高飛車フィルリーネ王女、職人を目指す。

MIRICO

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事件5

 まるで、ヘライーヌの作った薬で巨大化したような大きさのグラクトが、そこにいた。

「フィルリーネ様!」
 伸ばされた黒の煙が向かってくる。アシュタルがすかさずそれを切り裂いた。
 分断された黒煙は泡のように消えたが、本体に繋がった黒煙は形を変えて戻っていく。

「何て大きい」
 広間の大きさに合わせたように育ったのか、通ってきた洞窟より大きさがある。

 アシュタルは剣に魔導を流した。黒煙が警戒するように膨張する。広がった黒煙が勢いをつけてアシュタルに向かった。
 それをさっと避けると、煌めいた剣を振り抜く。黒煙を切り裂いた魔導が広間の壁面を削った。
 激突した魔導が広間に響くと、ぱらぱらと天井から小石が落ちてくる。

「フィルリーネ様、洞窟が緩くなっています。攻撃が届かないように下がっていて下さい!」
 フィルリーネは剣を持っていない。魔導を纏わせた剣で黒煙を切り抜くことができない。魔法陣を使い攻撃して広間を壊しては、崩れてくる可能性がある。

 アシュタルの言う通りにフィルリーネは通ってきた道に下がった。アシュタルの戦いを邪魔してはいけない。
 エレディナがフィルリーネの前に立ちはだかり、攻撃が届かないようにフィルリーネを守る。

 凍らせた黒煙はごとりと地面に落ちると、粉のようになって消える。しかしグラクトを覆う黒煙は入道雲のように再び広がった。

 フィルリーネは魔法陣を描いた。風を起こし、二人の身体を防御する。黒煙が届いてもしばらく防げるだろう。
「ありがとうございます、フィルリーネ様! エレディナ、黒煙を凍らしてくれ。核を切る!」
「分かったわ!」

 エレディナが両手を広げるとそこに魔導を集めていく。アシュタルは剣に魔導を集め、エレディナの攻撃を待った。
 氷の攻撃はきらきらと反射しながら黒煙を端から凍らせていく。伸びていた黒煙がごとごとと落ちると、アシュタルはグラクトの中心を目掛け魔導迸る剣を振り抜いた。

 くぐもった雄叫びが広間に響く。身体を覆っていた黒煙は苔むした岩のように固まり、煌めいていた赤色の瞳がくすむと、砂のように崩れていった。

「二人とも、大丈夫!?」
「問題ありません」
「平気よ、あれくらい」

 黒煙が二人を攻撃してもぎりぎりかわしていたから大丈夫だと思うが、見たことのない大きさのグラクトだ。心配で駆け寄ったが、アシュタルは汗を軽く拭う程度で、怪我の一つもない。

「さすがに強いわね。私も剣を持ってくればよかった」
「護衛がいるのに持ってこなくて結構です」

 きっぱりと言われて肩を竦める。アシュタルは魔導を使い戦うのを止めたりしないが、剣を使い直接戦うのは避けて欲しいと思っているのだろう。
 護衛として至極当然な考えだ。でも私も戦いたかったなあ。

「さっきのは、何であんなに大きくなったのかと思ったけど…」
「そうですね。これだけの魔鉱石があれば、その魔導を身体に受けて巨大化してもおかしくありません」

 明かりを灯した広間のような空間は、冬の館の洞窟のように魔導の力を感じる。壁から滲み出るような魔導は、魔鉱石が埋まっている証拠だ。
 広間にある壁は魔鉱石ではない。魔鉱石の埋まった場所を隠すように白の石で覆っている。そこから滲み出てくる魔導は隠しようがない。

 精霊が魔鉱石を作り姿を消した後、グラクトが住み着いていたのだろうか。一匹だけ巨大化していたのは、強者が残ったからにすぎない。

「フィルリーネ様、こちらに祭壇のようなものがあります」
 広い空間の奥に低い雛壇がある。床にはその雛壇を中心にして模様が描かれていた。
 その模様は壁に繋がり、天井に繋がっている。

 天井には冬の館の洞窟のように、魔導が球体となって蠢いていることはなかったが、良く見ると天井の中心に集まるような模様が描かれていた。

「単純な魔法陣のようにも見えますが…」
 まるで、地下にいる人間が太陽を模して描いたような、渦巻きの模様。模様は祭壇から天井に向かっている。

「冬の館では、祭壇に手を乗せれば魔導を奪われた」
「手を乗せると言っても、地面のような祭壇ですが」

 こちらの祭壇のようなものは、とても低くただ階段のように段になっているだけだ。芽吹きの枝を置くほどの高さがない。
 ひな壇の上に立っても魔導を奪われたりはしない。

「壁が崩れて小さな穴があります。グラクトがここから入り込んだのかもしれません」
 入り口近くの壁際に小さな穴がある。もっと地下にグラクトの住処があるのだろう。地盤が緩いため穴が空いたところから魔導の多いこの場所に集まったようだ。

「魔鉱石があるせいでグラクトが多く集まってしまったんでしょうね。陥没が起きてそのグラクトが一気に外に出てしまったのでしょう」
「グラクトがその穴から出ないように塞いでもらわないとね。祭壇はイムレス様に調べてもらいましょ」
 ヘライーヌにも調べさせた方がいいだろうか。

「フィルリーネ様、もう戻りましょう。予定外に時間を費やしましたから。皆心配していますよ」
「ああ、そうね」

 別の収穫はあったのだから、怒られることはないだろう。ガルネーゼあたりはうるさいかもしれないが。
 それにしても、この国の地下をもっと調べれば、他にも不可思議な洞窟が眠っているのだろうか。精霊の書の原本を全て読んでみたいものである。

「まだちゃんと読んでいないんだよな」
 吐息を吐き、祭壇側の壁に触れた時だった。

「フィルリーネ様!」
「何!?」
 触れた手のひらから青白い光が灯火のごとく溢れた。

「フィルリーネ様! ご無事ですか!!」
 アシュタルに身体ごと引き寄せられ、壁から身体を離す。

 それは一瞬だったが、奪われた。

「魔導が…」
 奪われた魔導が壁をつたい、天井へと伸びていく。それが天井の模様の中心に届くと、一度膨らみ天井へ吸い込まれていった。

「冬の館と同じ…」
 まるで、外へ放出されるかのように、天井へ勢いよく入り込んだ。

「…ここを出ましょう。エレディナ、フィルリーネ様を!」
 アシュタルはフィルリーネを抱きしめたままエレディナに手を伸ばす。エレディナがその手に触れた瞬間、あっという間に目に見える景色が変わった。

「どう言う状況だ?」
 冷えた声が頭上から届く。

 見慣れた部屋。振り向いたその先、引き籠もり部屋に転がったフィルリーネとアシュタルを見て、ルヴィアーレが静かに目を眇めた。



 何で部屋にいるかな。

 引き籠もり部屋に空いたカップと本があったので、しばらくあの部屋にいたらしい。
 入る許可は与えていたので構わないのだが、ただ単に一人になれる部屋として使いたいだけなのではなかろうか。

「それで、預かり所の見学に行ったフィルリーネ様が、なぜ森で魔獣退治をしていたのか、伺いたいのですが」
 イムレスはニコニコ顔で問いかけてくる。脇に控えていたアシュタルが他所目をした。

 イムレスの隣に座るハブテルは無表情でこちらを見ていた。イムレスはいつも通りの気安い言葉を使わず、王女に対する言葉遣いをしてくる。

 ハブテルがいると自分も王女の品格を消さぬよう話さなければならないのだが、さてできるだろうか。

「預かり所で魔獣の増加を耳にしたのよ。確認するのならば早い方がいいでしょう。ただ少々、気になる場所だったため、わたくしが確認したかったのよ」
「カサダリアの森に気になることが?」
「それに関してはヘライーヌに聞いてちょうだい。森に多くいたのはグラクト。そして、陥没した洞窟の奥には、古い遺跡があったわ」

 アシュタルがさっと地図を広げる。イムレスもハブテルも記した場所へ行ったことはあるだろう。目視しして、地図からこちらに目線を変えた。

「このような場所に遺跡とは、存じませんでした」
 ハブテルは騎士団に入る前に警備騎士であったことがある。森にも魔獣討伐へ行っただろう。この辺りは良く知っているはずだ。

「地下に埋もれていた遺跡よ。出入り口がどこかにあるのかもしれないけれど、今回は地盤が緩み陥没したお陰で地下道を偶然見付けられたの。ここから魔獣が現れていたから、早めに騎士を向かわせてちょうだい。遺跡の奥に小さな穴があったから、そこを封じた方がいいでしょう。アシュタルとエレディナがあらかた片付けてくれたけれど、まだ現れる可能性は高く、古い遺跡で魔鉱石が大量に埋まっている。魔導院も協力してほしいわ」

「遺跡となりますと、ダリュンベリの地下遺跡のようなものでしょうか?」
「冬の館の洞窟に近いわね。祭壇のある、魔鉱石に囲まれた部屋があったわ。儀式的なものよ」
「では、王騎士団より騎士を派遣いたします。イムレス様、魔導院より人を選んでいただけますか。フィルリーネ様、案内にアシュタルをお借りします」
「勿論よ。魔導院からはヘライーヌを連れてちょうだい。後の人選は任せるわ」
「承知しました」

 最初の調査にヘライーヌを選ぶのは危険な気もするが、イムレスが手綱を握ってくれるだろう。どうせイムレスも行く気だ。古い遺跡を調査するのに、生半可な者を送るわけにはいかない。
 魔鉱石の埋まる遺跡は未知なる場所だ。マリオンネも関わってくるかもしれない。慎重に行わなければならないのだ。

「それで、そちらの報告は?」
「こちらを」

 ハブテルが布に包まれた物をそっと取り出した。濃い紫の宝石だ。魔導具だろう。魔導は感じないが、ボタンのような丸い台座に嵌め込まれていた。ただの飾りには見えない。

「魔導士に確認してもらったところ、呪いの魔導具であることが分かりました」
「呪い? これがどこに?」

 無表情のまま、ハブテルがちらりとフィルリーネの隣を見遣る。
 黙って話を聞いていたルヴィアーレが、微かに片眉を上げた。
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