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プロローグ(2)
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ついに、秋野の体躯が大きく動いた。僕はてっきり目を逸らすかと思ったが、目の前での死の予感に釘付けになっていた。だが結論から言うと秋野は死ななかった。屋上の縁に腰を掛け、足を空中でぶらぶらさせている。ただ単にしゃがみこんだと言う訳だ。
こうなってくると、秋野が自殺をしようとしていたというのは僕の妄想で、ただ単に夕涼みに来た女子生徒を睨みつけていただけという気になってくる。ただでさえアスファルトからの照り返しがきついのに、より一層顔が熱くなってくる。
もう、帰ろう。
僕は踵を返し、階段へと向かう。
「来ないの」
その冷め切った声の主が秋野だとすぐには分からなかった。こいつの声を初めて聞いたからだ。まず、階段に誰か居ないかを確認し、次いで屋上から顔を出して階下に誰か居ないかを確認して、最後に金網の向こうで秋野が振り返っているのを見てやっと確信した。
秋野は前髪を右手で鬱陶しそうに掻き分けながら、こっちを見ている。さてどうしたものか。
しばらく睨めっこを続けていた僕と秋野だったけど、結局根負けして金網へと進路を変えた。秋野は特に何を言うでもなく、景色を眺め始める。
僕は金網によじ登り、秋野から少し離れたところに腰掛ける。周囲を見渡したところで、僕らの町を遠巻きに囲む山々に遮られてしまうので、余り遠くまで見渡せない。こんなものを見て何か楽しいのだろうか。
「実はね」
秋野に話しかけられる。他の人が見たら羨ましいと思うだろうか、いつもの鋭さが欠片も無く、冷たいというよりは儚げに聞こえる。
「死のうと思ってたの」
「そりゃまたどうして」
言いながらも、自殺しようとしたのか、と安堵している自分がいた。この気持ち悪さには何年自分と付き合っていても慣れることは無い。
「さあね。有川君はわかると思うけど」
有川君、か。一度も呼ばれたことがなくて、違和感しかないな。
尤も僕を呼ぶのはあいつを除けば親ぐらいのものだったし、そのどちらも居なくなった今では相田か浅倉が「敬」と下の名前を呼ぶぐらいだ。僕としては敬うという字が嫌いなので、名字で呼んで欲しいのだが。
それにしても、僕に何がわかるって? 暗にお前も自殺に来たのだろうと言われているのだろうか。返事に窮する。秋野はと言えば、苛々しているのか踵で校舎の壁を蹴っている。放課後で人が少ないとはいえ、そんなことをしていたら教師が飛んで来そうなものだが。
「実は僕も自殺しにきたんだ」
言ってから、しまったと思った。
話をしたこともない女子に自殺を打ち明けられるという特殊なシチュエーションに気が触れたのか、それとも暑さに頭をやられたのか、ともかく自分らしくも無い。僕は少なからず動揺していた。
「そうなの」
僕の内心などどうでもいいらしく、秋野は感情のこもらない声でそう言った。その声で冷静さを取り戻し、先ほどの自殺しに来たと言われているかどうか、という疑問がどっちでもよくなってきた。自殺するような奴にどう思われてもいいか、とここまでのやりとりで考えたのも理由の一つだ。
すっかり毒気を抜かれてしまった。僕は体を倒し仰向けになる。
雲ひとつ無い空から注がれる日差しは、まるで僕らを責め立てているかのようにじりじりと全身を焼き、床と接している背中にじっとりと汗をかく。
秋野はと言えば、一人だけ冷房の聞いた部屋に居るかのように涼しい顔をしている。その日本人形のような髪は相当に暑くなってるだろうにクールな野郎だ。それにしても、制服から覗く病的なまでに白い首や腕は、目の前に広がるやかましいぐらいに青い景色には似合わない。そうだな、保健室とかがいいんじゃないか。……こうして見ている限りでは、神経質そうで掴みどころが無い普通の高校生といった感じだが、僕の感性は当てにならない。そもそも、どの口が普通とか言い出すんだって感じだ。
こうなってくると、秋野が自殺をしようとしていたというのは僕の妄想で、ただ単に夕涼みに来た女子生徒を睨みつけていただけという気になってくる。ただでさえアスファルトからの照り返しがきついのに、より一層顔が熱くなってくる。
もう、帰ろう。
僕は踵を返し、階段へと向かう。
「来ないの」
その冷め切った声の主が秋野だとすぐには分からなかった。こいつの声を初めて聞いたからだ。まず、階段に誰か居ないかを確認し、次いで屋上から顔を出して階下に誰か居ないかを確認して、最後に金網の向こうで秋野が振り返っているのを見てやっと確信した。
秋野は前髪を右手で鬱陶しそうに掻き分けながら、こっちを見ている。さてどうしたものか。
しばらく睨めっこを続けていた僕と秋野だったけど、結局根負けして金網へと進路を変えた。秋野は特に何を言うでもなく、景色を眺め始める。
僕は金網によじ登り、秋野から少し離れたところに腰掛ける。周囲を見渡したところで、僕らの町を遠巻きに囲む山々に遮られてしまうので、余り遠くまで見渡せない。こんなものを見て何か楽しいのだろうか。
「実はね」
秋野に話しかけられる。他の人が見たら羨ましいと思うだろうか、いつもの鋭さが欠片も無く、冷たいというよりは儚げに聞こえる。
「死のうと思ってたの」
「そりゃまたどうして」
言いながらも、自殺しようとしたのか、と安堵している自分がいた。この気持ち悪さには何年自分と付き合っていても慣れることは無い。
「さあね。有川君はわかると思うけど」
有川君、か。一度も呼ばれたことがなくて、違和感しかないな。
尤も僕を呼ぶのはあいつを除けば親ぐらいのものだったし、そのどちらも居なくなった今では相田か浅倉が「敬」と下の名前を呼ぶぐらいだ。僕としては敬うという字が嫌いなので、名字で呼んで欲しいのだが。
それにしても、僕に何がわかるって? 暗にお前も自殺に来たのだろうと言われているのだろうか。返事に窮する。秋野はと言えば、苛々しているのか踵で校舎の壁を蹴っている。放課後で人が少ないとはいえ、そんなことをしていたら教師が飛んで来そうなものだが。
「実は僕も自殺しにきたんだ」
言ってから、しまったと思った。
話をしたこともない女子に自殺を打ち明けられるという特殊なシチュエーションに気が触れたのか、それとも暑さに頭をやられたのか、ともかく自分らしくも無い。僕は少なからず動揺していた。
「そうなの」
僕の内心などどうでもいいらしく、秋野は感情のこもらない声でそう言った。その声で冷静さを取り戻し、先ほどの自殺しに来たと言われているかどうか、という疑問がどっちでもよくなってきた。自殺するような奴にどう思われてもいいか、とここまでのやりとりで考えたのも理由の一つだ。
すっかり毒気を抜かれてしまった。僕は体を倒し仰向けになる。
雲ひとつ無い空から注がれる日差しは、まるで僕らを責め立てているかのようにじりじりと全身を焼き、床と接している背中にじっとりと汗をかく。
秋野はと言えば、一人だけ冷房の聞いた部屋に居るかのように涼しい顔をしている。その日本人形のような髪は相当に暑くなってるだろうにクールな野郎だ。それにしても、制服から覗く病的なまでに白い首や腕は、目の前に広がるやかましいぐらいに青い景色には似合わない。そうだな、保健室とかがいいんじゃないか。……こうして見ている限りでは、神経質そうで掴みどころが無い普通の高校生といった感じだが、僕の感性は当てにならない。そもそも、どの口が普通とか言い出すんだって感じだ。
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