【R18】魔王陛下とわたし~キャバ嬢から魔王の妃に転職します~

塔野明里

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第四章

36話

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 36話

 いまの状況に頭がまったくついていかない。なぜ私は初対面の男の頭を撫でているんだろう。

 * * *

「こんなとこに隠し部屋があったんですねー。さすがラディアルさん。」

 フィールディと名乗る、ラディアルさんと同じ秘書官の一人。倒れた2人の侵入者をそのままにして、私の腕を引いた彼はまっすぐに隠し扉まで進んだ。

「ここからにおいがしてたんですね、分からないはずだ。」

 ずんずんと通路を進み、私の隠れていた部屋までやって来ると、私をソファに座らせる。

「じゃあ、約束通りいっぱい褒めてください。」

 私の目の前に座り込んで、頭を向けてくる。

「えっと…褒めるって?」

「ほら、人間てペット飼ったりするんでしょう?犬とか猫とか、それを褒める感じで。こう頭をよしよしみたいな。」

 この人本気で言ってる?声のトーンがマジで、断れる雰囲気ではない。

「ほら、早く褒めてください。」

 やらないと終わらない雰囲気に恐る恐る彼の頭をポンポンと撫でた。同じことを何回か繰り返すと、フィールディの肩がふるふると震える。顔を上げたその顔はひどく紅潮していた。

「あぁ、ヤバイです。これはヤバイ。」

 その顔に、私は手を離して身を引いた。

「ヤバイ。こんなにくるとは思わなかった。想像よりずっとすごいです。」

 一体なにが起こってるの?突然のことに恐怖しかない。

「僕のこと飼ってくれませんか?」

 言葉の意味が分からない。ひどく歪んだ笑顔になった彼が私をじっと見つめている。
 金髪碧眼の美青年、でも瞳が死んだ魚みたいに虚ろ。死霊って全員こんなかんじなんだろうか。彼の鼻先が、私の首もとに寄ってくる。反射的に体を離した。

「すごい甘いにおい。別になにもしないのに。むしろしてほしいっていうか。」

 彼の長い指が、私の頬を撫でる。

「別に魔力なんていりません。たまに頭を撫でて、たまに叱って、たまに首輪を付けて散歩して、たまに甘いお菓子をくれたら、それだけでいいのに。」

 それだけってなんだろう?この目、マジな人だ。

「ねぇ、もう一回頭ポンポンってしてくれませんか?」

 彼の顔がさらに近づいた。そのとき、


「フィールディ?」


 ハッとしてドアを見ると、誰もいないはずのこの場所に人が立っている。

「フィールディ、なんて羨ましい話をしているんだい?私にも詳しく教えておくれ。」

「オアゾ様。どうしてこちらに?」

 オアゾ・ローゼンフェルド、死霊国ゴシカ宰相。この国のトップで私が絶対に会ってはいけない人物だ。

「やはりラディアルが隠していましたか。図書館にこんな地下室があるとは知らなかった。」

 音もなく近づき、私のとなりに腰かけた。

「で?フィールディに何をしてあげたんですか?」

「悪いやつを倒したご褒美に、頭撫でてもらったんです。」

 ローゼンフェルドは、その黄色い瞳で私を見る。

「あの入り口に倒れてた2人ですか。そんなことで、綾さんに褒めてもらえるなんて。あの2人を殺したら、なにをしてくれますか?」

 殺すという強い言葉に、顔が強ばった。血の気が引く。

「ふふっ、冗談ですよ。本当に可愛い人だ。」

 私の髪を手に取り、髪先に口づける。ぞわっと鳥肌が立った。

「そんなに嫌わなくてもいいでしょう。さすがに傷つきますね。」

 ローゼンフェルドはポケットから一本のナイフを取り出した。

「侵入者が持っていたものです。これがあれば証拠としては充分でしょう。」

 そのナイフの柄には、なにかの模様が彫られていた。

「フィールディ、彼らを議事堂に運んでください。」

「えっ、まだ頭しか撫でてもらってないのに…。」

「これは命令です。」

 私の前でなぜか正座していたフィールディがしぶしぶ立ち上がり、部屋から出ていく。

「綾さんには、まだお話があります。」

 ソファの上でできる限りの距離を開ける。

「そんなに避けられると、逆にいろいろしたくなりますね。」

 怖い。どうしよう。絶対ダメな人と2人きりになってしまった。

「その服はラディアルの趣味でしょう?あなたはどんな格好も似合いますね。」

 ふわふわと広がるフリルスカートの先を指でなぞられる。咄嗟にぎゅっとスカートを引き寄せた。

「ふふふふ、どうやって脱がせるのか分からない服ですね。」

(いやだ、こんな人に触られたくない。)

 千春を助けるためなら、なんでもできると思ったのに。でも、やっぱりイヤだ。不意に涙が流れた。

「おやおや。」

 色白な指が、私の頬をなぞり涙を拭う。指に落ちた滴を、舌で舐めとった。

「貴女を泣かせたと知れたら、私は陛下に殺されますね。」

 ローゼンフェルドが体を寄せてくる。逃げようとすると腕をすごい力で押さえられ、ソファに押し倒された。

「いやっ!離して!」

「涙は男を煽るだけですよ。ふふっ、細い腕ですね。」

 ワンピースの胸元のリボンを外され、首筋を指でなぞられる。全身に鳥肌が立った。胸元のボタンに手がかかる。

「やめてっ!」

 必死に抵抗する手も押さえつけられる。

「この細い体を陛下はさぞ大切に抱かれるのでしょうね。」

(ギル、ごめんなさい。助けて…。)

 ローゼンフェルドの唇が近づく瞬間、ぎゅっと目をつむった。


 ゴンっ…!ガシャン!! 


 その瞬間部屋の扉が、あり得ない形に曲がった。その向こうに、一人の女性が立っている。

(ラディアルさん?)

 ラディアル・ルーに瓜二つの女性。でも、瞳の色がちがう?

「オアゾ様……?そこで何をされているのですか?」

 黒髪をひとつにまとめ、メガネの形も瓜二つ。でもラディアルは瞳の色が黒なのに対して、目の前の女性の瞳は綺麗な青色だ。

「なぜ?!なぜその女なんですか?そんな貧相な女のどこがいいのですか?!」

「リディアル、邪魔しないでください。」

 私を押さえる力が一瞬弱まる隙に、ローゼンフェルドの体を突き飛ばした。震える体を押さえ、ソファから離れる。

「せっかくいいところだったのに。」

 ローゼンフェルドは笑いながら、何事もなかったように私に話しかける。

「ふふっ冗談ですよ。貴女になにかあれば私だけでなく、この国の存続も怪しくなります。ちょっとからかったあなたの反応が可愛くて、つい。」

(絶対嘘だ、本気だった。絶対。)

「こんな女のために、オアゾ様のお立場を危うくさせるおつもりですか?信じられません!」

「彼女は私の第一秘書官リディアル・ルーです。見ての通り、ラディアルの双子の姉です。」

 リディアルの怒りなどなにも気にせず、私に話しかけるローゼンフェルドはひどく楽しそうで、本当に何を考えているのかわからない。

「なぜ、私がこの女のために動かなくてはいけないのか、理解に苦しみます。」

 リディアルと呼ばれた女性の言葉、私のためってどういうことだろう?

「あなたの姉が見つかりました。」

「!」

「人間界で眠らされていたようです。特に異常はなさそうですが、体調の確認がとれ次第、自宅に戻します。」

「本当ですか?!無事なんですね!」

「そう言っているでしょう。」

 千春が見つかった、良かった。本当に良かった。嬉しさと安堵で涙が出る。

「良かった…うぅ……ありがとうございます…。」

「私ではなく、オアゾ様に仰ってください。」

 気がつくと、またすぐ近くまでローゼンフェルドが近寄ってきている。反射的に体を引いた。

「いいんですよ、お礼なんて。私が貴女のために勝手にやったことですから。」

 勝手に私の髪の先をくるくると弄びながら、その目は笑っていない。

「あぁでもどうしてもというなら、さっきフィールディにしたみたいに頭を撫でてくれませんか?犬にするみたいに。」

「絶対に、イヤです!」

「ふふ、残念ですね。」

 私の髪から手を離し、口元だけの笑顔で笑う。

「では、今回の事件の犯人を捕まえたら、褒めてくれますか?」

 ニヤニヤと笑うその顔がひどく腹立たしい。

「犯人が分かるんですか?」

「ええ、もう証拠も揃いました。綾さんがお願いしてくれたら、すぐにでも捕まえますよ?」

(どうして、私がこの人にお願いしないといけないの!)

 今ほど、自分の無力さがイヤになることはない。ゴシゴシと涙を拭いて、ぐっと睨み付ける。

「犯人を捕まえてください。お願いします。」

「その格好で睨んでも、なにも怖くないですよ?まぁ、いいでしょう、全部終わったらちゃんと褒めてくださいね?」

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