灯のないところで

石嶺経

文字の大きさ
3 / 25

プロローグ(3)

しおりを挟む

「有川君は」

 うん? 僕の話に乗ってこない割には、秋野の方から話しかけてくるな。ひょっとして懐かれちゃったか。死ぬ寸前のメンヘラに好かれるとはな。自惚れでなく、どこか自嘲気味に鼻を鳴らす。笑えるぜ。

「何で死のうと思ったの?」

 僕が聞いても答えなかったくせにな。いつもならその高性能な頭で考えてみろよと皮肉の一つでも言えるが、口を衝いて出たのは本音だった。

「もういいかなって思ったんだよ」

 全く、とことん自分らしくも無い。日除けにしていた腕を伸ばして空を仰ぐ。

「もういい、ね」

「ああ。もういいんだよ、僕は。今までの人生で十分にわかった。僕は人生を楽しめない。人と上手く馴染めないんだ。人と笑ったり泣いたり出来ない。人の感情がこの上なく鬱陶しい」

「……」

 今まで溜め込んでいたものが溢れ出す。秋野は呆れているのか何も言わない。そりゃそうだろう。こんな事は人に、ましてやろくに話したことも無い奴に言うことじゃない。

「こんな性格だからね。友人なんか居ないんだけど、話しかけてくる奴はいるんだ。ほら、同じクラスの浅倉。秋野にも覚えがあるだろう」

「……後ろの席の人かな。浅倉って名前なの?」

「そう、そいつ。僕みたいな社会不適合者にも訳隔てなく接してくれるんだけど。有り難い、と思えるんだ。表層的にはね。口に出していうことも出来る。だけどもっと深いところ、心の奥底ではうざってえ、他にすることないのか、って毒を吐いてる」

 ふうーっと溜息をつく秋野。心底軽蔑してることだろう。それでいい。話しかけたことを後悔するといいさ。そうやって生きてきたんだから。

「わかるよ」

 意外な返事。僕みたいな奴に同意したらどうなるかって、分からないものかな。今度は声に出して笑う。

「今思ってることも、私は分かる。有川君が自分を嫌って、人生に絶望する気持ちも良くわかる」

「さいで。やっぱり優秀な人は何でもわかるんだね」

「またそういうことを言う……わかるよ、優秀じゃなくても。私も同じだから」

 ふうん?

「私もこんな性格だからね。お節介してくる人は居たけど、私は迷惑だと思ってる。そんなのは偽善ですらないんだって。周りの人に良い格好したいだけなの、ああいう人は。そもそも私は昔はこんな性格じゃなかった、自分がなりたくてこうなってるんだからほっといてって感じ」

「偽善……僕はそこまでは言ってないけどな」

 いつの間にか秋野の方を向いて喋っていたが、秋野は校舎を見下ろす形で俯いているから視線が合う事はない、というか髪のせいで秋野の目が良く見えない。その方が良い。視線を合わせて喋ることなんて慣れていないから。

「そう、だから私は性格が悪いんだと思う。有川君よりずっとね。性根が腐りきってるの。私が死のうと思った理由も言おうか。退屈だから。何でも人並み以上に出来ちゃってつまらないの。どう、怒った?」

「どうだろうな」

 勿論、今は怒ってなどいない。先程の怒りについて恥じているぐらいだ。持てる者にはそれなりの苦悩がある……ね。良くある話だとは思うが、どうもしっくりこない。はっきり言えば秋野は嘘を吐いてると思う。だからといって本当のところは何か、と問われたところでわからないが。そもそも、それが僕なのだ。人の気持ちが分からない、分かりたくもない。人の感情を勘定にいれたくない。
 言うまでもないが、嘘を吐かれた事に怒りはない。僕だって本当のところは隠しながら話しているのだし。

「私達って似てると思わない?」

「全く思わないね」

 僕は吐き捨てるように言う。誰かに似ているなんて冗談じゃない。

「そう」

 言うが早いか、がしゃがしゃと音を立てて金網を登る秋野。目で追いかけるが、体は起こさない。

「帰るね」

「おお。帰れ帰れ。自殺なんてするもんじゃないぜ」

「……有川君もね」

 確かに。
 階段を下りると共に秋野が視界から消える。特に見るべきものがなくなった僕は目を瞑り考えを巡らせる。僕はさっき、もういいかなと言った。人生が楽しめないだの、人と馴染めないだの尤もらしいことを言ったが、それは半分建前のようなもので本当はある種の義務感のようなものから僕の自殺願望はきている。今日死ぬ事は決められたことで、朝起きたら顔を洗うような当たり前さで僕は死のうとしていた。まるで神かなんかがそう定めたかのように。

 そんな事を考えていたら知らず知らずのうちに眠りに落ちてしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

Pomegranate I

Uta Katagi
恋愛
 婚約者の彼が突然この世を去った。絶望のどん底にいた詩に届いた彼からの謎のメッセージ。クラウド上に残されたファイルのパスワードと貸金庫の暗証番号のミステリーを解いた後に、詩が手に入れたものは?世代を超えて永遠の愛を誓った彼が遺したこの世界の驚愕の真理とは?詩は本当に彼と再会できるのか?  古代から伝承されたこの世界の秘密が遂に解き明かされる。最新の量子力学という現代科学の視点で古代ミステリーを暴いた長編ラブロマンス。これはもはや、ファンタジーの域を越えた究極の愛の物語。恋愛に憧れ愛の本質に悩み戸惑う人々に真実の愛とは何かを伝える作者渾身の超大作。 *本作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

皇后陛下の御心のままに

アマイ
恋愛
皇后の侍女を勤める貧乏公爵令嬢のエレインは、ある日皇后より密命を受けた。 アルセン・アンドレ公爵を籠絡せよ――と。 幼い頃アルセンの心無い言葉で傷つけられたエレインは、この機会に過去の溜飲を下げられるのではと奮起し彼に近づいたのだが――

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...