高飛車フィルリーネ王女、職人を目指す。

MIRICO

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陰謀

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「ひどい顔だね……」
「その言葉、そのままそっくりお返しします」

 ベッドに寝そべったまま、シエラフィアは憂え顔をこちらに向ける。その顔をしたいのはこちらなのに、シエラフィアはそのまま微かに笑んだ。

 城に戻ってきた時は、どうして戻ってきたのか。と、真っ青な顔をして囁くように呟いていた。
 戻れと言ったのはフィルリーネだ。初めは自分も戻る気はなかった。ラータニアが襲われるのは想定していたし、シエラフィアに何か起きるかもしれないということは、前に会った時に話していたからだ。
 だが、

「声が掠れています。お水を飲まれますか?」

 シエラフィアは小さく頷く。もう声も出すのも億劫なのだろう。
 解毒したはずの毒が残っていたわけではない。解毒は確かに行われた。
 しかし、その後アンリカーダからの唐突な王族の権利剥奪がなされた。
 それによって起きるのは、精霊の王族への制約が消え去ること。

 つまり、王であったシエラフィアへの攻撃が可能になるのだ。
 翼竜のカーシェスからジルミーユの手紙が届いた時、フィルリーネはすぐにラータニアへの帰国を促した。王族からの離脱に伴う危険を憂えていたからだ。
 それが、現実になるなど。

「航空艇の用意をしております。夜明け前に城を抜け、浮島へ移動しましょう。これ以上ここにいるのは危険ですから」
「仕方が、ないね。まったく、恨みが深いことだ……」

 そう言いながらシエラフィアは瞼を閉じた。薬が効いているのだろう。ベッドの脇で控えているジルミーユが毛布を掛け直してやる。
 顔を青白くしているのは彼女も同じだ。ドレスを脱ぎ騎士の姿をしたまま、目尻を赤くして唇を噛み締めた。

「結界は強めてあります。もうしばらく、ここでお待ちください。……大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、ルヴィアーレ。私は妃である前に騎士です。王をお守りすることは当然のこと。精霊の力がなくとも魔法陣は描けますから」

 ジルミーユの強さは自分もよく知っている。彼女から剣の使い方を習い、魔法陣の描き方を学んだ。ラータニアは魔獣も少なく戦うことはあまりないが、一度戦いになれば、強力な攻撃を繰り出す人だ。
 だが、今の彼女でははっきりと精霊を目にすることができない。

 シエラフィアに近付いた精霊を殺したのは彼女だったが、それはほんのわずかに遅かった。
 眠っていたシエラフィアに再び毒を振り掛けようとした精霊によって、シエラフィアは再び毒に侵されたのだ。

 精霊が与えた毒はかなり強いものだった。一命を取り留めただけマシだと思う。
 本人がそれを言っていたのだ。相当危険だったのだろう。

 解毒をしたが、一度悪くした内臓を完治させるには時間が掛かる。それでも本来ならば少しずつでも治癒していくはずだった。しかし、体は良くなるどころか悪化の一途をたどり、ついには意識を失うほどになった。

 精霊の入られない結界を張っていたと聞いていたのに、破られたのである。
 どうやって行ったのか。内部に裏切り者がいるとしか思えない。

『ここには私もいる。結界を強めているのだから、精霊たちに察せられないようにしろ。外で姫がうろついている』

 小さな男の子がソファーの上で丸くなりながらこちらを見上げた。真っ白のマントにくるまって、若草色の瞳をこちらに向ける。

 人型の精霊ヴィリオ。ついていたムスタファ・ブレインが殺され、ラータニアに避難してきた。攻撃を受けて片腕を失ったが、マントに隠れていてそれは見えなかった。

「ユーリファラにはここに近付かぬよう伝える。少しの間、頼む」
『承知している』

 部屋を出て、結界が閉じたのを確認し、冷えた廊下を歩くと、少しだけウェーブかかった金色の髪が柱の影から見え隠れしていた。

「ユーリファラ」
「お兄様、お父様のご様子は……?」
「今眠ったところだ。部屋にいなさい。ここはうろつかぬようにと伝えただろう」
「も、申し訳ありません」

 ラータニアでは二人になってしまった王族の一人ユーリファラは、王族の制約などなくとも精霊に愛されているため、ついてくる精霊の数が多い。
 それで精霊たちに気付かれぬように結界を張った建物にいては、なんの意味もなかった。

 ため息が出そうになってそれを耐える。涙目で見上げてくるユーリファラの視線を退けるように歩き始めたが、ぐっと右手を掴まれた。

「お待ちください。お兄様。お話を聞いてくださいませ」

 フィルリーネ以外の女性に触れられただけで、左手に刻まれた婚約の印が緩く温度を上げてくる。それに気付きながら、ユーリファラに向いた。
 ここでゆっくり話している暇はない。

「ユーリファラ、話ならば他で聞く」
「今、お話がしたいのです。お兄様の婚約はまだ破棄されないのですか!? お父様もジルミーユ様も、大変なことになってしまって。お母様では埒が明かないのです。お兄様が戻ってきてくだされば良いではないですか! お父様もきっとお望みです! みんな、そう思ってらっしゃいます!!」

 王宮の中には自分がラータニアに戻ることを望む者たちは多い。だが、シエラフィアはそれを望んでいない。そして、自分がラータニアに戻っても、何の解決の糸口もない。

 アンリカーダがラータニアを敵視した。ここで自分が婚約を破棄されラータニアに戻れば、確かにアンリカーダはラータニアへの敵意を増やすだろう。
 それも避けたい気持ちが強いのだ。

 その心を、ユーリファラは理解しない。自分がこの国の人間に戻れば、敵対しているもの全てに勝てるとでも思っているようだ。

「離しなさい」

 引かれた腕を振り払い、シエラフィアの部屋を背にして歩き出す。

 とにかく今は精霊を近付けさせたくない。今のシエラフィアには精霊が攻撃をためらわないからだ。王であった時ですら襲われたのだから、アンリカーダからの命令を無視することはできない。

 シエラフィアを執拗に攻撃する理由は分かっている。
 シエラフィアの次は自分を狙うことも。

「航空艇の準備はどうなっている」
「もうすぐ出発できるようです。魔法陣の用意は整っています」

 サラディカの返事に頷いて、航空艇の出発を促す。シエラフィアを停泊している場所まで動かすことも危険なので、航空艇に直接転移するつもりだ。そのため、航空艇の出発が先である。

『ちょっと、あの女、すごい顔してこっち見てるわよ。なにやったのよ』

 頭の中でエレディナの声がする。あの女は後ろにいるユーリファラだ。黙ってついてはきたが、鼻の上に皺を寄せて怒りを我慢しているようだった。
 今は相手にしている暇はない。とにかくシエラフィアとジルミーユを移動させたい。

 結界の中にいるヴィリオも操られる可能性はあるが、結界を破られた時に相手ができる精霊がいた方がありがたい。エレディナは結界の外で他の精霊の動きを見てもらっていた。

 フィルリーネがエレディナを連れていくことを容認するとは思わなかった。むしろ、彼女にこそ危険があるのに。
 フィルリーネはどうしているだろうか。できる限り早く戻りたいが、その目処が立たない。

『あの子のことより、あんたの方がまずいわよ。あんたも浮島に行った方がいいわ。とりあえず、あそこの精霊は女王の命令を聞かないからね』

 心の声が丸聞こえだと、エレディナが返答してくる。問うてはいないのだが、この筒抜けの状態ではどうしようもない。
 だからこそ意思疎通が簡単か。エレディナが何かの気配に気付いたのに、自分も気付いた。

 どうした?
『なんか、やなかんじするわ……』

 やなかんじ。だけでは分からないが、移動を早く行った方がいいことは分かる。

「航空艇の出発は!?」
「もう少しです!」

 魔鉱石のエネルギーが十分に届くまで時間が掛かる。浮島に共に行く者たちは既に航空艇に乗り込んでいる。レブロンとイアーナは先に乗せた。サラディカは転移魔法陣を使用し移動させるつもりだ。

「お兄様、お兄様!!」

 いきなりユーリファラが腕を掴んだ。再び婚約の印が熱を持つ。
 その手を見ようと思った瞬間、異様な気配を感じた。

「ルヴィアーレ様! 外に、何かが!!」

 サラディカが窓の外を見遣り指差した。サラディカにも見えるほどの気配。

「精霊……」
『なんて数なの……』

 アンリカーダが動き始めたか。シエラフィアが浮島に移動することを察せられたか。

『なんてこと……。女王だわ……』

 精霊の後ろに、船が見える。

『グングナルドの航空艇だわ!!』

 見たことのある、グングナルドの戦闘用航空艇。フィルリーネによって破壊されずに残った、数少ない巨大航空艇だ。
 マリオンネからの移動手段がないために、航空艇をグングナルドから手に入れたのか。

「フィルリーネ……っ」

 ならばグングナルドになにがあったのか。愕然とした時、熱を持っていた手が痺れるように痛くなった。

「お兄様。怖いわ……」

 婚約の印が赤く滲み、血が浮き出てきた。

「ユーリファラ、離しなさい!」
「嫌です! どうしてわたくしの話を聞いてくださらないのです!」

 瞳を潤ませながらもユーリファラはどこか怒りを滲ませていた。握っていた手に力を入れて、嫌でも離さぬときつく握りしめる。

「————っ」

 痛みが増してくる。赤かった婚約の印が黒色に変化し、焼きごてでもされているかのように、鋭く滲む痛みを感じた。

「ユーリファラ!」

 叫んだ瞬間、なぜか痛みが消えた。手は握られたままなのに、なぜか痛みがない。
 どうして? そう思う前に、その手の甲にあった黒の印が、煙のように消えていくのが見えた。

「————っ、フィルリーネ!?」

 唖然と、消えた婚約の印があった手の甲を、ただ見つめることしかできなかった。
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