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船に乗って
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ゆらり、ゆらり。
体に伝わるわずかな揺れで、私は目を覚ました。微睡んだ瞳に、満天の星空が広がる。紺と黒を混ぜ合わせた色の空に散る星々は、まるでスパンコールみたいだ。
ポカンと口を開け見つめていると「起きた?」と声をかけられた。抑揚のない言葉を受け、私は体を起こす。
目の前には、櫂を持った女性がいた。両足を綺麗に揃え座っている彼女は、じっと私を見ている。
茶髪の長い髪と疲れた目元。ヨレたTシャツとスウェットを着ている彼女が、思い出したように櫂を持っていた手を握り、漕ぐ。その仕草を見て、あたりを見渡す。周りには水が張っていて、空の色と星の光を投影させていた。
そこでようやく、自分が船に乗っているということに気がついた。
「あ、あなたはだれ?」
私は尋ねてみる。彼女は私より年上だった。推定二十手前の女性は「槙野」と短く名乗った。
まきの。私は頭の中で反復してみる。記憶を辿り、知り合いの中にいただろうかと考えてみたが、けれど存在せず、息を漏らした。
「ここは、どこ?」
「水面の上」
冬の刺す静かな空気みたいな、そんな声で槙野がひとりごちる。私は自分の体を探ってみた。薄ピンクのパジャマを着ていた。生地にはクマがにっこりと微笑んだものがプリントされていて、思わず「かわいい」と呟く。
「うん。可愛いパジャマだね」
彼女はニコリとも微笑まず、だが不機嫌というわけでもなさそうに呟く。
櫂を動かす手を止めることない彼女のおかげで、船はゆらり、ゆらりと水面の上を移動する。
────私は、どうしてここに。
考えても分からない。私は誰なのか、どうしてこんなところにいるのか。
頬に手を伸ばす。さらりとした皮膚に触れても、どうも自分が誰なのか思い出せない。
見上げれば、星空。見下げれば、水面。乗っている船は木製で、古びているけれど、でも沈没はしなさそうだった。目の前には知らない女が、櫂を持って漕いでいる。
この船はどこへ向かうのだろう。あたりを包む闇が、その答えを隠しているように思えた。
星たちのおかげで幾分か視界は明るいが、それでも水面の向こうにはどろりとした闇が広がっている。気を抜いたら最後、呑まれてしまいそうだ。
「まゆちゃん」
「……どうして私の名前を?」
何も分からなかったけれど、自分がまゆという名前だとは覚えている。そのことに、少し驚いた。
問われた槙野は斜め上を見た。やがて「どうしてだっけ?」と首を傾げる。手を止めることなく、彼女が続けた。
「この暗闇を渡った先。そこまで、君を送り届けてあげる」
槙野はやけに優しく、そう言った。彼女の言葉はとても頑丈で、ダイヤみたいだ。
「短い旅になるけど、どうぞよろしく」
私は無意識に彼女の言葉に頷く。
上を見上げる。夜空に星が散っていた。天の川が何処までも続き、まるで私たちを導いているようにも見える。
「綺麗」
「えぇ、そうね」
不意に、コツンと何かに当たった。船がぐらつき、私は「わぁ」と小さく悲鳴をあげる。対して槙野は、あまり驚いていない。
体に伝わるわずかな揺れで、私は目を覚ました。微睡んだ瞳に、満天の星空が広がる。紺と黒を混ぜ合わせた色の空に散る星々は、まるでスパンコールみたいだ。
ポカンと口を開け見つめていると「起きた?」と声をかけられた。抑揚のない言葉を受け、私は体を起こす。
目の前には、櫂を持った女性がいた。両足を綺麗に揃え座っている彼女は、じっと私を見ている。
茶髪の長い髪と疲れた目元。ヨレたTシャツとスウェットを着ている彼女が、思い出したように櫂を持っていた手を握り、漕ぐ。その仕草を見て、あたりを見渡す。周りには水が張っていて、空の色と星の光を投影させていた。
そこでようやく、自分が船に乗っているということに気がついた。
「あ、あなたはだれ?」
私は尋ねてみる。彼女は私より年上だった。推定二十手前の女性は「槙野」と短く名乗った。
まきの。私は頭の中で反復してみる。記憶を辿り、知り合いの中にいただろうかと考えてみたが、けれど存在せず、息を漏らした。
「ここは、どこ?」
「水面の上」
冬の刺す静かな空気みたいな、そんな声で槙野がひとりごちる。私は自分の体を探ってみた。薄ピンクのパジャマを着ていた。生地にはクマがにっこりと微笑んだものがプリントされていて、思わず「かわいい」と呟く。
「うん。可愛いパジャマだね」
彼女はニコリとも微笑まず、だが不機嫌というわけでもなさそうに呟く。
櫂を動かす手を止めることない彼女のおかげで、船はゆらり、ゆらりと水面の上を移動する。
────私は、どうしてここに。
考えても分からない。私は誰なのか、どうしてこんなところにいるのか。
頬に手を伸ばす。さらりとした皮膚に触れても、どうも自分が誰なのか思い出せない。
見上げれば、星空。見下げれば、水面。乗っている船は木製で、古びているけれど、でも沈没はしなさそうだった。目の前には知らない女が、櫂を持って漕いでいる。
この船はどこへ向かうのだろう。あたりを包む闇が、その答えを隠しているように思えた。
星たちのおかげで幾分か視界は明るいが、それでも水面の向こうにはどろりとした闇が広がっている。気を抜いたら最後、呑まれてしまいそうだ。
「まゆちゃん」
「……どうして私の名前を?」
何も分からなかったけれど、自分がまゆという名前だとは覚えている。そのことに、少し驚いた。
問われた槙野は斜め上を見た。やがて「どうしてだっけ?」と首を傾げる。手を止めることなく、彼女が続けた。
「この暗闇を渡った先。そこまで、君を送り届けてあげる」
槙野はやけに優しく、そう言った。彼女の言葉はとても頑丈で、ダイヤみたいだ。
「短い旅になるけど、どうぞよろしく」
私は無意識に彼女の言葉に頷く。
上を見上げる。夜空に星が散っていた。天の川が何処までも続き、まるで私たちを導いているようにも見える。
「綺麗」
「えぇ、そうね」
不意に、コツンと何かに当たった。船がぐらつき、私は「わぁ」と小さく悲鳴をあげる。対して槙野は、あまり驚いていない。
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