灯のないところで

石嶺経

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プロローグ(1)

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 例えば僕が虐めを受けていたらどうだろうか。
 家庭環境に問題があったとしたら? 人間関係に疲れていたとしたら?
 そういう状況なら、少しは肯定されただろうか。同情して涙を流してくれる人も居ただろうか。残念ながら、僕はそうは思わない。いや、そう思える程自惚れていないというのが正しいだろう。高校生になった僕はいい加減、自分自身を分かっているつもりだ。

 僕は自分を亡き者にする。
 平たく言えば自殺を試みている。

 大袈裟な言い方になってしまったが、何も腹を掻っ捌こうというわけじゃない。目の前にある金網を越えて、ちょっと足を踏み出せばそこはもう別世界だ。天国か地獄か、定かではないけど、そこは行ってみてからのお楽しみだ。まあ、今までの行いから言えば地獄になるのだろう。それに、親より先に死ぬと地獄行きって聞いたことがある。

 しかし、そんなことは問題じゃない。
 今問題にすべきなのは僕が旅立つために登らないといけない金網――の向こうに一人の女子生徒が立っているということだろう。
 何故こんなところに居る、などとは言うまい。僕と同じ目的でそこに居るのはわかっている。こいつが今から死ぬとして、その後に僕が予定通り死んだとする。周りの奴はなんと思うだろうか。馬鹿な恋人同士の無理心中だと囃し立てたりはしないだろうか。幸いというべきか、僕はクラスでも友達の多い方ではないのでその心配は少ないだろう。というか居ない。絶無だ。友達が居ないついでに、僕は学校の成績も悪い。こういう状況って言うのは、自殺の『理由』としては弱いが、自殺する子の『特徴』としては尤もじゃないだろうか。そして、それは目の前の奴も同じなのだ。

「……」

 目を覆うほどに髪が長くて分かりにくいが、その瞳はどうやらこっちを向いていて、僕の一挙手一投足を具に観察しているだろうことが予測出来る。こいつは教室で、いつもそうしていた。その鋭い眼光で他者を圧倒し、決して寄せ付けなかった。教師ですらも腫れ物を触るような扱いをしていた。入学式を半年も過ぎた今では、誰も話しかけやしない。そういう意味では僕と同じ、と言えなくも無かったが、その言いは僕にとっても、こいつ――秋野理子にとっても、甚だ不当な評価だと言えるだろう。

 秋野は成績が良かった。座学は勿論、芸術も、体育も。各の中学で鳴らしてきた天才、秀才どもの心を折るのに一ヶ月も掛からなかった。
 気が付けば拳を握り締めていた。手に痛みが走る。恐らく震えているのだろう、秋野が視線を落とすのが分かる。

 僕は、秋野が羨ましかった。

 だからこそ腹が立った。何でこんな奴が死のうとしている? 僕みたいな無能でなくとも凡そ全ての学生が欲しがるものを、こいつは持っているじゃないか。友達や彼氏、と言った物は無いにしろ、こいつが入学以来、何人もの男の告白を蹴ってきたのは知っている。ちょっと愛想を良くすれば、同性の友達なんかいくらでも出来るだろう。現に、クラスの浅倉なんかは、いつも気にかけている。要するにこいつは、持っていないわけではない。持っていて、それを手放しているのだ。腹に何かどす黒いものが沸いてくるのを感じた。こいつはそれを見透かしているのだろうか、視線を僕から離そうともしない。

「なあ、お前」

 文句の一つでも言ってやろうかと思って口を開いたが、言葉が続かない。そもそも死にそうな人間に、どんな説得をしても無意味ではないだろうか。しかも生きろ、と言うわけでもなく、何で死ぬんだと問い質すつもりだったのだ。ほぼ罵倒に近い形で。死の際が大して仲良くも無いクラスメイトの恫喝とは、はっきり言って迷惑だろう。死んでも死に切れない。

 そんなことを考えていたら、秋野に動きがあった。

 僕から視線を逸らしたと思ったら、体を翻して辺りを見回し始めた。
 まずい、死なれると思った。ここで死なれたら、僕は心中だと思われたくないという一心で自殺の時期をずらす。無駄に生きなければならない。もう言葉は出なかった。
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