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女王制度
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「姫様。なんか、変な顔をしてますよ?」
資料を読んでいると、カノイがわざわざ人の顔真似をして言ってくる。指で眉間を寄せて、口を尖らせた。
「そんな顔してた?」
「してますよ。昨日のパーティでも、変な顔してましたし」
そんなに変な顔をしていただろうか。カノイは見終えた資料をこちらに持ってきて、これも確認しろと机に置いていく。
「お祝いだったんですから、もう少しいい顔してれば良かったのに。遠くから見てても、笑ってんだか機嫌悪いんだか、よく分からない顔してましたよ」
「慰労会で変な顔なんてしてなかったわよ」
「慰労会って言わないでください。ガルネーゼ宰相の帰還パーティですよ」
「お疲れ様会じゃない。みんな余計な戦いさせてごめんなさいパーティだわ」
「被害多かったから、パーティなんてやりすぎだって怒ってます?」
「思ってないわよ。それくらい労ってやらないと。功績だし、城でもみんな頑張ってくれたしね。マグダリア領の反乱として片付けるから、こっちに非はないし」
「じゃあ、財政が心配ですか? でも、ダリュンベリに精霊がたくさんいるって噂があって、やたら街は賑わってて、復興に意欲あるって話ですよ。冬の館の被害は多いので、復興予算は結構な額、必要ですけど」
「そんなこと気にしてないわよ。マグダリア領の領主を誰にするか、迷ってるけどね」
ガルネーゼの推薦する者は冬の館に決めた。マグダリア領もガルネーゼ寄りにすると、わざと潰したと思われかねない。ガルネーゼばかりと言われるような選択をすると、また争いが生まれる。
「悩ましいですよね。他の推薦リストと、それらの調査は進めてますから、もうちょっと待ってもらうしかないですね。待たせたくないでしょうけど。まだ、残党逃げてるんですよね」
「地道に倒していくしかないわ。前王の部下じゃなくて、マグダリア領主の関係者だから、恨みを持って散らばられると面倒だし」
マグダリア領主の関係者は裁判にかけられるが、処刑は免れない。おそらく親族にまで及ぶだろう。
キグリアヌンの王子を招き、侵略を進めたからだ。外患誘致の罪は重い。家は取り潰し。罰を受ける者の中には子供も含まれる。非情だろうが、禍根を残すのは危険だ。のちに火種となる。小さな子供は流刑になるだろう。一生、その場所から出ることはない。
「国の代表として当然です。国民を守るのが使命なんですから」
「ありがと」
仕方がない。そんな無責任な言葉ほど、ひどいものはない。彼らを放置した、その結果、犠牲になっただけである。国王の無能ほど、罪深いものはないのだ。
「カノイ、今度、婚約するって?」
「なんで、知ってんですか!!??」
急に問うと、質問に身構えていなかったカノイが、真っ赤になって立ち上がった。
知らないわけなかろうが? アシュタルを睨むが、伝えたのはアシュタルではないと、肩を竦める。
「なんで知らないと思うのよ。エシーロムから教えてもらったわ。カノイの趣味はよく分かった。細身で少し小さめの、可愛らしいご令嬢ね」
「顔まで知ってる!!」
うう。と嘆かれても困る。部下のお相手の情報を得るのは、上司として当然の行いだ。
しかし、カノイが婚約と思うと、感慨深い。カノイも婚姻していない一人で、婚約も遅めである。
仲間内で婚姻している人が少ないのは、なにかに巻き込まれた時、周囲がどうなるか分からないと考えているからだろう。
好んで独身も多いが、そうならざるを得ない者たちは多かったはずだ。
その脅威もすぎて、幸せいっぱいが増えると良いのだが。
「全然、幸せ感じてなさそうな人に言われると、ちょっと」
「どういう意味よ。幸せいっぱいですよ。ダリさんのとこ行く予定できたし、アイデア出てきたし、行く前に作品作っとかないと!」
力一杯言うと、カノイが、そっちかあ。とため息をついてきた。失礼なやつめ。
「おい。入るぞ」
ノックと同時にでかい図体の男が入ってくる。アシュタルが背筋を伸ばした。ガルネーゼである。
「あら、英雄宰相。お元気かしら」
「おちょくるな。冬の館から連絡があって、マグダリア領の残党を見つけたそうだ。こちらは、すぐに鎮圧できたとな。冬の館だけでは人数が足りんからと、他領と協力しているから時間の問題だろう。まだ全部とはいかないが」
「ワックボリヌ夫人の遺体は?」
「言われた通り、罪人として処理する。夫と同じ場所にはしないでおくさ」
「墓場で喧嘩されちゃ、たまんないですもんね」
残党を追う中、ワックボリヌ夫人を捕らえた。今回の騒動に紛れてワックボリヌを殺した命令を出したか証言は出なかったが、一緒にいた男が、ロデリアナを陥れた男と一致した。髪を結んだ細目の男だ。
逃げられぬと悟り、ワックボリヌ夫人はその場で自害。細目の男は捕えられた。
彼女の証言は得られなかった。細目の男が何を話してくれるかは、まだ分からない。
だが、これで大体は終えられたはずだ。
やっと、全てが終わるだろうか。そう思っていると、ガルネーゼがやけに眉を顰めて黙っていた。良い要件ではないようだ。
「マリオンネから連絡きたの?」
「……そうだ。マリオンネからの召喚だ」
マリオンネもやっと落ち着いたのか。
連絡をもらってから数日も経たずに、フィルリーネたちはマリオンネに向かった。
マリオンネは、王族以外入ることを許されていなかったが、ガルネーゼとイムレスの同行が許された。ガルネーゼは不機嫌顔を隠しもしない。イムレスは黙っているが雰囲気が暗い。
警備には、ハブテル一人。アシュタルは連れていけない。とってもがっかりしていたが、こればかりはどうしようもない。
今回、王族以外の者に同行が許されたのは、落ち着いたとはいえ、まだ不安定な状況だからだろう。なにせ、女王の死亡がまだ各国に通達されていない。女王はマリオンネにまだ存在していることになっている。
混乱を招かないためというより、各国に質問された時、誰が代理を行うのか決められていないからだろう。
そして、マリオンネではアンリカーダについて、どう周知されているのかは知らないが、現在、女王の印を持っているのはフィルリーネである。もし、マリオンネでその情報が漏れた場合、地上の者がなぜ女王の印を持っているのかと、疑問視されるだろう。
信用がないのはマリオンネの状況の方だ。そのため、王族ではない者たちの同行が許されたのである。
「フィルリーネ様、お待ちしておりました」
航空艇を迎えてくれたのは、白の服に手の隠れたマントを被っている女性。
エルヴィアナ女王の寝所で会った、ムスタファ・ブレイン、フルネミアだ。金髪を頭の後ろでまとめた、美しい女性。
前に会った時に比べて、やけに仰ぎ慕うような視線を向けてくる。どこか突き放したような、訝しむような、そんな雰囲気が全くなく、敬う姿勢さえ感じる。
それにイムレスもガルネーゼも気付いたか、ガルネーゼが苦々しいと眉を寄せ、イムレスは目を眇めた。
参ったね。女王になるのはその時だけよ。なんて、カーシェスは言ってたけど、そうはならないような予感がしてきた。
入った部屋は、そこまで広くはなかったが、大きなテーブルがドンと真ん中にあり、それを挟んでムスタファ・ブレインが数人座っていた。
知っているムスタファ・ブレインは、アストラル。それから奥の正面に、金髪の男、ラクレインが見えた。白の衣装を着ていないので、やはりエルヴィアナ女王の親族かなにかなのだろう。他のムスタファ・ブレインは見知らぬ者たちである。
「フィルリーネ姫。よくおいでくださった」
最初に言葉を発したのはラクレインだ。イムレスとガルネーゼに軽く視線を合わせて、座るように促す。フルネミアは後ろで扉の前に立ち、他の侵入に警戒する。
秘密の会議のようだ。
ハブテルも立ったままだったが、緊張した面持ちをした。
本当に、女王となるかもしれない。そんな雰囲気を感じる。
「女王について、まずはマリオンネの現状をお伝えします」
説明を始めたのは、アストラルである。他のムスタファ・ブレインたちが注目した。
どうやら、アストラルがムスタファ・ブレインの中で一番上の位置にいるようだった。
「マリオンネは、ムスタファ・ブレイン、ベリエルやその手下、魔獣などにより攻撃を受け、多くの犠牲が出ました。主犯格はベリエルと発表。アンリカーダは女王の立場に心を患い、浮島で自害したことになっています」
ああ、やはりか。女王がマリオンネの者たちを襲った。その事実は隠匿するつもりだ。
今回の事件は、ムスタファ・ブレイン、ベリエルが主導したこと。アンリカーダの死亡は、その責務に耐えきれず、自害したことになった。
嘘は言っていない。女王が反乱を起こして死んだとは、さすがに言えないのだろう。
現在、その女王の椅子に座る者がいないこと。また、次代が決まっていないことも周知されている。
「精霊は未だ怯え、それが女王不在だと思われている。我々は次の、マリオンネを導く者を探さねばならない」
ラクレインが誰に言うでもなく口にする。ラクレインはフィルリーネを見なかったが、ムスタファ・ブレインたちはフィルリーネに視線を向けてきた。
イムレスとガルネーゼが、厳しい顔をする。
あと先考えずに行ったわけではなかったが、あの時は迷っている暇がなかった。女王になる気はないが、その可能性も低いわけではないことも分かっていた。
なにせ、女王には子供は一人。
一瞬沈黙が訪れた。ムスタファ・ブレインたちとイムレス、ガルネーゼの睨み合いになる。
まだ、女王になれとは言われていないが、言われたようものか。
フィルリーネは静かにその話を聞いて、こちらを特に期待するでもなく見遣る、アストラルに視線を合わせる。
「女王になってほしいとお願いしたら、いかがされますか?」
いかがされます。とは。なってほしいと言うわけではないのか。では、他に別の道を用意しているということか。
そうであれば良いのだが。
イムレスとガルネーゼの気配を重く感じる。なりたいなんて言わないから、その無言の圧力やめてくれないかな。
「女王になる気はありません。女王になる者はマリオンネの者です。私はグングナルドの者であり、それ以外ではありません」
「ですが、精霊の王の選定を終えた方だ」
「選定を行えば、誰でも終えられるかもしれません。グングナルドで試されると良いかと」
端から確認すれば、一人や二人、いや、何人もいるかもしれない。魔導量で選定に合格するならば、マリオンネの者であれば進めるのではないだろうか。エレディナは、マリオンネの人間は、そんな大層な魔導は持っていないと言っていたが。
はっきり言いやると、アストラルが確認のようにラクレインに視線を変える。ラクレインは分かっていたと、肩を下ろした。緊張していた力を抜いたような、安堵したような。
「精霊の王に選定を受けた者は二人いる。一人はフィルリーネ姫と、もう一人が、君の知っている、ラータニアの王弟だ」
ガルネーゼとイムレスがフィルリーネ注目する。が、フィルリーネにも寝耳に水だった。
エレディナが連れて行ったのか? グングナルドにいた頃に行ったとなれば、犯人はエレディナだろう。
いつの間にとも思うが、フィルリーネから離れるようになった頃であれば、いつでも可能だ。
「ルヴィアーレは、エルヴィアナ女王の娘、ルディアリネの子供だ。女王の血を継いではいるが、女王と同じではない。それについては知っていると思うが。だが、一番資格があるのもルヴィアーレだろう」
「ルヴィアーレはなんと?」
「確認はしていないが、ラータニア王の状況が思わしくない。ラータニアを継ぐ者がいない今、女王の代わりになれるわけがない」
「どちらにしても、女王にするのは無理ですよね?」
ルヴィアーレの血であれば、当然だと思う。だが、女王にはなれない。ルヴィアーレが次代を孕むわけにはいかないのだから。
その後、結局、次の女王を決めなければならなくなる。今だけの、ただの代替にしかならない。
だから、フィルリーネが適任だ。そんな顔をしてくるかと思ったが、ラクレインはムスタファ・ブレインたちと目で確認しあった。
イムレスとガルネーゼが妙な雰囲気にお互い顔を見合わせる。
無理に女王になれと命令される雰囲気ではない。
「アンリカーダが、女王としての印を得られなかったのは聞いているだろうか。アンリカーダは幼少の頃から残忍性があった。いくら女王の血を継ぎ、精霊の命を得て生まれても、残忍性を持っていては、精霊たちに好かれるわけがない。印がなくとも命令を聞く精霊はいたが、印を与える精霊がアンリカーダを拒否した」
女王としての資格は得ていないが、精霊の命を得て生まれてきたため、精霊の力と魔導量に従う精霊がいる。女王であると認識するのは、アウラウルの与える命がいつも同じで、気配も同じだからだ。
しかし、女王の印を与える人型の精霊は、その魔導に惑わされることはない。
「アンリカーダ以外に特異な考えを持つ女王が、今までいなかったわけではない。新しく命を賜って、次の女王としたこともある。だが、ルディアリネ様が亡くなり、それは不可能だった。エルヴィアナ女王は、ルディアリネ様のこともあり、女王制度は無理のある制度だとお考えだった。女王という制度は、間違いを生みやすいと。
精霊の王の選定を得る時代に戻すべきだとは思わないが、女王を孕ませるという制度は終わりにできないかと考えている」
「では、女王制度を廃止にされるんですか?」
「すぐに変えられるとは思っていない。反対する者しかいないだろう。これからどうすべきか模索するつもりだ。そこで、君に頼みたいことがあるのだ」
本題はここからなのだと、ラクレインが顔を上げる。ムスタファ・ブレインたちも姿勢を正した。
「直近で、女王として行わなければならない事は多く、それをすぐに誰かに行わせるのは難しい。女王の仕事はほとんどが人型の精霊と関わり、彼らの手伝いがなければ為されないものばかりだからだ。まずは、彼らを説得しなければならない」
フィルリーネはそれを察した。今、すぐに女王の代わりになる誰かを選出することはできない。しかし、女王の印があれば、女王の仕事は行える。
「女王代理として、しばらく女王の仕事をしてほしいのだ」
「女王になってもらえれば、一番良いのですけれどね」
アストラルが付け足した。ラクレインがアストラルを睨み付ける。ついでにイムレスとガルネーゼも眉を釣り上げた。
「エルヴィアナ女王は、マリオンネをまとめる者に男女の差はないとおっしゃっていました。マリオンネで一番女王の座にふさわしい候補者はルヴィアーレ様やフィルリーネ様ですが、次点でラクレインになります。しかし、彼の年齢を考えれば、次の候補を考えなければならない。
精霊に好かれて、魔導の量の多い者。そういった候補を選ぶことになる。最悪、精霊の王に挨拶もしなければならないでしょう。アウラウルが望めばですが。その間に女王不在の空白期間が続くと、壊れた結界はそのまま、王族の抹消もそのままになってしまう」
アンリカーダがグングナルドとラータニアの国境の結界を緩めた。それはまだそのままで、精霊はわずかながら行き来ができるそうだ。死ぬ可能性もあるので遠くまでは行けないが、可能ではある。
そして、ラータニアの王と王妃、シエラフィアとジルミーユの王族の登録が、まだ抹消されたままだった。
これを変更できる者を認定するまでに、どれくらいの時間が掛かるのか分からない。
女王にはならなくていい。けれど、女王の仕事をしてほしい。次の女王に代わる者が現れるまで。
「女王代理として、君にお願いしたいのだ。フィルリーネ姫」
資料を読んでいると、カノイがわざわざ人の顔真似をして言ってくる。指で眉間を寄せて、口を尖らせた。
「そんな顔してた?」
「してますよ。昨日のパーティでも、変な顔してましたし」
そんなに変な顔をしていただろうか。カノイは見終えた資料をこちらに持ってきて、これも確認しろと机に置いていく。
「お祝いだったんですから、もう少しいい顔してれば良かったのに。遠くから見てても、笑ってんだか機嫌悪いんだか、よく分からない顔してましたよ」
「慰労会で変な顔なんてしてなかったわよ」
「慰労会って言わないでください。ガルネーゼ宰相の帰還パーティですよ」
「お疲れ様会じゃない。みんな余計な戦いさせてごめんなさいパーティだわ」
「被害多かったから、パーティなんてやりすぎだって怒ってます?」
「思ってないわよ。それくらい労ってやらないと。功績だし、城でもみんな頑張ってくれたしね。マグダリア領の反乱として片付けるから、こっちに非はないし」
「じゃあ、財政が心配ですか? でも、ダリュンベリに精霊がたくさんいるって噂があって、やたら街は賑わってて、復興に意欲あるって話ですよ。冬の館の被害は多いので、復興予算は結構な額、必要ですけど」
「そんなこと気にしてないわよ。マグダリア領の領主を誰にするか、迷ってるけどね」
ガルネーゼの推薦する者は冬の館に決めた。マグダリア領もガルネーゼ寄りにすると、わざと潰したと思われかねない。ガルネーゼばかりと言われるような選択をすると、また争いが生まれる。
「悩ましいですよね。他の推薦リストと、それらの調査は進めてますから、もうちょっと待ってもらうしかないですね。待たせたくないでしょうけど。まだ、残党逃げてるんですよね」
「地道に倒していくしかないわ。前王の部下じゃなくて、マグダリア領主の関係者だから、恨みを持って散らばられると面倒だし」
マグダリア領主の関係者は裁判にかけられるが、処刑は免れない。おそらく親族にまで及ぶだろう。
キグリアヌンの王子を招き、侵略を進めたからだ。外患誘致の罪は重い。家は取り潰し。罰を受ける者の中には子供も含まれる。非情だろうが、禍根を残すのは危険だ。のちに火種となる。小さな子供は流刑になるだろう。一生、その場所から出ることはない。
「国の代表として当然です。国民を守るのが使命なんですから」
「ありがと」
仕方がない。そんな無責任な言葉ほど、ひどいものはない。彼らを放置した、その結果、犠牲になっただけである。国王の無能ほど、罪深いものはないのだ。
「カノイ、今度、婚約するって?」
「なんで、知ってんですか!!??」
急に問うと、質問に身構えていなかったカノイが、真っ赤になって立ち上がった。
知らないわけなかろうが? アシュタルを睨むが、伝えたのはアシュタルではないと、肩を竦める。
「なんで知らないと思うのよ。エシーロムから教えてもらったわ。カノイの趣味はよく分かった。細身で少し小さめの、可愛らしいご令嬢ね」
「顔まで知ってる!!」
うう。と嘆かれても困る。部下のお相手の情報を得るのは、上司として当然の行いだ。
しかし、カノイが婚約と思うと、感慨深い。カノイも婚姻していない一人で、婚約も遅めである。
仲間内で婚姻している人が少ないのは、なにかに巻き込まれた時、周囲がどうなるか分からないと考えているからだろう。
好んで独身も多いが、そうならざるを得ない者たちは多かったはずだ。
その脅威もすぎて、幸せいっぱいが増えると良いのだが。
「全然、幸せ感じてなさそうな人に言われると、ちょっと」
「どういう意味よ。幸せいっぱいですよ。ダリさんのとこ行く予定できたし、アイデア出てきたし、行く前に作品作っとかないと!」
力一杯言うと、カノイが、そっちかあ。とため息をついてきた。失礼なやつめ。
「おい。入るぞ」
ノックと同時にでかい図体の男が入ってくる。アシュタルが背筋を伸ばした。ガルネーゼである。
「あら、英雄宰相。お元気かしら」
「おちょくるな。冬の館から連絡があって、マグダリア領の残党を見つけたそうだ。こちらは、すぐに鎮圧できたとな。冬の館だけでは人数が足りんからと、他領と協力しているから時間の問題だろう。まだ全部とはいかないが」
「ワックボリヌ夫人の遺体は?」
「言われた通り、罪人として処理する。夫と同じ場所にはしないでおくさ」
「墓場で喧嘩されちゃ、たまんないですもんね」
残党を追う中、ワックボリヌ夫人を捕らえた。今回の騒動に紛れてワックボリヌを殺した命令を出したか証言は出なかったが、一緒にいた男が、ロデリアナを陥れた男と一致した。髪を結んだ細目の男だ。
逃げられぬと悟り、ワックボリヌ夫人はその場で自害。細目の男は捕えられた。
彼女の証言は得られなかった。細目の男が何を話してくれるかは、まだ分からない。
だが、これで大体は終えられたはずだ。
やっと、全てが終わるだろうか。そう思っていると、ガルネーゼがやけに眉を顰めて黙っていた。良い要件ではないようだ。
「マリオンネから連絡きたの?」
「……そうだ。マリオンネからの召喚だ」
マリオンネもやっと落ち着いたのか。
連絡をもらってから数日も経たずに、フィルリーネたちはマリオンネに向かった。
マリオンネは、王族以外入ることを許されていなかったが、ガルネーゼとイムレスの同行が許された。ガルネーゼは不機嫌顔を隠しもしない。イムレスは黙っているが雰囲気が暗い。
警備には、ハブテル一人。アシュタルは連れていけない。とってもがっかりしていたが、こればかりはどうしようもない。
今回、王族以外の者に同行が許されたのは、落ち着いたとはいえ、まだ不安定な状況だからだろう。なにせ、女王の死亡がまだ各国に通達されていない。女王はマリオンネにまだ存在していることになっている。
混乱を招かないためというより、各国に質問された時、誰が代理を行うのか決められていないからだろう。
そして、マリオンネではアンリカーダについて、どう周知されているのかは知らないが、現在、女王の印を持っているのはフィルリーネである。もし、マリオンネでその情報が漏れた場合、地上の者がなぜ女王の印を持っているのかと、疑問視されるだろう。
信用がないのはマリオンネの状況の方だ。そのため、王族ではない者たちの同行が許されたのである。
「フィルリーネ様、お待ちしておりました」
航空艇を迎えてくれたのは、白の服に手の隠れたマントを被っている女性。
エルヴィアナ女王の寝所で会った、ムスタファ・ブレイン、フルネミアだ。金髪を頭の後ろでまとめた、美しい女性。
前に会った時に比べて、やけに仰ぎ慕うような視線を向けてくる。どこか突き放したような、訝しむような、そんな雰囲気が全くなく、敬う姿勢さえ感じる。
それにイムレスもガルネーゼも気付いたか、ガルネーゼが苦々しいと眉を寄せ、イムレスは目を眇めた。
参ったね。女王になるのはその時だけよ。なんて、カーシェスは言ってたけど、そうはならないような予感がしてきた。
入った部屋は、そこまで広くはなかったが、大きなテーブルがドンと真ん中にあり、それを挟んでムスタファ・ブレインが数人座っていた。
知っているムスタファ・ブレインは、アストラル。それから奥の正面に、金髪の男、ラクレインが見えた。白の衣装を着ていないので、やはりエルヴィアナ女王の親族かなにかなのだろう。他のムスタファ・ブレインは見知らぬ者たちである。
「フィルリーネ姫。よくおいでくださった」
最初に言葉を発したのはラクレインだ。イムレスとガルネーゼに軽く視線を合わせて、座るように促す。フルネミアは後ろで扉の前に立ち、他の侵入に警戒する。
秘密の会議のようだ。
ハブテルも立ったままだったが、緊張した面持ちをした。
本当に、女王となるかもしれない。そんな雰囲気を感じる。
「女王について、まずはマリオンネの現状をお伝えします」
説明を始めたのは、アストラルである。他のムスタファ・ブレインたちが注目した。
どうやら、アストラルがムスタファ・ブレインの中で一番上の位置にいるようだった。
「マリオンネは、ムスタファ・ブレイン、ベリエルやその手下、魔獣などにより攻撃を受け、多くの犠牲が出ました。主犯格はベリエルと発表。アンリカーダは女王の立場に心を患い、浮島で自害したことになっています」
ああ、やはりか。女王がマリオンネの者たちを襲った。その事実は隠匿するつもりだ。
今回の事件は、ムスタファ・ブレイン、ベリエルが主導したこと。アンリカーダの死亡は、その責務に耐えきれず、自害したことになった。
嘘は言っていない。女王が反乱を起こして死んだとは、さすがに言えないのだろう。
現在、その女王の椅子に座る者がいないこと。また、次代が決まっていないことも周知されている。
「精霊は未だ怯え、それが女王不在だと思われている。我々は次の、マリオンネを導く者を探さねばならない」
ラクレインが誰に言うでもなく口にする。ラクレインはフィルリーネを見なかったが、ムスタファ・ブレインたちはフィルリーネに視線を向けてきた。
イムレスとガルネーゼが、厳しい顔をする。
あと先考えずに行ったわけではなかったが、あの時は迷っている暇がなかった。女王になる気はないが、その可能性も低いわけではないことも分かっていた。
なにせ、女王には子供は一人。
一瞬沈黙が訪れた。ムスタファ・ブレインたちとイムレス、ガルネーゼの睨み合いになる。
まだ、女王になれとは言われていないが、言われたようものか。
フィルリーネは静かにその話を聞いて、こちらを特に期待するでもなく見遣る、アストラルに視線を合わせる。
「女王になってほしいとお願いしたら、いかがされますか?」
いかがされます。とは。なってほしいと言うわけではないのか。では、他に別の道を用意しているということか。
そうであれば良いのだが。
イムレスとガルネーゼの気配を重く感じる。なりたいなんて言わないから、その無言の圧力やめてくれないかな。
「女王になる気はありません。女王になる者はマリオンネの者です。私はグングナルドの者であり、それ以外ではありません」
「ですが、精霊の王の選定を終えた方だ」
「選定を行えば、誰でも終えられるかもしれません。グングナルドで試されると良いかと」
端から確認すれば、一人や二人、いや、何人もいるかもしれない。魔導量で選定に合格するならば、マリオンネの者であれば進めるのではないだろうか。エレディナは、マリオンネの人間は、そんな大層な魔導は持っていないと言っていたが。
はっきり言いやると、アストラルが確認のようにラクレインに視線を変える。ラクレインは分かっていたと、肩を下ろした。緊張していた力を抜いたような、安堵したような。
「精霊の王に選定を受けた者は二人いる。一人はフィルリーネ姫と、もう一人が、君の知っている、ラータニアの王弟だ」
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いつの間にとも思うが、フィルリーネから離れるようになった頃であれば、いつでも可能だ。
「ルヴィアーレは、エルヴィアナ女王の娘、ルディアリネの子供だ。女王の血を継いではいるが、女王と同じではない。それについては知っていると思うが。だが、一番資格があるのもルヴィアーレだろう」
「ルヴィアーレはなんと?」
「確認はしていないが、ラータニア王の状況が思わしくない。ラータニアを継ぐ者がいない今、女王の代わりになれるわけがない」
「どちらにしても、女王にするのは無理ですよね?」
ルヴィアーレの血であれば、当然だと思う。だが、女王にはなれない。ルヴィアーレが次代を孕むわけにはいかないのだから。
その後、結局、次の女王を決めなければならなくなる。今だけの、ただの代替にしかならない。
だから、フィルリーネが適任だ。そんな顔をしてくるかと思ったが、ラクレインはムスタファ・ブレインたちと目で確認しあった。
イムレスとガルネーゼが妙な雰囲気にお互い顔を見合わせる。
無理に女王になれと命令される雰囲気ではない。
「アンリカーダが、女王としての印を得られなかったのは聞いているだろうか。アンリカーダは幼少の頃から残忍性があった。いくら女王の血を継ぎ、精霊の命を得て生まれても、残忍性を持っていては、精霊たちに好かれるわけがない。印がなくとも命令を聞く精霊はいたが、印を与える精霊がアンリカーダを拒否した」
女王としての資格は得ていないが、精霊の命を得て生まれてきたため、精霊の力と魔導量に従う精霊がいる。女王であると認識するのは、アウラウルの与える命がいつも同じで、気配も同じだからだ。
しかし、女王の印を与える人型の精霊は、その魔導に惑わされることはない。
「アンリカーダ以外に特異な考えを持つ女王が、今までいなかったわけではない。新しく命を賜って、次の女王としたこともある。だが、ルディアリネ様が亡くなり、それは不可能だった。エルヴィアナ女王は、ルディアリネ様のこともあり、女王制度は無理のある制度だとお考えだった。女王という制度は、間違いを生みやすいと。
精霊の王の選定を得る時代に戻すべきだとは思わないが、女王を孕ませるという制度は終わりにできないかと考えている」
「では、女王制度を廃止にされるんですか?」
「すぐに変えられるとは思っていない。反対する者しかいないだろう。これからどうすべきか模索するつもりだ。そこで、君に頼みたいことがあるのだ」
本題はここからなのだと、ラクレインが顔を上げる。ムスタファ・ブレインたちも姿勢を正した。
「直近で、女王として行わなければならない事は多く、それをすぐに誰かに行わせるのは難しい。女王の仕事はほとんどが人型の精霊と関わり、彼らの手伝いがなければ為されないものばかりだからだ。まずは、彼らを説得しなければならない」
フィルリーネはそれを察した。今、すぐに女王の代わりになる誰かを選出することはできない。しかし、女王の印があれば、女王の仕事は行える。
「女王代理として、しばらく女王の仕事をしてほしいのだ」
「女王になってもらえれば、一番良いのですけれどね」
アストラルが付け足した。ラクレインがアストラルを睨み付ける。ついでにイムレスとガルネーゼも眉を釣り上げた。
「エルヴィアナ女王は、マリオンネをまとめる者に男女の差はないとおっしゃっていました。マリオンネで一番女王の座にふさわしい候補者はルヴィアーレ様やフィルリーネ様ですが、次点でラクレインになります。しかし、彼の年齢を考えれば、次の候補を考えなければならない。
精霊に好かれて、魔導の量の多い者。そういった候補を選ぶことになる。最悪、精霊の王に挨拶もしなければならないでしょう。アウラウルが望めばですが。その間に女王不在の空白期間が続くと、壊れた結界はそのまま、王族の抹消もそのままになってしまう」
アンリカーダがグングナルドとラータニアの国境の結界を緩めた。それはまだそのままで、精霊はわずかながら行き来ができるそうだ。死ぬ可能性もあるので遠くまでは行けないが、可能ではある。
そして、ラータニアの王と王妃、シエラフィアとジルミーユの王族の登録が、まだ抹消されたままだった。
これを変更できる者を認定するまでに、どれくらいの時間が掛かるのか分からない。
女王にはならなくていい。けれど、女王の仕事をしてほしい。次の女王に代わる者が現れるまで。
「女王代理として、君にお願いしたいのだ。フィルリーネ姫」
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