高飛車フィルリーネ王女、職人を目指す。

MIRICO

文字の大きさ
275 / 316

キグリアヌン2

しおりを挟む
「どこで爆発だ!」
「分かりません! すぐに調べさせます!!」

 アシュタルの声に騎士たちが動き始める。爆発音は離れた場所から聞こえたが、数回の音が耳に入った。一箇所だけではなく、いくつかの場所で起こったのか、廊下で人がバタバタと行き来し、それを確認する声が聞こえる。

「失礼致します、フィルリーネ様。爆発は三箇所。停車していた馬車、二階の庭園、それから、魔導院です!」
「被害状況は!?」
「まだ分かりません。侵入者は不明。爆発のみで、戦いはありません!」

 王騎士団の騎士が慌てて報告に来る。その報告を聞いている間にエシーロムがやってきた。

「フィルリーネ様! ご無事ですか!?」
「わたくしは問題ありません。冬の館が攻撃されました。対策を練ろうと思いましたがこの城にも攻撃をした者が。おそらく同時に攻撃し混乱をさせようとしているのでしょう。あなたはキグリアヌンの攻撃が誰によるものなのか確認しなさい。冬の館にいるガルネーゼとも連絡を取り合い、ガルネーゼの判断を仰ぎなさい」
「承知しました! 冬の館の件はお任せください」
「カノイ、あなたは他の非戦闘員を誘導して私の棟に移動を!」
「分かりました。どうぞ、お気を付けて」

 エシーロムとカノイはすぐに執務室を出ていく。憂え顔をしながらカノイは部屋を出ていった。その時にも爆発音があり、パラパラと天井から粉くずが落ちてきた。魔導院のある方向で爆発があったようだ。

 魔導院に訪れている、インスティアが爆発させたのだろうか。イムレスが対処しているだろうが、インスティア一人で何とかなると思っているのか。他の爆発音に気を取られたとしても、イムレスが気を抜いてインスティアにやられるとは思えない。

 インスティアは勝機があって単身乗り込んできたのだろうか。

「フィルリーネ様も避難をお願いします」
「私は客を迎えるわ」
「フィルリーネ様!? キグリアヌン王子が爆発物を所持している可能性が高いんですよ!?」
「あちこちで爆発が起きていているのに、逃げる場所なんてないでしょ。だったらキグリアヌンからの攻撃を笠に着てオルデバルトを捕えるのも手ね」
「勘弁してください」

 逆立てた眉は冗談ではないとフィルリーネを睨みつけた。

「コニアサス王子のところにでも避難してください。それならばいいでしょう。大好きな弟君を守りたいならば移動をお願いします。今回はあなたが直接戦う理由はないんですから!」

 さすがアシュタル。痛いところをついてくる。
 前回前王との戦いはフィルリーネ自身が戦う姿を見せる必要があった。王の代理としての立場を見せる必要があったからだ。しかし今回は何者かの襲撃。フィルリーネ自身が戦う必要はない。むしろ、危険を回避する必要がある。

 オルデバルトについて、ハブテルに警備を増やすよう伝えたが、犯人がオルデバルトでなければ、警備に守られて客間で待たせる方がいいだろう。
 あんな王子など放っておけば良いと、アシュタルの顔に書いてある。

「分かったわ。コニアサスのところへ行きましょう」
「そうしてください。どうしてそう自分から戦いに行こうとするのか。今のお立場を鑑みていただきたいですね」

 アシュタルは小言を加えて王騎士団の騎士を連れ、フィルリーネを促した。
 フィルリーネも仕方なしに肩を竦めると移動を始める。
 廊下は騒然としていて、城で働く者たちが右往左往していた。騎士たちは避難誘導をしながら、侵入者の有無を確認した。

 コニアサスのいる棟に行くには、一度外廊下に出て庭園に面したペディストリアンデッキを渡らなければならない。
 アシュタルはフィルリーネの前を歩き、王騎士団たちはフィルリーネを囲うようにして、周囲の状況を確認しながら移動する。

「インスティアやオルデバルトが急襲してきたと考えれば、混乱させるのが目的ではないでしょう。この城を乗っ取る気であれば、狙われるのはフィルリーネ様です」

 オルデバルトがフィルリーネを殺せば、王権を奪えるのだろうか。本来ならば、他国への蹂躙は大きな罪となる。
 前王がラータニア襲撃を行ったのは、前女王とアンリカーダの女王の権利の繋ぎが悪く、古の罰など恐れぬからだと思っていたが、アンリカーダに罰する気がなければ、オルデバルトがフィルリーネを狙ってもおかしくない。

 ただし、この国のすべての人間がオルデバルトに忠実となる理由はないが。

 フィルリーネを殺せば面倒なことになる。ならば、人質を取る方が早い。そう考えているだろうか。
 コニアサスの警備は強化しているが。

 その時、床が揺れるほどの轟音がした。

「フィルリーネ様!!」
 アシュタルがすぐに上から被さるようにフィルリーネを庇う。先ほどの爆発とは違った、もっと大きな揺れを伴う衝撃があった。

「地下が攻撃されたような……」
「あそこです! 煙が!」
 王騎士団の一人が窓の先を指さす。

「あの方向は……」

 建物の隙間から見える煙は爆破された場所を示していた。王宮の離れにある地下建造物。深く掘られた地階には、犯罪者たちが勾留されている。

 元王や、ワックボリヌ。前王に従った者たち。

「なぜあそこを……、――っ!?」

 呆然と、その煙を見遣っている間に、もう一度大きな爆発が起きた。衝撃で建物が揺れ、爆音で天井のガラスが弾ける。耳の中でキーンと残るほどの轟音だ。衝撃波に当てられ、廊下に倒れ込んだ者もいた。

「フィルリーネ様っ。ご無事ですか!?」
「私は、大丈夫……」

 アシュタルからガラスがぱらぱらと落ちてくる。頬や手にいくつもの傷が見えた。

「アシュタル。怪我の手当てを」
 アシュタルが覆い被さるその胸の中で、そう言った瞬間、肌が粟立つものを感じた。

「――――結界が」

 城を覆っていた結界が、今の爆撃で崩れ始めた。

 透明だった結界が、シャボン玉に浮かぶような虹色を混じらせて、ぱちぱちと弾けていく。それが一斉に崩れると、再び同じ色の空になっていった。

「城を覆っていた結界が、破られた!?」
「空からの攻撃に備えさせろ! 航空艇の侵入を許すな!!」

 フィルリーネの号令で騎士が走り出す。屋上から侵入してくる航空艇がいるかもしれない。

「フィルリーネ様……っ」
「アシュタル、これは戦争よ。執務室に戻り指揮をする。結界が破られれば外からの襲撃に対応しなければならない。城の中の混乱だけでは済まなくなる。――――やってくれるわね」

 城の結界のある場所を知っている者など、魔導院の院長や副長、王くらいしかいない。結界を壊せば外からの侵入が容易く行われる。この城は丸裸だ。

 今まで隠れていたくせに、ここでお前も出てくるの。
「やってやろうじゃない。どいつもこいつも、ここで終わらせてやるわ!」

「フィルリーネ!」
「ヨシュア、今までどこにいた! フィルリーネ様をお守りしろ!」
「変な奴がいる!」
「変な奴?」

 ヨシュアは姿を現すと、珍しく顔色を悪くさせて降り立ってきた。外で魔獣退治をしていたのだが、戻ってくる前に魔導院に寄ったようだ。アシュタルの言葉に反論しながら、魔導院の方を指差す。

「変な奴! あっちの方!」
 その時、再び爆発が起こった。先ほどの爆発とは違う、イムレスの攻撃だ。

 頭の上で、ぴんっと髪の毛を握る力を感じた。ルヴィアーレについていた精霊が首の後ろから頭に上り、小さな手でフィルリーネの髪の毛を握る。震えるようにぴくぴくと髪を動かした。

「……まさか、あの精霊か!?」
 頭の上の精霊が怯えていた。どこかに、作られた精霊が来ているのだ。

「ヨシュア、その精霊がどこにいるか探せ! 見付け次第、抹殺しろ!」
「分かった!!」
 ヨシュアがすぐに姿を消す。

「ニーガラッツが入り込んだのでは!?」
「そうでしょうね!」

 ならば城の結界を壊して、魔獣でも引き連れるつもりか。
 足早に執務室に戻ろうとすれば、混乱する者たちが走る中、覚えのある姿が現れた。

「フィルリーネ様!!」

 ドン、と力強く押された瞬間、光が目端を通り過ぎた。

「アシュタル!!」

 床に倒れ込むアシュタルを目端にうつして、フィルリーネはもう一度アシュタルの名を叫んだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

処理中です...