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第三章
26話
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26話
どんな人が相手でも、私なら負けない。そう思っていた。私に足りないのは魔力だけ。そう思っていたのに。
彼が人間界から戻り、伴侶の御披露目をすると聞いて、私は臣下である父に頼み込み、その会場に内密で入れてもらった。
本来ならば、臣下と城内に勤めるものしか入れない会場で、私はどうしても彼の伴侶をこの目で見たかった。
彼の隣に現れた彼女は、ひどく華奢で緊張に震えていた。そんな彼女の手を優しく引き、彼は堂々と伴侶を得たことを宣言した。あそこに立つのは私だったはずなのに、そんな想いよりも、彼女を見つめる優しい眼差しにひどく動揺した。彼の笑顔を思い出せない。作り物じゃない、本物の笑顔。
彼に初めて会ったのは、まだお互いに子どもの頃だ。彼はよく笑う普通の少年だった。魔力の強さは親たちの話題によく出ていたが、それ以外は本当に普通の子だった。それが変わりはじめたのは思春期を過ぎた頃だっただろうか。
魔力の強さが増しそれを制御するために、彼は少しでも魔力を持つ女性と魔力の補給として関係を持ちはじめた。私もその中のひとりだ。彼に魔力を吸収され、失神する人もいるなか、私と彼は相性が良かったのか、問題なく魔力の補給ができた。
しかし、魔力の量は私だけでは補えず、結果彼には同時に何人もの相手がいた。その頃からだろうか、彼はあまり笑わなくなった。
さらに歳を重ね、彼の相手がほとんど失神してしまうようになり、私も耐えられなくなった。そんな魔界の者では彼を支えきれなくなった頃、彼は魔王になった。この魔界を統べる大切な役目を担い、彼のプレッシャーや孤独はどれほどのものだっただろう。
数年後、ゴシカ宰相の発言を父から聞いた私は、自分から彼に婚約を申し込んだ。彼が必死で守っている立場を私も一緒に守りたかった。しかし、彼は私の申し出を断った。
「心のない関係を一生続ける気はない。同情はいらない。」と。
彼からの拒絶の言葉に私は自分が分からなくなった。私は彼に同情しているのだろうか。
彼の問題は深刻で、私の父や、側近の後押しで仮の婚約だけがなされた。彼が同意していないのは分かっていた。それでも、彼を支えられるのならいいと思った。
しかし、最後の賭けのように計画された旅で彼は伴侶を見つけた。魔力を持たない人間、そんな人間との血の盟約で彼は問題を解決した。
ズルいと思った。なにも持たない人間が、なぜ彼に選ばれるのか。なぜその人は良くて、私はダメなのか。同意などなかったと分かっていても、仮の婚約だとしても、身勝手にも裏切られたと感じた。
そんなとき、彼と関係があった女性たちから、彼の伴侶を招きお茶会を開かないかと持ちかけられた。私との仮の婚約は公表されていない。しかし、私が長く彼と関係があることは知られていることだ。私は彼女たちの誘いに頷いた。会場など全てのものを整えた。何も持たない人間が、私との差を思い知ればいいと思ったから。
でも、そんなこと彼女には関係なかった。
「それで、そのあとどうなったんですか?」
彼女は楽しそうに彼の昔話を聞いている。彼女への嫉妬か嫌がらせか、そんな気持ちをもって会を開いた女性たちも彼女の楽しそうな姿に毒気を抜かれている様子だ。そのくらい、彼女は無邪気で心から楽しんでいるように見える。
* * *
「すみません。ちょっと彼女と2人で話をしたいの。いいかしら?」
マリアさんからの突然の申し出に、他の4人が驚いた顔で目配せしあう。しかし、やはり彼女の力は大きいようで、私はマリアさんと2人でテーブルから離れ、中庭を歩きだした。侍女のリリーさんにも待っていてもらう。
すこし進むと美しい薔薇園があり、さまざまな種類の薔薇が咲いていた。
「とっても綺麗ですね。マリアさんは薔薇がすごく似合います。」
マリアさんが微笑みながら、薔薇園の小さなベンチをすすめてくれる。2人で並んで腰かけた。
「今日はこんなことをして、ごめんなさい。謝って許されることではないけれど、あの方たちの分も謝らせて。」
マリアさんは静かに頭を下げた。こぼれる美しい髪が陽の光で輝いている。
「どうか、頭をあげてください。ずっと彼を支えてくださったみなさんが私みたいな人間をよく思わないのは当たり前です。謝る必要なんかありません。」
「えっ……?」
「私には魔力もないし、マリアさんみたいに綺麗じゃない、彼の力になれるような立場もない。本当にただの人間なんです。」
本心だった。いつだって思う。私にはなにもない。
「それでも、彼が私を選んでくれたこと。その想いに答えたいんです。」
負けたと思った。同情か恋かも分からないような自分にはない強さがそこにはあった。彼女の真剣な眼差しに、なんの力もなく後ろ楯もない彼女の覚悟を感じた気がした。その身一つで魔界に来ることはどんなに大変だろう。ぬくぬくとただ守られているだけの私たちとはちがうのだ。
「お聞きしました。血の盟約の影響で体調を崩されたこと。一時は命の危険もあったと。お元気そうで良かった。いまはもう大丈夫なのですか?」
すると彼女は花のような笑顔で頷いた。
「大丈夫です。ありがとうございます。」
彼はきっと彼女の強さに、優しさに惹かれたのだろう。こんな人に想われたなら、彼もあんな優しい顔になるのだ。
「あの紅茶、とても珍しいものなんです。でもあんなもの飲み慣れているかと思いました。陛下のお側にいる貴女なら。」
「?」
「他の方々は、あなたが陛下の側で贅沢三昧しているのだと言っていましたよ。」
彼女は渋い顔をした。
「うーん、まったくそんな覚えはないです。本当にあんなにおいしい紅茶はじめて飲みましたし。
マリアさんには、失礼かもしれませんが。お友達は選んだ方がいいと思いますよ?」
その言葉に、私は笑ってしまった。
「あなたって変わった人ね。そんなこと、はっきり言う人はじめて。」
彼女も一緒になって笑った。
* * *
綾様とマリア様は、クスクスと楽しそうに笑いながら、テーブルに戻っていらっしゃいました。そのご様子に他の4人は驚いた顔で固まっておりました。いったいなにを話されていたのでしょう。
その後すぐに会はお開きになり、綾様はマリア様から紅茶の茶葉をお土産にいただいて、帰りの馬車に乗り込みました。名残惜しそうに手を振り合うお二人は、友人のように親しげでした。
馬車の中でお聞きしましたが、話してはいただけませんでした。秘密ですと悪戯っぽく笑う、そのお顔が少女のようで、なにごともなく終わったことに安堵しました。
城に帰ると、すぐに陛下が迎えに来られ、綾様を抱きしめられました。今日はどうだったかと聞く陛下の質問にも綾様はお答えになりません。
「おっいじめられて帰ってきたのか?」
サッシャ様は、ニヤニヤと笑いながらお聞きになります。綾様は、怒ったような顔で
「いじめられてませんよ。」
「綾様!そのお言葉は聞き捨てなりません!」
私の発言に綾様だけでなく、陛下もサッシャ様も驚かれております。
「突然の発言失礼いたしました。しかし、あの方々は綾様の話をわざと遮り、嘲笑うようなことを仰っておりました。私は耐え難く思いました。」
何度、退席の声かけをしようと思ったか。綾様は気にされていない様子でしたので、我慢しましたが。
「リリーさんは大げさですよ。あんなのいじめに入りません。」
「知ったようなこといってんじゃねーよ。」
サッシャ様のお言葉に、綾様はきょとんとした顔をされます。
「あれ?田中さんから聞いてないですか?私、高校生のとき、いじめられてたんですよ。」
さらっとすごいことを仰る綾様に、私たちが驚いてしまいました。
「アヤ?!どういうことなんだ!そんなこと聞いてない!」
「まぁ、昔のことだし、言うほどのことじゃないよ。」
笑ってらっしゃいますが。笑えません。
「どんなことされたんだ?」
あごに手をあて可愛らしく首をかしげます。
「漫画とかドラマとかに出てくるようなことはだいたいされたよ?靴とかジャージ隠されたり、机に落書きされたり、教科書捨てられたり、トイレ入ったら上から水かけられたり?」
人間とはなんと恐ろしい生き物なんでしょう。
「しまいには、階段から突き落とされて、指骨折しちゃって大変だったなー。」
なんでそんなにあっけらかんと仰るのでしょう。陛下は顔が真っ青です。
「そのとき、千春が怒っちゃって、相手の子達ボコボコにしちゃって、本当に大変で!私まで怒られたんです。いまではもういい思い出ですけど。
そんなのに比べたら、全然たいしたことないよ。」
どんな人が相手でも、私なら負けない。そう思っていた。私に足りないのは魔力だけ。そう思っていたのに。
彼が人間界から戻り、伴侶の御披露目をすると聞いて、私は臣下である父に頼み込み、その会場に内密で入れてもらった。
本来ならば、臣下と城内に勤めるものしか入れない会場で、私はどうしても彼の伴侶をこの目で見たかった。
彼の隣に現れた彼女は、ひどく華奢で緊張に震えていた。そんな彼女の手を優しく引き、彼は堂々と伴侶を得たことを宣言した。あそこに立つのは私だったはずなのに、そんな想いよりも、彼女を見つめる優しい眼差しにひどく動揺した。彼の笑顔を思い出せない。作り物じゃない、本物の笑顔。
彼に初めて会ったのは、まだお互いに子どもの頃だ。彼はよく笑う普通の少年だった。魔力の強さは親たちの話題によく出ていたが、それ以外は本当に普通の子だった。それが変わりはじめたのは思春期を過ぎた頃だっただろうか。
魔力の強さが増しそれを制御するために、彼は少しでも魔力を持つ女性と魔力の補給として関係を持ちはじめた。私もその中のひとりだ。彼に魔力を吸収され、失神する人もいるなか、私と彼は相性が良かったのか、問題なく魔力の補給ができた。
しかし、魔力の量は私だけでは補えず、結果彼には同時に何人もの相手がいた。その頃からだろうか、彼はあまり笑わなくなった。
さらに歳を重ね、彼の相手がほとんど失神してしまうようになり、私も耐えられなくなった。そんな魔界の者では彼を支えきれなくなった頃、彼は魔王になった。この魔界を統べる大切な役目を担い、彼のプレッシャーや孤独はどれほどのものだっただろう。
数年後、ゴシカ宰相の発言を父から聞いた私は、自分から彼に婚約を申し込んだ。彼が必死で守っている立場を私も一緒に守りたかった。しかし、彼は私の申し出を断った。
「心のない関係を一生続ける気はない。同情はいらない。」と。
彼からの拒絶の言葉に私は自分が分からなくなった。私は彼に同情しているのだろうか。
彼の問題は深刻で、私の父や、側近の後押しで仮の婚約だけがなされた。彼が同意していないのは分かっていた。それでも、彼を支えられるのならいいと思った。
しかし、最後の賭けのように計画された旅で彼は伴侶を見つけた。魔力を持たない人間、そんな人間との血の盟約で彼は問題を解決した。
ズルいと思った。なにも持たない人間が、なぜ彼に選ばれるのか。なぜその人は良くて、私はダメなのか。同意などなかったと分かっていても、仮の婚約だとしても、身勝手にも裏切られたと感じた。
そんなとき、彼と関係があった女性たちから、彼の伴侶を招きお茶会を開かないかと持ちかけられた。私との仮の婚約は公表されていない。しかし、私が長く彼と関係があることは知られていることだ。私は彼女たちの誘いに頷いた。会場など全てのものを整えた。何も持たない人間が、私との差を思い知ればいいと思ったから。
でも、そんなこと彼女には関係なかった。
「それで、そのあとどうなったんですか?」
彼女は楽しそうに彼の昔話を聞いている。彼女への嫉妬か嫌がらせか、そんな気持ちをもって会を開いた女性たちも彼女の楽しそうな姿に毒気を抜かれている様子だ。そのくらい、彼女は無邪気で心から楽しんでいるように見える。
* * *
「すみません。ちょっと彼女と2人で話をしたいの。いいかしら?」
マリアさんからの突然の申し出に、他の4人が驚いた顔で目配せしあう。しかし、やはり彼女の力は大きいようで、私はマリアさんと2人でテーブルから離れ、中庭を歩きだした。侍女のリリーさんにも待っていてもらう。
すこし進むと美しい薔薇園があり、さまざまな種類の薔薇が咲いていた。
「とっても綺麗ですね。マリアさんは薔薇がすごく似合います。」
マリアさんが微笑みながら、薔薇園の小さなベンチをすすめてくれる。2人で並んで腰かけた。
「今日はこんなことをして、ごめんなさい。謝って許されることではないけれど、あの方たちの分も謝らせて。」
マリアさんは静かに頭を下げた。こぼれる美しい髪が陽の光で輝いている。
「どうか、頭をあげてください。ずっと彼を支えてくださったみなさんが私みたいな人間をよく思わないのは当たり前です。謝る必要なんかありません。」
「えっ……?」
「私には魔力もないし、マリアさんみたいに綺麗じゃない、彼の力になれるような立場もない。本当にただの人間なんです。」
本心だった。いつだって思う。私にはなにもない。
「それでも、彼が私を選んでくれたこと。その想いに答えたいんです。」
負けたと思った。同情か恋かも分からないような自分にはない強さがそこにはあった。彼女の真剣な眼差しに、なんの力もなく後ろ楯もない彼女の覚悟を感じた気がした。その身一つで魔界に来ることはどんなに大変だろう。ぬくぬくとただ守られているだけの私たちとはちがうのだ。
「お聞きしました。血の盟約の影響で体調を崩されたこと。一時は命の危険もあったと。お元気そうで良かった。いまはもう大丈夫なのですか?」
すると彼女は花のような笑顔で頷いた。
「大丈夫です。ありがとうございます。」
彼はきっと彼女の強さに、優しさに惹かれたのだろう。こんな人に想われたなら、彼もあんな優しい顔になるのだ。
「あの紅茶、とても珍しいものなんです。でもあんなもの飲み慣れているかと思いました。陛下のお側にいる貴女なら。」
「?」
「他の方々は、あなたが陛下の側で贅沢三昧しているのだと言っていましたよ。」
彼女は渋い顔をした。
「うーん、まったくそんな覚えはないです。本当にあんなにおいしい紅茶はじめて飲みましたし。
マリアさんには、失礼かもしれませんが。お友達は選んだ方がいいと思いますよ?」
その言葉に、私は笑ってしまった。
「あなたって変わった人ね。そんなこと、はっきり言う人はじめて。」
彼女も一緒になって笑った。
* * *
綾様とマリア様は、クスクスと楽しそうに笑いながら、テーブルに戻っていらっしゃいました。そのご様子に他の4人は驚いた顔で固まっておりました。いったいなにを話されていたのでしょう。
その後すぐに会はお開きになり、綾様はマリア様から紅茶の茶葉をお土産にいただいて、帰りの馬車に乗り込みました。名残惜しそうに手を振り合うお二人は、友人のように親しげでした。
馬車の中でお聞きしましたが、話してはいただけませんでした。秘密ですと悪戯っぽく笑う、そのお顔が少女のようで、なにごともなく終わったことに安堵しました。
城に帰ると、すぐに陛下が迎えに来られ、綾様を抱きしめられました。今日はどうだったかと聞く陛下の質問にも綾様はお答えになりません。
「おっいじめられて帰ってきたのか?」
サッシャ様は、ニヤニヤと笑いながらお聞きになります。綾様は、怒ったような顔で
「いじめられてませんよ。」
「綾様!そのお言葉は聞き捨てなりません!」
私の発言に綾様だけでなく、陛下もサッシャ様も驚かれております。
「突然の発言失礼いたしました。しかし、あの方々は綾様の話をわざと遮り、嘲笑うようなことを仰っておりました。私は耐え難く思いました。」
何度、退席の声かけをしようと思ったか。綾様は気にされていない様子でしたので、我慢しましたが。
「リリーさんは大げさですよ。あんなのいじめに入りません。」
「知ったようなこといってんじゃねーよ。」
サッシャ様のお言葉に、綾様はきょとんとした顔をされます。
「あれ?田中さんから聞いてないですか?私、高校生のとき、いじめられてたんですよ。」
さらっとすごいことを仰る綾様に、私たちが驚いてしまいました。
「アヤ?!どういうことなんだ!そんなこと聞いてない!」
「まぁ、昔のことだし、言うほどのことじゃないよ。」
笑ってらっしゃいますが。笑えません。
「どんなことされたんだ?」
あごに手をあて可愛らしく首をかしげます。
「漫画とかドラマとかに出てくるようなことはだいたいされたよ?靴とかジャージ隠されたり、机に落書きされたり、教科書捨てられたり、トイレ入ったら上から水かけられたり?」
人間とはなんと恐ろしい生き物なんでしょう。
「しまいには、階段から突き落とされて、指骨折しちゃって大変だったなー。」
なんでそんなにあっけらかんと仰るのでしょう。陛下は顔が真っ青です。
「そのとき、千春が怒っちゃって、相手の子達ボコボコにしちゃって、本当に大変で!私まで怒られたんです。いまではもういい思い出ですけど。
そんなのに比べたら、全然たいしたことないよ。」
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