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終わり世界

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「喜んでいただけて光栄です」
「すごいね、僕、食べることがこんなに楽しいなんて知らなかったよ」

  彼が、朗らかな笑みを浮かべる。やがて何かを思い出したのか、咀嚼をやめた。

「……ママは無理やり、ご飯を食べるように命令するんだ。僕がどれだけ食べたくないって駄々を捏ねても、口にねじ込んでくる。口に入れた途端に、水をたっぷり含んだ粘り気のある泥を食べてるみたいで嫌だった。何度も吐き出そうとするけど、ママに怒られるから無理やり飲み込んでたんだ。飲み込むとね、胃の奥から変な臭いがするんだ。真夏に放置された三角コーナーのゴミみたいな、そんな臭いが。でも、絶えなきゃ、ママは怒るんだ」

 坊っちゃまは針金をむしゃむしゃと食べながら、泣きそうにしている。
 そういえば、私は彼の身の回りの世話を任されていたが、食事だけはノータッチだった。必ず奥さまが、彼の食事を担当していた。
 きっと私に知られたくなかったのだろう。偽りの家族を演じ続けたかったのだ。

「だからね、こんな美味しい食事、本当に初めてだ」

 大人びた表情を浮かべる坊っちゃまの口の端についたオイルを拭ってやる。「おかわり、まだありますからね」と付け加えると、彼は嬉しそうに頷きながら導体をぱくりと口に放り込んだ。

「ふふ、導線はよく咀嚼して食べてくださいね。喉に引っかかる場合もありますので」
「分かった!」
「……おやつは、ネジにしましょう。オイルに浸して、鉄粉をまぶすととても美味しいんですよ」
「わぁ、それも美味しそう」

 キャラキャラと笑う彼の声に微笑んでいると、不意に足首が痛んだ。ぱちっと火花を散らせたそこを見て、目を見開く。
 ────さっきの衝撃で……?
 飛び降りた際のダメージが体に出ているらしい。足首をぐるりと動かし、ため息を漏らす。
 ────家庭用アンドロイドを修繕する会社も、この様子では稼働していないだろう。さて、どうしようか。
 目の前の幼い少年は、何も知らずに食事を楽しんでいる。この世界に何が起こったのか、両親がどうなってしまったのか、自分が何者であるか分からない彼に全てを告げるか、頭を悩ませた。

「早くおやつが食べたいな」
「気が早いですよ、坊っちゃま」
「にゃぅん」

 不意に、どこからか鳴き声が聞こえた。瞬間、坊っちゃまが「あっ」と声を漏らす。焦った様子の彼は、椅子から降り、慌てて外へ向かった。

「マリア、これ……」

 やがて、坊っちゃまが何かを抱えて帰ってきた。それは猫だった。黒色の猫はビー玉のような黄色い瞳をクリクリと動かしている。
 ────猫は生き残っているのか。
 そんなことを考えていると、坊っちゃまが口を開く。

「猫がね、寂しそうで……」

 坊っちゃまは黒猫に頬ずりをして懇願するような瞳を私へ向けた。
 彼がずっと猫を飼いたいと言っていたのは知っている。しかし、旦那さまのアレルギーの影響で、飼うことができなかったのだ。
 ────なるほど、先ほどモジモジしていたのは猫と遊んでいたからなのか。

「にゃぁん」
「マリア、この子きっと寂しいんだ。一緒にいちゃダメ?」

 首を傾げる坊っちゃまを見て、小さく笑う。どうせ旦那さまも奥さまも死んでしまった。こんな寂しい世界なんだ。彼の願いを受け入れない理由はない。

「……いいですよ、一緒にいましょう」
「やったぁ!」

 坊っちゃまが猫を抱きしめる。猫は人懐っこいのか、坊っちゃまの手から滑り落ちることはなかった。
 はしゃぐ彼を見て、頬が緩む。同時に、先ほど負傷した箇所がパチリと火花を散らせた。

「……坊っちゃま。近くにスーパーがあります。そこで猫の食べるものを調達しましょう」
「分かった!」

 はしゃぐ坊っちゃまが勢いよく走り出す。その後を猫も追いかけた。彼らの背中を見つめ、目を細める。
 ────猫の食べるものぐらい、スーパーに残っているだろう。それに……。
 私は今後、どうなるかわからない。機能が完全に停止した時のことを考え、坊っちゃまが生き延びるための術を模索しなければならない。
 ────今のうちに坊っちゃまに食料調達のやり方を教えねば。

「マリア、早く!」

 坊っちゃまが振り返り、大きく手を振った。「お待ちください、坊っちゃま」。私は歩みを進める。壊れた部分から再び火花が散る。
 気にすることなく、私は坊っちゃまたちに追いつくよう走った。
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