双子獣人は番も双子でした。。~少女たちは、異世界で虎に溺愛され初めての愛を知る~

塔野明里

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第一章

4話 この世界

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 4 この世界

 * * *

 優しい世界。暖かいベッドとご飯。誰も私たちを殴ったり、怒鳴ったりしない場所。
 言葉が通じないことも、ガロンたちに動物みたいな耳や尻尾があることも、とても不思議だけど私たちを見る瞳が優しくて、それだけで嬉しい。

 でも、きっと私たちがどこから来たのか。今までどんなことをしてきたのか知られたら、この優しい世界は終わってしまう。

 だから、まだもう少しだけ気づかないふりをしていよう。

 * * *

 黒髪のリーエルが目を覚ました次の日、リーリアも目を覚ました。雪のような銀髪に夜の海のような濃紺の瞳をしたリーリア。2人はお互いを、エル、リリと呼び合い、泣きながらぎゅっと抱き締めあった。
 はじめひどく怯えていたリリは、エルが俺たちに笑いかけるのをみて安心したようだった。

 2人を助けてから数週間。仕事の合間を縫って診療所に通い、エルとリリに言葉や読み書き、この世界について教えるのが俺と兄貴の日課になった。

 エルとリリは獣人はおろかエルフにも、人間以外の種族には会ったことがないようだった。そしてこの世界について、ほとんどのことを知らなかった。
 
 このランディオール国は獅子の獣人が王として立ち、他国からは獅子王国と呼ばれている。海、山、森の豊富な資源を有し、獣人だけでなくエルフやドワーフ、ホビットなどさまざまな種族が暮らす多種族国家だ。東は山を隔てた先にエルフの国、北の雪山を越えればドワーフ国があり、西はさまざまな種族が小国を作り集まっている。

 獣人と言っても、肉食獣ばかりではない。俺たちの母親は兎の獣人だし、草食動物や猛禽類、爬虫類のやつらもいる。実際の動物に似た特徴を持ってはいるが、動物の姿になれるわけではない。一部の獣人は元祖返りという技をもつやつもいるらしいが、会ったことはないな。

 この世界のやつは魔法適性ってやつを生まれながらにして持ってる。その適性によって魔法の得意不得意が決まる。俺は火の魔法は少し使えるがそれ以外はさっぱりだ。兄貴は魔法適性が高く、器用に使いこなしてる。


「首都には神殿って場所があって、神樹ってでっかい木を管理してる。そこで魔力の測定と鑑定、あとは種をもらったりする。」

「たね?やさい?くだもの?」

 2人の純粋な問いかけに言葉が詰まる。いや、照れることじゃないんだが。二人にどんな顔で言えばいいんだ。

「この世界では、子どもを授かりたいと思ったら種をもらいに行く。」

 言葉に詰まる俺の代わりに兄貴が答える。こういう時、兄貴の無表情がうらやましい。

「たね?あかちゃん?」

「種を男女2人の魔力を込めて育てると、花が咲いて実ができる。その実を女性の体に入れて子どもを作るんだ。」

 不思議そうな顔でエルとリリは何やら考え込んでしまった。

「2人は魔力の鑑定をしたことはあるか?」

 ふるふると首を振る2人は小さな手をぎゅっと繋いでいた。

 * * *

 10月の昼下がり、普段この時間は仕事に追われ俺たち騎士は現場でバタバタしているはずだった。
 しかし、最近は状況が違った。漁港の修繕が予定よりも遅れ、初期の計画からだいぶずれ込んでいた。それもこれも、嵐で被害を受けた場所だけでなく、そもそもの老朽化や材木の腐蝕などがひどく、この際全て作り直そうと計画が見直されることになったのだ。
 兄貴は今その計画の見直しに追われ、逆に現場で動く俺はそれができるまでは時間ができた。
 仕事に追われる兄貴には悪いと思いながら、いつもよりだいぶ早い時間に診療所を訪れた。


 診療所に向かう坂をのぼっていると、風にのって良い匂いが漂ってきた。診療所も昼休憩の時間かと思いながら、みると庭でクレアが薬草の手入れをしていた。

 クレアが庭にいるってことは、誰が料理を作ってるんだ?

 そのとき診療所のドアが開き、出てきた小さな人影が俺に気づいた。

「ガロン!」

 ふわふわと柔らかそうな黒髪のしたで、深い碧色の瞳が嬉しそうに笑っている。助けたあの日から、だいぶ顔色もよくなり体つきもふっくらしてきた。
 駆け寄ってきたエルを優しく抱き上げると、彼女の甘いにおいが俺の本能を刺激する。本当なら思い切り抱きしめて、この香りを胸いっぱいに吸い込みたい。が、さすがに理性が勝つ。

 この町では、俺の胸の高さほどの背丈しかない彼女たちに合うサイズの服がない。いまは子ども用の服を着ているが、それでもかなりブカブカだ。今日は、薄い水色のシャツの袖を捲り、カーキ色のズボンを履いている。

「エル、今日は男の子みたいな格好だな。」

 彼女は自分の服を見つめ、引きずった裾を指差した。

「ながい。」

 腕も脚も細すぎて、捲っていてもすぐにずり落ちてくるようだ。これではたしかに歩きづらいだろう。
 そんな格好でも、どうしてこんなに可愛いんだろうな。キメの細かい肌、薄く色づく頬。男みたいな姿でもこれだけ愛らしいのに、着飾ったりしたら俺は理性を保つ自信がない。

「ガロン、ごはん、たべる?」

 俺の飛んでいた思考が、彼女の言葉で引き戻された。

「えっ、エルが作ってるのか?!」

 その時、庭にいたクレアが不機嫌そうにこちらに戻ってきた。

「おい、騎士団長ってのはそんなに暇なのかい?こんな昼間から女の子抱き抱えて、ニヤニヤして気色悪い。」

 しぶしぶエルを下ろすと、クレアは薬草やハーブが入った籠を彼女に渡した。

「ごはん、できる。」
「分かった、すぐに行くから中で待ってな。」

 エルが診療所に戻ると、クレアはタバコに火をつけた。2人は煙草をひどく怖がるそうだ。

「なんで言わないんだ?エルの手料理だろ?」
「お前らがそういうことを言いそうだから嫌だったんだ。知ったら、毎食ここに食べに来るだろ。」

 聞けば、料理だけでなく掃除や洗濯、ほとんどの家事をエルとリリがやっているらしい。なんだその羨ましい環境は。いますぐここに住みたい。

「しなくていいって言っても、きかない。優しくしてもらって、自分たちには何も返せないから、これぐらいさせろと言う。別に返してもらおうなんて思ってないのにね。」

 あの子たちが元気になってくれればそれでいい、クレアは言いながらタバコを消した。

 * * *

 少しずつ言葉が通じるようになってわかったこと。銀髪のリーリアが姉で、黒髪のリーエルが妹だってこと。姉のリリは体が弱く、妹のエルがいつも気にかけていること。初めて会ったときエルが泣いていたのは、このままリリが死んでしまうと本気で思っていたからだそうだ。

 そして、彼女たちがいま、17歳であること。

 これには兄貴もクレアも一緒になって驚いた。栄養失調はあるにしても、体の大きさからもっと幼いと思っていた。
 しかし、これは俺たちには嬉しい誤算だった。彼女たちの誕生日は12月25日。18歳になれば、彼女たちは成人したことになる。俺たちは堂々と、二人が番だと伝えることができるのだ。

 しかし、まだ問題がある。

 誕生日を聞いたとき、12月25日と答えた二人は、でもこれは本当の誕生日ではないと言った。この日に孤児院の前に捨てられていたからこの日になったのだと寂しそうに笑う二人に、それ以上のことを聞けなかった。
 その後も、彼女たちの過去を聞けずにいる。誰にあんなひどいことをされたのか、なぜ浜辺で倒れていたのか、聞きたいことは山ほどある。でも、それを聞いて二人の笑顔が消えたらと思うと、俺はなにも言えない。兄貴も、同じ思いだった。

 でも、もうそんなことを言っている場合ではない。新しい計画によれば、年明けには俺たちは首都に帰らなくてはいけなくなる。
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