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とある機械人形の自殺
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空が青かった。
雲は流れ、光が降り注ぎ、鳥が自由に空を舞っている。
私は何度も瞬きを繰り返した。
「ね、世界はとても美しい」。そう呟いた創造主へ、目を向ける。
朗らかに微笑む彼女を見て、私は恋というものに落ちてしまった。
◇
「エーヴ」
主人が私の名前を呼ぶ。掠れたその声に耳を傾け、彼女の言葉を待つ。
彼女は皺の増えた目元を弧にし、私を見つめた。
先ほどまで手に持っていた万年筆を、ベッド脇に置いてあるサイドテーブルへ転がす。
ゴホンと一つ咳をしたあと、手元で整理している紙を束ねて私に預ける。
そこには、私────エーヴ・ノイズに関する事柄が記されていた。
「そこに、貴方の修理法などが書かれているわ。もうじき、貴方はメンテナンスが必要になるの。でも、もう私の体は動かない。それに、長くはない。だから、私が死去したら資料をマジロ・シジマに届けてほしいの。私の愛弟子よ。覚えているでしょう。彼はそう遠くない場所に住んでるわ。地図もそこの机に置いてある。貴方は私の最高傑作だけど、今の技術からすると古い型で、そのうえ私のクセが反映されているから、他人にはメンテナンスが難しいのよ。けれど、彼ならきっと私のクセを理解できると思うわ。だから、彼に、お願いして。ね? わかった? エーヴ」
主人は所々で咳き込みながらも、掠れた声を漏らす。彼女の言葉に頷き、紙をぎゅうと握りしめた。
私が返事をしないことが悲しいのか、しかし怒る気配も無く、彼女は朗らかに微笑んだ。
「主は」
「ん?」
「主は亡くなられるのですか」
私の言葉が直球だったのか、彼女は肩を揺らし笑った。
肺が痛むのか、彼女は咳き込んだあと「そうね」と短く答える。
「人間っていう生き物は脆いのよ」
そう言い、窓の外を眺めた。ベッドの真横にある窓からは暖かな日が差し込んでいる。近くに生えている大樹の枝先に鳥が留まっている。それを愛おしそうに眺めていた。
「だから、私をお作りに?」
「……かもしれないわ」
私は、彼女が創り出した機械仕掛けの人形だ。
彼女の父は、世に名を馳せた天才だった。その才能を受け継いだ彼女もまた、同じく天才である。
彼女は人嫌いというわけではない。しかし、周りに渦巻く権力争いに嫌気が差し、一人で黙々と研究を重ねる様になった。
やがて、私のような感情を持つ高性能な機械人形を作り出した。
最初は皆に嫉妬され「悪趣味だ」「人類への冒涜だ」などと言われ続けていたが、今では懐かしい思い出と化している。
彼女の技術は弟子たちによって広まり、街で機械人形を見ない日はなくなった。
けれど、私には納得いかないところがある。
それは、なぜ我々に感情を与えたか、という点だ。
仕事や家事を任せるなら、感情など必要ない。子を産む機能や、孕ませる機能もないので、恋人としての価値は無い。
では、なぜ感情を与えたのか?
話し相手が欲しいから? 寂しさを紛らわせるため?
そんな自己満足のため、生み出されたというのなら、迷惑極まりない。
彼女がどういう経緯で私を生み出したかは、定かではない。ずっと疑問に思っていたことを投げかけると彼女は目を見開いたあと、謝罪した。
「貴方がそんなことを思っていたなんて、気がつかなかったわ」
彼女の悲しむ顔に胸が痛む。
ほら、無駄な感情だ。こんなにも胸が痛む。
私の顰めた眉に気がついた彼女は渇いた唇を動かした。
「最初はね、エーヴ。貴方は感情のない機械人形だったの。ある日、晴れた空を見上げたときに、私が「綺麗な青空ね」と言ったら────貴方は何も返さず、ただ顔を上げたの。虚ろな目は空を映していたけど、何も感じ取ってはいなかった。それが悲しくて。こんなにも世界は美しいもので溢れているのに、この子は感受できないんだって。私は、貴方にどうしても青空の美しさを伝えたかった。涼しい風の心地よさを知って欲しかった。だから、貴方に感情を与えたの。感情を持った貴方に「綺麗な青空ね」と言った時の感動は今でも忘れられないわ。貴方が空を見上げ、目を輝かせたの。貴方は口を薄く開き、目を何度も瞬かせ、空を舞う鳥たちや白い雲、そして青空を見つめたわ。それが嬉しくて嬉しくて」
私はその時を、きっと彼女より鮮明に記憶している。
真白いシャツに、草臥れた焦茶色のズボンを履いた彼女は、無造作に束ねた金髪を揺らし、朗らかに微笑んでいた。
青空に映える金髪の美しさを言語化できないのは機械人形の限界であると、その時、初めて知った。
あの日に比べて彼女もだいぶ変わってしまった。体も老いてしまい、歩く事さえままならない。
けれど、私を見つめる瞳だけは全く変わらない。
この瞳に見つめられると、私は胸が痛い。苦しい。だから嫌いだ、とても。
押し黙った私に彼女は、申し訳なさそうに眉を下げた。
「……ごめんなさい。こんなの、私の自己満足よね」
私は彼女にこんな顔をさせたいわけではない。唇を噛み締めた。
「主に出会えて、私は幸せ者です。でも……」
奇妙な音が内部から漏れる。感情が昂るといつもこうだ。旧式だからツメが甘い部分があるのだろう。
「感情なんて持ちたくなかった。感情なんてなければ、貴方と別れることがこんなに辛いだなんて、知ることは無かったのに────」
────
加筆+既存の作品が修正されたバージョンがKindleにて電子書籍で出ています。
読み放題でしたら無料となりますので、もしよろしければお暇つぶし程度に読んでいただけますと嬉しいです。
プロフィールのリンクから、もしくはAmazonで「女と女2」で検索していただけますと幸いです。
雲は流れ、光が降り注ぎ、鳥が自由に空を舞っている。
私は何度も瞬きを繰り返した。
「ね、世界はとても美しい」。そう呟いた創造主へ、目を向ける。
朗らかに微笑む彼女を見て、私は恋というものに落ちてしまった。
◇
「エーヴ」
主人が私の名前を呼ぶ。掠れたその声に耳を傾け、彼女の言葉を待つ。
彼女は皺の増えた目元を弧にし、私を見つめた。
先ほどまで手に持っていた万年筆を、ベッド脇に置いてあるサイドテーブルへ転がす。
ゴホンと一つ咳をしたあと、手元で整理している紙を束ねて私に預ける。
そこには、私────エーヴ・ノイズに関する事柄が記されていた。
「そこに、貴方の修理法などが書かれているわ。もうじき、貴方はメンテナンスが必要になるの。でも、もう私の体は動かない。それに、長くはない。だから、私が死去したら資料をマジロ・シジマに届けてほしいの。私の愛弟子よ。覚えているでしょう。彼はそう遠くない場所に住んでるわ。地図もそこの机に置いてある。貴方は私の最高傑作だけど、今の技術からすると古い型で、そのうえ私のクセが反映されているから、他人にはメンテナンスが難しいのよ。けれど、彼ならきっと私のクセを理解できると思うわ。だから、彼に、お願いして。ね? わかった? エーヴ」
主人は所々で咳き込みながらも、掠れた声を漏らす。彼女の言葉に頷き、紙をぎゅうと握りしめた。
私が返事をしないことが悲しいのか、しかし怒る気配も無く、彼女は朗らかに微笑んだ。
「主は」
「ん?」
「主は亡くなられるのですか」
私の言葉が直球だったのか、彼女は肩を揺らし笑った。
肺が痛むのか、彼女は咳き込んだあと「そうね」と短く答える。
「人間っていう生き物は脆いのよ」
そう言い、窓の外を眺めた。ベッドの真横にある窓からは暖かな日が差し込んでいる。近くに生えている大樹の枝先に鳥が留まっている。それを愛おしそうに眺めていた。
「だから、私をお作りに?」
「……かもしれないわ」
私は、彼女が創り出した機械仕掛けの人形だ。
彼女の父は、世に名を馳せた天才だった。その才能を受け継いだ彼女もまた、同じく天才である。
彼女は人嫌いというわけではない。しかし、周りに渦巻く権力争いに嫌気が差し、一人で黙々と研究を重ねる様になった。
やがて、私のような感情を持つ高性能な機械人形を作り出した。
最初は皆に嫉妬され「悪趣味だ」「人類への冒涜だ」などと言われ続けていたが、今では懐かしい思い出と化している。
彼女の技術は弟子たちによって広まり、街で機械人形を見ない日はなくなった。
けれど、私には納得いかないところがある。
それは、なぜ我々に感情を与えたか、という点だ。
仕事や家事を任せるなら、感情など必要ない。子を産む機能や、孕ませる機能もないので、恋人としての価値は無い。
では、なぜ感情を与えたのか?
話し相手が欲しいから? 寂しさを紛らわせるため?
そんな自己満足のため、生み出されたというのなら、迷惑極まりない。
彼女がどういう経緯で私を生み出したかは、定かではない。ずっと疑問に思っていたことを投げかけると彼女は目を見開いたあと、謝罪した。
「貴方がそんなことを思っていたなんて、気がつかなかったわ」
彼女の悲しむ顔に胸が痛む。
ほら、無駄な感情だ。こんなにも胸が痛む。
私の顰めた眉に気がついた彼女は渇いた唇を動かした。
「最初はね、エーヴ。貴方は感情のない機械人形だったの。ある日、晴れた空を見上げたときに、私が「綺麗な青空ね」と言ったら────貴方は何も返さず、ただ顔を上げたの。虚ろな目は空を映していたけど、何も感じ取ってはいなかった。それが悲しくて。こんなにも世界は美しいもので溢れているのに、この子は感受できないんだって。私は、貴方にどうしても青空の美しさを伝えたかった。涼しい風の心地よさを知って欲しかった。だから、貴方に感情を与えたの。感情を持った貴方に「綺麗な青空ね」と言った時の感動は今でも忘れられないわ。貴方が空を見上げ、目を輝かせたの。貴方は口を薄く開き、目を何度も瞬かせ、空を舞う鳥たちや白い雲、そして青空を見つめたわ。それが嬉しくて嬉しくて」
私はその時を、きっと彼女より鮮明に記憶している。
真白いシャツに、草臥れた焦茶色のズボンを履いた彼女は、無造作に束ねた金髪を揺らし、朗らかに微笑んでいた。
青空に映える金髪の美しさを言語化できないのは機械人形の限界であると、その時、初めて知った。
あの日に比べて彼女もだいぶ変わってしまった。体も老いてしまい、歩く事さえままならない。
けれど、私を見つめる瞳だけは全く変わらない。
この瞳に見つめられると、私は胸が痛い。苦しい。だから嫌いだ、とても。
押し黙った私に彼女は、申し訳なさそうに眉を下げた。
「……ごめんなさい。こんなの、私の自己満足よね」
私は彼女にこんな顔をさせたいわけではない。唇を噛み締めた。
「主に出会えて、私は幸せ者です。でも……」
奇妙な音が内部から漏れる。感情が昂るといつもこうだ。旧式だからツメが甘い部分があるのだろう。
「感情なんて持ちたくなかった。感情なんてなければ、貴方と別れることがこんなに辛いだなんて、知ることは無かったのに────」
────
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https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
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