高飛車フィルリーネ王女、職人を目指す。

MIRICO

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「あれ、本当に読んでいるのか?」

 中央政務室の端っこで姫様の手伝いに入っていると、前にいた政務官がぼそぼそと話しながら姫様の手元を疑わしそうに伺っているのが見えた。

 中央政務室は広く端っこにいる姫様から一番遠い場所にいれば、ぼそぼそ話していても声は届かない。だからって、それに気付かれないと思うのは間違いだ。

 フィルリーネはぎっとそちらへ視線を変える。それに気付いた二人が一瞬背筋を伸ばした。蛇に睨まれた蛙。金縛りを受けた二人は身動きできない。

「話す暇があるなら手を動かしなさい」
 その言い方が吹雪です、姫様。

 政務官たちの中には今まで王の指示に従っていた者も多い。不要な支出やおかしな収入に目を瞑り、不思議な魔導士や騎士たちの移動、物資の輸送に知らんぷりを決め込んでいた。

 何のために使うのか。そんなことに理由はいらない。上層部から届けられた資料や書類に目を通しながら、ただそれを右から左へ渡す者もいた。

 それらには減俸や謹慎、王に関わっていた者は投獄された。
 残った者たちは中央政務最高官長エシーロムが謹慎している中、フィルリーネの指示を得ながら職務を行なっているわけだが、フィルリーネがまともに指示できるのか、不安しか持てないだろう。

 そのフィルリーネはいつも通り文面をパラパラ見るだけ。それで可と不可を分け、足りないところには資料を追加させた。
 信用できるかできないか。それを見極めるのは早いと思うのに、フィルリーネの正体を知らない政務官は、これからのグングナルドがどうなってしまうのか、不安を吐露していた。

「王が捕らえられるとは」
「ガルネーゼ様やイムレス様がクーデターを起こすとは思わなかったけれどな」
「だからって、祭り上げるのが、あの高飛車王女って言うのはどうなんだ?」

 寄宿舎の食堂で、小さな集まりになってぼそぼそと話す内容はどこも同じ。
 そしてフィルリーネが主体となり王を捕らえたと思われていない。

 姫様の言葉、意外に皆聞いてないんだよね。舞台に立ってあれだけ堂々と演説したにも関わらず、それを聞いていない者はどうしても信じることができない。
 悪評が悪評すぎた。それは姫様も分かっているんだろうけれど。

「カノイ、お前どうなんだ。フィルリーネ様からやたら指示されてるけど」
「カノイは前からフィルリーネ様の我が儘聞いていたから、前と同じだろ」

 中央政務室に元々いた先輩のナラゼッタと王女専用政務官だったガオモエルは口々に言ってくる。隣でラナゼッタの同僚ランキウスは答えを待った。

「姫様はぱらぱら見てるふりをして、本気で見てるから馬鹿にしない方がいいよ。あの人記憶力おかしいから。今までの高飛車我が儘王女を引き摺って笑ってると、あとで痛い目見る」

 どうとでも言えばいいけれど、姫様にその発言は伝えておくからね。それはここで言わないけれど。
 忙しさで目が回る中、甘い物が欲しくなる。フルーツのジュースを口に含んで、頭に栄養を送った。
 同僚たちはそんな姿を眉を顰めて見たり、困惑した表情を見せるが、大抵は、

「何言ってんだよ、カノイ。それは無理あるだろ。それフィルリーネ様に言えって言われてるのか?」
「さすがにないだろう。今日は確かにフィルリーネ様が指示をしていたけれど、ガルネーゼ副宰相と何度も何かを話していたぞ。それをそのまま伝えているだけじゃないのか?」
「そうそう。ないって、さすがに」

 こんな感じで一蹴される。それが腹立たしく思うのは僕だけじゃないはずだ。
 同僚たちにどう納得させるか。それはかなり難しい課題だ。フィルリーネを近くで見ていてこうなのだから、噂でしか知らない貴族たちはフィルリーネの本性にいつ気付くだろうか。

 フィルリーネ自身が女王になると断言したのでなく、弟のコニアサスに王を継がせるとはっきり口にしたため、フィルリーネを悪く思う者たちが大っぴらに反対を口に出せないことは功を奏している。
 ただ、フィルリーネは言わばお飾り。イムレスとガルネーゼによるクーデータで、フィルリーネを前に押し出しフィルリーネの面目を立てて、次代をコニアサスに継がせる計画なのだろうと思っている。

 それすら、フィルリーネの思惑だとは気付きもせず。

 だからって、幼い頃から何もかもを我慢し、馬鹿な王女を演じ、王を引き摺り下ろした彼女を、馬鹿のままお飾りの王女と思われるのは癪だ。

 イムレスもガルネーゼも本当ならばフィルリーネを女王に勧めたいのではないだろうか。
 そう思わなければ、こちらだってやっていられない。

「けれど、フィルリーネ様は人型の精霊を手にしていらっしゃるんだろう?」
「そう言う噂だけど、聞いただけで見ていないだろ?」
「それも噂なだけなんじゃないか?」

 馬鹿じゃないの。エレディナは姿を消してるんだよ。堂々と出ててもいいけれど、潜在層を引っ掛けるために姿を消してるの!

 本来なら翼竜のヨシュアもフィルリーネを守るはずだった。姫様の前で大きな体格して駄々を捏ねていたから間違いない。凶悪な雰囲気を持ちながら子供みたいに、やだやだ。を繰り返していたから呆れたけど、ヨシュアはフィルリーネの命令に渋々従い姿を消した。

 今は精霊の少ない地での魔獣狩りを行なっているらしい。それはそれで楽しいらしいので、喜んでやっているとか。
 でも道端で翼竜が火を吐いてるとこに遭遇したら、心臓止まっちゃうよね。

「政務はまだエシーロム政務最高官長が謹慎で済んでいるからいいが、王騎士団は団長が死亡して副団長は罷免されたんだろう? あそこの人事も大きく変わったんじゃないか?」

 心配はあちこちにある。ランキウスは思案顔をした。少し茶色の入った短い金髪を掻き上げて、集まって食事をしている王騎士団に目をやる。灰色の瞳が憐れんだ光を灯らせていた。

 王騎士団は王派が多く、亡くなった人の数も多い。仲間同士で戦ったのだから、王騎士団の死亡率は高かった。
 王派は多くがその部署の責任者だったりするのだから、人が変更されるのは当然で、王騎士団の場合、上位一、二がすげ替えられた。

「姫様は人事もう決めてるよ。ガルネーゼ副宰相も許可したから、騎士団の中じゃもう発表されてるはず。全体に辞令が発表されてないだけだよ」

 その発表も明日行われる。反王派が中心とは言え、フィルリーネは能力や人格を重視する。そこに贔屓はない。発表が遅くなったのは本人の意思を確認する時間が必要だったからだ。
 フィルリーネの選考は、思惑のない人間からすれば納得の人選になるだろう。

「姫様はちゃんと考えてるよ。全員が納得できるなんて無理だろうけど、前みたいに文句言っただけで死ぬことなんてない」

 辛辣なことを言ったわけではないけれど、三人は口を閉じた。王に反する者がいつの間にか殺されているのは皆が知っていることだからだ。

 食事を終えて自分の部屋に戻る時、同じ方向だったランキウスと一緒になった。ランキウスは人が良くしっかり者の兄のような人だが、王派とつるむことが多かった。政務官に王派が多かったせいだが、ランキウスの友人は投獄されている。

 今回のクーデターで思うことがあるだろう。歩きながらだんまりを続けていたが、ランキウスはぽそりと言った。

「フィルリーネ様は、王をどうなさるつもりなのだろうか」
「さあ。殺すならさっさと殺しているだろうから、当分は投獄されたままなんじゃないかな」
「実の父君であらせられるのに」

 実の父親を陥れた。本人は父親などと思ってもいないため何も思うことはないだろうが、周囲からすれば非道な行いだと思われるのだろうか。

 父親って言ったって、姫様が王と仲良く話してるのなんて見たことないしね。

 学園への入学も卒業も顔を出したことがない。誕生日も何もない。催し事がなければ会わない年もあったと聞いた。それで父親づらされても、どこが? って言いたくなる。

「関係ないんじゃないかな」
「王やベルロッヒ様と談笑されていた姿を拝見したが、あのように笑っていながら王を裏切るなどと。知らぬ間に自分たちにもあらぬ罪を被せるのではないだろうか」

 ランキウスは悔しさを滲ませながら、自らの未来を不安がる。俯きながら拳を握る姿に、すっと気持ちが冷えていくのを感じた。

 あれが楽しそうだと言うのならば、姫様の笑った顔など知り得ないだろう。そうさせてきたのは姫様だけど、姫様がどれだけ苦渋を舐めて生きてきたか、知りもしないで良く言ってくれるよ。

 王が何をしていたかなど、知らない者たちは多い。地方で起こる怪奇を噂だけ聞いて真実として受け取らない。城の中にいて王に異を唱えなければ安全だからだ。何も言わず黙っていれば自分の人生に危険など降りかからない。

 国で起こっていることなど対岸の火事。関わりがなければ蚊帳の外の話。それでいいと思っていれば、普通に生活できる。政務官ともあれば将来も安泰だ。

 虫唾が走る。

 王派と反王派の戦い。それは王の部下とフィルリーネの部下の戦いだ。蚊帳の外にいた者たちは何の被害もない。城での戦いに巻き込まれた者はいるが、巻き込まないための計画が練られていたお陰で最小限で済んでいる。

 王との戦いでそれだけ被害がないことに、誰も不思議に思わないのだろうか。

「大丈夫ですよ。姫様はああ見えて優しい。まともに仕事をしていれば評価してくれるし、取り合ってくれる」
「そんなの、信じられるわけがない…」
 ならば信じなくていいだろう。食事をして満腹に気分も良くなっていたが、吐き気すら感じてきた。

「その代わり、」
「え?」
「無能な奴には興味がない。切り捨てるのも早いから、お互い気を付けましょうね」

 にっこりと笑顔を作って見せたら、ランキウスが引き攣った顔をしたので、少しは溜飲が下がった気がする。

 姫様。まだまだ僕の心は苛まれ続けそうだよ。
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