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終わり世界
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「どこかへ行くの?」
「ここにいても、食事はできないので。では、参りましょうか」
「でも、ここ玄関じゃないよ」
私はガラス張りの壁へ向かう。ほとんどが割れ、風除けにもならない壁は以前の美しさと艶やかさを失っていた。縁に足をかけ、下を見下ろす。びゅうと風が吹き、髪とスカートの端を揺らした。
「あ、危ないよ……」
坊っちゃまが呟く。彼のいう通り、危ない。真下は地面である。
私は振り返り、彼に手を差し伸べた。「私が抱えますので、安全です」。彼を安心させるため、告げた。
「怖いよ。エレベーターを使って降りようよ」
「……坊っちゃま。玄関のドアが、開きません。開いたとしても、エレベーターは使えない状況なのです。ですから、ここから一直線で地面に降ります。大丈夫です。私は家庭用アンドロイド。人間を守るために、普通のアンドロイドより丈夫に作られているのです」
坊っちゃまの柔らかな手を握る。緩やかな暖かさが伝わった。子供型アンドロイドの作りの細かさに感心しつつ、彼を引き寄せる。
「本当? 大丈夫?」
「えぇ。怖ければ私が手のひらで目を覆って差し上げます。さぁ、行きますよ」
彼を腕に抱く。手のひらで目元を覆うと、その体が震え出した。坊っちゃまが泣き出す前に、と勢いをつけて下へ飛び降りる。バタバタと服が靡き、坊っちゃまの叫び声と重なった。高さは三十五階。勢いを殺しながら地面に到着せねば、と自身に備わった機能を発動させる。
「っ……!」
「わっ!」
近づいた地面が足に触れた瞬間に、破裂するような音と衝撃が私たちを襲う。倒れぬように足を踏ん張らせ、坊っちゃまを抱きしめた。
足先から伝わる振動に、内部の機械がミシミシと音を立てる。唇を噛み締め、耐えた。
「……す、すごいね、マリア」
「いえ、坊っちゃまのほうがすごいです。よく耐えてくださりました」
坊っちゃまは震えた声を漏らし、私の頬を撫でる。未だに振動する自身の内部を落ち着かせながら、彼を降ろした。
あたりを見渡す。やはり、私が今まで見てきた世界とは違っていた。街灯が倒れ、道路は割れている。周囲に立つビルは廃墟と化していて、人っこ一人いない。車は放置され、もはや動きそうにもなかった。
私は坊っちゃまを近くにあったレストランへ連れて行く。倒れた椅子とテーブルを起こし、砂埃を払った。彼を椅子へ座らせ、踵を返す。
「では、坊っちゃま。ここでお待ちください。私は食料を調達してきます」
「気をつけてね」
彼は足をパタパタとさせ、頷いた。彼に見送られ、私はふくらはぎ部分にあるくぼみへ爪を食い込ませる。がこん、と音が響き蓋が開いた。その中にあるボタンを押し、地面に足をつく。足の裏に備わっていたローラーが飛び出した。そのまま街を走る。
────酷い有様だ。
それは分かりきっていたことだが、改めて現状を見ると、悲惨である。いつもは賑わっている街中は、寂れた田舎街のように静まり返っていた。ビルに設置された大型パネルは吸い込まれるような黒色をしていて、ただの板切れに成り下がっている。
人間がいない世界は、無声映画のようだ。笑い声も聞こえなければ、車の排気音も聞こえない。ただ、崩れかけた建物の残骸がぽつねんと並ぶだけだ。
あたりを見渡しながら、目的の場所へ急ぐ。
────大型スーパーマーケットなら……。
たどり着いたスーパーマーケットも、やはりボロボロであった。割れたガラスを避け、店内を物色する。
「ここにいても、食事はできないので。では、参りましょうか」
「でも、ここ玄関じゃないよ」
私はガラス張りの壁へ向かう。ほとんどが割れ、風除けにもならない壁は以前の美しさと艶やかさを失っていた。縁に足をかけ、下を見下ろす。びゅうと風が吹き、髪とスカートの端を揺らした。
「あ、危ないよ……」
坊っちゃまが呟く。彼のいう通り、危ない。真下は地面である。
私は振り返り、彼に手を差し伸べた。「私が抱えますので、安全です」。彼を安心させるため、告げた。
「怖いよ。エレベーターを使って降りようよ」
「……坊っちゃま。玄関のドアが、開きません。開いたとしても、エレベーターは使えない状況なのです。ですから、ここから一直線で地面に降ります。大丈夫です。私は家庭用アンドロイド。人間を守るために、普通のアンドロイドより丈夫に作られているのです」
坊っちゃまの柔らかな手を握る。緩やかな暖かさが伝わった。子供型アンドロイドの作りの細かさに感心しつつ、彼を引き寄せる。
「本当? 大丈夫?」
「えぇ。怖ければ私が手のひらで目を覆って差し上げます。さぁ、行きますよ」
彼を腕に抱く。手のひらで目元を覆うと、その体が震え出した。坊っちゃまが泣き出す前に、と勢いをつけて下へ飛び降りる。バタバタと服が靡き、坊っちゃまの叫び声と重なった。高さは三十五階。勢いを殺しながら地面に到着せねば、と自身に備わった機能を発動させる。
「っ……!」
「わっ!」
近づいた地面が足に触れた瞬間に、破裂するような音と衝撃が私たちを襲う。倒れぬように足を踏ん張らせ、坊っちゃまを抱きしめた。
足先から伝わる振動に、内部の機械がミシミシと音を立てる。唇を噛み締め、耐えた。
「……す、すごいね、マリア」
「いえ、坊っちゃまのほうがすごいです。よく耐えてくださりました」
坊っちゃまは震えた声を漏らし、私の頬を撫でる。未だに振動する自身の内部を落ち着かせながら、彼を降ろした。
あたりを見渡す。やはり、私が今まで見てきた世界とは違っていた。街灯が倒れ、道路は割れている。周囲に立つビルは廃墟と化していて、人っこ一人いない。車は放置され、もはや動きそうにもなかった。
私は坊っちゃまを近くにあったレストランへ連れて行く。倒れた椅子とテーブルを起こし、砂埃を払った。彼を椅子へ座らせ、踵を返す。
「では、坊っちゃま。ここでお待ちください。私は食料を調達してきます」
「気をつけてね」
彼は足をパタパタとさせ、頷いた。彼に見送られ、私はふくらはぎ部分にあるくぼみへ爪を食い込ませる。がこん、と音が響き蓋が開いた。その中にあるボタンを押し、地面に足をつく。足の裏に備わっていたローラーが飛び出した。そのまま街を走る。
────酷い有様だ。
それは分かりきっていたことだが、改めて現状を見ると、悲惨である。いつもは賑わっている街中は、寂れた田舎街のように静まり返っていた。ビルに設置された大型パネルは吸い込まれるような黒色をしていて、ただの板切れに成り下がっている。
人間がいない世界は、無声映画のようだ。笑い声も聞こえなければ、車の排気音も聞こえない。ただ、崩れかけた建物の残骸がぽつねんと並ぶだけだ。
あたりを見渡しながら、目的の場所へ急ぐ。
────大型スーパーマーケットなら……。
たどり着いたスーパーマーケットも、やはりボロボロであった。割れたガラスを避け、店内を物色する。
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