高飛車フィルリーネ王女、職人を目指す。

MIRICO

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陰謀2

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 婚約の印が消えていく。

 それは信じられない光景だった。印が泡のように剥がれ、煙のように消えていく。先ほどまであった痛みはもう一切感じず、ただユーリファラが手を握る力だけを感じた。

「お兄様! 婚約の印が取れましたわ! これで、婚約は破棄されたんですね!!」

 ユーリファラの歓喜を耳にしながらも、本当に消えてしまったことが、理解できなかった。
 フィルリーネがマリオンネに願ったのか? 婚約の破棄は本人でしか行えない。ルヴィアーレがどうこうできる問題ではなく、フィルリーネの意思でのみ、婚約破棄が可能だ。それでも、マリオンネに行き女王の許可が必要になる。
 しかし、アンリカーダは航空艇に乗って浮島へ移動している。

 どうやったのだ?

『どうやって破棄したのよ!?』

 エレディナの困惑した声が頭に届く。
 エレディナが震えた。きっと同じことを考えている。

 なにがあった?

 フィルリーネの元に帰り、確認してほしい。そう考える前に、くらりと目が眩んだ気がした。
 自分にあった精霊の魔導が離れていった。皮膜のように感じていたグングナルドの精霊の気配が薄れていく。グングナルドの精霊の加護がなくなったのだ。代わりに、ラータニアの精霊が自分に注目するのが分かった。

「国替えが行われている?」
「良かったですわ! これで、お兄様がラータニアを救済できます!!」

 何を言っているのか。精霊の配置替えが行われても、王は不在のまま。王族一人がラータニアの精霊を扱えるようになっても、女王の命令の前ではどうにもできない。だから、ラータニア王が王でありながら攻撃されたというのに。
 ユーリファラのどこか違った感覚が不気味に思えた。

「ルヴィアーレ様、航空艇は浮島方面へ移動しています!」
『女王は浮島に行って何をする気なのよ!?』

 サラディカとエレディナの声で我に返り、いつまでも握られていた手を振り払った。
 精霊がこちらに来るならば、シエラフィアを置いてはおけない。だが、精霊は女王の後を追っているようだった。精霊がこちらに来ないのならば、精霊と共に浮島へ行く気だ。

「サラディカ、航空艇は待機。精霊の動きに注視し、城を守れ! 王は連れては行けぬ」

 女王の進む浮島に王を連れて行くなどできない。増えてくる精霊が城に入り込むことを考えれば置いて行きたくないが、女王と対峙させる方が危険だ。

「ヴィリオに伝えて、警戒を強めるように」
「承知しました。ルヴィアーレ様は?」
「私は浮島に……、エレディナ、私も行く! 先に行くな!!」

 エレディナの気配が離れようとしたのを感じて声に出すと、姿を隠していたエレディナが現れて、手を伸ばしてきた。
 何を言うでもなく伸ばされたその手を取った時、後ろで人の手を握るユーリファラがいた。

「ユーリファラ!」
 叫んだ瞬間、その場所の景色が変わった。

 いつの時期でも花の咲き誇る、美しい場所。まるで桃源郷のような自然豊かで精霊が住まうその浮島に、一瞬で転移していた。しかし、いつもあちこちに飛んでは花に座り、水辺で遊ぶ精霊たちが、震えるように花々の陰に隠れているのが分かる。

「お兄様、こんな場所まで転移したのですか?」
「なぜ着いてきた! 大人しく城にいなさい!」
「嫌です! どうしてそんなことを言うのですか!?」

 ここで争っている暇はないが、言いたくもなる。ユーリファラは手を取ったままふるふると震えて、瞳に涙を溜めながらキッとルヴィアーレを見上げた。ユーリファラといつも一緒にいる精霊たちもこちらを睨みつけてくる。転移してきた人型の精霊と二人の人間に驚いて、周囲の精霊たちは一気に距離を空けて草花の陰に隠れた。いつもならば人懐こい動物のようにすぐに寄ってくるのに。
 それも当然か。ユーリファラの相手にする余裕はないと、ルヴィアーレは空の方へ向き直った。

「間違いなく、グングナルドの航空艇よ。一体、何があったの」

 その航空艇に女王が乗っているかはルヴィアーレには見えないが、エレディナには分かると、腕をさするようにして震える。女王の力の影響があるのか、不安げに見上げたが、今は大丈夫だとエレディナは頷いた。

「後ろの精霊たちが異様で不気味なだけよ。なんなのよ、あの数。しかもあれ、ラータニアの精霊だけじゃないわよ?」

 航空艇の後ろにモヤのようなものが浮いている。まるで虫の大群がこちらに向かっているかのようだ。ずっと航空艇の後をついてきているのか、ラータニアの精霊だけでなく、別の国の精霊たちがついてきているのだ。

「そんなこと、可能なのか?」
「国の線引きは絶対なのよ。だからあんたについてた精霊だって、ついてこれなかったじゃない。でも、グングナルドから航空艇についてきたってことは、あの航空艇でグングナルドとラータニアの境界にある結界を破ったから、精霊が他国へ侵入できたってこと? 女王が行ったから、問題ないってこと?」

 エレディナにも分からないと眉を顰めるが、しかし、航空艇と精霊が浮島に近付くにつれて、ちらほらとそのモヤから離れていくものが目に入った。

「ついて来られていない精霊もいるのではないか……?」
 エレディナもそれに気付いたと、唖然とした顔を見せる。

 モヤの後方が、煙が空へ上がっていくように、大地へ降りていくのが見える。まるで空と地が逆になったかのように、モヤの後方が大地へと尾を引いていた。それが、精霊が落下しているのだと気付くのに、時間は掛からなかった。

「なんてこと……」
 エレディナの声が震えた。ルヴィアーレも寒気がした。操られているのか、精霊たちは無理に航空艇の後を追って、力尽きたかのように地面へと落ちていっているのだ。

 グングナルドの精霊たちが、古の時から決められている理に反して、入り込んだラータニアの土地。結界が壊れて入り込むことはできたが、精霊たちに重い負荷が掛かったままなのか、パラパラと力無く落下していく。

「グングナルドの精霊だけじゃないわ。どれだけの精霊を集めたのよ。あれが、世界を統べる女王のすること!?」

 怒りに震えた。エレディナだけではない。ルヴィアーレもまた吐き気すら感じながらその光景を見つめていた。何が目的であのような真似をするのか。
 シエラフィアは、アンリカーダが母親であるルディアリネを恨んでいることは知っていた。女王制度に思うところがあるのではという話も聞いている。だが、ここまでアンリカーダを掻き立てる理由はなんなのだろうか。
 全てを巻き込んで、一体何がしたいのか。

 突然、エレディナが咆哮をあげた。
 エレディナから発せられた冷気が花々を凍らせていく。空気が冷えて、足元が凍り、隠れていた精霊たちが一斉に逃げ始める。

「エレディナ、待て!!」
 爆発するほどの魔導が航空艇の飛ぶ空へ吹き出して、氷の塊となり空へと突き出した。いくつもの野太い氷柱となったエレディナの攻撃は、一直線に航空艇へ伸びた。

 航空艇の結界に弾かれても、次の氷柱が伸びて航空艇を攻撃する。
 女王アンリカーダの乗っている航空艇に、精霊であるエレディナが攻撃をしたのだ。

「精霊が、女王に攻撃!?」
「あんなの女王じゃないわ! 女王なんかじゃない!!」

 エレディナは再び咆哮をあげた。周囲に氷の結晶が吹き荒び、嵐に巻き込まれたかのように周囲が白く烟った。
 先ほどよりも巨大な氷柱が空へと突き上がると、何かに弾けたように広がった。浮島を覆うように氷の結界が作り出される。

 エレディナは人型の精霊で、その攻撃力はグングナルドの城で発揮された。さすがに人型の精霊だけある力だと思ったが、あの時の比ではない力が浮島を揺らした。
 なんという力なのか。これだけの規模で氷の結界を作るとは。

 結界を作っただけではない。浮島に外からの精霊たちが入れないようにしたのだ。操られている精霊たちが浮島に降り立てば何をするか分からない。アンリカーダの目的が分からないのだから、航空艇の侵入を拒むしかない。女王だからなんだと迷うこともなく、エレディナは躊躇せずにそれを行った。

 エレディナの結界に、航空艇が氷の力の前でスピードを緩めた。砲台がゆっくりと動き始める。塞がれた進路に攻撃を加えるつもりだ。
 浮島にいる精霊など気にすることもなく、アンリカーダは攻撃する気だ。
 あれが女王のすることなのか? エレディナと同じ、怒りしか湧いてこない。

「エレディナ、精霊を避難させろ! 建物に移動させるんだ!」
「あんたはどうするのよ!」
「結界が壊れたら、航空艇を落とす」

 攻撃を受けても全ての結界が壊れるわけではない。入り込むだけの破壊にしか過ぎないのならば、その場所めがけて攻撃を行い、航空艇を落とすしかない。幸い浮島の下は海だ。気にせず攻撃できるだろう。
 アンリカーダが死ねば、後ろにいる精霊たちも意識を取り戻すはずだ。

 女王への攻撃を、精霊が行った。
 これは、大きな糸口になる。

 巨大な魔法陣を描き、魔導を注ぎ込む。その用意を、今成そうとした時、ずっと静かにしていたユーリファラが、大声を上げた。

「お兄様。どうして戦うのですか!? お兄様が王になれば、女王様も許してくださいます! お父様は精霊を殺した罪を問われただけ。お兄様が王になることがラータニアのためになるのではないでしょうか!?」
「何を、世迷言を言っているのだ!?」
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