魔導が滲み出ているのだ。目の前の彫刻以上の大きさの魔鉱石が、岩の中に隠されているだろう。
何故、その魔鉱石から発せられた魔導が、集まってぐるぐる動いて、丸くなって形を成しているのかは分かっていない。マリオンネから、この空洞を壊すことを許されていないので、魔鉱石の発掘はできなかった。
ここは、マリオンネが知っている、芽吹きを捧げる場所である。
叔父やイムレスは、この場所について調べていた。それを解明できたかは知らないが、調べた資料は魔導院にあると聞いている。
子供の頃、ここに来る時、頭上を見るなと、何度も言われていた。
頭上を見上げれば、気付かれる。だから、初めてここに来た時は、芽吹きの捧げのためではなかった。叔父から秘密裏に連れられて、魔導の話を聞かされた時だ。
今でも上を向きそうになるが、それは我慢だ。オマノウラはルヴィアーレたちが頭上を見上げたことを見ている。
「さあ、フィルリーネ様、ルヴィアーレ様。あちらの祭壇へどうぞ」
芽吹きの木を捧げる祭壇には、その枝を刺す穴がある。そこに木を刺して願うだけだ。
芽吹きの木が包まれた布を二人で手にして、フィルリーネはルヴィアーレと祭壇への階段を数段登る。彫刻の魔鉱石は青白い光を湛えて、ぴりり、と鳴った。
近くまで来ると、その彫刻と溢れる魔導に圧倒されそうになる。力を与えて貰えそうと言うより、奪われる気がした。ルヴィアーレも、心なしか、顔が強張っているように思える。
『刺して、どうすんだ?』
『祈りを捧げるっても、王は短い祝詞を唱えるだけよ。ねえ?』
その祈りを捧げる直前に、声を掛けてこないでください。祝詞がどっかに行っちゃうよ。
祝詞はルヴィアーレと共に口にするから、君らの話聞いてると、ルヴィアーレと合わないで、ばらばらにずれておかしな祝詞になっちゃうでしょ。
「古きに賜る芽吹きを、御身に捧げん」
『精霊に捧げるのに、精霊いない』
『精霊にだって、ここの魔導は強すぎるわ。もっと強力な力を持つ、人型の精霊しか来られない。そんなの、ここにいないってだけよ』
ちょっと、二人とも黙ろうか。威嚇しない。両脇で喧嘩しない。脳内会議で言い合うのはやめてくれ。ルヴィアーレは余裕で暗記しているのに、こちらが間違えそうだ。
いや、間違えてもいいか? いやいや、ダメダメ。精霊に捧げる、大事な儀式だから。
「出る光の源よ、さらなる恵みを与え、深き遠きに眠り、不死に眠る者への暁を求めん、」
『深きは沈み、暗きは遠く、待つ葉の芽吹きを沈みに拡げよ』
『何それ』
ちょ、変な言葉、言うのやめて。分からなくなるから!
「ここに、印をもたらさんことを」
そう口にして、くぼみに芽吹きの枝をルヴィアーレと刺した時だった。触れていた枝から、吸い取られるように魔導が祭壇へ流れ込んだ。
肌が粟立ち、咄嗟にルヴィアーレの手を引いた。
『遅いわ』
奪われた魔導が、祭壇から彫刻へ、そして、頭上の魔導の塊に流れていく。青白い光が強さを伴い、元の魔導と交わると、強烈な光を発した。
「きゃっ!」
「何だ!?」
周囲が叫ぶ中、魔導の塊から発せられた光が、頭上へ通過していった。
今のが見えたのは、誰だ。
すぐに周りを見回せば、誰もが呆然として頭の上を見上げていた。
全員、見えていた?
オマノウラがぽかんと口を開けて天井を見上げて、わなわなと震え出した。
「天の光……。王に、お知らせを……」
その言葉に、嫌な予感しかしなかった。つい引いていたルヴィアーレの手を離し、オマノウラに問う。
「今のは、一体、何ですの?」
情景は言わず、フィルリーネはオマノウラを睨みつけたが、オマノウラは震えているばかりだ。唖然としたまま天井を見つめている。
オマノウラがどこまで見えているのか分からない。魔導の力によってあの大きさも規模も違く見えるので、あれがどれほどの光を得ていたかも聞けない。魔導士ではないので、あの球体は見えないのだろうが。
『ヨシュアが変な言葉言うからじゃないの!?』
『俺のせいじゃない』
だが、魔導を奪われた。ルヴィアーレも分かっているだろう。少なからず驚きの顔をして、手のひらを見つめたが、内心何を思ったか。
『元々の資質』
「資質?」
つい口に出して、フィルリーネは踵を返す。ここで二人の会話を聞いていると、声に出してしまう。ルヴィアーレが怪訝な顔をして、こちらを見遣った。怪訝な顔をしたいのは、こちらもだ。
儀式の場所は、城の後方にある洞窟の中。芽吹きの木がある洞窟とは別の、奥深くにある空洞で行われる。後方の山にはそんな洞窟が多い。精霊が掘り進めたのかと思うような、魔導の力を感じる場所だ。遥か昔から行われている儀式のようで、その洞窟は普段封じられ入ることはできない。そして、城の階上から入られる洞窟なので、地下ではなく、山の頂に近い場所にあった。
魔法陣で封じられた大型の門扉を通り、儀式の舞台まで厳かに歩く。暗く冷たい道の中、歩くたびに、ぽつんぽつんと光が灯った。行先を示すように、明るくなっては消える。展望台と同じように、通る時だけ火が灯された。
『俺、ここ入るの、初めて』
『入ったって、やることないわよ』
厳かな雰囲気で静々歩いている中、脳内会議が始まった。このところ、私の頭の中はとても賑やかだ。
直接脳に話し掛けられて意識して、それに思いながら応えると会話になるわけだが、ほんのり思っていることでも、向こうには聞こえてしまう。私的な考えは筒抜けだね。別にいいけど。
『魔導、びりびりする』
魔導士などは、ここに入ると力をもらえる気がする、と言っていた。
洞窟自体が魔導に守られているようで、この洞窟は人工的に作られたものだと思っていたが、人間には作れないだろうと言うのが、エレディナの見解だ。
長い道はほんのり温かみを感じるが、魔導の波動なので、魔導の強い者でないと感じないだろう。奥へ行けば行くほど、その力が強くなる。開けた場所に来ると、ルヴィアーレが一瞬息を呑んで顔を上げた。後ろにいるサラディカたちも顔を上げる。
ここに入った時に、魔導が強いか弱いかが分かる。上部は確かに空洞で広い空間になっているが、真正面に注目したのは魔力が弱い者だ。ルヴィアーレを監視している王の騎士たちは、正面にある物に驚いていた。
真正面には祭壇があり、その後ろに大きな彫刻がある。王都にある聖堂と同じで、マリオンネの女王が、空から地上と海を慈しむように、手を伸ばして抱く包彫刻だ。
色は緑のような青で、それが魔鉱石で作られているのだと、すぐに気付くだろう。魔鉱石を彫刻にすることはまずない。しかも、人の身長の倍くらいある大きさだ。あれだけで航空艇が何年飛べるだろうか。
それほどの価値のある物を、彫刻として使用する。それに驚かず、真正面ではなく上部を見た者は、目に見えない物が見える者たちだった。
「魔鉱石で彫刻とは、驚かされます」
「素晴らしいですわよね。昔からある物ですが、誰が作らせたのかは分かりませんわ」
ルヴィアーレが惚けずに真正面の彫刻を褒めた。それに気付くように、サラディカたちが魔鉱石を目にして、今更驚く。
ルヴィアーレはごまかそうとしただろうが、無理がある。ルヴィアーレの部下全員が、上を向いていたからだ。一方、フィルリーネの側仕えや騎士たちは、真正面しか向いていない。
彼らはなぜ、ルヴィアーレたちが真上を向いたのか、その意味も分からないだろう。
上部は、芽吹きの木の洞窟のように、空が見えるわけではない。ただの空洞だ。高さがあるため驚いたとしても、真正面の魔鉱石に匹敵する驚愕さはない。
『頭の上びりびり』
『ここに長くいたら、人間は影響受けるわよねー』
上部に魔鉱石は見えない。だが、天井近くには、魔導の蠢きが見られる。球状の天井は、岩肌そのままの状態だ。白色の岩肌で削られたものではない。だが、その球状の岩肌から、青白く魔導が波打っている。それが中心に溜まり、岩肌より離れた天井の中心で、生き物のように丸くなり、蠢いているのだ。
この空洞の天井には、魔鉱石が埋まっている。それは発掘されず、天井の岩で蓋がされていた。しかし、魔鉱石の量が多いせいで、岩肌に魔導が滲み出ているのだ。目の前の彫刻以上の大きさの魔鉱石が、岩の中に隠されているだろう。
何故、その魔鉱石から発せられた魔導が、集まってぐるぐる動いて、丸くなって形を成しているのかは分かっていない。マリオンネから、この空洞を壊すことを許されていないので、魔鉱石の発掘はできなかった。
ここは、マリオンネが知っている、芽吹きを捧げる場所である。
叔父やイムレスは、この場所について調べていた。それを解明できたかは知らないが、調べた資料は魔導院にあると聞いている。
子供の頃、ここに来る時、頭上を見るなと、何度も言われていた。
頭上を見上げれば、気付かれる。だから、初めてここに来た時は、芽吹きの捧げのためではなかった。叔父から秘密裏に連れられて、魔導の話を聞かされた時だ。
今でも上を向きそうになるが、それは我慢だ。オマノウラはルヴィアーレたちが頭上を見上げたことを見ている。
「さあ、フィルリーネ様、ルヴィアーレ様。あちらの祭壇へどうぞ」
芽吹きの木を捧げる祭壇には、その枝を刺す穴がある。そこに木を刺して願うだけだ。
芽吹きの木が包まれた布を二人で手にして、フィルリーネはルヴィアーレと祭壇への階段を数段登る。彫刻の魔鉱石は青白い光を湛えて、ぴりり、と鳴った。
近くまで来ると、その彫刻と溢れる魔導に圧倒されそうになる。力を与えて貰えそうと言うより、奪われる気がした。ルヴィアーレも、心なしか、顔が強張っているように思える。
『刺して、どうすんだ?』
『祈りを捧げるっても、王は短い祝詞を唱えるだけよ。ねえ?』
その祈りを捧げる直前に、声を掛けてこないでください。祝詞がどっかに行っちゃうよ。
祝詞はルヴィアーレと共に口にするから、君らの話聞いてると、ルヴィアーレと合わないで、ばらばらにずれておかしな祝詞になっちゃうでしょ。
「古きに賜る芽吹きを、御身に捧げん」
『精霊に捧げるのに、精霊いない』
『精霊にだって、ここの魔導は強すぎるわ。もっと強力な力を持つ、人型の精霊しか来られない。そんなの、ここにいないってだけよ』
ちょっと、二人とも黙ろうか。威嚇しない。両脇で喧嘩しない。脳内会議で言い合うのはやめてくれ。ルヴィアーレは余裕で暗記しているのに、こちらが間違えそうだ。
いや、間違えてもいいか? いやいや、ダメダメ。精霊に捧げる、大事な儀式だから。
「出る光の源よ、さらなる恵みを与え、深き遠きに眠り、不死に眠る者への暁を求めん、」
『深きは沈み、暗きは遠く、待つ葉の芽吹きを沈みに拡げよ』
『何それ』
ちょ、変な言葉、言うのやめて。分からなくなるから!
「ここに、印をもたらさんことを」
そう口にして、くぼみに芽吹きの枝をルヴィアーレと刺した時だった。触れていた枝から、吸い取られるように魔導が祭壇へ流れ込んだ。
肌が粟立ち、咄嗟にルヴィアーレの手を引いた。
『遅いわ』
奪われた魔導が、祭壇から彫刻へ、そして、頭上の魔導の塊に流れていく。青白い光が強さを伴い、元の魔導と交わると、強烈な光を発した。
「きゃっ!」
「何だ!?」
周囲が叫ぶ中、魔導の塊から発せられた光が、頭上へ通過していった。
今のが見えたのは、誰だ。
すぐに周りを見回せば、誰もが呆然として頭の上を見上げていた。
全員、見えていた?
オマノウラがぽかんと口を開けて天井を見上げて、わなわなと震え出した。
「天の光……。王に、お知らせを……」
その言葉に、嫌な予感しかしなかった。つい引いていたルヴィアーレの手を離し、オマノウラに問う。
「今のは、一体、何ですの?」
情景は言わず、フィルリーネはオマノウラを睨みつけたが、オマノウラは震えているばかりだ。唖然としたまま天井を見つめている。
オマノウラがどこまで見えているのか分からない。魔導の力によってあの大きさも規模も違く見えるので、あれがどれほどの光を得ていたかも聞けない。魔導士ではないので、あの球体は見えないのだろうが。
『ヨシュアが変な言葉言うからじゃないの!?』
『俺のせいじゃない』
だが、魔導を奪われた。ルヴィアーレも分かっているだろう。少なからず驚きの顔をして、手のひらを見つめたが、内心何を思ったか。
『元々の資質』
「資質?」
つい口に出して、フィルリーネは踵を返す。ここで二人の会話を聞いていると、声に出してしまう。ルヴィアーレが怪訝な顔をして、こちらを見遣った。怪訝な顔をしたいのは、こちらもだ。
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