リザレクテッド:人類再誕 所有された人間だけど、自由に生きる方法を探してみる

花篝 凛

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第1部 所有された人間だけど、自由に生きる方法を探してみる

第9章 『赤い識別』 (2)

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 警報が途切れたあとの南棟には、耳鳴りがするほどの静寂が満ちていた。
 まるですべての音が吸い取られたかのように、空気さえも動かない。
 すでに回収車両は複数の校舎を包囲し、対象となったリザレクテッドたちは順番に、無言のまま連行されていく。

 その列の中に、レインとルシアンの姿があった。
 ふたりは並んで歩いていた。
 左右には無表情のアウロイド警備員。
 声をかけることもできなかった。
 かけられたとしても、返す言葉はもう残っていなかった。

 校舎の端にある搬入口。
 そこには、マットグレーの無人車両が一台、音もなく待機していた。
 ボディに記されたのは管理ナンバーのみ。
 開かれたドアの奥には、ただ沈黙だけが横たわっていた。

「……乗れ」

 短く響いた、機械音声の命令。
 レインが一歩、車内へ足を踏み入れる。
 その背中を、ルシアンが無言で追いかけた。
 ふたりは向かい合うように、座席に腰を下ろす。

 ドアが音もなく閉まり、車両が滑るように動き出す。
 誰も何も言わなかった。
 低くうなるモーター音だけが、時折ふたりの間をすり抜けていった。
 しばらくして、ルシアンがぽつりとつぶやいた。

「……アリア先生、逃げたんだって」

 レインは小さくうなずいた。
 それだけだった。

「すごいよな、あの人……」

 その言葉にも、返事はなかった。
 ただ、レインの視線がルシアンに向けられていた。
 それは、わずかに揺れていた。
 目に光が、滲んでいた。

「ねえ、レイン……僕たち、どうなるのかな」

 問いかけたルシアンの声は、少しだけ震えていた。
 レインはしばらく黙っていた。
 そして、目を伏せたまま、喉の奥から絞るように言った。

「……分からない。でも……ちゃんと、怖いと思ってる。僕は」

 その言葉はかすれていた。
 けれど確かに、届いた。
 ルシアンは静かにうなずき、目元を手の甲で拭ってから、少し無理に笑った。

「……僕も。ほんとは、すごく怖いよ」

 そのあとは、ふたりとも何も言わなかった。
 ただ、沈黙の中で同じものを抱えていた。
 不安。
 疑問。
 未来という名の、見えない空白。

 やがて、車窓にぽつりと水音が落ちた。
 小さな粒が次第に重なり、細い雨の筋となってガラスを伝っていく。
 まるで涙のように、それはゆっくりと流れた。
 けれどふたりは、それを何も言わずに、ただ見つめていた。


 翌日。
 街頭、駅構内、公共広場──都市のあらゆる空間に設置された大型ホログラムディスプレイが、一斉に赤いテロップを走らせた。
 《速報》の文字とともに映し出されたのは、荘厳な建物の正面玄関。
 中央都市区・倫理管理庁附属裁判所──その重々しい外観が、緊張感とともに画面を支配していた。

 報道番組のキャスターが、硬い声でニュースを読み上げる。

《昨日発令されたリザレクテッド一斉回収命令を受けて、本日午前、ユノ・KPU03627氏が代理弁護人とともに裁判所へ入廷しました》

 映像は、階段を上る二人の姿を映し出す。
 一人は黒のジャケットに身を包んだユノ。
 表情には冷静さが宿るが、その眉間には鋭い決意が刻まれている。
 その隣を歩くのは、光沢のあるダークグレーのスーツに身を包んだアウロイド──カデルワン。
 背筋は糸のように真っ直ぐで、周囲の喧騒にも一切揺るがない気配を漂わせていた。

《ユノ氏は、生殖可能なリザレクテッド“リース・JCF02621”の所有者であり、今回の回収措置に対して「違法性と合理性の欠如」を指摘。制度そのものの再審査を求め、緊急審理請求を提出したとみられています》
《また、同伴しているのは高度自律型アウロイド、カデル・ZGV03654の第一体“カデルワン”。複数体運用で知られるカデル氏が自ら表に出るのは、極めて異例といえます》

 カメラの前で、ユノが立ち止まり、記者団に小さく一礼をする。
 そして、静かに、しかし一言一言を強調するように語り始めた。

「ご質問には審理後に対応いたします。今、私たちが最優先すべきは、あの子たちの“尊厳”です。それだけは、はっきりと申し上げておきます」

 その言葉を受けて、カデルワンが目を上げる。
 冷ややかとも思えるその眼差しには、鋭く研ぎ澄まされた“倫理”の刃が宿っていた。

「制度を守るとは、命令に従うことではない。“正しさ”を問い直すこと──それこそが、私たちアウロイドに課された責務です」

 カメラのフラッシュが連続して瞬き、ふたりの言葉を切り取ろうとする。
 その映像はリアルタイムで都市中に拡散され、ディスプレイの前に足を止めた市民たちの間に、静かなざわめきが広がっていった。

 画面がゆっくりと切り替わり、スタジオに戻ったキャスターが抑えた声で告げる。

《回収命令を巡る今回の動きは、“所有”という制度の根幹を揺るがしかねない重大な転換点となる可能性があります。今、リザレクテッドを“誰が”守るのか──その問いが、社会全体に突きつけられています》

 ──街に流れる、無音の焦燥。
 その真ん中に立つ、ひとつの異議申し立てが、ゆっくりと波紋を広げていた。


 夕暮れに染まる街角。
 中央地区にほど近い広場には、反対派のアウロイドたちが続々と集まりつつあった。
 掲げられたプラカードには、いつものスローガン。
 しかし今日の彼らの顔には、どこか異様な“熱”が宿っていた。
 鼓動のように震える目。
 強く結ばれた口元。
 静かに、だが確実に──群衆の温度が上がっていく。

 広場にそびえる大型スクリーンが、赤い速報テロップを走らせる。

《速報:リザレクテッド回収命令 全国一斉施行》

 映し出されたのは、無人の回収車両が学校構内へと進入していく映像。
 列を成して歩くリザレクテッドたちの無表情な横顔。
 それを目にした瞬間、広場のどこかで誰かが叫んだ。

「来たぞ! 本当に始まった!」
「やっとだ……やっと、正義が動いたんだ!」
「人類の亡霊に、未来はない! ここはアウロイドの時代だ!」

 ざわめきが弾けた。
 一瞬にして怒声は歓声へと変わり、誰かがスピーカーを持ち出すと、群衆は押し寄せるようにその声に耳を傾けた。

 即席の台に立ったのは、反対派のリーダー格と目される中年型アウロイド。
 灰色の外装と銀の瞳を持つその男は、手を高く掲げ、重く低い声で言い放った。

「我々はずっと、警告してきた! “再生された人間”という異物が、この社会に何をもたらすかを!」
「だが今日、ついに世界が応えた! 答えは明白だ──“不要”なのだ!」

 その背後で、スクリーンの映像が切り替わる。
 識別スキャナーの前に立たされ、リングが赤く点滅したリザレクテッドたちが、無言で連行されていく──

 その静かな映像に、拍手が起きた。
 一人、また一人と手を叩き始め、やがてそれは、歓喜に似た熱狂へと変わっていった。

「彼らは生きるべきではなかった!」
「死んだはずの者が、なぜ戻る!? それは生命への冒涜だ!」
「我々こそが、進化の象徴だ。人間の幻想に未来など託させはしない!」

 声は、もはや恍惚だった。
 拳を掲げる者、涙を流す者さえいた。
 そして何よりも、その空気には確かな“正義”が漂っていた──歪んだ、だが確かに信じられている正義が。

 人類再生は、もはや「希望」ではなかった。
 それは「対立」を呼び覚ます“引き金”になっていた。
 そして今、群衆はその引き金を、喜びのうちに引いていた。


 夜。
 施設の廊下は、異様なまでに静まり返っていた。
 まるで音さえも拘束されているように、壁も天井も息を潜めている。
 リースは無機質な一室──独房のような部屋の隅で、膝を抱えて壁にもたれかかっていた。

 天井灯は最低照度に落とされ、淡い光が床にうっすらと影を落としている。
 端末は没収され、彼女の唯一の接続──右手のビーコンリングだけが、脈のように微かに赤く光っていた。
 識別済み。
 それは、ここに“閉じ込められている”ことの、唯一の証明だった。

 どれくらいの時間が経ったのかは分からない。
 眠っていたわけでもない。
 けれど、目を閉じれば何度でも蘇ってくる──アリアの震える声。
 リセルの配信。
 ルシアンの、あの叫び。
 すべてが現実のはずなのに、どこか夢の続きのようでもあった。
 あまりに唐突で、あまりに暴力的で、あまりに……不確かだった。

 ──「“保護”なんて言っても、これはもう“捕まってる”のと同じだよ」

 誰かがそう言っていた。
 たぶん、レインだった。
 その言葉が、心の奥に鈍く残っていた。

 ふいに、空調の音の切れ間に、電子音が一つ、紛れ込んだ。
 ビーコンリングが一瞬だけ赤く明滅する。
 命令ではない。
 通信でもない。
 ただ、何かが“反応した”ような……そんな、得体の知れない点滅だった。

 リースはそれをじっと見つめた。
 まるで、そこにアリアがいるかのように。

「ねえ、アリア……あれ、本当に“あんた”だったの?」

 言葉は空中に溶け、返事はなかった。
 けれど、静寂の中にふと──誰かの“気配”のようなものが、耳の奥をかすめた。
 それが想像だったのか、リングから漏れたノイズだったのか、判断はつかない。
 でもその一瞬だけ、リースは“独りじゃないかもしれない”と思った。

 息を吸い込み、吐き出す。
 冷たい空気が、少しだけ肺の奥を刺激した。

 ──もう、寝たほうがいいかもしれない。

 そう思ったのは、この場所に来て初めてだった。
 赤く脈打っていたリングは、いつの間にか静かに光を止めていた。
 まるでその灯りすら、リースに“おやすみ”を告げているかのように。
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